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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第八章 地獄の死闘編

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奇跡の花を求めて

【奈落 第九層 地獄エリア】


 灼熱の地獄エリアは、肌を刺すような熱気と乾いた砂嵐が吹き荒れ、体感温度は五十度に達する。呼吸するだけで喉が焼けるようで、汗は出るそばから蒸発していった。

 しかし、同じ層の奥へ進むにつれ、その景色は一変する。


 黒岩のトンネルを抜けた先、目の前に広がるのは月影の断崖――そこは凍てつく夜の世界だった。

 冷気が肌を刺し、吐く息は白く染まる。温度は零度前後、先ほどまでの灼熱が嘘のようだ。

 温度差に体が悲鳴を上げ、マリーは思わず肩を抱いた。


「……さっきまで溶けるか思たら、今度は凍え死ぬやなんて……奈落、ホンマ頭おかしない?」


 その愚痴にジャンが苦笑を漏らす。


…………

【奈落 第十層 神殿エリア】


 その頃、六大将の残る三人は、暗黒の玉座の間に集まっていた。

 薄闇の中、ひときわ細身の影…不安のシャスエティが冷ややかな視線を落とす。


「…我ら六大将は数百年、敗北を知らなかった。それが、このわずかな間に三人が倒れた……」


 シャスエティの言葉に、他の二人も無言で頷く。

 彼の瞳には、かつてないほどの焦燥が滲んでいた。


「これは、もはや偶然ではない。冒険者どもは確実に力を増している。秘宝や神話の武器を手にし、六大将すら討てる水域に到達してしまった」


 その言葉は、長きにわたり奈落を支配してきた者にとって、最も忌まわしい現実だった。

 シャスエティは細く笑い、そして冷たく告げる。


「……ならば、芽吹く前に摘む。月哭竜を相手にしている間に、虚淵のバロムをぶつけよう…あれならば、竜すらも喰らう」


…………


 月影の断崖の頂に、白銀の巨影がゆっくりと姿を現した。その瞬間、気温はさらに下がり、肌を刺す冷気が血管を凍らせるように流れ込む。


「……来たな」


 アルガードが槍を構え、全員の動きが一瞬で戦闘態勢に切り替わる。


 竜の眼が光り、女の嗚咽のような鳴き声が響き渡った。同時に、地面が重力に押し潰されるような圧力で軋み、仲間たちの足が岩に縫いつけられる。


「くっ……これが重力ブレスか!」


 ジャンが歯を食いしばる。しかし次の瞬間、断崖の向こう。漆黒の霧が湧き上がった。

 霧の中から、異形の巨獣が姿を現す。全身は禍々しい鎖と骨の外殻に覆われ、口からは底なしの奈落が覗いているかのような闇が揺らめいていた。それは第九層の層ボス…すなわち、最強のモンスター。


