妖刀の声
仲間たちが次々と自分に最適な武器を手に入れ、戦力を大きく向上させていく中、クロスの胸中にはわずかな焦燥が芽生えていた。
マリーはオリハルコンメイス、ジャンはアストラル=レヴァント、フローレンスはレヴァンティン、エリスはアテナの錫杖…それぞれ強力な武器を手にした。
だが、自分は――。
ある日の午後、クロスは何気なく冒険者ギルドの一角に足を向けた。そこには戦死した冒険者たちの遺影と、遺品が静かに並べられている。
その中で、ひときわ異様な存在感を放つ一本の刀に、クロスの目が奪われた。
黒漆の鞘に収められたその刀には、銀色の月が細く彫り込まれている。札にはこう記されていた。
妖刀・新月。所持者の命を削り、代わりに常人離れした斬撃をもたらす禁忌の刃。
ムラサメの切札であり、ペシミスティとの戦いで使われ、彼の最期と共にギルドへ戻されたもの。刀から放たれる妖しい輝きに、クロスは無意識に手を伸ばしかけた。その瞬間――
「クロス! 何やってんの!」
背後からヒルダが駆け寄り、彼の腕を掴む。
はっと我に返ったクロスは、額に冷や汗を浮かべて刀から目をそらす。
どうしてこんなに惹かれたのか、自分でも説明できなかった。
その夜。
クロスは夢の中で、見知らぬ闇の空間に立っていた。月明かりだけが地面を照らし、薄い霧が漂っている。
ふいに足音が響き、サムライの影のような男が現れる。顔は見えないが、腰にはあの「新月」が差してあった。
〈……我が名は新月〉
低く響く声が、直接頭の中に流れ込む。
〈力を求めるならば、第九層に咲く“奇跡の花”を手に入れよ〉
クロスが問い返すより早く、男の姿は霧に溶けて消え、夢もまた暗闇に沈んでいった――。
翌日、クロスは足早に「マギアドラッグ」の扉をくぐった。
店内で薬草を仕分けていたエリスが顔を上げ、少し驚いたように首をかしげる。
「珍しいわね、あんたがここに来るなんて」
「ちょっと……相談したいことがあるんだ」
クロスは昨夜の夢で見たこと、妖刀・新月の存在、そして“奇跡の花”の話をエリスに打ち明けた。
エリスは黙って聞き、やがて腕を組んで小さくため息をつく。
「そういうの、気になると放っておけない性格でしょ。……分かったわ、一緒に調べてみる」
二人は第六層の深海都市・ルメナリアへ向かった。
深海の青い光に包まれた都市の中心に、大図書館はそびえ立っている。そこは世界中から集められた古文書や地図が眠る知の宝庫だった。
古ぼけた地誌や魔植物の記録を片っ端から探すこと数時間――ようやく一冊の記録が見つかった。
“奇跡の花”は、奈落の第九層の極めて特定の場所でしか咲かず、開花の条件は数十年に一度、環境と魔力の流れが偶然重なったときのみ。
「……奇跡って名前は、伊達じゃないわね」
エリスは本を閉じ、疲れた顔で笑った。
「正直、そんな花を探すより、普通に第九層で剣を見つけた方が早いわよ」
クロスは黙って考え込み、やがて肩を落とす。
「……そうだな。無駄に時間を食うより、現実的にいこう」
こうして二人はルメナリアを後にし、後日、パーティで新たな武器探しのため第九層へ向かうことを決めたのだった。
ルメナリアから戻ったその夜――
クロスは疲れのせいか、すぐに深い眠りへと落ちた。
しかし、意識の奥底に、ざわりと冷たい風が吹き込む。
闇の中、月明かりだけが照らす草原に、一人の影が立っていた。
それは、鎧兜も纏わぬ、古の侍のような姿。腰には一振りの刀――妖刀・新月。
月光が刃に反射し、血のような赤い輝きが瞬く。
〈また会ったな……〉
影は低く、しかし耳に直接届くような声で語りかけてくる。
〈お前は俺を求めている。ならば教えてやろう……奇跡の花が咲く場所を〉
影は静かに歩み寄り、クロスの目の前に立つ。
そして背後に浮かび上がったのは、地図の断片のような光の図――それは奈落第九層の地形を正確に描き出していた。
〈ここだ……座標は、月が真上に来る時、岩壁の影に……〉
声が徐々に遠ざかっていく。
地図の光はクロスの脳裏に焼き付くように刻まれ、やがて影は霧のように消えた。
〈来い……そして、俺を振るえ〉
冷たい声が最後に残り、クロスは息を呑んで目を覚ました。
汗で湿った手が、無意識に腰のあたりを探っている。そこに刀はない。だが、座標だけは、確かに心に刻まれていた――。
翌朝、クロスは仲間たちを集め、昨夜新月が夢に現れ、告げてきた座標のことを話した。
全員が地図を覗き込み、しばし沈黙が続く。
やがて、アルガードが怪訝な表情を浮かべ、眉をひそめた。
「……この位置……まさか“月影の断崖”じゃないか?」
「月影の断崖?」とジャンが首を傾げる。
アルガードはゆっくりとうなずき、槍の柄を握り直した。
「第九層の中でも危険度が段違いの場所だ。そこでしか姿を現さないレアモンスターがいる…」
一度は息を呑む。
「月哭竜だ」
フローレンスが息を呑む。
「竜……ですか?」
「ああ。新月の夜にだけ現れる、白銀の巨竜だ。鳴き声は女の泣き声に似ていて、聞いた者は精神を削られる。重力を操るブレスで敵を地に縫い付け、あるいは空に放り投げて叩き落とす。討伐例は……俺が知る限り、歴史上で五例だけだ」
場の空気が一気に重くなる。だが、アルガードは続けた。
「奇跡の花の話を聞いたことがある。あれは、この竜が吐く冷気の跡地にしか咲かない。つまり……竜を倒すしかない」
クロスは黙って拳を握りしめる。
「新月は、何故これを狙っているのだろう……」
仲間たちの間に、決意と緊張が入り混じった沈黙が流れた。
天界の杖・アテナの錫杖について
エリスが手に入れた「アテナの錫杖」は、天界の守護女神アテナが戦乙女たちに授けたとされる神器のひとつです。白銀の柄には神聖文字が刻まれ、先端には純白の羽根と金の環が組み合わさった美麗な意匠が輝きます。
特徴は「叡智と守護」。魔法の精度と威力を高めるだけでなく、精神を安定させ、幻惑や精神干渉に強く、長時間の戦闘でも集中力を失わないという強力な加護が備わっています。
エリスにとって、この杖は戦闘能力を大幅に補強するだけでなく、長時間の探索や魔法戦でも精神の安定を保つ重要な相棒となりました。




