地獄への旅立ち
【奈落 第十層 神殿エリア】
漆黒の神殿に、不安のシャスエティの低い吐息が響く。
六大将の一角・憎しみヘティリドの敗北。その報せは、冷えた石柱の間を抜け、彼の胸奥に重く沈んだ。
だが、周囲の魔将たちは、それを深刻に受け止めてはいない。
とりわけ怒りのアンガレドは、神殿の床を踏み割らんばかりの足音を響かせ、壁を叩きながら吼えた。
「六大将を二人も殺されたまま、黙ってられるかッ!」
その声は天井の高みに反響し、もはや誰にも制御できぬ烈火のごとき怒気を帯びている。
シャスエティは、地獄エリアで冒険者たちを迎え撃つ案を思案していた。
だが、怨恨の黒薔薇・恨みのグラージャは、あの灼熱の地では本領を発揮できない。
さらに、信用しきれぬリゼルグという不安定な駒も抱えている。
熟考の末、シャスエティは低い声で命じた。
「リゼルグ……アンガレドと共に動け」
リゼルグは無言で頷く。その影の奥で、薄く笑った。それが命令への従順の証か、あるいは別の企みの兆しかは、まだ誰にもわからなかった。
【サンライズシティ 冒険者ギルド】
一方その頃、冒険者ギルドの広間には、精鋭たちが次々と集まり、武具や魔道具の調整を行っていた。
指揮を執るのはヒルダ。
その号令のもと、イグニス、マチルダ、クロス、ジャン、エリス、マリー、フローレンス、ガイア、ダリウス、マーテルが、第九層攻略に向けて勢揃いしていた。
出発前、ふとクロスの視界に、ギルドの掲示板に貼られた一枚の紙が飛び込んでくる。
最新の冒険者ランキング。街中の冒険者たちが憧れと畏怖の眼差しで眺める、栄誉と実力の証。
◇ 冒険者ランキング・最新版 ◇
1位《最強の男》アルガード=ドラコニス
2位《白銀の戦乙女》ヒルダ=グランリオナ
3位《天弓》イグニス=イッシュバーン
4位《羅刹を倒した勇者》クロス=ユグフォルティス
5位《斧勇者》ジャン=アルバトロス
「……俺が、四位……?」
クロスは思わず息を呑んだ。ついこの間まで、ランキングの上位は遠い存在だと思っていた。
だが、あの激闘…奈落六大将のヘティリドを討ったことで、自分の名がここに刻まれてしまったのだ。
誇らしさよりも先に、重みが胸にのしかかる。
《羅刹を倒した勇者》という肩書きは、これから先、仲間を導き、負けるわけにはいかないという責任そのものだった。
「……もう、後戻りはできねぇな」
小さく呟いたクロスの目は、すでに第九層の地獄を見据えていた。
ヒルダの声が広間に響く。
「全員、覚悟はできてるわね? 第九層は甘くない……行くわよ!」
十人の精鋭たちは頷き合い、ギルドの重い扉を押し開けた。外気が頬を刺し、彼らの背に新たな戦いの予感を乗せて吹き抜けていった。
【奈落 第九層 地獄エリア 入口】
灼熱の地を覆う硝煙と瘴気が、冒険者たちの鼻を突いた。地面は裂け、赤黒い溶岩が至る所で泡立ち、遠くから断続的な地鳴りが響く。
クロスは仲間たちの動きを確認しながら慎重に前進する。裂け目や火山岩の配置を瞬時に判断し、指示を出した。
「マリー、左手の裂け目に魔法陣を展開。あの炎の跳ね返しに使える」
マリーはうなずき、メイスの先から光の魔法陣を描く。眩い光が灼熱の火炎を受け止め、盾となった。
その時、前方の溶岩原から、巨大な影が二つ立ち上がる。
ヘルハウンドとアビスオーガだ。
通常ならこの魔物たちだけで一行の前進を阻む脅威。しかし、ヒルダとイグニスは微動だにせず立つ。
ヒルダは剣を掲げ、冷徹な眼差しで前方のヘルハウンドを見据えた。
「甘いな、そんな力じゃこの私には通用しないわ!」
一振りで剣先に炎が巻きつき、ヘルハウンドを裂き、黒煙と共に消し去った。
イグニスは天弓を引き、溶岩の揺らぎを読みつつ矢を放つ。
「俺の矢を避けられると思うなよっと!」
矢はアビスオーガの動きを正確に捉え、胴を貫いて地面に倒れ込ませた。
その圧倒的な力に、ガイアとダリウスは思わず声を上げた。
「ヘ、ヘルハウンドを……一瞬で!?」
「……あの二人、流石だな……」
クロスも息を呑む。改めてヒルダとイグニスの別格ぶりを痛感した。
だが、遠くの煙の奥には、まだ見えぬ魔将の気配――アンガレドが潜んでいる。
巨大な炎の影が地獄の空にちらりと揺れる。彼の怒りはまだ表に出てはいないが、その存在は確実に冒険者たちに重くのしかかる。
「……くそ、油断はできねぇな」
クロスは剣を握り直し、仲間たちに小声で指示を送る。
「全員、連携は確実に。ヒルダとイグニスの攻撃で、まずは前方を押さえる」
冒険者たちの光が、地獄の炎の中で静かに輝き出した。遠くの煙の向こうで、リゼルグの薄笑いが微かに揺れる。
――その真意は、まだ誰にも読めないままだった。
地獄エリアについて
第九層は通称「地獄エリア」と呼ばれ、その名の通り冒険者たちの命を容赦なく削る灼熱の階層です。
これまでの層とは環境が一変し、極寒の雪原から一歩踏み入れれば、硫黄と溶岩が支配する灼熱地帯が広がります。
地形は赤黒い岩肌と深い亀裂に覆われ、間欠泉のように炎や溶岩が噴き出す危険地帯。気温は常時50度を超え、長時間の滞在は熱中症や脱水の危険が高まります。
加えて、階層そのものが生き物のように脈動しており、地震や地割れが突発的に発生します。
また、最奥ではは重力すら安定せず、魔力は塵と化し、理性を保つだけでも困難を極めます。




