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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第七章 憎悪の羅刹編

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束の間の休息

【奈落 第八層 クリスタルヴィレッジ】


 窓の外は一面の白。結界に守られた村の中だけが、吹雪の音を遮断されたように静かだった。

 屋根や柵に積もった雪が淡く光り、吐く息は柔らかな白となって空に溶ける。


 マリーは宿の厨房から漂う香りに、目をこすりながら食堂へ向かった。


「……いい匂い。なんやろ、これ」


「雪うさぎ肉のシチューだそうだ」


 クロスが席で湯気の立つ皿を前にしていた。スプーンを口に運び、ほっと息を漏らす。


 ジャンは黙々とパンをちぎり、フローレンスは剣の手入れをしながら朝食を取っている。

 エリスは食後の温かい茶を飲みつつ、分厚い地図を広げていた。


「今日の予定は?」


「昼間は村を見て回って、防寒装備や補給を整えるわ」


 それぞれの小さな会話が、朝の温かな空気に溶けていった。


【昼過ぎ】

 雪原の真ん中にあるとは思えないほど、村は穏やかだった。吹雪は村境の結界に遮られ、澄んだ空気と柔らかな陽光が石畳を照らす。


「……外と全然違うな。まるで別世界だ」


 クロスが息を吐きながら辺りを見回す。


「これが結界の力。古代遺跡の技術を使っているらしいわ」


 エリスは観察するように村の中心にある巨大な水晶を見上げる。そこから淡い光が溢れ、外界の猛吹雪を寄せつけていない。


 マリーは早速、露店の串焼きにかぶりついていた。


「ほら、クロスも食べてみ。鹿肉やけど全然クセないで!」


 ジャンは防具屋を見つけると真っ直ぐ向かい、店主と値段交渉を始める。


「雪原じゃ防寒が命だ。ちょっと高くてもいいものを選ぶ」


 フローレンスは鍛冶場に入り、氷に負けない刃の研ぎ方を教わっている。


「ここの職人、すごい腕だ……剣の切れ味が戻った」


 午後には、アルガードとヒルダが案内役となり、村の裏手にある温泉へ。湯けむりの中、全員の表情は久しぶりに緩んでいた。


「こうして休めるのも束の間だな」


 湯に浸かりながらアルガードが呟く。


「アルガードさんがいれば、大抵のことは乗り越えられるけどな」


 ジャンが豪快に笑うと、湯面が波打った。


「明日もそう言えるといいわね」


 女湯のほうから聞こえたヒルダの声が、湯気の中に溶けていった。


【夜 宿の食堂】


 地図を広げ、アルガードが口を開く。


「この層で盗賊団の目撃情報はない。ただ、村周辺で物が盗まれる事件は増えている。氷結狼などの魔獣に紛れて、別の者が動いている可能性が高い」


「つまり、敵はすでに近くに潜んでるかもしれないってことか」


 クロスが険しい顔をする。


「それと、層主だ。氷の巨人――グラシアルロード。非常に狡猾で、氷嵐を操る。正面突破は難しいが、攻撃の間に一瞬だけ隙が生まれる」


 アルガードの言葉に、マリーが頷く。


「なら、その隙を全員で叩けばいい」


 話し合いは遅くまで続き、やがて外の結界越しに雪がちらつく。

 誰も、この穏やかな時間が長くは続かないことをまだ知らなかった。


【奈落 第八層 雪原の外れ】


 吹雪に紛れるように、黒い影が雪面を滑っていく。

 それは「影縫い」の異名を持つアルカトラ。気配すら残さぬ潜入者だった。


 村の外壁近くの雪の陰から、宿の窓を覗き込む。

 そこには、談笑するクロスたちと、アルガード、ヒルダの姿があった。


(……いい情報だ。これでリゼルグ様も動きやすくなる)


 アルカトラは口元だけで笑みを作り、闇の中へ溶けていった。


【奈落 第八層 雪原奥 廃教会跡】


 吹き込む冷風が古びた壁の隙間を鳴らす中、焚き火の赤い光が三つの影を照らす。

 リゼルグの鋭い目がアルカトラを捉えた。


「見つけたか」


「ああ。アルガードとクロス達、今は同じ宿に泊まっている。油断しているうちが狙い目だ」


 リゼルグは短く頷き、そばに立つヘティリドへ視線を移す。


「……出番だな」


 黒衣のヘティリドが、静かに片手を掲げる。掌から立ち上るのは暗く淀んだ瘴気――怨憎会苦おんぞうえく

 怨みと憎しみで縛られた魂を、無理やり現世に呼び戻す禁術。


 雪面が軋み、闇の中から無数の骨と腐肉が這い出す。赤黒い眼が雪の白を染め、腐臭が吹雪に混じって漂った。

 人型、獣型、鎧をまとった兵士の残骸まで――死霊たちは呻きながら地を這い、やがて雪面に散って隠れた。


 ヘティリドは愉悦を滲ませる声で言う。


「本体を闇に潜めたまま使えば、この技は最凶になる。奴らは死霊に翻弄され、気づけば首を差し出す」


 アルカトラが短く笑う。


「村の中は吹雪で視界が最悪だ。死人の群れが入り込めば、地獄絵図になる」


 リゼルグはゆっくり立ち上がり、背負った斧の柄を握り締めた。


「今夜だ。クリスタルヴィレッジを血で染め、あの冒険者どもに俺たちの怨みを刻みつける」


 吹雪が一層強まり、外の闇は底なしに深くなっていった。

ボスモンスター紹介 No.8

【憎しみのヘティリド】

二つ名は「憎悪の羅刹」。奈落六大将の一角にして、クロスの父の仇。

その姿は、一言で表すならば、骸骨の王。

常に全身から憎悪を燃やし、その感情を拳に宿す「不倶戴天拳」で敵を粉砕する。

さらに、怨みと憎しみで縛られた魂を現世に呼び戻す禁術「怨憎会苦」を操り、無数の死霊を戦場に放つ。

その姿はまさしく怨念の化身であり、彼と対峙した者のほとんどは生きて帰れない。

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