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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第四章 血と鉄の城塞編

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城塞に集う者たち

サンライズ冒険者ギルド、作戦会議室。

深夜にもかかわらず、重厚な扉の向こうからは緊迫した気配が漏れていた。


「……第四層の盗賊団。幹部の七芒星(セブンスター)に、奴らが絶対的な信頼を置いている、まだ見ぬ()()()がいるとなれば、これはもう、国家規模の脅威だ」


 ギルド最高戦力のひとり、アルガードが静かに口を開く。腕を組んで壁に寄りかかるその瞳には、かつてない憤りが宿っていた。


「グレンが……あのグレンが、やられたんだぜ。あいつが弟子を逃がすなんて判断をした時点で……あの場は地獄だったってことだ」


 低く言ったのは、弓の天才・イグニス。誰も反論はしなかった。部屋の空気を切り裂いたのは、軽やかだが芯のある声。


「で、あんたたちは、どうするの? 討伐に向かうつもり?」


 マチルダだった。オレンジのショートヘアを持つ、現最強の白魔導士。彼女の目線の先には、あの男が立っていた。


「当然だ。……グレンの弟子を、あのままにはしておけん」


 ムラサメ。その声は、若き日より少しだけ低く、だが何よりも確かだった。部屋の空気がわずかに揺れたのは、長年の冒険者たちが彼の本気を感じ取ったからだ。


「……姉さんが見たら、きっと喜んだろうね」


 マチルダの口元がわずかに緩む。その言葉に、ムラサメの眉がわずかに動いた。


「……知っていたのか。アシュリーとのことを」


「ええ。子どもの頃、こっそり聞いちゃったんだよ。『引退したら一緒に暮らす』って。……姉さん、すっごく嬉しそうだった」


「……そうか」


 ムラサメはそれ以上、何も言わなかった。

 だがその沈黙は、ただの哀悼ではなく、心の奥底にしまい込んだ誓いの重さだった。


 静かに手を合わせるマチルダの隣、もうひとりの女性が席を立つ。


「……ムラサメ。あんた、剣、鈍ってないでしょうね」


「ヒルダか。随分と、大きくなったな」


「18年ぶりだもの。そりゃ歳も取るわよ」


 ヒルダ。現在はギルド副頭として多くの冒険者を束ねる才女にして、かつて剣を捨てかけたムラサメが唯一育てた“少女剣士”。


「……あの時、あんたがくれた剣。今でも手入れしてるわ」


「壊れても、また打て。技も、心もな」


「ふふ、教えが古いのよ」


 軽口を交わす二人を見て、アルガードが立ち上がった。


「決まりだな。討伐部隊を組む。俺が率いる主力隊は正面から城塞に侵入し、ムラサメとヒルダ、そしてマーテルを含む別動隊が地下通路を進む」


「なら、俺は遊撃に回る。ブラッドムーンの連中、強い魔術師を抱えてるみたいだしな」


 イグニスが言い、他のベテランたちも次々に名乗りを上げる。


「補給と撤退経路は私が引くわ。サラティア経由で第二層の輸送組と連携を取る」


「魔物掃討は俺達がやる。城塞の外壁には地形型の魔獣が潜んでるはずだからな」


 作戦は即日編成された。そして、討伐隊の出発日が決まる。


《三日後・出撃前夜》


 サンライズの空は鉛色に沈み、嵐の予感すら孕んでいた。

 それでも、ギルドの前には既に数十人の冒険者が集まり、装備の最終確認をしている。


 マーテルもその中にいた。


 肩にはグレンの形見、腕には磨き直した触媒。震える指先を握り締めて、彼女は深く息を吐いた。


「……私が、行く。誰よりも、あそこに理由があるから」


「それでいい。あんたは、もうただの弟子じゃない」


 ムラサメが隣に立ち、彼女に剣を一振を見せる。


「未来のために戦うんだ」


「……はい、先生」


 その時、鐘が鳴る。


 ギルド塔の上で、討伐開始の合図を告げる鐘。

 奈落第四層・城塞エリア奪還作戦。


 その火蓋が、いま落とされた。


【奈落 第四層 城塞エリア】


 奈落の風は重い。瘴気を含んだ黒い霧が、空と地平をわずかに揺らしていた。


 その中を進む、一団の冒険者たち…総勢、百を超える精鋭たち。サンライズシティから送り込まれた討伐部隊、その最前線に、アルガード率いる本隊。後方からは補給隊、そして外周には遊撃部隊が網のように配置されている。


