託された命
雲ひとつない晴天のもと、三つの柩が並べられていた。
大剣王グレン=スカイウォード、双剣のバッシュ、槍使いソラール。第四層にて討ち死にした三人の冒険者の名は、すでに街の隅々まで知れ渡っていた。
葬儀には、数百人の冒険者たちが参列していた。
冒険者ギルドの代表として、最上位パーティのリーダー・アルガード=ドラコニスが前に立つ。
重厚な黒の喪服に身を包み、いつものように大槍は持たず、代わりにグレンの象徴ともいえる大剣を静かに携えていた。
「……我々は、仲間を失った」
アルガードの低い声が、静寂を破る。
「グレンは、弟子たちを守って死んだ。弟子たちも、主を庇って戦い、討たれた」
彼の視線が、柩に花を捧げる少女――マーテルに向けられる。
マーテルは肩を震わせながらも、顔を上げていた。涙に濡れた目に、怒りと誓いが宿っていた。
「……だが、奴らを野放しにはせん。これは明らかなる宣戦布告だ」
空に向けて高らかに掲げられたグレンの大剣。
「この場をもって宣言する――我々は、第四層に巣食う盗賊団・ブラッドムーンを討つ!」
冒険者たちの間に、ざわめきが走る。
「七芒星《銅》、ゴリアテ……そして《白》の魔女アンナ……この二人の名を、俺は絶対に忘れん」
アルガードの隣には、剣士ヒルダ、弓使いのイグニス、そして白魔道士マチルダの姿もある。全員が、深い悲しみと共に、決意を胸にしていた。
ギルドマスター代理のロズベルが一歩前へ出る。
「第四層への討伐作戦を開始する。現時点で確定している七芒星の情報、および拠点位置をもとに、分隊編成を行う予定だ」
その言葉に、ギルド内から名乗りが上がる。
「俺たちも行くぞ!」
「我々の隊、参加希望します!」
「ヒルダさん、あたい達も一緒に戦わせてください!」
続々と志願の声が上がり、ギルドの空気はやがて怒りの熱に包まれた。
そして、アルガードは最後に言い放つ。
「いいか、お前たち……これは報復ではない。これは裁きだ。我々は、仲間の死を無駄にはしない。サンライズの冒険者の誇りにかけて、あの城塞から奴らを叩き出す!戦う覚悟のある者、俺について来い。……俺は、必ず前を歩く」
柩に一輪の剣百合を捧げ、アルガードは振り返る。
その背には、すでに数十名の冒険者が立ち並んでいた。
葬儀のあと、ギルドに戻ったクロスたちは、静かにグレンの死を受け止めていた。
「……まさか、あのグレンさんが……」
ジャンの拳が、震えていた。マリーは膝を抱えて座る。フローレンスも俯きながら、グレンに助けられた日を思い出していた。
それぞれが沈黙する中、クロスが立ち上がった。
「行くぞ、第四層へ」
全員の視線が、彼に向く。
「俺たちは、奈落を進む。その道がどんな地獄でも、絶対に止まらない。……それが、グレンさんの魂を継ぐってことだと思う」
静かに頷くエリス。クロスは腰の剣を握る。
「準備は一週間後。それまでに装備の見直しと体調を整えるんだ。今回ばかりは、全力で行く。いいな?」
「おう!」
その夜。
サンライズの街では、盗賊団掃討に向けた、大規模な作戦準備が静かに動き出していた――。
その頃、淡い明かりの下、マーテルは椅子に座り込んでいた。
濡れた布で拭いても落ちきらぬ砂と血が、まだ頬や手に残っている。
何度も、何度も、思い返していた。
バッシュの叫び。ソラールの笑顔。師・グレンの背中。
そして、自分一人が逃げたという事実。
ふと、誰かの気配がした。
足音もなく現れたその男は、ギルドの誰もが知る“伝説”だった。
「……ムラサメさん」
マーテルが顔を上げると、白髪混じりの髪に、煤けた黒装束を纏った男がそこにいた。
奈落最深部・第十層を踏破し、六大将と戦い、ただ一人生還した冒険者。ムラサメ。
彼は壁にもたれ、しばらくマーテルを見つめていた。
冷たくも、優しくもない、ただ真実を映すような目だった。
「……生き残ったか」
その一言に、マーテルの肩が小さく震える。
「……っ、わたしは、逃げました……師匠を、バッシュを、ソラールを見捨てて……! 一人だけ……っ」
嗚咽混じりに、声を絞り出す。
その言葉に、ムラサメは静かに目を閉じた。
「俺もな、かつて……同じだった」
「……え?」
ムラサメの声が、低く、深く、響いた。
「六人の仲間と、奈落の底へ挑んだ。全員が、“この世界を救う”と誓ってな。……だが、結局、生き残ったのは俺一人だった」
マーテルの瞳が、大きく揺れる。
「誰よりも強かった仲間達が、目の前で砕けた。俺の知る最強の戦士が、騎士が、魔法使い達が…そして、親友が」
そう語るムラサメの表情は、どこか遠くを見ていた。
だが、次の言葉で、彼の視線はまっすぐマーテルへと戻る。
「お前が生きて帰ったのは、運じゃない。……託されたんだ」
「……っ」
「逃げたんじゃない。託されたから、生き延びた。それは、地獄よりも重い役目だ。だが、それを背負う者だけが、次へ進める」
マーテルの手が、震えながら握られる。
指先には、グレンの形見の布きれが結ばれていた。
「それでも、怖い……わたしは、また誰かを失うかもしれない……」
その言葉に、ムラサメはわずかに口元を緩めた。
「怖くて当たり前だ。……だが、それでも前に進む。それが、冒険者だろう?」
静かに歩み寄ると、ムラサメはマーテルの肩に手を置いた。
「もし、お前が立ち上がるなら俺が鍛えてやる。お前の魔法を、絶対に潰せないようにしてやる。あいつらが命をかけて繋いだ、お前の未来を」
その言葉に、マーテルは堰を切ったように泣いた。
声を殺し、肩を震わせながら、ただ、泣き続けた。
ムラサメはそれを黙って受け止めていた。
かつて、自分が誰にも許されず、泣けなかった過去を思いながら。
キャラクター紹介 No.25
【マーテル】
土を読み、土を編む。奈落第四層へと挑んだ若き魔導士。
師である大剣王グレンのもとで修行を積み、岩壁の形成、土槍の創成、震動による感知術などを駆使する技巧派の戦術魔導士。
やや内向的で引っ込み思案な一面を持つが、戦闘時は冷静かつ迅速な判断を下す実力者。バッシュやソラールとは兄妹のように親しく、グレンからは「自分の魔法だけで戦える日が来る」と期待されていた。




