次会う時は…
薄暗い石畳の広場に、怒号が響いた。
「くっ……クロス、おまえ……いきなり何を……!?」
ペイルがわざとらしく地面に転がりながら、叫ぶ。
「皆! 聞いてくれ! こいつは……こいつは盗賊団のスパイだ!」
その一言に、周囲の冒険者たちがざわついた。駆けつけた仲間たちも、驚きに目を見開いている。
ペイルは地を這いながら、震える声で続けた。
「俺はさっき、こいつが盗賊団と密談しているのを見た! 逃げようとしたら、口封じに襲われたんだ!」
それを聞いても、クロスは動じない。ただ、じっとペイルを見据えた。
「……口封じのために襲ったってか?」
静かに、クロスが言う。
「だったら一つ聞かせてくれよ」
ざわめく冒険者たちの間を縫って、クロスは一歩、前へ。
「俺がスパイって、どうしてそんなにすぐ言い切れる?」
ペイルが瞬時に反応する。
「な、何を……?」
「お前が襲ってきただけじゃ、俺が盗賊団の仲間かなんてわかるはずがない。密談の現場を見たって言うが、それならなぜ密談相手のことを一言も言わない?」
言葉が鋭く突き刺さる。冒険者たちの視線が、徐々にペイルへと移っていく。クロスは追い打ちをかけるように、声を張った。
「お前、俺に気づかれたとき、まだ誰とも会ってないって言ったよな。……なら、密談を見たって話はどこから出てくる?」
ペイルの顔から血の気が引く。
「嘘は、整合性を突けば崩れる。特に、お前みたいな口先野郎のはな」
その瞬間、ペイルの表情が変わった。苦悶と恐怖の演技を脱ぎ捨て、鋭い目つきと殺意を込めた声音へと変わる。
「……ふふ、舌の回る奴だ。だが、今この場で斬ればそんな理屈も意味を持たなくなる」
ペイルは手を払うようにしながら、背後の影へと後退し始める。
「今日は引いてやるよ、クロス。だがな――」
その声は低く、冷え切っていた。
「次会ったときは、必ずお前を殺す」
その言葉を最後に、ペイルの姿は闇に溶けた。冒険者の一人が駆け出すが、追跡は間に合わなかった。
残されたクロスは、ただ剣をおさめ、深く息をつく。
冒険者たちが駆け寄る。
「クロス……今の、あれは……?」
「……裏切りです。気づくのが、もう少し遅ければ、逆にこっちが消されてた」
誰もが言葉を失った。
確かにこの奈落では、信頼すら武器になる。だが、それが牙を向くこともある。
そして、クロスの心には冷たい火が灯っていた。
(次会ったときは、必ずお前を殺す…か。そん時は必ず返り討ちにしてやる!)
…………
崩れかけた監視塔を中心に、戦場は血と絶望に染まっていた。
鋭い発砲音が響くたび、冒険者の一人が倒れていく。頭、胸、喉――どの部位も狙撃は正確無比。風すらも捉えるその精密さに、誰も反撃の糸口を見出せずにいた。
狙撃手の名は《七芒星》No.1・百中のリゼルグ。
その手に握る銃、灰燼ノ眼は、空間ごと弾道を歪め、遮蔽すら意味をなさない。まさに殺しに特化した一丁だ。
「よそ見すんなや!リゼルグ!!」
対峙するのは冒険者ランキング現三位のイグニス。リゼルグはその姿を認めても、焦りは微塵も見せない。イグニスの正確無比の矢を当たり前のように外し、ただ軽く口角を上げた。
「……こざかしいな、先に死ぬか?」
イグニスの頬を弾丸が掠めるも、致命傷は避ける。風を纏った弓が唸る。
「……その気味の悪い笑い、止めさせてもらうぜ」
矢羽が風を裂いた。空気が圧縮され、風の渦が生まれる。同時にリゼルグも追撃を放つ。
発砲、風が巻く。視認できぬほどの高速戦。風と鉛が空中で衝突し、火花を散らす。
「ッ……!」
イグニスの左脇腹に弾丸が食い込む。呻き声を上げながらも、風を利用して体勢を崩さず、次の矢を番える。
狙うは、相手の“肩”。
「……穿て、疾風閃!!」
風が矢に圧縮され、一直線に伸びた。
次の瞬間――
ズガンッ! という衝撃音とともに、リゼルグの左肩に風矢が突き刺さった。
「……ふぅん」
血が滲む。確かな命中。だが、リゼルグは、やはり笑っていた。
「なるほど……かなりの手だれだな」
そう言いながらも、銃を下ろし、軽く肩を回す。痛みすら余裕の中に飲み込むその姿は、まさに“化け物”だった。
「だが、ここからは俺の出番じゃない」
イグニスが警戒を強める。
「……どういう意味だ」
リゼルグは踵を返しながら、言葉を残す。
「リスクは取らない主義なんだ。僕には最強のバックがついてるからね。あとは、彼らが仕上げてくれるよ」
風に乗せて、余裕の笑みだけを残し、彼は戦線を離脱した。残されたイグニスは、膝をつきながらも、矢を番えたまま空を睨んだ。
(逃げたか……だが、手応えはあった。確かに届いた。次こそは)
風はまだ、彼の背に吹いていた。
キャラクター紹介 No.31
【ペイル】
かつては仲間思いの冒険者として知られた男。だが、その正体は盗賊団・ブラッドムーンと内通していたスパイである。
目的は奈落探索における戦術情報と魔石ルートの横流し。
表向きは温厚で協調性の高い性格を装っていたが、本性は狡猾で打算的。敵を正面から倒すよりも、裏から刺す方を選ぶ。
実力は中堅止まりながら、情報操作・人心掌握・虚偽演技に長けており、状況を作る力には秀でる。




