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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第五章 深海都市編

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6人目のパーティメンバー


 夕陽が傾きかける頃、クロスは旅の支度を終え、背負い袋の紐を締めた。窓の外には、今日も多くの冒険者たちが列をなしている。


 台所から聞こえていた音が止まり、背後から静かな声が届く。


「……もう行くの?」


 振り返ると、そこにはエプロン姿のジーナが立っていた。年齢を感じさせる佇まいの中に、どこか鋭い目つきが残っている。かつて冒険者だった頃の名残だ。


「今日はちょっと第二層まで行ってくる。アニサのことが、やっぱり気になるんだ」


 ジーナは椅子に腰を下ろし、湯気の立つお茶を差し出した。クロスは無言でそれを受け取り、向かいに座る。


 しばしの沈黙。柔らかな時間が流れる。


「……第五層を越えたらしいじゃない」


「うん。昨日、正式に報告を済ませた。これで記録にも残る」


 ジーナは目を細め、どこか遠くを見るように言った。


「私が冒険者だった頃……最高到達は第五層だった。火龍を倒して、次からは第六層ってときに、兄さんと義姉さんが、帰って来なくなったのよね…」


 言葉の端に、懐かしさと悔しさが滲んでいた。


「第六層、私の代わりに見てきなさい!絶対死ぬんじゃ無いよ!」


「ありがとう、叔母さん」


 ジーナは穏やかに言う。


「気をつけて。仲間のことも、自分のことも……ちゃんと守って」


「……わかってる」


 クロスが立ち上がる。ジーナは背を向けて台所に戻ったが、その背中には確かな誇りが宿っていた。



 冒険者ギルドの掲示板前には、いつものように人だかりができていた。

 

 クロスは荷物を背負ったまま、その列をかき分けるようにして前へ進み、壁に掲げられた【最新冒険者ランキング】に目を向けた。


 ◇ 冒険者ランキング・最新版 ◇

 1位 《最強の男》 アルガード=ドラコニス

 2位 《白銀の戦乙女(ヴァリキリー)》 ヒルダ=グランリオナ

 3位 《天弓(てんきゅう)》 イグニス=イッシュバーン

 4位 《光の神に愛されし者》 マチルダ=トワイライト

 5位 《土魔法の使い手》 マーテル=ガロア


 クロスの眉がわずかに動いた。


(マーテル……?)


 亡き元3位のグレンの弟子。無口で控えめな魔導士だったはずだ。あの時は戦闘で目立つような印象は薄かった。


(いつの間に、ここまで……)


