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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第一章 旅の始まり編
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ソロで奈落探索

  クロスがニートだった理由は、奈落への憧れだけではない。


 彼は学生の頃から、他人に指示されて動くのが苦手だった。仕事とは、まさにその象徴だ。誰かの顔色をうかがいながら、やりたくもない作業に一日を費やす──それが「生きている」と言えるだろうか。


 その点、奈落探索は違う。全てが自己責任。誰にも文句を言われず、失敗すれば死ぬだけだ。だが、それすらも自由の代償だと、クロスは受け入れていた。


 会社員として、死んだように生きるか。危険な冒険でも、生を実感して進むか。クロスには、後者の方がずっと似合っていた。


 もちろん、誰もがそうとは限らない。やりたい仕事をしている人、今の仕事に誇りを持っている人は、「死んだような毎日」とは無縁だ。


 ……さて、クロスはというと、筋肉痛に悩まされていた。普段いかに体を動かしていなかったかを痛感しつつも、彼は昼間は筋トレ、夜は奈落に関する書紀を読む生活を一週間ほど続けた。そして再び、奈落に挑む決意を固める。


 《翌日 午前9時》


 冒険者ギルドに現れたクロスは、まず待機している冒険者たちを確認する。初心者と同行できそうな人間──できれば知った顔のジャンかマリーを期待して一時間ほど待ったが、現れなかった。


 しびれを切らしたクロスは、ついに単独で受けられる依頼を選ぶことにした。


 …………

【毒トカゲの牙を1つ納品】

 報酬 200G

 …………


 前回よりも装備は重くなっていたが、トレーニングの効果か、奈落までの道のりを歩いてもさほど疲れなくなっていた。努力は確実に身になっている。クロスは静かに息を吐き、1人で奈落へと足を踏み入れた。


【奈落 第一層 遺跡エリア】


 前回、毒トカゲが出現した辺りを目指して進む。途中、大コウモリや大ネズミを倒すクロスの動きは、わずかながらも洗練されていた。


「……あ、宝箱だ」


 彼は書紀で読んだ通り、奈落に出現する宝箱の性質を知っていた。欲望の具現であり、深い層に行くほど強力な品が入っている。


 中には青銅の盾。クロスはすぐに装備し、探索を再開する。


 やがて毒トカゲを発見。素早く飛びかかってくる敵に対し、クロスは冷静に回避し、縦一文字に斬り下ろす。以前は苦戦した相手だが、今や手応えが違う。


 その後も何体か倒し、ようやく4体目で目的の毒トカゲの牙がドロップした。


「やっとか……」


 ため息をつきながら、クロスは牙を袋に入れた。少し疲れていたため、その場で一息つく。


 そのとき、6人組の冒険者たちが目の前を通り過ぎていった。ベテランらしき2人に、ビギナーと思われる4人の編成。彼らはさらに奥へと進んでいく。


「……あの先に、いい物があるかもしれない」


 クロスは好奇心に負け、彼らの後を追う。周囲の雰囲気に大きな変化はない。むしろ、同じような風景が続くことで、逆に油断を招いた。


 やがて、モンスターのドロップアイテムが放置されているのを見つける。彼らにとっては拾う価値もないのだろう。


「おこぼれラッキー♪」


 拾ったアイテムは……またしても毒トカゲの牙だった。


「……もう、いらねぇよ」


 がっかりしつつも、敵が同じなら危険も同じだろうと、クロスはさらに警戒を緩めていく。


 そこに、大ネズミが飛び出した。クロスはすぐに横一文字に斬りつける。だが、大ネズミは倒れず、反撃の鋭い爪がクロスの胴を裂いた。


「ぐっ……!」


 革の服越しに痛みが走る。クロスは慌てて突きを繰り出し、ようやく倒すことに成功した。


 同じ一層でも、奥に行けば敵は強くなる。書紀に書かれていたその事実を、クロスは身をもって実感する。


 彼は焦りながら引き返す。その途中、視界に宝箱が見えた。


「……すぐ近くだ。大丈夫、問題ない」


 自分に言い聞かせながら宝箱を開ける。中身は鉄鉱石。武器の素材として貴重な一品だった。


「……来てよかった」


 満足げに振り返ると──そこにいた。朽ちた剣を持った、人型のモンスター。


「死人剣士……!」


 書紀で読んだアンデッド系モンスター。しかも、その後方から別のモンスターが接近してくる。


 挟み撃ちは最悪だ。クロスは即座に判断し、走って入り口方面へと撤退する。死人剣士の斬撃が背中をかすめるも、致命傷にはならなかった。


 だが、帰還中も苦戦が続いた。疲労と負傷で動きが鈍くなり、毒トカゲの攻撃を避けきれずに毒を受ける。


 免疫の指輪は確定で毒を防ぐわけではない。ただ毒耐性を高めるだけだ。疲労と負傷、そして毒。クロスにもう余力はなかった。


 なんとか奈落の入り口まで戻ってきたクロスは、水を飲み、空を見上げた。空はすでに、黄昏の色に染まり始めている。


 毒で視界が回って見える…この時クロスの体温は38℃まで上がっていた。まさに死にそうになりながら、ボロボロの体を引きずり街へ戻る。なんとか街に戻ったクロスは冒険者ギルドの扉を開け、受付嬢のもとへ向かう。


「結構やられたね。依頼はこなせた?」


「…ああ、毒トカゲの牙…持ってきた」


 クロスは依頼を達成し、報酬を受け取る。受付嬢はやれやれといった表情で忠告する。


「一層の奥まで行ったでしょ?自分の力を過信しちゃダメよ。はい、毒消し」


 クロスはもらった毒消しを一気に飲み干す。その瞬間、毒は治り、平熱に戻った。


「……なんで分かるんだ?」


「探索三度目の冒険者はね、けっこうやるのよ。あなたの怪我具合を見れば、大体どこまで行ったか分かるわ」


 さすがは受付嬢、とクロスは感心する。彼女の言葉を胸に、しばらくは探索を休むことに決めた。


 だが、休むといっても、全てを止めるわけではない。筋トレも書紀の読書も、無理のない範囲で続けていく。


 ──それが、冒険者として生きるということなのだ。

キャラクター紹介 No.5

【ギルド受付嬢】

冒険者ギルドの受付を担当する女性。

クロスが奈落に挑み始めて以来、何かと世話を焼いてくれる“姉御”のような存在。

口調はややドライだが、その裏には新人冒険者への深い気遣いと、多くの死を見てきた者なりのリアリズムがある。


「一層を舐めてると、あっという間に遺影コーナーよ?」


毒に侵されて帰還したクロスにも、当たり前のように毒消しを手渡しつつ、きっちり説教は忘れない。

その手際のよさは、単なる受付係以上の経験を感じさせる──もしかすると、彼女自身にも冒険者としての過去が……?

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