神果の聖域
【奈落 第七層 隣村・集会所】
夕餉の香りが広場を包み、村人たちの表情からわずかに険しさが消えていく。囲炉裏の火が揺れる集会所の奥で、村長は湯気の立つ椀を手にしていた。
「ふーむ、確かに腕は立つ…悪くない」
長老の声音はまだ硬いが、わずかに和らいでいる。
クロスはその隙を逃さず、静かに口を開く。
「黄金の果実を探しているんだ。どこで手に入るか、知っていたら教えてほしい」
村長は深く息を吐き、しばし沈黙した後、重い口を開いた。
「……あるにはある。『神果の聖域』と呼ばれる場所だ。口にしたものに力を与える黄金の果実に、どんな疲れも吹き飛ぶ神聖の水…村から半日ほど北、霧深い峡谷の奥に隠されておる」
マリーが小さく息をのむ。
「聖域、か…そら簡単には行けへん場所やな?」
村長は頷き、さらに言葉を続けた。
「そこを守るのが――《獣神白王》と呼ばれる魔物だ。七層でも滅多に姿を見せん、白銀の毛並みを持つ獅子よ」
エリスが険しい顔で問い返す。
「レアモンスター……ですか?」
「ただのレアではない。あれはこの地の守護者であり、何百年も生きてきたと言われる。聖域に入ろうとする者はすべて、その牙と爪で追い払われる」
村長の瞳がわずかに細くなる。
「だが――その肉こそが、神獣の肉と呼ばれるものだ。食べた者は病を癒し、力を得ると伝わっておる」
アニサが目を輝かせる。
「じゃあ……もし白王を倒せれば、黄金の果実も神獣の肉も、両方手に入るんですね!」
その言葉に、エリスがすぐさま声をかけた。
「待って。話を聞く限り、相当な危険よ。神果の聖域に行くのは、命懸けの覚悟が必要になるわ」
クロスは言葉を飲み込み、仲間たちを見回す。
マリーも少し困ったように眉を寄せた。
「せやけど…あんなん聞かされたら、挑戦してみとうなるんも本音やね」
沈黙が落ちる中、ジャンが椅子に深く座り直し、口の端を上げた。
「おいおい、俺たち、もう何度も命懸けやってんだろ? 今さら怖気づくほうがらしくねぇ」
その軽い言い回しに、空気が少しだけ緩む。
クロスはゆっくりと息を吐き、村長に向き直った。
「……行こう。だが、全員で準備を整えてからだ」
村長は長く目を閉じ、やがて静かに頷いた。
「ならば、道を教えてやろう」
こうして、クロスたちの次なる目的地は神果の聖域に決まった。
【奈落 第七層 神果の聖域・外縁部】
霧に包まれた峡谷を抜けると、空気が一変した。
湿った土の匂いと、どこか甘やかな香りが入り混じり、耳を澄ませば水の滴る音が微かに響く。
「……ここが、神果の聖域」
エリスが息を呑む。
だが、その静寂を破るように、茂みから銀色の閃光が飛び出した。
全身を白銀に輝かせた巨大なイノシシ・銀猪。
突進をかわしたクロスが剣を振るい、フローレンスがすかさず炎を纏った斬撃を叩き込む。
「行くで!ミリアド・ライトレイ!」
最後はマリーの光魔法が炸裂し、銀猪は呻き声を上げて崩れ落ちた。
「……これ、肉がすごく柔らかそう」
アニサは戦利品の銀猪の肉を手早く回収する。
休む間もなく、今度は鋭い角を持つ黒い鹿が木々の影から飛び出した。
その額には鬼のような骨質の角が二本、妖しい光を放っている――鬼鹿だ。
ジャンが進路を塞ぎ、クロスが一閃。マリーの光球が目を眩ませ、フローレンスの炎がその命を断った。鬼鹿の肉もまた、アニサの籠に収められていく。
現れるモンスター達は、同じ第七層でも一回り強い。クロス達は少しずつ削られていった。
「ここにいる魔物、やっぱり強いわね」
エリスが額の汗をぬぐう。
「そりゃそうだ。黄金の果実や神聖の湧水を口にしてるんだろ?」
ジャンが肩で息をしながら答える。
やがて、霧が晴れた先にそれはあった。
金色の実をたわわに実らせた林――黄金の果実の群生地。
さらに奥には、透明で淡い光を帯びた泉が湧き出している。
「……神聖の湧水、だ」
クロスが呟くと、仲間たちの顔に達成の笑みが浮かぶ。
しかし、その水面に波紋が走った瞬間――
森の奥から重く威厳ある足音が響いた。
姿を現したのは、白銀のたてがみと琥珀色の瞳を持つ獅子。
その存在感だけで、空気が張り詰める。
《獣神白王》
村長の言葉が脳裏によみがえる。
白王はクロスたちを睨みつけると、ゆっくりと口を開いた。
「……ジーク、か?」
突然の名に、クロスは目を見開いた。
神果の聖域について
神果の聖域は、奈落第七層のさらに奥にある、特別な結界に守られたエリアです。
常に霧が立ちこめ、外の世界から切り離されたような場所で、中は豊かな自然と不思議な力に満ちています。
ここでは「黄金の果実」や「神聖の湧水」といった貴重な資源が手に入ります。
ただし、それらを口にして力を得た魔物たち――銀猪や鬼鹿のような手強い連中がうろついているので、簡単には近づけません。
さらに奥には、聖域の守護者とされる伝説級モンスター《獣神白王》が住んでいると言われています。
その肉は「神獣の肉」と呼ばれ、奇跡のような効能を持つとも噂されますが……




