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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第五章 深海都市編

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深海の王、沈む

【奈落 第六層 深海エリア】

 かつて“海の王”と恐れられた巨大海竜・レヴィアトルは、その膨大な身体を海底に横たえ、動かなくなっていた。白銀の鱗は割れ、胸元には貫かれたような穴。魔力の奔流は止み、ただ、巨大な亡骸だけが、かつての脅威を物語っていた。


 その死の中心に立っていたのは、一人の男。長身痩躯、黒のローブを風のようにまとい、手に持つ銃からまだ白煙が立ち昇っている。


 《百中のリゼルグ》。


 奈落の盗賊団ブラッドムーンを束ねる首魁。七芒星のNo.1にして、遠距離狙撃の達人。

 その眼差しは、かすかな勝利の余韻さえも拒絶するかのように、冷ややかだった。


 「……全員、生存を確認。死者はゼロ。よくやった」


 冷静な声が、魔法通信を通じて集落全体に届く。仲間たちの間に、ようやく安堵の吐息が広がった。


 影を纏ったアルカトラが、レヴィアトルの死体の上に立ち、静かに敬意を表すように頭を下げた。


 「魔物とはいえ、王を討つというのは……気味が悪いな」


 ペイルが、剣を肩に担ぎながら笑う。


 「それでも負けたら終わりだった。あれは本物の怪物だった……だが、ボスの采配と狙撃がなけりゃ、誰かは死んでた」


 その言葉に、誰も異を唱えなかった。


 リゼルグの戦術は完璧だった。

 レヴィアトルの行動パターンと深海の水流を事前に解析し、魔法使いたちには空間制御による足場と視界確保を、戦闘員には徹底した分散と集中火力を指示。そして、自身はあらゆる障害を無視する灰燼ノ眼(カタストロファ)で、レヴィアトルの心核を正確に撃ち抜いた。


 戦いはわずか十三分。勝敗は、すでに始まる前から決していたと言ってもよかった。


 「ここに長居はできない。次の層へ向かう」


 リゼルグが再び命じる。すると、部隊の魔導師たちが魔力転移陣を起動させる。レヴィアトルが守っていた深海裂け目の奥。そこには、七層への通路へ続く門が開かれていた。


 「……第七層。今度はどんな地獄が待っているか」


 ペイルが苦笑するが、誰もその言葉に笑い返さなかった。


 「下へ行く。それだけだ」


 リゼルグの一言に導かれ、黒衣の影たちが、深海の闇の底へと姿を消していく。

 《ブラッドムーン》残党約20名、全員生存。


【奈落 第七層 樹海エリア】

通称・無限樹海。


 空を覆うように広がる天蓋の木々。どこまで歩いても終わりの見えない林、風にたゆたう葉のざわめきさえ、迷いの術のように感じられる。

 ここは、奈落第七層。古代より“迷いの神域”とも呼ばれ、数多の冒険者を惑わせ、引き裂き、沈めてきた、樹海の迷宮だった。


 だが、その内部には確かに生命が息づいている。

 木々の根元には苔むした小道が走り、樹上には居住区のようなものすら見える。

 ここもまた例外ではなく、ひとつの文明として成り立っていた。


「……見つけた。村だ」


 リゼルグの声に、盗賊団の影がぴたりと動きを止める。


 そこは、獣人たちの集落だった。

 樹の上と下を巧みに使い分けた多層構造の集落。家々は自然と同化するように組まれ、魔力による結界が弱々しく張られている。戦闘向きというより、生活に重点を置いた、穏やかな集落。


 獣人族の多くは、冒険者として地上で名を馳せた者も多い。だが、この地に暮らす者たちは、どこか外界から隔絶されているようだった。


「数は少ない。戦闘員も散在している。だが……この村では目立ちすぎるな」


 アルカトラが枝の影に潜みながら言う。

 村の規模はせいぜい50~60名といったところ。家畜や水源、畑の位置も確認済みだったが、リゼルグたち盗賊団(ブラッドムーン)20名近い集団がそのまま入り込めば、確実に目立つ。


「近くに拠点を作る。物資は奴らからいただく。接触は最小限に、痕跡は残すな」


 リゼルグの命令は淡々としていたが、その言葉にはどこか非情な響きがあった。


 その後数日、《ブラッドムーン》は獣人の村の周辺に隠れ拠点を築いた。樹海に溶け込むように影で包み、空間を折り曲げ、魔力の痕跡すら追えない構造とした。拠点からは、村に向けて複数の監視線が張られ、獣人たちの動向は逐一把握された。


 夜陰に紛れては、食糧を奪い、魔導薬を抜き取り、道具の補充を繰り返す。

 だがそれは、無差別な略奪ではなかった。


 リゼルグは村の収支、採取範囲、保存物資量を徹底的に分析し、()()()()()()範囲での補給を徹底させていた。盗まれたと気づかせないほどの、寸分違わぬ采配。


「盗賊団がやるには…随分と律儀だな」


 ペイルが肩をすくめると、アルカトラが無言で笑った。


「ボスは、戦争の準備をしてるんだ。まだ狩りの段階じゃない」


 そして、確かに。この静かな補給の裏で、リゼルグの視線はすでに次を見据えていた。


 彼の持つ携帯魔導書には、第七層の地形情報と魔力の流れ、そして未接触の大集落の存在が記されていた。

 この村は入口にすぎない。本命は、さらに奥。樹海の主の支配する中央森林領域にある。


 リゼルグは静かに、灰燼ノカタストロファの銃身を手入れしながら呟いた。


 「ここも、狩場になる。だが……今はまだ、牙を研ぐ時だ」


 その背後で、風が木々を揺らす。静かな、だが確実に広がっていく影が、樹海を満たし始めていた。


獣人たちの村について


今回登場した獣人の村は、無限樹海の周辺部に位置する小規模な集落です。

住民は主に草食系や小型哺乳類の獣人種で構成されており、戦闘よりも農耕・採取・薬草調合などに長けた一族が暮らしております。

そのため、武力よりも隠れる力を重視しており、森林に完全に溶け込んだ建築構造と、自然を利用した結界術が特色です。


彼らは基本的に中立を保っておりますが、外部からの干渉を嫌い、過去には冒険者との対立も報告されております。

とはいえ、完全な敵性存在ではなく、対話や交易が成立する可能性も十分に残されております。

果たしてリゼルグたちがこの村とどのような関係を築いていくのか…それは今後の物語次第となるでしょう。

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