「……虚淵のバロム」


 アルガードが低く呟く。月哭竜すら、その出現に低く唸った。


 予期せぬ三つ巴。竜と魔獣、そしてクロスたち。

 だが、誰も退くつもりはなかった。


「クロス!バロムは俺たちに任せろ、君達は月哭竜を!」


「わかりました…みんな、行くぞ!」


 クロスの号令に被せるように、マリーがオリハルコンメイスを構え、鋭く笑う。

 こうして、第九層で、再び死闘が幕を開けた。


 竜の泣き声が響くたび、クロスたちの心に不安が侵食する。エリスがアテナの錫杖を掲げ、風の障壁を展開して精神攻撃を相殺。


「緋断!」


 フローレンスはレヴァンティンを振り抜き、炎の奔流で竜の冷気を押し返す。炎に包まれた隙を突き、クロスは氷の鱗へと斬撃を叩き込む。

 ジャンは空中へ跳び、アストラル=レヴァントから光の衝撃波を放ち、竜の片翼を焼いた。


「ほなウチの番や!えぇい!」


 マリーがオリハルコンメイスを渾身で振り下ろし、竜の前脚を粉砕する。巨体が傾き、氷片が飛び散った。


 一方その頃、アルガードたちは影の触手に囲まれていた。バロムは巨体の半分を闇に溶かし、そこから伸びる触手が全方位を襲う。

 ヒルダは剣で薙ぎ払い、イグニスは矢を連射。マーテルは土魔法を展開し、マチルダが後衛から回復の光を送った。


「こいつ……動きが読めない!」


ヒルダが吐き捨てる。


「ならば力で押し切る!雷撃刺突ライトニング・インペイル!」


 アルガードが雷を纏うロンギヌスで影を貫き、バロムの本体へ迫る。


 影と氷、灼熱と極寒。二つの戦場の時間が、同じ鼓動で進んでいく。


 氷原では、フローレンスの炎とエリスの風が竜を完全に押さえ込み、クロスが跳躍する。


閃雷断光(せんらいだんこう)!」


 月光を浴びた斬撃が竜の首を裂き、月哭竜は絶叫を残して崖下へと落ちた。

 その跡には、淡く光る一輪の花…奇跡の花が咲き誇っていた。


 その頃、影の嵐の中。

 虚淵のバロムは、半身を闇に沈めたまま巨大な触手を振るい、地面を抉り取っていた。

 足場は崩れ、氷原はあっという間に暗黒の沼と化していく。


「この影、動きが読めねぇな……!」


 イグニスが風の弓を引き絞り、矢を放つ。

 透明な風刃が触手を裂き、飛沫のように闇を散らすが、それでも数は減らない。


「アルガード、時間稼ぐわよ!」


 ヒルダが剣を構え、正面から突っ込む。影が殺到するが、マーテルの土魔法が隆起し、ヒルダの足元に土の壁を築いて押し返す。


「ヒルダ、行け!」


 マチルダの声と共に、光が弾ける。癒やしの力がヒルダの全身を駆け抜け、疲労も傷も一瞬で消える。


「……今だ!」


 アルガードはロンギヌスを逆手に構え、全身の魔力を込める。足元の氷が砕け、白い蒸気が立ち上るほどの圧力。


雷槍連牙(ヴォルト・ファング)!!」


 跳躍と同時にロンギヌスが闇を裂き、バロムの胸部を深々と貫く。その瞬間、影の触手が一斉に震え、地面から引き剥がされるように崩れ落ちた。


 バロムの巨体は断末魔の咆哮をあげ、闇の霧となって霧散する。残されたのは、歪んだ黒い結晶、虚淵の核石。


「……終わったか」


 アルガードが肩で息をし、ロンギヌスを引き抜いた。


 月影の断崖での激戦の末、月哭竜は崩れ落ち、冷気が凍てついた大地の上に一輪だけ咲く花があった。

 純白の花弁がわずかに青く輝き、吐息のような霧をまとっている。奇跡の花だ。

 クロスは慎重にそれを摘み取り、胸の奥に湧く高鳴りを抑えきれなかった。


 一方その頃、虚淵の戦場では、アルガードたちが死闘の末に虚淵のバロムを討ち倒していた。

 残されたのは闇色の結晶、虚淵の核石。

 冷たい脈動を放つそれを、ヒルダが両手で受け取る。


 こうして二つの戦場から、二つの宝が揃った。


【サンライズシティ 冒険者ギルド】


 クロスは机の上に奇跡の花を置き、その正面に妖刀・新月が静かに横たわっていた。

 花の光が刀身に吸い込まれるように溶け込み、銀色の刃はまばゆく輝く。


〈……これで、呪いは消えた〉


 低く響く声が、クロスの頭の中に囁く。黒い淀みが刃から消え、代わりに透明な月光のような力が満ちていく。


「……真打・鏡花水月(きょうかすいげつ)


 クロスは刀を握り、静かに目を閉じた。

 その瞬間、柄が手に吸い付くように馴染み、刀が確かに自分を選んだことを悟る。これで、自分も最強の一角に並ぶ武器を手にしたのだ。


 一方、虚淵の核石は、ヒルダの愛用の刀と融合された。刃は夜の闇を凝縮したように黒く染まり、その切っ先には霧のような影が漂う。

 名は「虚淵刀(きょえんとう)」。その一閃は、影をも斬り裂く終焉の一撃となるだろう。


 こうして、仲間たちは再び一段と強くなり、次なる奈落の深淵へ挑む準備を整えた――。

灼熱の剣・レヴァンティンについて


フローレンスが手に入れた武器、レヴァンティン。

その刃は、かつて世界を創った炎の神が、己の心臓の火を分け与えて鍛え上げたと伝えられています。

鍛造に使われた炉は常世の火山の奥底、千年に一度だけ噴き上がる“神炎”の中。

その炎を宿したまま冷めることなく完成したのが、この剣です。

レヴァンティンの刃は常に赤く脈動し、構えた瞬間から周囲の空気を震わせます。

一振りすれば熱波が奔り、金属をも溶かす灼熱が敵を包み込む。さらに、戦いの熱気と持ち主の闘志に応じて、その炎は黄金色から白炎へと変化し、触れたもの全てを灰に帰す力を発揮します。

ただし、この剣は持ち主の精神力と魔力を容赦なく食らいます。

振るい続ければ、炎はやがて持ち主の身体そのものを焼き尽くす――その危険を孕んでいるのです。

だからこそ、扱う者には炎と心を同調させる強靭な意志が求められます。

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