表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第八章 地獄の死闘編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/89

燎火一閃

「お前が避けるから、百中の二つ名を語れなくなったじゃねぇか」


「はっ、今までザコばかり狙ってただけだろっ!」


 地獄エリアの混沌を抜け、リゼルグの姿が目の前に現れる。イグニスは弓を構え、矢じりが冷たく光る。フローレンスは剣を握りしめ、気迫を全身に満たす。


「行くぞ、フローレンス!」


 イグニスが声を掛ける間もなく、リゼルグは軽やかに動き、矢を避けつつその位置を瞬時に修正する。

 フローレンスが斬りかかるが、リゼルグはノールックでかわす。撃たれ、銃で殴られ、まるで存在を無視するかのように扱われる。


「ふん、どこまでも愚かな冒険者よ」


 リゼルグの声に余裕と冷徹が混ざる。イグニスは矢を放ちながら、リゼルグの動きを読み、反撃のタイミングを探る。


 リゼルグは一瞬の動きで間合いを詰め、目に薄く影を落とす。


 ーーーー

 リゼルグの瞳に、ほんの一瞬、過去の光景がよみがえる。

 あの頃、盗賊団ブラッドムーンは奈落を股にかけ、秘宝や武器を集め、富と権力を手に入れるために駆け抜けていた。


 戦闘の最前線では、豪腕のゴリアテが巨大な棍を振るい、次々に迫る魔物を叩き伏せる。


「こいつら、相手にならねえ!」


 彼の咆哮に応じ、冷静なアンナは縦横無尽にデバフ魔法を振るう。さらには敵の攻撃を的確に割り、仲間たちの死角をカバーしていく。


 元騎士のオルテガは、槌技の精度と戦術眼で部隊を統率する。


「そこの弱点を狙え!」


 その指示に従い、リゼルグやゴリアテ、アンナが連携して攻撃を加える。


 その脇で、セラヴィオとサリヴァンも活躍していた。セラヴィオは笑みを浮かべながらも、攻撃の一角を支え、サリヴァンは迅速に背後の敵を排除する。夜のキャンプでは、焚火を囲んで笑い声がこだまする。


「昨日の冒険、結構うまくいったな」


「リゼルグ、やっぱりお前がいなきゃ俺たちは生き残れなかった」


 ゴリアテの豪快な笑いに、アンナの軽い皮肉が絡む。


 だが、そんな日々も長くは続かなかった。

 仲間たちは次々に冒険者達に敗れ、命を奪われた。

 盗賊団ブラッドムーン幹部・七芒星(セブンスター)の秩序は崩れ、残ったのはリゼルグと、最後まで共にいたアルカトラだけだった。


 アルカトラはリゼルグの心の支えであり、戦場でも安心して体を預けられる存在だった。


「……お前がいてくれれば、俺はまだ、大丈夫だ」


「リゼルグ…」


 彼女との距離の温もり、互いに託した命、共有した笑い、体を重ねた夜――すべてがリゼルグの胸に深く刻まれていた。


 そして、奪われた仲間や財宝の記憶と共に、怒りが静かに、しかし確実に燃え上がる


 ーーーー


「全ての仲間を奪ったこと……絶対に許さん!」


 リゼルグが低く断罪する声が響く。イグニスはその声に応じて、静かに笑みを浮かべる。


「そうか……だが、フローレンスも同じ気持ちだと思うぞ」


 その言葉に振り返るリゼルグの視線の先で、フローレンスの剣が炎を纏い輝く。撃たれ、殴られ、血だらけの彼女の体から放たれた気は、緋断を凌駕する強さ…


燎火一閃インフェルノ・スラッシュ!!」


 閃光のごとく放たれた一撃は、リゼルグを深く切り裂く。リゼルグは地に膝をつく。胸の奥で燃えていた怒りと権力欲も、炎に焼かれるように消えていく。


「……ぐっ……」


 身体が重く、思考も朦朧とする。拳を握りしめた手から、力が抜けていく。


 周囲の光景が、まるでスローモーションのように流れた。かつて共に笑い、戦い、夜を共にした仲間たちの姿。

 ――ゴリアテの豪快な笑い、アンナの軽口、オルテガの冷静な指示、そしてアルカトラの穏やかな笑顔。

 最後まで自分を信じてくれたその存在だけが、今も鮮明に心に刻まれていた。


「……すまない、みんな……」


 かすれた声で、かつて奪った仲間たちの名をひとつずつ思い浮かべる。後悔と痛みが胸を締め付けた。


 視線を上げると、フローレンスがまだ剣を構え、静かに息を整えている。

 彼女の目に映る光。怒り、悲しみ、そして決意。

 その全てが、リゼルグの胸に刺さる。


「……アルカトラ……」


 唇から零れたその名に、最後の想いを込める。

 彼女と共に過ごした日々、互いに支え合った時間。

 ――すべてが愛しく、そして切ない。


 最後の力を振り絞り、かすかに笑みを浮かべたリゼルグは、アルカトラに向けて静かに告げる。


「……ありがとう……愛していた……」


 そして、身体は地に崩れ落ち、リゼルグの目はゆっくりと閉じられた。

 戦場には、深い静寂と共に、彼の消えゆく存在の余韻だけが残った。


 フローレンスの体はダメージと疲労で限界を迎える。全身から血と熱が噴き出し、力尽きたかのようにその場に倒れ込んだ。


「フローレンスッ……!」


 イグニスが即座に駆け寄る。無傷の彼は、素早く彼女を抱え上げ、戦場の混乱を避ける安全な場所へと運ぶ。その腕の中で、フローレンスはかすかに意識を保ちつつも、深く息を吐き、熱と痛みで体を震わせていた。


「大丈夫だ……今は安全だ。少し休め」


 イグニスの声は静かだが、揺るぎない安心感を帯びている。フローレンスはその胸に頭を預け、目を閉じるしかなかった。


 イグニスはフローレンスを安全に守ると、再び弓を構え、戦線へと戻った。


 戦いはまだ終わらない。

リゼルグの目的はなんだったのか


リゼルグ――盗賊団ブラッドムーンを率い、奈落を駆け抜けた男の真の目的は、誰にも明かされることはなかった。


彼の野望は、奈落六大将の力を奪い、失った仲間たちを復活させることだった(だが、その力を奪えるのかも、奪えたとしても仲間を蘇らせることができたのかもわからない)。しかし、運命は残酷だった。第八層で最後の仲間だったアルカトラを失い、リゼルグの心は完全に崩れ去った。もはや、力も名誉も、富も権力も――何もかもがどうでもよくなった。


その残された存在理由はただ一つ。


「冒険者を、倒す」


――それだけが、彼を突き動かした。

そして、彼が抱き続けた最後の想いは、アルカトラへの愛と感謝だった。


「……ありがとう……愛していた……」


消えゆくその声に、仲間たちの思い出と、彼が大切にした日々の温もりが重なる。

力も野望も、すべて失った後に残ったのは、唯一、心の奥底で輝く愛の記憶だけだった。


不安のシャスエティが懸念していた未来も、結局は空振りに終わった。リゼルグは、誰のためでもなく、何のためでもなく、奈落の闇の中で、最後まで己の欲望と愛に従ったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