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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第五章 深海都市編

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第六層踏破

 ルメナリア散策の翌朝。

 クロスたちは宿の一室で荷をまとめ、武具や食糧を最終確認していた。昨夜は久々に柔らかな寝台で熟睡できたこともあり、全員の表情はどこか晴れやかだ。


 そんな中、コンコン、と木の扉を叩く音。


「おーい、朝飯はもう食ったか?」


 扉を開けると、イグニスが軽い笑みを浮かべて立っていた。片手をひらひら振り、潮風のような気配をまとっている。


「まだやけど……どうしたん?」


 マリーが首を傾げる。


「ちょうどいい。話したいことがある。外で軽く食いながらにしようや」


【港町ルメナリア 海沿いの喫茶店】


 白い木造の扉をくぐると、珈琲と焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐった。窓際の席からは港が一望でき、朝の光に波がきらめいている。


 全員が席につくと、店員が温かいスープと厚切りのバタートーストを運んできた。


「昨日は悪かったな。図書館、付き合えなくてよ」


 イグニスは珈琲をひと口すすり、口元を拭った。


「ええよ、あんなん無理して行くとこやないし」


 マリーが笑って肩をすくめる。


「で、本題なんだが……次の層の層主、海竜レヴィアトルのことは知ってるか?」


「名前だけはな」


 クロスが頷くと、イグニスは卓上に地図を広げ、峡谷の最奥を指で叩いた。


「第六層と第七層の境界――深海峡谷に棲んでた古竜だ。海底を吹き飛ばす水流を吐き、背ビレは鋼をも断つ。獲物と見れば逃がさねぇ……正面からやり合えば、まともな冒険者はまず帰って来れねぇ」


「……だった、って言い方ですね」


 フローレンスが低く切り込む。


「ああ。お前らが来る数日前に、何者かが仕留めちまったらしい」


「そら……よっぽど強い冒険者やったんやな」


 マリーが眉をひそめる。


「俺たちレベルでもなければ、レヴィアトル相手に真正面は無理なはずだ。何か特別な手を使ったか、あるいは…」


 イグニスは言葉を切り、視線を港の向こうへ流した。クロスはバターナイフを置き、真剣な顔になる。


「安全に通れるのは助かるが……ただの幸運じゃないかもしれない」


 リゼルグ達がレヴィアトルを倒し、第七層に潜伏している事をクロス達は知らない。だが、クロスは嫌な予感を感じていた。


【奈落 第六層 深海峡谷】


 港を出て潜行すると、光はすぐに失われ、深海特有の静寂と、凍てつく冷気が全身を押し締めるように包み込む。ランタンの魔光が周囲を淡く照らし、浮遊する微細な粒子が銀の雪のように舞っている。


 峡谷の岩壁は黒曜石のように滑らかで、時折、巨大な影が遠くを横切る。だが、その影はすぐに消え、やがて水の流れさえも感じられない不自然な静けさが訪れた。


「……妙に静かやな」


 マリーが囁く声は、水の膜に吸い込まれて消える。


「層主がいねぇってのは、こういうことか」


 ジャンが周囲を警戒しつつ進む。


 本来なら潮の轟きと竜の気配が峡谷全体を満たしているはずだった。しかし今は、まるで巨大な何かが抜け落ちた空洞の中を進んでいるようだ。


 クロスは無意識に背筋を正した。静かすぎる場所というのは、時に騒がしい場所よりも危険だ。


 層の境目で、聖なる魔法陣に触れたクロス達は、体力も残っているためそのまま第七層に進む。


【奈落 第七層 樹海エリア】


 深海峡谷を抜けた瞬間、視界は一面の緑に染まった。頭上には厚い樹冠が重なり合い、淡く光る苔が枝々を覆っている。空気は湿り気を帯び、甘く土と樹液が混じった香りが肺に広がる。


