怒りのアンガレド
地獄エリアを進む冒険者一行の前に、巨大な影が立ちはだかった。
奈落六大将・怒りのアンガレド。
戦いの気配が一瞬にして空気を張り詰めさせる。
「待っていたぞ、冒険者ども…我が名は奈落六大将・怒りのアンガレド!ペシミスティに続き、ヘティリドまで失った俺の怒り、貴様らに刻み込んでくれるわ!!」
「来やがったな……!」
クロスが剣を握り締める。
しかし、戦闘開始の瞬間、悲鳴が響いた。
堅牢な前衛として一行の盾となるガイアの頭部に、無数の死角から放たれた弾丸が直撃する。
その場にガイアは倒れ、命はすでに尽きていた。
「ガイア……!」
ダリウスが叫ぶ。仲間たちも一瞬、絶望に凍りつく。
その瞬間、フローレンスの胸に熱い感情が駆け上がる。ガイアに告げられていた言葉、そして今失った命。
「……絶対に許さない!」
彼女は剣を握り、狙撃手を探す。
次の標的はイグニスだった。
弾丸は精密な弧を描き、彼を襲う。だが、イグニスの目にはその軌道がすべて読めていた。絶対的なセンスで身を翻す。弾丸は空を切る。
イグニスはすぐに敵の位置を割り出すと、矢を放った。しかし、その矢を悠然と避ける者の姿が現れる。
──リゼルグだ。
「やっぱり、あいつか……」
イグニスは歯を食いしばり、敵を引き受ける覚悟を固める。
その間に、アンガレドの咆哮が地獄エリア全体に轟く。その叫びに呼応するかのように、アビスオーガや獄龍たちが集まり、仲間を襲わんと動き出す。
「マーテル、エリス! そっち頼む!」
クロスが声を張る。
マーテルとエリスは俊敏に動き、次々に迫る化け物級の敵を引き受ける。残るメンバーは、アンガレド本体と真正面から対峙する形となった。
そして、フローレンスはリゼルグに向かって真っ直ぐに剣を振りかざす。
戦場は一気に混沌と化す──。
地獄エリアの空気は鋭く裂け、アンガレドの咆哮がこだまする。その圧倒的な存在感に、クロスたちも一瞬息を呑む。
「皆、油断するな……確実に連携だ!」
ヒルダが冷静に指示を出す。タイマンではヘティリドに全く歯が立たなかった彼女は、奈落六大将の強さを誰よりも理解していた。
アンガレドは、一瞬の間を置くと、鬼炎を纏う拳を放った。
「鬼炎万丈」
その一撃必殺の炎は、直撃すれば誰ひとりとして耐えられない。冒険者たちは即座に避け、直接受け止めることはできない。
「くっ……避けろ!」
クロスが声を張る。続けざまに、アンガレドは足元から広範囲の火焔を巻き上げる。
「四面楚火」
辺り一帯が灼熱の炎に包まれ、魔法も剣も、直接受けることは不可能だった。だが、ヒルダは冷静に判断する。
「正面からは無理でも、連携で動きを封じる!」
クロスが前に出て牽制し、ジャンが横から斬撃を入れて注意を分散。
マリーが光魔法で動線を制御し、マチルダの範囲魔法で攻撃の起点をずらす。
ダリウスは炎の届かない位置から鞭で牽制し突撃を支援。
直接受け止めることはできなくても、6人の確実な連携でアンガレドの動きを制限することはできる。
ヒルダの指示に従い、息の合った連携で次第にアンガレドを追い詰めていく冒険者たち。
炎が燃え上がる地獄エリアの中で、彼らは全身全霊で攻撃を避けながら、確実に反撃のチャンスを窺う。
ヒルダの指示で6人は小刻みに動き、互いの位置を意識しながらアンガレドを追い詰める。
しかし、その機敏さがアンガレドの怒りに油を注いだ。
「ふん……動き回るばかりか……!」
アンガレドの瞳が血走る。両手を高く掲げると、熱線が渦巻く。
「呵責炎天」
その熱線は空間を焼き尽くす勢いで、攻撃範囲は計り知れない。
「ダリウス、気を――!」
叫ぶ間もなく、回避に遅れたダリウスの体を炎が包む。一瞬のうちに灰と化し、戦場にはただ熱風だけが残った。
仲間たちは息を飲む。
「ダリウス……!」
クロスの叫びが、地獄の炎にかき消される。ヒルダは冷静さを失わず、仲間に指示を飛ばす。
「まだ動ける! 一人の犠牲で怯むな! 次は連携でアンガレドを縛る!」
小刻みに動く5人の戦いは、苛烈な攻撃の連続によってますます危険なものとなった。
だが、アンガレドの怒りが強まるほど、彼らの連携は試され、次第に互いの動きが鋭く噛み合い始める。
ジャンの斧が一閃する。──奥義、覇刃。
その斬撃がアンガレドに直撃し、巨体を揺らす。
「……おお、懐かしい感覚だ!」
アンガレドは斬撃を受けながら、高らかに笑った。脳裏に蘇るのは、かつて自分を苦しめた二人。
アレクシオ=リオンドールと
ギルバート=アルバトロス。
「また、あの時のように戦えるのか……!」
怒りと快感が入り混じり、アンガレドの笑い声が戦場に響き渡る。
ジャンはその笑顔を見て、はっきりと理解する。
──こいつが、父の仇だ。
しかし、衝動のまま無鉄砲に突っ込んだ瞬間、アンガレドの前蹴りがジャンの腹に直撃する。体は宙を舞い、戦場の縁にある穴に向かって吹き飛ばされる。
「ぐ……っ!」
ジャンの視界が天と地を逆転し、深淵の底へ落下していく。
「ジャン!!…クソッ!」
アンガレドの前には、クロス・マリー・ヒルダ・マチルダの残り4人。
火焔と怒号の嵐の中、仲間たちは決して視線を逸らさない。
ボスモンスター紹介 No.10
【怒りのアンガレド】
憤怒の赤鬼という異名を持つ、六大将の一角を担う武闘派の怪物。全身を覆う鎧のような筋肉と、戦闘のたびに増す殺気が特徴。
普段から短気で、特に仲間が倒された時の怒りは常軌を逸し、周囲の空気を焼き焦がすほどの魔力を発する。
理性よりも本能を優先し、勝つためなら己の肉体が砕けても構わないという危険な戦闘狂。
得意武器は己の拳と脚のみ。武器を持たずとも岩盤を粉砕し、鋼鉄を握り潰す圧倒的な膂力を誇る。
その戦い方は豪快にして苛烈、まさに“生きる暴風”の異名にふさわしい。
六大将の中でも突出した近接戦闘能力を持つが、激情が暴走すれば味方すら巻き込む欠点もある。




