その魂は、光の中へ
伝説の男の帰還に、街が沸いた。冒険者ギルドは称え、王宮も沈黙を破って《功績認定》を即座に発表。
だが、そこに姿を見せた当人、ムラサメは沈黙を保っていた。
戦後の記録をまとめるため、仲間たちが一堂に集う中、ムラサメは病室には姿を見せず。
アルガードたち主力は依然、入院中。イグニスも重傷。ヒルダ、マチルダは意識不明。
そんな中、ムラサメは一通の使いを出していた。
宛先は、かつての自身と重なったマーテル。そして、亡き親友・ジークのひとり息子のクロス。
二人が通されたのは、ギルド裏の静かな診療室だった。ベッドに腰かけたムラサメの姿は、戦場で見た時よりもさらに痩せ細り、どこか影が薄かった。
「……来たか。悪いな、マーテル、クロス」
クロスは言葉を失ったまま、拳を握りしめた。その姿に、ムラサメはうっすらと笑う。
「クロス、お前は父さんに似て、意地っ張りなとこもあるが…俺は、お前になら託せる」
「……託すって……」
「そういうことだ」
マーテルが、震える声で言う。
「まさか……妖刀の、代償が――」
「……ああ。命を斬って、命で斬り返される。それが新月の“契約”だ。あの斬撃で、俺の命も終わりを迎えた。……まぁ、上等なもんだ」
マーテルが泣き出す。クロスが、唇を噛んだまま、俯く。
ムラサメは、静かに瞳を閉じた。
「……ジークと一緒に、笑えなかった。それだけが……ちと心残り、だが」
そのまま、言葉は続かず、空気が静かに凍りついた。数秒後、マーテルが小さく嗚咽を漏らした。
クロスが、震える手で、ムラサメの手を握る。
「俺が……父さんとあんたの意思、ちゃんと継ぎます!」
「……頼んだぞ。後は…若ぇ奴に任せた」
それが、最期だった。
異国の剣聖・ムラサメは、奈落六大将・悲しみのペシミスティを討ち取り、その生涯を閉じた。
誰よりも速く、誰よりも深く、誰よりも遠く。常に最前線を走り続けた男の魂は、ようやく一つの終着を迎えたのだった。
遺体は丁重に扱われ、祖国へと送られた。
葬儀は母国で営まれたが、遠きサンライズシティでも、多くの冒険者たちが彼に敬意を表し、別れの会を開いた。
ーーーー
妖刀・新月は、刃でありながら主の気迫に敬意を抱き、最期の贈り物として、幻想を見せた。
――それは、美しくも儚い、仲間たちとの思い出だった。
「……ここは……」
映るのは、若き日のムラサメ。
奈落の噂を聞きつけ、彼は異国の地・サンライズシティに降り立った。言葉もわからぬ中、一から学び、やがて冒険者ギルドに登録する。
掲示板の前で依頼を見ていると、ひとりの青年が声をかけてきた。
「一人ですか?」
「ああ」
「俺も一人なんです。よかったら……一緒に奈落、行きませんか?」
「……俺は初心者だぞ。それでもいいのか?」
「俺も初心者だから、大丈夫! 俺はジーク。ジーク=ユグフォルティスです」
「……ムラサメだ。よろしく頼む」
こうして、ふたりは最初の依頼を受け、奈落へ向かった。
…………
「懐かしいな……今でも忘れない。あの依頼、大コウモリの羽三枚の納品だった」
…………
奈落第一層を歩き回り、ひたすら大コウモリを討伐する。牙ばかりが出て、羽はなかなか集まらなかった。ようやく三枚揃った頃には日が暮れかけていたが、最後の羽が出た瞬間、二人は思わず拳を合わせた。
「俺、日記つけるわ。大コウモリの羽って、なんか珍しい気がする」
「ははっ、それはいい」
「なぁムラサメ、明日も一緒に奈落行こうぜ!」
「俺も、今そう言おうと思ってた」
…………
「美しい思い出ね……」
「ペシミスティ!? なぜお前がここに……」
「わからないわ…それより、これはいつのこと?」
「……面白くない記憶さ」
…………
仲間が増え、パーティは六人になっていた。
彼らは奈落化した町の救出に向かっていたが、道中にはレッサーデーモンや岩人間といった強敵が現れ、まだ若かった頃の彼らには厳しすぎた。
アシュリーの回復がなければ、全滅していたかもしれない。とはいえ、元凶に辿り着けるはずもなく、町は完全に奈落に呑まれた。
「俺たちが、もっと強ければ……!」
「強くなろう。次があるなら……次こそ、救えるように」
ジークの言葉に、誰もが悔しさを噛みしめた。
…………
「そのあと俺たちは強くなり、町の元凶を倒した。だが…もう誰も、救えなかった」
「……それは、悲しいわね」
「……お!これは最高の思い出だ」
…………
ジークの結婚式。仲間たちがからかう。
「緊張してますねぇ、旦那!」
「男ならシャキッとせんかい!」
「グロリアと結婚するんだ、立派に決めろジーク!」
笑い声が絶えず、酒が注がれた。奈落のことなど忘れて、祝福の夜は続いた。
一年後には子供ができ、しばらくグロリアは奈落には来られなくなった。
…………
「楽しかったな……本当に」
「ええ。見てるだけで、暖かい気持ちになるわ……」
「お前がそんなことを言うとはな」
「自分でも驚いてる……これは?」
…………
六人が久しぶりに揃って、第九層まで辿り着いた探索。
「二年? 三年ぶりか? 衰えてないな、グロリア」
「むしろ母親になって、パワーアップよ!」
「うちも、そろそろ結婚したいなぁ……」
アシュリーが呟く。
「アシュリー! 奈落の底まで行けたら……お、俺と結婚してくれ!」
「……そんなん、言われたら……しゃーないやん……!」
ムラサメの告白に、アシュリーは頬を染めて頷いた。だが――その次の探索で、全員が帰らぬ人となった。
…………
「……」
「……ごめんなさい」
「……!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「ペシミスティ……俺たちはもう、死んだんだ。気にするなよ」
ペシミスティは、声を上げて泣いた。
「悪くねぇ人生だったな……」
「私は、悲しみの対は喜びだと思ってた。でも今は、それだけじゃない。あたたかい気持ちや、美しい思い出も――きっと、それなんだと」
彼女はムラサメの手を取り、微笑んだ。
「一緒に行きましょう」
「……ああ」
まるで朝露が光に溶けるように、ふたりの姿は、静かにこの世界から消えていった。
ーーー 第四章 血と鉄の城塞編 完 ーーー
誰よりも速くて、誰よりも遠くて……
最後の瞬間まで、あの人は俺たちの、ずっと先を走ってた。背中しか見えなかった。でも、それでよかったのかもしれない。
あれは、追いかける背中だった。目標で、夢で――そして、超えるべき壁だった。
静かに、光の中へ消えていった。
けど、俺は忘れない。絶対に、忘れない。
だって、俺は託された。
あの人の意志を。
父さんの、願いを。
仲間たちの、命を。
全部、俺が受け継ぐ。
俺がやる。俺が、奈落を終わらせる。
――ここから先は、俺が“最前線”だ。
次回 第五章 深海都市編
2025年8月18日より公開
物語は、後半へーー