 遠くからは、獣とも鳥ともつかぬ声が木霊のように響き、足元の草むらでは小さな生き物が駆け抜けていった。


「……これが、第七層」


 アニサが息をのむ。ついに目的の層に来て、期待と不安が彼女の中で入り混じっていた。


「地底の森、か……深海よりは息苦しくないが、視界が利かんな」


 フローレンスが剣の柄に手を置く。


「せやけど、空気はうまいなぁ……森の匂いや」


 マリーが深く息を吸い込み、微笑む。


 樹海は、静寂と生のざわめきが同居する不思議な空間だった。クロスたちは、新たな冒険の予感を胸に緑の迷宮へと踏み出した。


【奈落 第七層 樹海エリア 獣人集落周辺】


 ――気配が、揺れた。


 樹海の奥、獣人集落から北へ数百メートル離れた高木の上。枝葉と幻影結界に覆われた盗賊団(ブラッドムーン)の監視哨で、影の一人が耳をそばだてた。


「……侵入者、六名。峡谷側のゲートからだ」


 魔力の糸を伝い、報告は即座にリゼルグへ届く。拠点の薄暗い一室では、銃身の清掃をしていたリゼルグがわずかに動きを止め、片眉を上げた。


「通過者か?」


「装備は中堅クラス。迷宮の塩害や深海圧に対応した防具……第六層を抜けてきたばかりと見ます。黒髪の男や赤髪の斧使い…赤髪の女騎士に、弓を担ぐ女、魔道士2名」


 その言葉に、ペイルが壁にもたれたまま、わずかに目を細めた。


「見覚えのあるパーティだな……まさか、クロスか?」


 その名に、アルカトラの表情が一瞬だけ揺れる。脳裏に、炎のような赤い髪と、氷のように冷たい青の瞳を持つ、フローレンスの姿が過った。


 リゼルグは短く息を吐き、魔導書の樹海地図に指先を滑らせる。


「進路は?」


「このまま北西……獣人集落の外縁をかすめるルートです」


「見られるな、我々の痕跡を」


 アルカトラが低く言う。


「……いや、逆に利用できる」


 リゼルグの声は淡々としていたが、その奥に冷徹な計算が覗いた。


「奴らが村と接触すれば、村は外の情報を得る。警戒が上がる……が、それは我々の動きを隠す煙幕にもなる」


 ペイルが口の端を上げる。


「つまり、こっちは影のまま補給を続け、あいつらに注意を向けさせるってわけか」


「そうだ。だが、接触は避けろ。必要なら遠距離で監視だけだ。カタストロファを使う事態にはするな」


 最後の一言で、その場の空気が引き締まった。

 《百中のリゼルグ》が銃を構える時、それは戦闘ではなく“処刑”の合図だからだ。


「了解。森の息吹に溶けるように動く」


 アルカトラが身を翻し、音もなく枝の奥へ消える。リゼルグは再び銃を手に取りながら、小さく呟いた。


「それとも危険な目は、育ち切る前に摘み取るべきか…」


 その視線の先、第七層の濃い緑の向こうに、クロスたちの影がゆっくりと近づいていた。

 風に揺れる葉音が、まるで次の狩りの開幕を告げる太鼓のように響いていた。


ーーー 第五章 深海都市編 完 ーーー

今回は約束どおり、真面目にあとがきをするぜ!

……この俺がな!


まずは第七層、樹海エリア編の幕開けに付き合ってくれた読者諸君に感謝だ。

深海の死闘を越えた先は、またもや別の危険と不確定要素だらけの土地。

見た目は緑豊かで癒やし系……だが実態は、油断すれば一瞬で命を持っていかれる“迷いの神域”だ。


今回、盗賊団ブラッドムーンの動きも描かれたが、連中はこの層でも牙を研ぎ続けている。

それが、後にどう絡んでくるのか……おれたち冒険者にとっては、胃が痛くなる話だ。


そして、アルカトラとペイルが反応した名前。

クロスとフローレンスに関わる因縁の2人との決着は?

真相は、この先で明らかになるだろう。


…とまぁ、今回はここまで。

次回は、おれたちが七層の奥へと足を踏み入れる様子をお届けする。森を抜ける前に、また面倒な火種が増えそうだが……まぁ、いつものことだ。


読者諸君、次も付き合ってくれよな。

以上、今回は真面目にお送りしたイグニスでした!

ほら、ちゃんと真面目だっただろ?


【お知らせ】


俺、イグニスが主役を務める外伝、

『イグニス=イッシュバーン 〜俺は天下のギャンブラー!〜』

もよろしくな!


こっちは奈落も出てくるが、本編とは毛色が違う。

命懸けの探索だけじゃなく、命以上にヤバい大勝負!

バカラ・ルーレット・BJ・ポーカー!

やること全部がギリギリの博打だ!


興味があるやつはぜひ覗いてみてくれ。

本編とは違う形で、俺の生き様と勝負勘を味わえるはずだ!

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