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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第四章 血と鉄の城塞編

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光と風の決戦

 戦場の空気は淀み、毒と血が混じった臭気が漂っていた。


「なにが医者やねん……地獄の解剖台みたいな光景やわ」


 マリーはメイスを握り直す。光の魔導陣が彼女の足元に浮かび、背後の冒険者たちが展開する。


「そっちは任せたで。うちは、あいつを倒す」


 敵の中心には、改造魔獣の群れを従えたサリヴァン。嘲笑を浮かべながら、液体の詰まった注射器型の魔装をカチリと鳴らす。


「痛みも苦しみも、研究には必要不可欠! 実験を始めましょうかぁ!」


 次の瞬間、魔獣たちが一斉に突撃してくる。体のあちこちに金属器官を埋め込まれ、理性の欠片もない。


「――エルライト!」


 マリーが詠唱し、光の弾丸が群れを貫く。数体が焼け焦げて倒れるが、止まらない。


 仲間の冒険者たちが肉薄して応戦する。剣、槍、魔法…決して洗練された連携ではない。だが、命がけの支援には、言葉以上の価値があった。


「今やッ!」


 マリーが前に出る。毒液が飛び散るが、光のバリアがすべてをはじく。


「ルミナス・ブレイク!」


 聖なる一閃。改造魔獣の首が跳ね上がり、瘴気をまとった血が弾ける。サリヴァンが顔を歪めた。


「ッざけんなぁあ! こいつらはワシの傑作なんだぞ!! こうなったら、どいつもこいつも実験体にしてやるぅ!!」


 サリヴァンの右腕が変形し、魔導針が展開される。瞬時に毒を凝縮した霧が拡散する。


「毒やと……!」


 冒険者のひとりが膝をつく。マリーの顔が険しくなる。


「神よ、聖なる守りを!」


 彼女の詠唱が全体を包む。空気が震え、毒が浄化される。地面に倒れかけた仲間が、再び立ち上がる。


「次は、うちが行く番やな……!」


 全身に光をまとい、マリーが突撃する。メイスの一撃が、サリヴァンの防護装置を砕く。


「ぐ、ぬおおおおっ!? お前みたいな子娘にぃっ!!」


「黙りっ!」


 跳ね上がったマリーが、全魔力を込めて詠唱する。


「シャインスパーク!」


 降り注ぐ閃光が、サリヴァンを直撃した。


「ぎゃああああああああッ!!!」


 金属が焼け、肉が焦げる音が響く。暴れるようにのたうったあと、彼の体は崩れるように沈黙した。


 残った改造魔獣も、主を失ったことで制御を失い、冒険者たちによってすぐに片付けられる。


 静寂が戻ったその場に、マリーは深く息を吐いて立っていた。


「終わった……うち、もうちょっと派手にやらなあかんかったかと思たけど……」


 仲間たちが小さく笑い、何人かは感謝の言葉を送る。


「……まぁ、ええやろ。みんなが生きとるし、あいつは倒れた。十分やわ」


 そうつぶやいて、マリーは壊れたを一瞥した。


「……安らかにとは言わん。でももう、誰にも毒を流すことはできへん。あんたの実験も、ここまでや」


 闇の一角が、またひとつ消えた。


 …………


 空間が凍てついていた。


 氷の華が地面に咲き、触れた石すら音もなく割れていく。淡く冷たい光に包まれたその中心に、セラヴィオは佇んでいた。ローブの裾をなびかせ、慈しむように指先で氷をなぞる。


