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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第四章 血と鉄の城塞編

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その魂は、光の中へ

 伝説の男の帰還に、街が沸いた。冒険者ギルドは称え、王宮も沈黙を破って《功績認定》を即座に発表。

 だが、そこに姿を見せた当人、ムラサメは沈黙を保っていた。


 戦後の記録をまとめるため、仲間たちが一堂に集う中、ムラサメは病室には姿を見せず。

 アルガードたち主力は依然、入院中。イグニスも重傷。ヒルダ、マチルダは意識不明。


 そんな中、ムラサメは一通の使いを出していた。

 宛先は、かつての自身と重なったマーテル。そして、亡き親友・ジークのひとり息子のクロス。


 二人が通されたのは、ギルド裏の静かな診療室だった。ベッドに腰かけたムラサメの姿は、戦場で見た時よりもさらに痩せ細り、どこか影が薄かった。


「……来たか。悪いな、マーテル、クロス」


 クロスは言葉を失ったまま、拳を握りしめた。その姿に、ムラサメはうっすらと笑う。


「クロス、お前は父さんに似て、意地っ張りなとこもあるが…俺は、お前になら託せる」


「……託すって……」


「そういうことだ」


 マーテルが、震える声で言う。


「まさか……妖刀の、代償が――」


「……ああ。命を斬って、命で斬り返される。それが新月の“契約”だ。あの斬撃で、俺の命も終わりを迎えた。……まぁ、上等なもんだ」


 マーテルが泣き出す。クロスが、唇を噛んだまま、俯く。


 ムラサメは、静かに瞳を閉じた。


「……ジークと一緒に、笑えなかった。それだけが……ちと心残り、だが」


 そのまま、言葉は続かず、空気が静かに凍りついた。数秒後、マーテルが小さく嗚咽を漏らした。


 クロスが、震える手で、ムラサメの手を握る。


「俺が……父さんとあんたの意思、ちゃんと継ぎます!」


「……頼んだぞ。後は…若ぇ奴に任せた」 


 それが、最期だった。 


 異国の剣聖・ムラサメは、奈落六大将・悲しみのペシミスティを討ち取り、その生涯を閉じた。


 誰よりも速く、誰よりも深く、誰よりも遠く。常に最前線を走り続けた男の魂は、ようやく一つの終着を迎えたのだった。


  遺体は丁重に扱われ、祖国へと送られた。


 葬儀は母国で営まれたが、遠きサンライズシティでも、多くの冒険者たちが彼に敬意を表し、別れの会を開いた。


ーーーー


 妖刀・新月は、刃でありながら主の気迫に敬意を抱き、最期の贈り物として、幻想を見せた。

 ――それは、美しくも儚い、仲間たちとの思い出だった。


「……ここは……」


 映るのは、若き日のムラサメ。


 奈落の噂を聞きつけ、彼は異国の地・サンライズシティに降り立った。言葉もわからぬ中、一から学び、やがて冒険者ギルドに登録する。

 掲示板の前で依頼を見ていると、ひとりの青年が声をかけてきた。


「一人ですか?」


「ああ」


「俺も一人なんです。よかったら……一緒に奈落、行きませんか?」


「……俺は初心者だぞ。それでもいいのか?」


「俺も初心者だから、大丈夫! 俺はジーク。ジーク=ユグフォルティスです」


「……ムラサメだ。よろしく頼む」


 こうして、ふたりは最初の依頼を受け、奈落へ向かった。


…………


「懐かしいな……今でも忘れない。あの依頼、大コウモリの羽三枚の納品だった」


…………


 奈落第一層を歩き回り、ひたすら大コウモリを討伐する。牙ばかりが出て、羽はなかなか集まらなかった。ようやく三枚揃った頃には日が暮れかけていたが、最後の羽が出た瞬間、二人は思わず拳を合わせた。


「俺、日記つけるわ。大コウモリの羽って、なんか珍しい気がする」


「ははっ、それはいい」


「なぁムラサメ、明日も一緒に奈落行こうぜ!」


「俺も、今そう言おうと思ってた」


…………


「美しい思い出ね……」


「ペシミスティ!? なぜお前がここに……」


「わからないわ…それより、これはいつのこと?」


「……面白くない記憶さ」


…………


 仲間が増え、パーティは六人になっていた。


 彼らは奈落化した町の救出に向かっていたが、道中にはレッサーデーモンや岩人間といった強敵が現れ、まだ若かった頃の彼らには厳しすぎた。


 アシュリーの回復がなければ、全滅していたかもしれない。とはいえ、元凶に辿り着けるはずもなく、町は完全に奈落に呑まれた。


「俺たちが、もっと強ければ……!」


「強くなろう。次があるなら……次こそ、救えるように」


 ジークの言葉に、誰もが悔しさを噛みしめた。


…………


「そのあと俺たちは強くなり、町の元凶を倒した。だが…もう誰も、救えなかった」


「……それは、悲しいわね」


「……お!これは最高の思い出だ」


…………


 ジークの結婚式。仲間たちがからかう。


「緊張してますねぇ、旦那!」


「男ならシャキッとせんかい!」


「グロリアと結婚するんだ、立派に決めろジーク!」


 笑い声が絶えず、酒が注がれた。奈落のことなど忘れて、祝福の夜は続いた。

 一年後には子供ができ、しばらくグロリアは奈落には来られなくなった。


…………


「楽しかったな……本当に」


「ええ。見てるだけで、暖かい気持ちになるわ……」


「お前がそんなことを言うとはな」


「自分でも驚いてる……これは?」


…………


 六人が久しぶりに揃って、第九層まで辿り着いた探索。


「二年? 三年ぶりか? 衰えてないな、グロリア」


「むしろ母親になって、パワーアップよ!」


「うちも、そろそろ結婚したいなぁ……」


アシュリーが呟く。


「アシュリー! 奈落の底まで行けたら……お、俺と結婚してくれ!」


「……そんなん、言われたら……しゃーないやん……!」


 ムラサメの告白に、アシュリーは頬を染めて頷いた。だが――その次の探索で、全員が帰らぬ人となった。


…………


「……」


「……ごめんなさい」


「……!?」


「ごめんなさい、ごめんなさい……!」


「ペシミスティ……俺たちはもう、死んだんだ。気にするなよ」


 ペシミスティは、声を上げて泣いた。


「悪くねぇ人生だったな……」


「私は、悲しみの対は喜びだと思ってた。でも今は、それだけじゃない。あたたかい気持ちや、美しい思い出も――きっと、それなんだと」


 彼女はムラサメの手を取り、微笑んだ。


「一緒に行きましょう」


「……ああ」


 まるで朝露が光に溶けるように、ふたりの姿は、静かにこの世界から消えていった。


ーーー 第四章 血と鉄の城塞編 完 ーーー

 誰よりも速くて、誰よりも遠くて……


 最後の瞬間まで、あの人は俺たちの、ずっと先を走ってた。背中しか見えなかった。でも、それでよかったのかもしれない。

 あれは、追いかける背中だった。目標で、夢で――そして、超えるべき壁だった。


 静かに、光の中へ消えていった。

 けど、俺は忘れない。絶対に、忘れない。


 だって、俺は託された。

 あの人の意志を。

 父さんの、願いを。

 仲間たちの、命を。


 全部、俺が受け継ぐ。

 俺がやる。俺が、奈落を終わらせる。


 ――ここから先は、俺が“最前線”だ。


次回 第五章 深海都市編

2025年8月18日より公開


物語は、後半へーー

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