炎と影、雪に散る
【奈落 第八層 クリスタルヴィレッジ 路地裏】
吹雪が視界を白く覆い、狭い路地裏はほとんど闇に沈んでいた。ただ、二人の間に漂う殺気だけが、この場を凍てつかせている。
炎を纏う剣を構えるフローレンス。
闇の短剣を逆手に握り、猫のように腰を落とすアルカトラ。
「……四年前、あの時から私はさらに強くなった」
アルカトラの声は冷ややかで、感情の色が見えない。次の刹那、アルカトラの姿が掻き消えた。
フローレンスは反射的に身をひねり、炎の剣で背後を薙ぐ。
火花が散り、短剣と剣がぶつかり合った衝撃が路地に響く。
「やっぱり速い……!」
アルカトラは攻撃の反動を利用し、壁を蹴って頭上から襲いかかる。フローレンスは剣を上段に構え、力強く受け止めたが、衝撃で膝がわずかに沈む。
その一瞬の隙を、アルカトラは逃さない。短剣のもう一方の刃が、フローレンスの肩口を掠め、鮮血が雪に散った。
「……ちっ」
フローレンスは距離を取ると、炎の剣先に魔力を集中させた。赤々と燃え上がる刃が、吹雪を押し返すように揺らめく。
「今度こそ……逃がさない!」
踏み込みと同時に、剣から炎の奔流がほとばしる。狭い路地を一瞬で灼熱に変える炎撃が、アルカトラを呑み込む…はずだった。
だが炎の中から現れたのは、焼け焦げた外套だけ。アルカトラの姿は、炎の陰に溶けていた。
「……影遁」
フローレンスが息を呑んだ瞬間、背後から冷たい囁きが耳を刺す。
「動きは読んでいるわ」
短剣の切っ先が、フローレンスの喉元に迫る――
その瞬間、フローレンスは剣を半回転させ、炎の弧で背後を薙ぎ払った。短剣が弾かれ、アルカトラがわずかによろめく。
「甘いわね」
「……やるじゃない」
互いの息が白く混じる距離で、再び殺気が高まる。吹雪の中、炎と影が交錯する戦いは、まだ始まったばかりだった。
次の刹那、炎の閃光と影の残像が交錯し、狭い路地は刃と殺気で満たされていた。
剣と短剣が何度も打ち合わされるたび、火花が雪に弾け、凍える空気に金属音が響き渡る。
フローレンスは炎を広げて押し込み、アルカトラは影のような動きでその炎を裂く。
両者の武器が肉を掠めるたび、白い雪に赤い滴が落ちた。
「はぁっ……!」
剣を振り抜く勢いでアルカトラを押し返し、フローレンスは息を荒げる。
だがアルカトラも、口端から一筋の血を伝わせながら、涼しい目で睨み返した。
そして、不意に両者は同じ瞬間に後方へ跳び、距離を取った。吹雪が二人の間に降り注ぎ、路地は一瞬だけ静寂に包まれる。
「……なぜ、そうまでして盗賊として生きる?」
フローレンスの問いは、炎よりも熱を帯びていた。憎しみと疑問、そしてかつて同じ戦場で肩を並べた者への、わずかな未練が混ざっている。
アルカトラは短剣を下ろし、笑みとも苦悶ともつかない表情を浮かべた。
「……選んだわけじゃない」
その声は、これまでの冷たさとは違う、深く沈んだ響きを持っていた。
「幼い頃、村が盗賊団に襲われた。家族も……全部、焼かれた。生き延びた私は、その盗賊団に拾われ、物を盗むことでしか生きられなかった。奪わなければ……奪われる。それだけが、この世界の真実だと思っていた」
フローレンスの瞳に、一瞬の迷いが走る。
アルカトラはそれを見逃さず、低く笑った。
「でも、哀れみはいらないわ。今の私は、自分の意思で刃を振るっている」
その言葉と同時に、吹雪を切り裂いて再び踏み込む影。フローレンスも炎を纏い、躊躇を振り払って迎え撃つ。
路地裏に、再び炎と影の激突音が轟いた。炎と影が、路地裏で何度もぶつかり合い、吹雪の白が赤と黒に染まっていく。
互いにもう足元がふらつき、武器を握る手には力が残っていない。
「……これで終わりにしましょう、フローレンス」
アルカトラの短剣が、闇を切り裂く軌跡を描く。
フローレンスは炎の剣でそれを受け止めるが、衝撃と同時に脇腹からさらに血が噴き出した。
視界が揺れる。
それでも、剣先にはまだ灯が残っている。
「お前を……ここで止める!」
フローレンスは最後の力で踏み込み、炎の刃を突き出す。
アルカトラは身を翻そうとしたが、雪の上に溢れた血が足を滑らせた。
炎が胸を貫く。
その瞬間――アルカトラの瞳から戦意が消え、代わりに遠い過去の光景が流れ出す。
ーーーー
小さな手を引いてくれる兄の笑顔。
雪深い村、暖炉の前で母が歌ってくれた子守歌。
凍える夜、村を焼き払う炎と、倒れる家族の姿。
…あの日、何も守れなかった自分。
(あぁ……私は……ただ、生き延びたかっただけ……)
寒い。けれど、その寒さの奥で、誰かの温もりを探し続けていたことに今さら気づく。
ーーーー
フローレンスは、胸から刃を引き抜かれたアルカトラをそっと支えた。炎の光が弱まり、吹雪が再び二人を包む。
「……せめて……最後は、穏やかに……」
アルカトラの唇が、かすかに笑みを形作る。
次の瞬間、彼女の体は力を失い、雪の上へと静かに横たわった。
勝利の感触などなかった。
残ったのは、燃え尽きた炎と、止まらない出血だけ。
フローレンスもまた膝をつき、暗転する視界の中で、雪に倒れ込んだ。
キャラクター紹介 No.40
【白鷹射手 リィナ】
狙撃部隊に所属していた弓使い。鋭い眼と冷静な判断力で、戦場の混乱の中でも獲物を逃さない。
風を読む技術は神業の域に達し、放たれた矢は疾風のごとく敵を貫く。言葉数は少ないが、その一言には揺るぎない自信が宿る。




