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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第八章 地獄の死闘編

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アストラル=レヴァント

 奈落の第八層、地響きと瘴気が交錯する戦場。

 マーテルは地面に手をかざし、土の魔力を渦巻かせる。石や岩が瞬時に集まり、壁となって迫るアビスオーガや獄龍の攻撃を防ぐ。


「ここで止めるわよ、エリス!」


 マーテルの声に応じ、エリスは風を操り、土の壁の表面に冷気を吹き付ける。氷が魔力で強化され、防壁は鋼鉄にも勝る硬度を帯びる。


 凶暴な獄龍が牙を剥き、アビスオーガが拳を振り下ろす。しかし、防壁にぶつかると地響きだけが戦場に残る。力任せに突撃しても突破できない、完璧な守り。


「でも……このままじゃ、長くは持たないわね」


 マーテルが小さく唸る。土と氷を組み合わせた防壁は強力だが、魔力の消耗は激しい。二人が少しでも油断すれば、敵はすぐに突破してくる。


 マーテルとエリスは背を合わせ、連携を取りながら魔力を注ぎ続ける。防壁は戦場に一点の隙も許さず、冒険者たちの撤退や立て直しを支える盾となる。


 防壁の前でマーテルとエリスが魔力を集中させる中、イグニスは素早く駆け寄った。


「俺に任せろ!」


 イグニスは防壁の岩と氷の結晶を踏み台に、跳躍。空中から敵を狙い定め、弓を引き絞る。矢じりが冷たい光を放ち、アビスオーガや獄龍の隙間を正確に射抜く。


 矢は鋭く貫通し、次々と敵の動きを止める。防壁に飛び乗ったイグニスの存在は、壁そのものを強化すると同時に、敵の進攻ルートを抑える力となった。


 マーテルとエリスも、彼の援護を活かし、防壁の維持に集中できる。岩と氷の結晶が光を帯びて輝き、まるで一枚の魔法の砦のように、敵を阻む。


「これで少しは……安全に戦える」


 マーテルが息をつくと、エリスも冷気を強め、結界の強度を上げる。


 その頃、戦線の別方向――

 アンガレドの前ではクロス達が依然として苦戦を強いられていた。

 クロスが剣を振るい、マリーが魔法を放つも、敵の猛攻に押され、防御のリズムが乱れかける。


「くっ……このままじゃ……!」


 クロスの歯ぎしりに、マリーも強く頷く。


「せやけど、諦めるわけにはいかへん……!」


 イグニスの援護による防壁が、わずかながらも戦況を安定させ、反撃の起点を作っていた。


 クロスたちの戦いの喧騒から離れた場所――

 深くえぐれた穴の底で、ジャンは意識を失って倒れていた。うっすらと目を開けると、暗闇の中で、かすかな声が耳に届く。


 〈……目を覚ませ、少年……〉


 声の方向に目を凝らすと、そこには異様な光景が広がっていた。

 一体の白骨遺体が、無造作に横たわっている。その手元には、異常な力を帯びた斧が突き立てられていた。斧から放たれるオーラは、空気を震わせるほど強く、見る者の心を圧倒する。


 ジャンは思わず後ずさり、震える声で呟いた。


「……こ、これは……」


 白骨の主――アレクシオ=リオンドール。

 かつてこの奈落の層で、たった一人で六大将全員を壊滅寸前に追い込み、その名を歴史に刻んだ最強の冒険者だった。


 斧は、まるで意思を持つかのように微かに光を揺らし、ジャンに訴えかける。


〈……我が力を、受け継ぐか……?〉


 穴の中に、重く凍りつくような静寂が落ちる。ジャンは恐怖と好奇心が交錯する中で、そっと手を伸ばす。


〈この斧は、アストラル=レヴァント。俺の相棒だ〉


 この瞬間、彼の運命は再び奈落の深淵へと導かれるのだった。穴から復帰したジャンは、アストラル=レヴァントを握り締める。その斧から放たれる強烈なオーラに、周囲の空気が震えた。


「…まさか……アレクシオ…様…?」


 ジャンの耳に、かすかな声が響く。あの最強冒険者の残留思念か、あるいは魂そのものか――


〈エルドの孫よ。俺の力を、今こそ継ぐのだ〉


 斧を高く掲げると、ジャンの体に未知の力が流れ込み、肉体と精神が極限まで研ぎ澄まされる。


「行くぞ……アストラル=レヴァント!!」


 ジャンは戦場を駆け抜け、アンガレドの前へと迫る。斧を振り下ろす瞬間、空間そのものが裂け、轟音とともに巨大な斬撃が生まれる。衝撃波はアンガレドを押し返し、防壁や障害物もなぎ倒しながら直撃する。


 仲間たちは思わず息を呑む。ジャンの圧倒的力によって、苦戦していたクロスたちの前に道が開かれ、戦況は一気に変化する。


 斧から放たれる光と風圧に包まれ、アンガレドの目が驚きに見開かれる。ジャンは荒々しい呼吸を整えながらも、アレクシオの導きに従い、戦線の最前線へと進んでいった。


 アンガレドの目に、ジャン、アレクシオ、そしてギルバートの姿が重なる。かつて自分を追い詰めた者たちの面影が、今ここに揃っている――

 その瞬間、アンガレドは初めて息を飲み、死の気配を直感した。


 その刹那、ヒルダが声を張り上げる。


「私たちを忘れるなッ!」


 ヒルダの剣が閃き、必殺技・絶刃アブソリュート・スラッシュが炸裂する。続いてクロスも息を合わせ、天雷断罪(てんらいだんざい)を放つ。アンガレドはその攻撃に怯み、防御の隙が生まれる。


「ぐうぅ…おのれ、クソどもが!!」


 その隙を逃さず、マチルダとマリーが同時に魔法を展開。セイント・ジェイルがアンガレドを完全に拘束し、もはや動くことはできない。


「これで終わりだ!」


 ジャンは渾身の力を込め、アストラル=レヴァントを振りかざす。動けないアンガレドは死を悟る。


「俺は…死ぬのか…!?」


天宇斬滅(てんうざんめつ)!!」


 轟音と衝撃が戦場を揺るがし、閃光がアンガレドを完全に打ち砕く。その瞬間、巨大な体は地に倒れ、奈落に重厚な衝撃だけが残った。戦場は一瞬、静寂に包まれる。


 仲間たちは安堵の息をつき、荒れた戦場に互いの存在を確認し合った。

 遠くに崩れた壁、散らばる魔力の残滓、しかし、もう敵の脅威はない。


 こうして、奈落第九層の戦いはついに終幕を迎えた。

アストラル=レヴァントについて


ジャンが手にした斧――アストラル=レヴァントは、奈落の深層で眠り続けた神話級の武具である。その白骨の持ち主、アレクシオ=リオンドールが遺した意思と力を宿し、選ばれた者にだけ真の力を発揮する。

斧は単なる破壊の道具ではない。持ち主の魂と過去、そして想いを反映する特性を持ち、絶対の一撃「天宇斬滅てんうざんめつ」は、ただの攻撃ではなく、宿した意志ごと敵を断ち切る究極の奥義である。

ジャンがアストラル=レヴァントを振るったことで、アンガレドに抗い続けた冒険者たちの努力と絆が、文字通りの形となって現れた。斧の力は強大であるが、それを真に操れるのは心と意志の強さを兼ね備えた者のみ。

今回、ジャンはその資質を証明したのだった。

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