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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第五章 深海都市編

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再び、深海都市へ

 数日後。


 クロスたちは幾度か街へ戻りつつも、アニサを正式にパーティへ迎えた形で、奈落の深層探索を再開していた。

 ギルドでも珍しがられた《料理人つきの冒険パーティ》は、最初こそ注目を浴びたが、アニサの持つ戦闘技能と俊敏な立ち回り、そしてなにより疲労を忘れさせる絶品料理によって、すぐに“戦力”として認知されていくこととなる。


 ――そして今、彼らはついに、第五層の最奥に辿り着いていた。


「……やっぱり、まだだな」


 ジャンが溶岩に照らされた赤黒い壁を見上げる。

 二週間前、クロスたちが撃破した《灼熱の覇竜・インフェルノバハムート》は、いまだ復活していない。

 あの巨体が鎮座していた岩台も、いまは静寂に包まれていた。


「このまま抜けられるな。急ごう」


 フローレンスが背後を振り返り、全員の動きを確認する。

 アニサも含め、誰一人欠けていない。息は上がっておらず、装備の損傷もない。


「これが……第六層の入口……!」



 アニサが感嘆の声を上げる。

 バハムートの背後に広がる空間は、赤く染まった岩肌から一転、青白い光に包まれている。

 そこにぽっかりと開いた、まるで湖面を思わせる水膜のようなゲート――それが、第六層《深淵の海域》への境界だった。


「入る前に、準備はしておく」


 そう言ったのはエリスだった。無言で杖を掲げると、冷たい魔力の風が全員を包み込む。


「ブリージア・ドーム」


 淡く輝く球体がそれぞれの頭部に浮かび、呼吸を維持するための魔法障壁を形成する。

 これは第六層における必須の防衛術だ。空気は極端に薄く、流動する海圧が肉体を蝕む。それに抗う手段の一つが、これだった。


 魔法が全員に行き渡ったのを確認すると、クロスは一歩、前へと踏み出した。


「行こう、第六層へ」


 誰も返事をしなかった。ただ、全員が静かに頷き、武器と荷を整える。

 そして一行は、青い水膜をくぐるようにして――


 奈落第六層・深淵海域へと、踏み入れた。


【奈落 第六層 深海エリア】


ゲートを抜けた瞬間、世界は一変した。


 四方を取り巻くのは、闇よりも深い青――海底に満ちる幻想的な輝きが、どこまでも広がっている。空も地も境界を失い、足元の岩盤すらも宙に浮いているかのような錯覚を与える。


 頭上を見上げれば、水面などどこにも見当たらない。けれど確かに、ここは“水の中”だ。


 浮遊する珊瑚の森。巨大なイソギンチャクのように脈動する洞窟壁。空を泳ぐはずのない魚影。そして、遠くから響く、くぐもった重低音――それらすべてが、地上とは異なる法則のもとに存在していた。


「くっ……っ、視界が……!」


 フローレンスが眉をひそめる。目を凝らしても、五メートル先すら霞がかって見える。第六層の“水”は、ただの液体ではない。魔力と瘴気が混じり合い、視界を阻む“霧”のような性質を持っていた。


「動きにくい……足が……重い……」


 アニサが小さく呻いた。

 彼女の身体に張りつくように海圧がまとわりつき、軽やかだった動きが鈍っている。なにより、彼女の主力武器――長弓は、ここではまともに使えない。水の抵抗が強すぎて、矢がまともに飛ばないのだ。


「くそっ、射てない……!」


 試しに一射、アニサが矢を放つも、矢はわずか数メートルで失速し、ひしゃげて水の中に沈んでいった。


「アニサ、無理するな。ここではおまえの武器は通じない」


 クロスが振り返り、静かに告げる。


 アニサは唇を噛んだまま、黙って頷いた。


「今は、街までたどり着くのが先や。安全地帯さえ見つかれば、話はそれからや」


 マリーが穏やかに言う。だがその表情には、僅かな焦りが見えた。魔力の維持も困難なこの水中世界では、彼女の回復魔法も長くは持たない。


 やがて、一行は足元に続く“珊瑚の道”を進み始めた。

 魔力の脈動が道標となり、淡く光る石の階段を導く。


 途中、うごめくクラゲの群れや、巨大なナメクジのような魔物アビスワームが道を塞ぐが、フローレンスとクロスが前衛に立ち、最小限の戦闘で突破する。


 アニサは剣も持たず、戦線には加わらなかった。ただ、背負った荷を持ち、後衛のサポートに徹する。


 悔しさが、彼女の中で静かに広がっていく。


(このままじゃ……僕は足手まといだ)


 その想いは、言葉にはならなかった。


 そして数時間後――


「……見えた! あそこや!」


 マリーが指差す先に、巨大な半球状のドームが浮かんでいた。無数の魔石で覆われたその都市は、奈落の力を防ぐ結界によって守られており、内部には空気が循環し、通常の環境が保たれているという。


「あれが第六層・拠点都市ルメナリア……っ!」


 クロスが低く呟く。


 それはかつて、奈落探索団が築いた都市遺構だった。沈みゆく大地のなか、辛うじて機能を保ち、深層に挑む冒険者たちの最後の砦として残されていたのだ。


 海底の階段を上り、都市の“水膜ゲート”を抜けた瞬間、一行の身体を包んでいた圧力がふっと軽くなる。


 呼吸がしやすくなり、身体も自由に動かせる。


「……ようやく、着いたな」


 フローレンスが剣を収め、深く息を吐いた。


 アニサはその場に座り込み、ゆっくりと弓を膝に置いた。


「……何もできなかった」


 その声に、マリーがそっと膝をつく。


「……せやけど、あんたが後ろ守ってくれたから、誰も傷つかんとここまで来れたんや。無駄やったことなんて、ひとつもあらへんよ」


 アニサは目を伏せたまま、小さく頷いた。彼女の心に、静かに火が灯る。

 いつか、ここでも通じる力を。そんな決意が、誰にも聞こえぬほどの小さな声で、彼女の胸に芽生えはじめていた。


拠点都市ルナメリアについて


 ルメナリアは、かつて奈落探索団によって築かれた“海底の拠点”であり、今なお冒険者たちの最後の砦として、機能を保ち続けております。


 この都市には、地上とは異なる独自の通貨制度が存在しており、物資の流通もまた、海底ならではのものとなっております。特に魚介類を中心とした食材の質と種類は豊富で、地上では味わえないような珍味も揃っております。

 また、特筆すべきはその巨大な図書館。かつて探索団が収集した文献の数々が保管されており、奈落の構造や瘴気、魔物の情報はもちろん、失われた地上の文明や言語に関する研究も行われているとのことです。

 さらに――これはある意味、地上の冒険者にとって衝撃的な存在かもしれませんが、ルメナリアには「地上では見たことのない賭博施設」がございます。そう、いわゆる“パチンコ屋”のような場所でございます。

 この施設は、元々探索団の娯楽施設として作られたものですが、現在では滞在する冒険者たちにとって貴重な“娯楽と資金調達の場”となっております。奈落の深層という極限の環境において、人々の心を支えるための一種の「光明」とも言えるかもしれません。

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