思い知る格の差
崩れかけた城塞の一角。静寂を切り裂くように、鋼と鋼がぶつかり合う激音が響いていた。
フローレンスが、血の気をはらんだ剣を構える。対峙するは、七芒星第5位、影縫いのアルカトラ。黒く装飾のない戦装束に身を包んだ女剣士が、薄く笑みを浮かべながら、異形の双剣を手にじり、と前へ出る。
「まだ立ってるの? ふふ……でもわかるわ。強い者ほど、諦めが悪い」
その声は艶やかでありながら、氷のように冷たい。瞬間、アルカトラの姿が空気に溶けるように消える。
フローレンスは身を低くして警戒する。
背後から迸る殺気。すぐさま振り返って剣を振るうが、空を切る。次の瞬間、側面からアルカトラの一撃が襲いかかる。防御は間に合ったが、衝撃で剣ごと弾き飛ばされ、フローレンスは膝をついた。
「ふふ、やっぱり私の速さには勝てない。正面から私に勝てる人間なんて、滅多にいないわ」
アルカトラは軽やかに舞うように動きながら、続けて斬撃を繰り出す。フローレンスはそれらを必死に受け、いくつかをかすられながらもなんとか踏みとどまっていた。
(技も、力も、全てが洗練されている……! くそ、完全に格上だ……!)
それでも、フローレンスは立ち上がる。唇をかみ、額から流れる血を拭うこともせず、剣を構え直す。
「……俺はまだ終わっちゃいない……!」
刹那、剣が焔を纏い輝く。
「――緋断ッ!!」
魔力を一気に解放し、炎のような紅の斬撃が走る。一閃。回避しきれなかったアルカトラの左脇腹に、鋭い閃光がかすめた。
「……ふふっ」
アルカトラは笑っていた。口元にはわずかに血が滲むが、顔色一つ変えずに、血に濡れた指でその傷に触れる。
「思ったよりはやるじゃない……」
そのとき、外から足音が近づいてくる。
「フローレンス、無事か!」
「応援来たぞ!」
冒険者たちが駆けつけ、包囲態勢を取り始める。アルカトラの目が細くなる。
「……あら、そろそろお開きの時間ね」
すっと身を翻すと、その身体が闇に滲むように溶け、ふっと姿を消した。
「また会いましょう」
その声だけが、残響のように夜風に流れた。フローレンスは大きく息を吐き、剣を杖代わりに体を支える。
「…もしこのまま1人で戦っていたら、私は……」
そこにはもう、アルカトラの影すらなかった。だが戦いは、確かに爪痕を残していた。
…………
地響きと共に現れたのは、黒き鉄冠を戴く異形の騎士。レアモンスター《ダーククラウン》だった。分厚い鎧に覆われた体、禍々しく黒く染まった大剣。奈落の第四層でもごく稀にしか姿を見せないとされる、危険な存在だ。
「……おもしろいじゃねぇか!」
ジャンは斧を肩に担ぎ、笑った。恐怖を振り払うかのように、自らを鼓舞する。
「…やるしかねぇ!」
咆哮とともに飛び込む。両腕の筋肉が膨れ、斧が唸りを上げる。
「初めっから全開だ!覇刃ッ!」
振り下ろされた巨大な刃が、ダーククラウンの肩口を叩き斬る。しかし、甲冑の下に見えるはずの肉体は黒霧のように揺らめき、傷は浅い。
「チッ、効いてねぇのかよ……!」
その瞬間、漆黒の剣が唸りを上げて振るわれる。間一髪で斧を構えたジャンが受け止めるも、衝撃は全身を貫いた。後ろに跳ね飛ばされ、背中を岩に打ちつける。
仲間たちが援護の魔法や矢を放つが、ダーククラウンは怯まない。返すように漆黒の波動が放たれ、地面をえぐった。
「……なんて硬さだよ。やっぱ四層クラスのレアモンスターってのは、格が違うか」
ジャンはよろめきながらも立ち上がる。が、その肩に手を置いたのは、戦闘を終えた別の冒険者だった。
「下がれ、ジャン。ここからは、俺たちがやる」
「……!」
その声の主は、四層常連のベテラン冒険者。周囲には、彼と同等以上の猛者たちが次々と集結していた。
「見てろ、新入り。奈落はまだまだ深ぇんだ」
その言葉と共に始まる、圧倒的な連携攻撃。火炎魔法が甲冑を焼き、槍が接合部を貫き、斧が脚部を粉砕する。短時間のうちに、ダーククラウンの体がみるみる崩れ落ちていった。
最後の一撃が決まると同時に、騎士の仮面が砕け、黒い霧が霧散する。
「……終わったか」
ジャンはその場に膝をついた。荒い息を吐きながら、目の前で展開された戦いを噛み締める。
(……まだまだ、俺は小物ってことかよ)
でも、悔しさよりも先に胸に湧き上がったのは、羨望だった。
この先にある強さを知った。なら、追いかけるだけだ。
「……見てろよ、いつか絶対、あんたらの隣に立ってやるからな」
ジャンの斧が、静かに地面を叩いた。
キャラクター紹介 No.30
【影縫いのアルカトラ】
かつては正体不明の暗殺者として裏の世界に名を馳せていた、黒衣の女剣士。今は盗賊団《七芒星》の一角を担い、第五位の座に就く実力者である。
その異名「影縫い」は、一度姿を消した後に再び現れるその斬撃が、まるで影を縫い止めるかのように不可避であることからついたもの。使用するのは、異形の双剣。どちらの刃にも異なる呪術が刻まれており、相手の視覚・感覚・動作を狂わせる作用を持つと言われている。
戦装束は黒を基調とし、一切の装飾を排した機能重視のもの。戦場ではあたかも影そのもののように現れ、微笑みながら相手を追い詰めていく。その美貌とは裏腹に、冷酷かつ残忍な戦法を好み、弱者に対しても一切の情けをかけない。




