第九層踏破
【奈落 第九層 地獄エリア】
クロスたちは、アルガードたちと共に第九層の最奥へと進んだ。そこに待つのは、奈落最後の魔法陣。
来たばかりの頃、手も足も出なかったヘルハウンドたちは、今のクロスたちの力を前にして道を譲った。かつての敵も、今や進むべき道を開く存在に変わっていた。
アビスオーガや獄龍を蹴散らしながら、パーティは進み、ついに最後の聖なる魔法陣へと辿り着く。
その場で全員が深呼吸をひとつ。胸に覚悟を刻み、日を改めて、この奈落での最終決戦に挑む決意を固めたのだった。
【サンライズシティ】
サンライズシティで一旦解散したクロスたち。
だが、最終決戦を前に、誰もが再び歩みを止めるわけにはいかなかった――。
クロスは両親を探す旅の果てに仇であるヘティリドを討った。しかし、それだけでは心は晴れない。最奥には、六大将に殺された両親の手がかりや、奈落の真実に触れられる最後の場所かもしれない…
ジャンは、妹を救うために始めた冒険を超え、アルガードの背中を追う旅になった。最奥には、アルガードの戦いの極致、すなわち「真に強き者の証」が待つかもしれない。自身の成長のため、彼はその場所へ向かう。
エリスは、奈落病や未知の病に対抗する薬の素材を求めていた。最奥には、奈落病の源泉や、希少素材が眠っている可能性がある――つまり、薬の完成に直結する。目的を果たすため、最奥へ向かう必要がある。
マリーはキキモラ村の悲劇を繰り返さないために戦う。キキモラ村は救われたが、奈落の瘴気は消えない限り終わりはない。奈落の瘴気を断つには、最奥の根源の力を封じるしかないかもしれない。悲劇を繰り返さないために、彼女は足を止められない。
フローレンスは父の仇、六大将討伐のために戦ってきた。最奥には残る六大将…決戦の舞台が待っている。父の遺志を継ぐため、最奥へ向かう覚悟は揺るがない。
こうして、それぞれが自分の理屈を胸に、クロスたちは、最終決戦に挑む。
【奈落 第十層 神殿エリア】
暗黒の玉座の間。重厚な闇に包まれた空間は、長きにわたり六大将の支配下にあった。
玉座に座る不安のシャスエティは、闇に沈む瞳で何度も階層の奥を見つめていた。普段は冷静で計算高い彼だが、今は手にした杖を握る指に力が入らない。
「……もう、間もなくか……」
冷たい吐息が闇に溶ける。情報によれば、第九層を突破した冒険者たちが、最終決戦の場である第十層の最奥へ向かっているらしい。
数百年にわたって敗北を知らなかった自負が、今や不安と焦燥に変わる。あの短期間でヘティリド、アンガレド、そして虚淵のバロム――冒険者たちは次々と強敵を討ち、六大将の威厳を脅かした。
シャスエティはゆっくりと立ち上がり、暗闇に向かって低く呟いた。
「……このままでは、我らも……」
その肩を、恨みのグラージャが冷たい目で見据える。傍らには妬みのジェラシア。彼女は静かに舌打ちをした。
(…来るなら来い。だが、俺は最後の手段も用意している)
シャスエティの胸中には、冒険者たちの到来がもたらす恐怖と、それに対抗する焦燥が入り混じる。これまで積み重ねてきた自信は、確実に揺らぎつつあった。
彼の手が杖を握る力は、微かに震えている。
暗黒の玉座の間に漂う重苦しい空気…それは、数百年の無敗が初めて揺らぐ瞬間の予兆だった。
【サンライズシティ クロスの家】
夕暮れに染まる街路。冒険者たちは、最終決戦に向けてそれぞれの準備を整え、家を出ていた。
クロスは、親代わりの叔母ジーナに見送られる。ジーナはいつもの穏やかな笑みを浮かべながらも、瞳の奥にはわずかな心配の色が宿っていた。
「……気をつけてね、クロス。あなたなら、きっと奈落の最奥にたどり着けるって、ずっと思っていたのよ」
ジーナの声に、クロスは軽く頭を下げる。
「はい、ジーナ叔母さん……必ず、無事に戻ってきます」
その背中を見つめながら、ジーナの頭の中には、かつての兄・ジークの姿が重なった。勇敢で優しい兄も、戦いの果てに奈落に挑んだことを思い出す。