 その中に、クロスたちの姿もあった。


「……こっわ」


 マリーが肩をすくめながら呟く。両隣の冒険者は、どれも顔に傷のあるベテランばかり。鎧の擦れる音すら威圧的だ。


「まあ、そりゃこの中じゃ俺たち、最下位だよな」


 ジャンが苦笑を浮かべ、エリスが静かに周囲を見渡す。


「第三層を越えてきた直後で、これか……奈落の現実ね」


 それでも、クロスの目はまっすぐ前を見据えていた。


「でも来た。来るって決めた。ならやるだけだ」


「そうですね、私達の底力を、盗賊どもに示してやりましょう!!」


 フローレンスの拳に、皆がそっと手を重ねる。


 その時だった。…風が止まった。


「……?」


 アルガードが眉をひそめる。城塞の中から、風向きとは逆に、何かが迫ってくる気配。


「構えろ!! 全隊、陣形を維持!!」


 叫んだ瞬間、それは起きた。


 ――爆音。城塞の東壁が爆ぜた。空間そのものが歪んだかのように、石と鉄が弾け飛び、炎と毒霧が吹き出す。


「伏兵!? いや、これは……!」


「最初からこちらの動きを読んでたのか……!」


 炎の中から現れたのは、盗賊団(ブラッドムーン)の先鋒。紅い仮面と漆黒の装束をまとい、異形の魔導具を背負った連中が、冒険者たちの最前線に一気に突撃する。


 しかも――


「魔物!?いや、人じゃない……!?」


 人型の影が、獣のような動きで襲いかかる。


 人の姿をした改造魔物。


 「ブラッドムーンの人体改造実験か……!」


 イグニスが叫び、すぐに矢を放つ。しかしその矢は、肉を貫いたにもかかわらず止まらない。


「……再生する!? なんて連中だ!!」


 ギルドの最前列が一瞬にして崩れかけた。


「本隊、再整列! 下がれ、後衛に食い込まれるな!!」


 ヒルダが指揮を飛ばす。その剣が閃くたびに敵を両断するが、それでも数が減らない。


「……完全に、待ち伏せされてた……!」


 マーテルが震えながら呟いた。胸を押さえ、膝を突く彼女の前に、ムラサメが立ちはだかる。


「下がるな、マーテル。敵の目論見を挫くには……まず、耐えるしかない」


「はい……!」


 一方、クロスたちの隊は、後方支援に回るはずだったが、敵の一部がそこにも回り込んでいた。


「こっちにも来るぞ!! 弓兵の影だ、注意しろ!!」


 エリスが叫ぶと同時に、細い糸のような矢が風を裂いて飛来する。


「影矢!? 魔力で矢を曲げてやがる……!」


 クロスが盾で受け止めるも、腕ごと吹き飛ばされるような衝撃が走った。


「っ……まだ、だ。まだ……倒れねえ!!」


 痛む腕を抑え、クロスは歯を食いしばる。


 空は鉛色、霧はさらに濃く、敵は先手を取り、冒険者たちは初動で大きく崩された。


 不利。それが、この戦の最初の現実だった。


「如何かな? 冒険者諸君! これが天才の外科医、サリヴァンの芸術だ!」


 後方から高らかに笑う男の服には、赤の七芒星の刺繍が施されていた。

キャラクター紹介 No.26

【ヒルダ=グランリオナ】

かつて十代の前半でムラサメに剣を学び、今ではギルド副頭として多くの冒険者を束ねる実力者。

その白銀の甲冑と冷徹な指揮力、そして鋭く無駄のない剣技から「白銀の戦乙女」の異名で知られ、サンライズ冒険者ランキングにおいて堂々の第2位に位置する。

ムラサメが不在の18年間、彼女の技は研ぎ澄まされ続けてきた。

ムラサメとの再会、そしてグレンの死を前に、ヒルダは再び戦場に立つ。

かつての師と肩を並べるのは、弟子としてではない――

名実ともに、最前線を支える冒険者のひとりとして。


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