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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第四章 血と鉄の城塞編

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オーバー・サンクチュアリ

 地鳴りのような咆哮と共に、巨漢の拳が石床を叩き割った。ヒルダは寸前で身を翻し、滑るように間合いを取る。背後からは、敵の魔導弾が迫る。


「プロテクション・シェル!」


 瞬時に飛び込んだ白の魔法陣が盾となり、魔導弾を霧散させた。マチルダの詠唱は一拍の狂いもない。


「ありがとう、マチルダ!」


「援護は任せて。ヒルダ、無理はしないで!」


 二人の背中を守るように、ヒルダは再び前に出る。相手は、盗賊団ブラッドムーン幹部・ゴリアテとアンナ。


「足止め役が女どもとはな……あの男のお友達か?」


 そう言いながら、ゴリアテは拳を鳴らした。彼の肉体はまるで鋼鉄。ひとたび踏み込めば、石畳が音を立てて崩れる。一方、アンナは手に細身の杖を持ち、沈着に空間を制御するように魔力を操っていた。


「無意味な死を選ぶ者の顔、よく見ておくわ。記録として、残してあげる」


 彼女の瞳に感情はない。淡々と、記録者としての義務を果たすだけのように。


 ヒルダの瞳が、燃えるように輝いた。


「ここで、お前たちを止める。そのために来たんだ!」


 ゴリアテの巨拳がうなりを上げて突き出される。ヒルダは一歩踏み込み、拳の軌道を読み切って懐に潜り込む。


「遅い!」


 鋭く、重く、的確な斬撃が、ゴリアテの肩口を切り裂いた。だが、それでも彼は倒れない。皮膚の下に埋め込まれた魔鋼が、剣を弾いた。


「強いな……だがその程度効かんわ!!」


 怒声と共に振るわれる次の一撃。


「ヘイスト!」


 マチルダのバフが、再びヒルダの身体を支える。魔力による加速で視界の外へと跳躍し、斜め上から一閃――!


「はッ!」


 ついにゴリアテの膝が落ちる。筋肉が裂け、骨が軋む音が響いた。


「……見事だ。だが、俺を止めるにはまだまだだぜ」


 アンナがすかさず詠唱を変える。


「ディレイ・ゾーン展開、重力干渉開始!」


 ヒルダの足元の空間が歪み、重力が急激に増す。体が沈み込むような圧迫感。ゴリアテの拳が、そこを狙って再び襲い掛かる。


「さらに…ヘイスト!」


「……ッ、遅く、ならない!」


 マチルダの補助詠唱が、重力魔法の効果を相殺する。白の魔法陣がヒルダを包み込み、再び身軽な動きが戻る。血と火花の交錯する剣戟。怒涛の連携と魔法の援護。


 そしてついに、戦況が動く。

 ヒルダの剣が、ゴリアテの左腕を切断した。


「うがぁぁぁああああ!!」


「一発、減ったな」


 戦場が熱を帯びていく。まだ勝敗はつかないが、確かに流れは冒険者側へ傾きつつあった。


 切断された左腕を抑え、ゴリアテが咆哮を上げた。


「がああああああああああっ!!」


 空間が震えた。返す拳が岩を砕き、衝撃波が吹き荒れる。怒りで動きが乱れるどころか、逆に精度を増す攻撃。怒涛の連撃がヒルダに迫る。


「クソッ、速い……!」


 すかさず援護を飛ばそうとするマチルダだが、その額には汗が浮かび、呼吸も乱れていた。


(……まずい、魔力が切れる……っ)


 その瞬間、アンナが杖を構える。


「終わりね。次の記録は――“白魔導士の魔力切れ”」


「させるかっ!」


 ヒルダが間に飛び込み、アンナの魔導撃を斬り払う。だが、今度はゴリアテの拳が背後に迫る。


「ヒルダッ!」


 防ぐ術が、ない。魔力も、力も――もう限界だ。


 マチルダの脳裏に、遠い日のことがよぎる。


ーーーー


 薄暗い診療所。まだ冒険者でもなかったマチルダは、姉アシュリーの横顔を見つめていた。


「……ねぇ、姉さん。強い人って、どんな人なん?」


「そやなぁ……誰かのために限界超えられる人ちゃう?」


 飄々と笑いながらも、彼女の瞳はまっすぐだった。


「ほんまに強い奴って、勝つやつちゃうねん。負けそうな時でも、誰かを守るために前に立てるやつや。うちが思う最強は、そういう人やわ」


 その言葉を、マチルダは心の奥にしまい込んでいた。


ーーーー


(あかん、泣いてる暇はあらへん……うちは、白魔導士や。守るために立たなあかん……!)


 マチルダは最後の魔力を振り絞る。指先が震え、視界が滲む。それでも、唱える声だけはぶれなかった。


「……オーバー・サンクチュアリ……!」


 空間が輝いた。アシュリーがかつて使っていた“全能力上昇”の奇跡の魔法。

 その力がヒルダの体に注がれる。筋肉が熱を帯び、視界が冴え、剣先が空を切り裂く。


「行け、ヒルダ!」


「……ああ!」


 燃え上がるような加速。切り結ぶたび、ゴリアテの体を刻み、アンナの魔導が破られる。

 一撃、また一撃。剣が、敵の守りを超えていく。


「やめろ! この記録はまだ――っ!」


「記録なんて……いらない!」


 ヒルダの剣がアンナの杖を砕き、次の瞬間、ゴリアテの胸を貫いた。


「ぐ……ああっ……!」


 崩れ落ちる巨体。アンナも沈黙し、ついに幹部ふたりは討ち取られた。


 …そして、マチルダは膝をつき、意識を保つのがやっとだった。


「ふふ、やっぱり……魔法は……使いすぎると……ダメね……」


「マチルダ……! 今の、あんたのおかげだ……ありがとう」


 魔力枯渇、意識混濁。ヒルダも膝をつく。肉体の限界はとうに超えていた。


「…仇は打ったぞ、グレン……」


 二人はその場に身を預けるように倒れた。


 だが、彼女たちは勝った。絶望の戦場に、小さな希望の灯を灯したのだった。

キャラクター紹介 No.29

【アシュリー=トワイライト】

故人となった伝説の冒険者。

マチルダの姉であり、マリーの叔母。

関西弁で明るく豪快な口調が特徴で、戦闘では高い魔法戦闘能力を持ち、多彩な魔法で味方を支援した。

彼女の魔法は全能力強化に特化しており、特にマチルダが追い詰められたときにその力を託した。

キキモラ村の出身で、温かくも強い意志を持つ姉妹の絆は今も冒険者たちの心に生きている。

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