「……クロス、あなたも兄さんみたいに、強くなるのね……」
クロスはギルドの扉を押し開き、仲間たちの待つ冒険の道へ一歩を踏み出す。夕日に照らされた彼の影は、かつての兄ジークの影と、まるで重なるかのように揺れていた。
【サンライズシティ ジャンの家】
ジャンは、妹マロンに見送られていた。マロンは18歳になり、大人びた落ち着きと責任感のある表情を見せている。それでも、兄を見送る瞳には心配と不安が滲む。
「兄さん……本当に行っちゃうの?」
ジャンは微笑み、膝を少し曲げてマロンの目線に合わせる。
「うん。でも、必ず帰ってくる。絶対に約束するよ、マロン」
マロンは小さく息をつき、目にわずかに涙をためながらうなずく。
「……わかった、気をつけてね」
ジャンは妹をぎゅっと抱きしめ、そのぬくもりを胸に刻んだ。覚悟を胸に、奈落の最奥へ向かう一歩を踏み出す。
【サンライズシティ マギアドラッグ】
エリスは、妹のミリスに見送られていた。成長したミリスは、落ち着いた雰囲気を漂わせつつも、姉への心配は隠せない。
「お姉ちゃん、無事に帰ってきてね」
エリスは微笑み、優しく妹の肩に手を置く。
「もちろんよ。必ず戻るわ、ミリス」
ミリスは小さくうなずき、目にうっすらと光るものをためながら、姉の手を握り返す。
「約束……ね」
エリスは頷き、深呼吸をひとつしてから、薬草店の扉を背に奈落の最奥へ向けて歩き出す。妹の祈りを胸に、彼女は覚悟を固めていた。
【サンライズシティ とあるアパート】
マリーは荷物を整え、メイスを背に背負いながら深呼吸をひとつする。鏡に映る自分の顔を見つめ、静かに声を出す。
「うち、行かなあかんねん。村のため、みんなのため……迷っとる場合やない」
自分自身に言い聞かせるように、再度息を整え、足を前へ踏み出す。決意が胸に染み渡る。
【サンライズシティ フローレンスの部屋】
フローレンスは剣を握り、父の遺影の前に立つ。静かに息を整え、深く頭を下げる。
「父さん、私はここで止まれない。残る六大将、必ず討つ…父さんの仇を、私の手で」
遺影に映る父の顔を見つめながら、短く息を吐く。肩に剣を担ぎ、部屋の扉を開ける。最奥の戦いに向け、彼女は力強く一歩を踏み出した。
【サンライズシティ 冒険者ギルド】
朝の光がギルドの大広間を満たす中、クロス、ジャン、エリス、マリー、フローレンスは揃って集まった。互いに短く頷き合い、静かな緊張が空間を支配する。
クロスは叔母ジーナに見送られた余韻を胸に、拳を握りしめる。ジャンは妹マロンに「必ず帰る」と約束した言葉を思い出し、視線を前に据える。エリスはミリスの優しい笑顔を思い浮かべ、覚悟を固めた。
マリーは自分自身に言い聞かせ、メイスを握る手に力を込める。フローレンスは父の遺影に誓った決意を心に刻み、剣の柄を確かめる。
五人の目が互いに交わり、静かに戦意を共有する。長い旅路と数々の戦いを経た今、彼らは最終決戦の地へ向かうために、この場に集ったのだった。
やがて、アルガードたちも集まり、いよいよ奈落第十層への出発の時が来る。
目指すのは、奈落第十層。
最後の戦いが待ち受けている。
ーーー 第八章 地獄の死闘編 完 ーーー
鏡花水月について
クロスが手にした「鏡花水月」。ただの刀ではない。呪いを祓い、月光のような清浄な力を宿す、最強クラスの妖刀だ。
刀は持ち主を選ぶ――その言葉通り、鏡花水月はクロスを選んだ。柄を握る手に吸い付くように馴染み、力と意思がひとつになる感覚は、冒険者としての成長と覚悟を象徴していた。
これまでの旅路で得た仲間との絆、過酷な戦いの果てに刻まれた経験、すべてがこの一振りの刀に宿る力となる。
鏡花水月は、ただの武器ではなく、クロス自身の象徴でもある。最終決戦に向かう彼の手元で、月光は静かに、しかし確かに輝きを増していく。
――さあ、冒険者たちの真の戦いが始まる。




