決戦の序曲
【奈落 第四層・城塞エリア 戦闘継続中】
轟音と悲鳴が入り混じる中、ムラサメの身体が風のように動いた。
抜き放たれた黒鞘の刀が、闇の中で一閃。紅く光る改造魔物の眼球が、軌跡すら読めぬ斬撃で弾け飛ぶ。
「あれがムラサメの朧影……!」
目撃した者が思わず名を呟く。時に霞のごとく姿を消し、時に光より速く敵を穿つ。
――だが、それでも止まらない。
ムラサメが斬った魔物は、倒れる寸前に肉を蠢かせ、再生しながら再び襲い掛かってきた。
「再生限界を超えさせるまで斬り続けろ……面倒な相手だ」
片腕だけを落とし、もう片方で太刀を振るう魔物を、ムラサメは二の太刀で胴から斬り裂いた。
黒き血飛沫が宙に舞い、霧と混ざって煙のように消える。
一方、ヒルダも敵を両断しながら、陣形の再構築を試みていた。
「後衛、円陣に戻して! マチルダの詠唱が通るように!!」
「わかってるわよ! 回復範囲、拡張する!」
白魔導士・マチルダの詠唱が完成し、天から降り注ぐような光が地面を満たした。
回復の魔法陣により、クロスたちの部隊にも癒しの波が届く。
「助かった……!」
クロスが息を吐く間もなく、魔導矢が再び降ってくる。
「マリー! 右から回り込め!」
「任せて!」
クロス隊も必死の応戦を続ける。
数人がすでに負傷し、ジャンが矢を受けて膝をつく。
「まだ、やれる……!」
彼の前に立ちはだかったのは、フローレンス。
「この程度で倒れるわけにはいかない! 私たちは、未来を切り拓く者よ!!」
その声が、周囲の士気をわずかに支えた。
だが、それでも戦況は拮抗すらしない。
敵は減らない。数が多いのではない。死なないのだ。そんな中、ムラサメの眉がわずかに動いた。
「……おかしい」
誰にも聞こえないような低い声で呟く。
その眼差しは、戦場全体を俯瞰していた。敵の動き、冒険者たちの位置、魔物たちの行動…
「……魔物が、盗賊団を攻撃していない」
その異常が、頭の中で引っかかる。
改造魔物は本能を持たない獣のはず。ならば最も近くにいる者から無差別に襲うのが自然だ。
だが実際は――
すべての魔物が、冒険者だけを狙っている。目の前をすり抜ける盗賊には、まるで認識できていないかのように。
「支配されている……魔物すら、意志の下に従っている……!」
その時だった。空気が一変する。まるで空そのものが沈み込むような、圧倒的な感情が降り注いだ。
深い、深い、“悲しみ”。
膝をついたマーテルが、思わず頭を抱える。
「な、に……この、感情……」
周囲の魔物たちが、いっせいに咆哮する。まるで何かに呼応するかのように。
そして、上空の瘴気が渦巻く中、その名が囁かれた。
「……ペシミスティ」
ムラサメの口から、静かに漏れた名。
奈落六大将、悲しみのペシミスティ。
魔物を従え、人の絶望を餌に力を得る存在。死すら意味を持たないこの第四層において、彼女こそが真の支配者であるとすれば……
「この戦いは……ただの盗賊団掃討じゃない。俺たちは、奈落そのものと戦わされている……!」
戦場を包む緊迫感が、さらに深くなる。そしてその時、城塞の中心部より、鈍い鐘のような音が響いた。
――その時。
城塞の中心部から、鈍く重い鐘の音が響いた。
何かが目覚める前触れのように。そして、ヒルダとマチルダの前に現れたのは、圧倒的な存在感を放つ二人組。
「ディレイ!」
「――ッ!?」
ヒルダの動きが一瞬で鈍る。
「がはははッ! 一匹目、いただきだ!!」
豪腕の男が、拳を振りかぶって襲いかかる――
「ヘイスト!」
「マチルダ……っ、助かった!」
加速魔法で体勢を立て直したヒルダは、寸でのところで拳をかわす。その二人の顔を見たマーテルが、顔を引きつらせる。
「あれは……師匠を倒した、二人組……!」
男の肩には銅の刺繍。女の胸元には白の刺繍。
そう、彼らこそが大剣王・グレンを討ち取った張本人。
盗賊団の幹部、ゴリアテとアンナであった。
「……お前たちがグレンを……!」
「絶対に、許せませんね」
ヒルダとマチルダの怒りが、敵の殺意とぶつかり合う。
…………
その頃、アルガードの前にも宿命の敵が姿を現す。
轟く爆音。火柱が吹き上がり、冒険者たちが吹き飛ばされる。大盾を構えて踏みとどまるアルガード。その前に立つ男が笑った。
「今度こそ決着をつけよう、アルガード」
「……オルテガ」
炎を操る男、盗賊団No.2、騎士狩りのオルテガ。
…………
銃声が響いた。正確無比な弾丸が、次々と冒険者たちの急所を撃ち抜いていく。
「クソッ……!」
だが、その弾をイグニスが紙一重でかわす。
「ほう……俺の銃をかわすとは」
現れたのは、金の刺繍を纏う男。
盗賊団頭領――リゼルグ。
「……ったく。俺が“ジョーカー”かよ。ツイてねぇな」
そう呟いたイグニスの前に立つのは、盗賊団の頂点。
冒険者と盗賊団――それぞれの最強が、ついに相対した。
キャラクター紹介 No.27
【イグニス=イッシュバーン】
奈落に生きる最強クラスの冒険者のひとり。
かつての大剣王グレン=スカイウォードの死により、ランキングは繰り上がりで第3位となる。
その実力は折り紙つきで、遠距離射撃において右に出る者はなく、「見えた瞬間に撃ち抜く」とまで言われる弓技の持ち主。
《天弓》の名は伊達ではなく、かすかな気配すら捕らえ、正確に急所を射抜くその矢は、魔物すら怯ませる。
……が、その人格には大きな難がある。
重度のギャンブル依存者で、得た金のほとんどを競馬・賭博・女遊びで浪費するダメ人間。
しかも嘘をつく、言い訳をする、借金を踏み倒すのも日常茶飯事。人間的な信頼度は奈落の底より低い。
だが、“やるときはやる”。
戦場において彼の射が外れたことは一度もないという伝説は、確かに残っている。