「どうしても来るのね。愚かしい、けれどそれが人というものか」


 その声音に憐憫はある。だが情はない。対するエリスは、風を纏うように滑る足取りで前に出た。長杖を肩に担ぎ、鋭い目で敵を射抜く。


「悪いけど、あんたの静寂に入れてもらう気はないわ」


 後方では、冒険者たちが陣を構える。彼らの表情には緊張と覚悟が宿っていた。かつて仲間を氷の檻に閉じ込められた者も多い。


「みんな、援護頼むわ。私が抜く、氷の中心を」


「応ッ!」

「了解ッ!」

「任せてください!」


 短いやり取り。息は完璧に合っていた。


「……来なさい。せいぜい、美しく散りなさいな」


 セラヴィオが片手を掲げると、魔法陣が五重に重なって輝き出す。空気が歪む。温度が一気に下がる。


「アイスストーム!」


 氷の刃が嵐のように乱舞し、冒険者たちを包む。


「ウィンドウォール!」


 エリスの風魔法が味方の前に立ち塞がり、氷の刃を逸らす。


「前衛、回り込んで! 後衛、集中砲火ッ!」


 冒険者たちが連携し、斜め方向から火球や雷撃を撃ち込む。しかし…


「……遅いわね」


 セラヴィオが軽く指を振ると、すべての魔法が宙で凍りつき、そのまま砕けて霧と化す。


「チッ……厄介ね」


「戦術は氷結と反射、そして凍結領域による陣形崩し……読んだわよ、あんたのパターン」


 エリスの杖が地を打つ。風が吹き上がり、セラヴィオの足元に罠陣が広がる。

 風が逆流し、凍気を巻き込み、領域の気流を乱す。セラヴィオの詠唱が一瞬、止まった。


「今よ!」


 冒険者たちが一斉に攻勢に転じる。氷壁を破る火球、氷塊を砕く打撃、そして空中から降り注ぐ矢の雨。


 エリスも跳ぶ。風に乗って、セラヴィオの目前に降り立つ。


「これで……終わりにする!」


 風と魔力を一点に収束し、杖の先から極限の衝撃波を放つ。


「テンペスト・ブラスト!」


 暴風が渦となってセラヴィオを巻き込み、氷の結界を突き破った。


「──ッ、ああああああ……!」


 冷たい叫びが空に消える。ローブが裂け、魔導具が砕ける。結界が崩れ、氷が一斉に霧と化した。


 静かになった空間に、セラヴィオの体が崩れるように倒れ込む。


 共に戦った冒険者たちが安堵の声を上げる。


「……やった、やったぞ!」


「封じた! セラヴィオを封じたッ!」


 エリスは息を吐きながら、倒れた魔術師に歩み寄る。微かに動く指を見下ろしながら、つぶやいた。


「もういいでしょ。あんたの冷たい幻想も、ここで終わりよ」


 彼女が杖を振ると、風が優しく吹いて、氷の霧をさらっていった。


 こうして、狂気の氷術師・セラヴィオは討たれた。残る七芒星は、あと三人。だが、戦いの代償は小さくない。

 冒険者たちの士気は高まる一方、疲労も確実に蓄積している。戦場はなお混迷の渦中。

 ――決着の時は、すぐそこにある。


城塞エリアについて


ここは、奈落の内部に存在する異世界の一つ。

地上の地形とは異なる法則で成り立ち、侵入者を拒むように静かにそびえ立つ。それが城塞エリアです。


かつてこの地には、人が暮らしていました。

誰が、どこから来たのか…その記録は失われ、今では伝承すら曖昧です。

ただ確かなのは、「ここで人が生きていた」という痕跡。崩れかけた家屋、祈りの石碑、そして残された日記の断片が、それを静かに物語っています。

やがてこのエリアは、盗賊団ブラッドムーンによって拠点として再利用されます。

外界との接点がほとんどない閉鎖空間であり、無数の通路と遮蔽区画が存在するこの城塞は、略奪した財を隠すにはうってつけでした。

しかしそれは、彼らの手によっても制御できるものではありませんでした。

奈落の深層に連なるこの場所では、時間と空間の軸すら不安定に揺れています。

瘴気が滲み出すのではなく、最初から“存在そのものが奈落である”という構造。

異形の出現も、理不尽な現象も、そこにいるだけで冒険者の精神を削っていくような、重苦しい空気が漂います。

冒険者たちにとって、この城塞エリアはただの戦場ではありません。

それぞれの過去と、決意と、選択が交錯する場所でもあるのです。

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