沈む城塞、浮かぶ真実
瘴気の渦巻く空の下、戦場は次の局面へ突入していた。ペシミスティの気配は地を這い、空間そのものに絶望の色を滲ませていく。
「奴を止めなければ、おそらくモンスターは無尽蔵に沸き続ける」
ムラサメは数人の精鋭と共に、城塞地下の通路を駆けていた。マーテルもその一人だ。
ペシミスティが隠れているつもりでも、ムラサメほどの男には、濃密な瘴気の流れがありありと見えている。
…………
地上では、冒険者たちが辛うじて戦線を維持していた。
ムラサメの無双が戦況の均衡を保っていたものの、その隙間を縫うように“影”が動いていた。
「ふふ……愚かな奴ら。私たちに逆らうなんて」
冒険者の背後から次々と命を刈り取るその影。
黒の刺繍を胸に、影縫いのアルカトラが微笑む。這う影が光をねじ曲げ、空間の輪郭すら歪ませる。
「背後のみを狙った戦い方……気に入りませんね」
立ち塞がるは、炎の女騎士フローレンス。紅蓮の剣が火花を巻き上げ、アルカトラの影を焼き払う。
「ふぅん……一目でわかったわ。私はあんたが嫌い」
「そうですか。気が合いますね」
炎と影、相反する力が火花と共にぶつかり合う。
剣戟のたびに、火が踊り、闇が裂ける。
…………
同じ頃、崩れた城壁の向こう。血と薬品の臭いを漂わせ、赤い刺繍の男が姿を現す。瘴気を纏った改造魔獣がその背に従っていた。
「おや、神聖職か。光の使い手には興味があるんだ。
人体の臨界を、どこまで引き延ばせるか……是非、試させてほしいね」
その場に立ちはだかったのは、光魔導士マリー。メイスを手に、結界の中心に立つ彼女は、鋭い眼光をサリヴァンに向ける。
「……あんた、マジで性根腐っとんな。命、なんや思てんねん。好きに弄んでええ道具ちゃうんやで?」
サリヴァンは興奮気味に笑みを浮かべる。
「感情の反応が良好だ……うんうん、最高の素材だね!」
「どアホッ! 調子乗んのもそこまでや!」
メイスが振るわれるたび、光の結界が瘴気を弾き飛ばし、毒を打ち払う。周囲の仲間たちも連携して改造魔獣たちを次々に討ち取り、サリヴァンを包囲していく。
…………
その一方、空間がじわじわと霞み、空気すら夢に飲まれる。精神に干渉する瘴気が冒険者たちの意識を奪っていく中、中心に佇むのは蒼夢のセラヴィオ。
「おやおや? 君、心が強いねぇ……私の領域にいながら、正気を保つなんて」
視界にちらつく過去の記憶。幻でも夢でもない、だが確かに見せられている。
「……私の記憶を、勝手に覗かないで」
冷ややかに睨み返すのはエリス。精神干渉への強い耐性を持つ彼女の視線は、まるで一筋の硝子の刃のように鋭い。
「感情とは実に美しい構造だ。君のそれは、強くて硬い反面、繊細で壊れやすそうだ……私の研究対象に最適だね」
「……言っとくけど、壊れやすいもんほど、強くなるときもあるのよ」
エリスは手際よく薬瓶を取り出し、抗幻覚処理を施した霧状の魔法液を散布。周囲の冒険者たちと連携し、精神攻撃を打ち破りながら、セラヴィオに迫っていく。
…………
瘴気の中、クロスは必死に思考を巡らせていた。魔物、盗賊、改造魔獣――あまりにも整った配置。そして、“待ち構えていた”かのような襲撃。
「何か引っかかる……盗賊団が事前に攻撃を予測していたということは、俺たちの行動が漏れてたってことだ」
「おい! どうかしたのかクロス!」
ジャンが敵を薙ぎ払いながら叫ぶ。
「ジャン! 俺の周り、任せていいか!?」
「……何かあるんだな? わかった、任せろ!」
クロスは剣を構えながら戦場を見渡す。
仲間たちは懸命に戦っているが――その中で、一人だけ。
「……いた!」
魔法を放っているフリをしながら、実際には仲間の動きを誘導し、意図的に不利な位置に導いている男。
しかも、魔物も盗賊も、彼には一切攻撃していない。
「やっぱり……あいつ、内通者だ!!」
「は!? マジかよ!」
クロスは叫ぶと同時に駆け出し、剣を振り下ろす。
だが、男――ペイルはあっさりと防御魔法でそれを受け止めた。
「バレたか……まぁいい。お前程度なら、始末しても構わん」
「ふざけるなっ……お前は、絶対に許さない!!」
剣を構えるクロス。裏切り者・ペイルと、剣と魔法が激突する。
その瞬間――
「クロス、加勢す――ッ!?」
ジャンが駆け寄ろうとした時、突如として現れた異様な魔物がその場の空気を塗り替える。
禍々しい王冠を戴き、全身から瘴気を噴き出す怪物。第四層にて稀に目撃されるレアモンスター。
ダーククラウン
ジャンの全身が、直感的に“警告”を叫ぶ。
――こいつには、勝てない。
その絶望の波動に、周囲の冒険者たちが足を止める。だが、冒険者たちは立ち上がる。複数人がジャンの前に立ち、共に剣を振るう。
「下がるな、ジャン!」「俺たちがいる!」
クロスとペイルの戦い、フローレンスの剣、マリーの結界、エリスの薬霧――
すべてが同時に、戦場の熱をさらに高めていく。
奈落第四層、決戦の幕がいま、完全に上がった。
キャラクター紹介 No.28
【マチルダ=トワイライト】
白魔道士としては、現時点で冒険者界最強の治癒能力を誇る実力者。複数の層を踏破し、数多の命を救ってきたその実績は、多くの冒険者から信頼を寄せられている。
彼女は、マリーの叔母であり、マリーの父・ダニー=トワイライト、そして今は亡き伝説の冒険者・アシュリー=トワイライトの妹でもある。
だが、彼女は家族と少し違う。マリーやダニー、アシュリーが皆、明るくどこか飄々とした口調を持つのに対し、マチルダだけは完璧な標準語を使う。
その理由は、彼女が生まれ育ったキキモラ村という田舎出身という事に対して、強いコンプレックスを抱いているからだ。
「訛りなんて持ってたら、まともに評価されない」
と、幼い頃から意識的に矯正し、今や一切の方言を見せない。それゆえに、冷静沈着で合理的な性格に見られることも多いが、その心の奥には、家族を超えたいという切実な想いと、言葉では言い表せない郷愁が、静かに燻っている。だからこそ彼女の癒しの魔法は、誰よりも正確で、誰よりも温かい。




