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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第七章 憎悪の羅刹編

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炎と影、雪に散る

【奈落 第八層 クリスタルヴィレッジ 路地裏】


 吹雪が視界を白く覆い、狭い路地裏はほとんど闇に沈んでいた。ただ、二人の間に漂う殺気だけが、この場を凍てつかせている。


 炎を纏う剣を構えるフローレンス。

 闇の短剣を逆手に握り、猫のように腰を落とすアルカトラ。


「……四年前、あの時から私はさらに強くなった」


 アルカトラの声は冷ややかで、感情の色が見えない。次の刹那、アルカトラの姿が掻き消えた。

 フローレンスは反射的に身をひねり、炎の剣で背後を薙ぐ。

 火花が散り、短剣と剣がぶつかり合った衝撃が路地に響く。


「やっぱり速い……!」


 アルカトラは攻撃の反動を利用し、壁を蹴って頭上から襲いかかる。フローレンスは剣を上段に構え、力強く受け止めたが、衝撃で膝がわずかに沈む。


 その一瞬の隙を、アルカトラは逃さない。短剣のもう一方の刃が、フローレンスの肩口を掠め、鮮血が雪に散った。


「……ちっ」


 フローレンスは距離を取ると、炎の剣先に魔力を集中させた。赤々と燃え上がる刃が、吹雪を押し返すように揺らめく。


「今度こそ……逃がさない!」


 踏み込みと同時に、剣から炎の奔流がほとばしる。狭い路地を一瞬で灼熱に変える炎撃が、アルカトラを呑み込む…はずだった。


 だが炎の中から現れたのは、焼け焦げた外套だけ。アルカトラの姿は、炎の陰に溶けていた。


「……影遁(えんとん)


 フローレンスが息を呑んだ瞬間、背後から冷たい囁きが耳を刺す。


「動きは読んでいるわ」


 短剣の切っ先が、フローレンスの喉元に迫る――


 その瞬間、フローレンスは剣を半回転させ、炎の弧で背後を薙ぎ払った。短剣が弾かれ、アルカトラがわずかによろめく。


「甘いわね」


「……やるじゃない」


 互いの息が白く混じる距離で、再び殺気が高まる。吹雪の中、炎と影が交錯する戦いは、まだ始まったばかりだった。


 次の刹那、炎の閃光と影の残像が交錯し、狭い路地は刃と殺気で満たされていた。

 剣と短剣が何度も打ち合わされるたび、火花が雪に弾け、凍える空気に金属音が響き渡る。


 フローレンスは炎を広げて押し込み、アルカトラは影のような動きでその炎を裂く。

 両者の武器が肉を掠めるたび、白い雪に赤い滴が落ちた。


「はぁっ……!」


 剣を振り抜く勢いでアルカトラを押し返し、フローレンスは息を荒げる。

 だがアルカトラも、口端から一筋の血を伝わせながら、涼しい目で睨み返した。


 そして、不意に両者は同じ瞬間に後方へ跳び、距離を取った。吹雪が二人の間に降り注ぎ、路地は一瞬だけ静寂に包まれる。


「……なぜ、そうまでして盗賊として生きる?」


 フローレンスの問いは、炎よりも熱を帯びていた。憎しみと疑問、そしてかつて同じ戦場で肩を並べた者への、わずかな未練が混ざっている。


 アルカトラは短剣を下ろし、笑みとも苦悶ともつかない表情を浮かべた。


「……選んだわけじゃない」


 その声は、これまでの冷たさとは違う、深く沈んだ響きを持っていた。


「幼い頃、村が盗賊団に襲われた。家族も……全部、焼かれた。生き延びた私は、その盗賊団に拾われ、物を盗むことでしか生きられなかった。奪わなければ……奪われる。それだけが、この世界の真実だと思っていた」


 フローレンスの瞳に、一瞬の迷いが走る。

 アルカトラはそれを見逃さず、低く笑った。


「でも、哀れみはいらないわ。今の私は、自分の意思で刃を振るっている」


 その言葉と同時に、吹雪を切り裂いて再び踏み込む影。フローレンスも炎を纏い、躊躇を振り払って迎え撃つ。


 路地裏に、再び炎と影の激突音が轟いた。炎と影が、路地裏で何度もぶつかり合い、吹雪の白が赤と黒に染まっていく。

 互いにもう足元がふらつき、武器を握る手には力が残っていない。


「……これで終わりにしましょう、フローレンス」


 アルカトラの短剣が、闇を切り裂く軌跡を描く。

 フローレンスは炎の剣でそれを受け止めるが、衝撃と同時に脇腹からさらに血が噴き出した。


 視界が揺れる。

 それでも、剣先にはまだ灯が残っている。


「お前を……ここで止める!」


 フローレンスは最後の力で踏み込み、炎の刃を突き出す。

 アルカトラは身を翻そうとしたが、雪の上に溢れた血が足を滑らせた。


 炎が胸を貫く。


 その瞬間――アルカトラの瞳から戦意が消え、代わりに遠い過去の光景が流れ出す。


ーーーー

 

 小さな手を引いてくれる兄の笑顔。

 雪深い村、暖炉の前で母が歌ってくれた子守歌。

 凍える夜、村を焼き払う炎と、倒れる家族の姿。


 …あの日、何も守れなかった自分。


(あぁ……私は……ただ、生き延びたかっただけ……)


 寒い。けれど、その寒さの奥で、誰かの温もりを探し続けていたことに今さら気づく。


ーーーー


 フローレンスは、胸から刃を引き抜かれたアルカトラをそっと支えた。炎の光が弱まり、吹雪が再び二人を包む。


「……せめて……最後は、穏やかに……」


 アルカトラの唇が、かすかに笑みを形作る。

 次の瞬間、彼女の体は力を失い、雪の上へと静かに横たわった。


 勝利の感触などなかった。

 残ったのは、燃え尽きた炎と、止まらない出血だけ。


 フローレンスもまた膝をつき、暗転する視界の中で、雪に倒れ込んだ。

キャラクター紹介 No.40

【白鷹射手 リィナ】

狙撃部隊に所属していた弓使い。鋭い眼と冷静な判断力で、戦場の混乱の中でも獲物を逃さない。

風を読む技術は神業の域に達し、放たれた矢は疾風のごとく敵を貫く。言葉数は少ないが、その一言には揺るぎない自信が宿る。


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