 ギルドのざわついた空気が、その衝撃の大きさを物語っていた。名だたる猛者たちに肩を並べる存在となったマーテル。その背後に、何か大きな戦いがあったのだろうか。


「クロス、いたいた!」


 声の主はジャンだった。斧を背に、いつもの快活な笑顔を浮かべている。


「みんな集まってるよ。準備はバッチリだ!」


 振り返ると、少し遅れてマリー、エリス、そしてフローレンスが姿を見せた。


「今日もええ天気やなぁ。行くなら今のうちやで」


 マリーが微笑みながらそう言い、メイスを軽く揺らす。エリスは無言で頷き、フローレンスは剣の柄に手を添えたまま、いつものように真っ直ぐな眼差しを向けてきた。


「久しぶりの第二層から探索開始だ」


 クロスの一言に、皆が無言で頷いた。すでに、覚悟はできている。ギルドを後にして、一行は奈落の入り口へと向かう。


【奈落 第二層 砂漠エリア】


 第二層「サラティア」は、夕陽に照らされる砂の都だった。オアシスに寄り添うようにして広がる街並みには、異国の香辛料が漂い、屋台の喧騒が活気に満ちている。


「盗賊の襲撃から、かなり復興したな…」


 クロスは小さく呟いた。街角の一角、少し色あせた看板に目が留まる。


 《アニサ・レストラン》


 入り口の暖簾の奥からは、スパイスの香ばしい匂いと、にぎやかな笑い声が漏れていた。


「アニサ、久しぶーー」


 言いかけたその瞬間、扉が勢いよく開く。


「いらっしゃ……クロス!?」


 姿を現したのは、エプロン姿の少女だった。鮮やかな緑のミディアムヘアが、夕陽を受けて柔らかく揺れる。大きな瞳が驚きに見開かれ、次の瞬間――


「うそ、何年ぶり!?」


 叫ぶなり、アニサはクロスに勢いよく飛びついた。


「うぐっ……!」


 軽く浮かされかけたクロスがたじろぐ。その反応すら意に介さず、アニサはぱっと笑顔を浮かべた。


「もー! 全然来ないから心配してたんだから! 今日はどうしたの? またうちの料理食べに来たの?」


 「とりあえず中で話そう」


 クロスが言うと、アニサは嬉しそうに頷いて、客を一人残さず仕切りながら、手際よく料理を振る舞っていく。


 三年ぶりの再会に、話は尽きなかった。冒険のこと、仲間のこと、そして――


「第六層まで到達したんだって?」


 料理を運びながらアニサが振り返る。クロスは頷いた。


「ああ。昨日、正式に記録として報告した。今はその足で、第二層に来た」


 アニサの瞳が、一気に輝きを増す。


「……ってことは、第七層も行けるってことだよね!」


 彼女は勢いよく立ち上がり、手をぎゅっと握りしめる。


「実はね、僕には夢があるんだ。第七層――無限樹海のどこかにあるって言われてるの。黄金のフルーツとか、神獣の肉とか……幻の素材たち。あれを使って、最高の料理を作って、食べて、笑って……それが、僕の冒険のゴールなんだよ!」


「つまり、ついて行きたいってことですか」


 フローレンスが腕を組んだまま淡々と返すと、アニサは満面の笑みを見せた。


「もちろん! だってクロスがいるし、みんなも一緒でしょ? だったら絶対に迷惑かけないって約束する!」


「……ほんまかいな」


 ジャンが疑いの目を向けたその時だった。アニサは軽やかに壁を蹴り、厨房の高棚から跳び降りて、空中で一回転してから完璧な着地を決めてみせた。


「運動神経だけは昔から抜群なの。あとね、弓も使えるよ! イグニスさんに直接教わったから、訓練場での命中率、97%!」


「……嘘みたいな数字だな……」


 エリスが眉をひそめて呟く。


「うちの料理は評判なんだよ? ちゃんと毎日満席だし、ギルドの連中もよく食べに来るし。だけど……やっぱり、夢は諦めたくないんだよね」


 アニサのまっすぐな言葉に、クロスたちは互いに顔を見合わせる。マリーが肩をすくめて小さく笑った。


「……まあ、ここで止めても、きっと勝手に着いて来るやろしな」


「だろうな」


 クロスが苦笑しながら立ち上がる。


「……分かった。一緒に来い。ただし、本当に無理はするなよ」


「やったーっ! ありがとう、クロス!」


 アニサは飛び跳ねながら喜びを爆発させた。その無邪気な笑顔に、ジャンもつい苦笑する。


「……なんか、大変な旅になりそうな気がするんだが」

 


 こうして、アニサ・レストラン店主にして、料理をこよなく愛するボクっ娘・アニサが、クロスたちの旅に加わることとなった。


 そして後に、彼らは思い知ることになる。


 彼女が持つ“ずば抜けた運動神経”、

 “イグニス直伝の高精度な弓の技術”、

 そして――


 “底抜けに天然で、予測不能な行動”が、

 この先の冒険に、良くも悪くも想像以上の影響を与えていくことになるということを――


 今は、まだ誰も知らなかった。


無限樹海について


その階層は、空を覆い尽くすほどの巨木と、永遠に晴れることのない霧に包まれており、方角を狂わせるとされています。詳細な地形は未だ明らかになっておらず、全容は深い謎の中にあります。

うわさによれば、森のどこかには黄金に輝く果実が存在すると言われており、また、一口食べるだけで数日間の体力を回復させるという神獣の肉の存在も語られております。

さらに森の奥深くでは、人の言葉を理解し、交信すら可能だとされる知性を持つ獣人たちが生息している、との情報もございます。

それらが真実か否かは、まだ誰にも証明されておりません。

しかし、第七層《無限樹海》が“夢”と“恐れ”を抱かせる場所であることだけは、誰の目にも明らかです。

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