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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第四章 血と鉄の城塞編

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託された命

 雲ひとつない晴天のもと、三つの柩が並べられていた。

 大剣王グレン=スカイウォード、双剣のバッシュ、槍使いソラール。第四層にて討ち死にした三人の冒険者の名は、すでに街の隅々まで知れ渡っていた。


 葬儀には、数百人の冒険者たちが参列していた。


 冒険者ギルドの代表として、最上位パーティのリーダー・アルガード=ドラコニスが前に立つ。


 重厚な黒の喪服に身を包み、いつものように大槍は持たず、代わりにグレンの象徴ともいえる大剣を静かに携えていた。


「……我々は、仲間を失った」


 アルガードの低い声が、静寂を破る。


「グレンは、弟子たちを守って死んだ。弟子たちも、主を庇って戦い、討たれた」


 彼の視線が、柩に花を捧げる少女――マーテルに向けられる。


 マーテルは肩を震わせながらも、顔を上げていた。涙に濡れた目に、怒りと誓いが宿っていた。


「……だが、奴らを野放しにはせん。これは明らかなる宣戦布告だ」


 空に向けて高らかに掲げられたグレンの大剣。


「この場をもって宣言する――我々は、第四層に巣食う盗賊団・ブラッドムーンを討つ!」


 冒険者たちの間に、ざわめきが走る。


「七芒星《銅》、ゴリアテ……そして《白》の魔女アンナ……この二人の名を、俺は絶対に忘れん」


 アルガードの隣には、剣士ヒルダ、弓使いのイグニス、そして白魔道士マチルダの姿もある。全員が、深い悲しみと共に、決意を胸にしていた。


 ギルドマスター代理のロズベルが一歩前へ出る。


「第四層への討伐作戦を開始する。現時点で確定している七芒星の情報、および拠点位置をもとに、分隊編成を行う予定だ」


 その言葉に、ギルド内から名乗りが上がる。


「俺たちも行くぞ!」


「我々の隊、参加希望します!」


「ヒルダさん、あたい達も一緒に戦わせてください!」


 続々と志願の声が上がり、ギルドの空気はやがて怒りの熱に包まれた。


 そして、アルガードは最後に言い放つ。


「いいか、お前たち……これは報復ではない。これは裁きだ。我々は、仲間の死を無駄にはしない。サンライズの冒険者の誇りにかけて、あの城塞から奴らを叩き出す!戦う覚悟のある者、俺について来い。……俺は、必ず前を歩く」


 柩に一輪の剣百合を捧げ、アルガードは振り返る。


 その背には、すでに数十名の冒険者が立ち並んでいた。


 葬儀のあと、ギルドに戻ったクロスたちは、静かにグレンの死を受け止めていた。


「……まさか、あのグレンさんが……」


 ジャンの拳が、震えていた。マリーは膝を抱えて座る。フローレンスも俯きながら、グレンに助けられた日を思い出していた。


 それぞれが沈黙する中、クロスが立ち上がった。


「行くぞ、第四層へ」


 全員の視線が、彼に向く。


「俺たちは、奈落を進む。その道がどんな地獄でも、絶対に止まらない。……それが、グレンさんの魂を継ぐってことだと思う」


 静かに頷くエリス。クロスは腰の剣を握る。


「準備は一週間後。それまでに装備の見直しと体調を整えるんだ。今回ばかりは、全力で行く。いいな?」


「おう!」


 その夜。

 サンライズの街では、盗賊団ブラッドムーン掃討に向けた、大規模な作戦準備が静かに動き出していた――。


 その頃、淡い明かりの下、マーテルは椅子に座り込んでいた。

 濡れた布で拭いても落ちきらぬ砂と血が、まだ頬や手に残っている。


 何度も、何度も、思い返していた。

 バッシュの叫び。ソラールの笑顔。師・グレンの背中。

 そして、自分一人が逃げたという事実。


 ふと、誰かの気配がした。


 足音もなく現れたその男は、ギルドの誰もが知る“伝説”だった。


「……ムラサメさん」


 マーテルが顔を上げると、白髪混じりの髪に、煤けた黒装束を纏った男がそこにいた。


 奈落最深部・第十層を踏破し、六大将と戦い、ただ一人生還した冒険者。ムラサメ。


 彼は壁にもたれ、しばらくマーテルを見つめていた。

 冷たくも、優しくもない、ただ真実を映すような目だった。


「……生き残ったか」


 その一言に、マーテルの肩が小さく震える。


「……っ、わたしは、逃げました……師匠を、バッシュを、ソラールを見捨てて……! 一人だけ……っ」


 嗚咽混じりに、声を絞り出す。

 その言葉に、ムラサメは静かに目を閉じた。


「俺もな、かつて……同じだった」


「……え?」


 ムラサメの声が、低く、深く、響いた。


「六人の仲間と、奈落の底へ挑んだ。全員が、“この世界を救う”と誓ってな。……だが、結局、生き残ったのは俺一人だった」


 マーテルの瞳が、大きく揺れる。


「誰よりも強かった仲間達が、目の前で砕けた。俺の知る最強の戦士が、騎士が、魔法使い達が…そして、親友が」


 そう語るムラサメの表情は、どこか遠くを見ていた。

 だが、次の言葉で、彼の視線はまっすぐマーテルへと戻る。


「お前が生きて帰ったのは、運じゃない。……託されたんだ」


「……っ」


「逃げたんじゃない。託されたから、生き延びた。それは、地獄よりも重い役目だ。だが、それを背負う者だけが、次へ進める」


 マーテルの手が、震えながら握られる。

 指先には、グレンの形見の布きれが結ばれていた。


「それでも、怖い……わたしは、また誰かを失うかもしれない……」


 その言葉に、ムラサメはわずかに口元を緩めた。


「怖くて当たり前だ。……だが、それでも前に進む。それが、冒険者だろう?」


 静かに歩み寄ると、ムラサメはマーテルの肩に手を置いた。


「もし、お前が立ち上がるなら俺が鍛えてやる。お前の魔法を、絶対に潰せないようにしてやる。あいつらが命をかけて繋いだ、お前の未来を」


 その言葉に、マーテルは堰を切ったように泣いた。

 声を殺し、肩を震わせながら、ただ、泣き続けた。


 ムラサメはそれを黙って受け止めていた。

 かつて、自分が誰にも許されず、泣けなかった過去を思いながら。

キャラクター紹介 No.25

【マーテル】

土を読み、土を編む。奈落第四層へと挑んだ若き魔導士。

師である大剣王グレンのもとで修行を積み、岩壁の形成、土槍の創成、震動による感知術などを駆使する技巧派の戦術魔導士。

やや内向的で引っ込み思案な一面を持つが、戦闘時は冷静かつ迅速な判断を下す実力者。バッシュやソラールとは兄妹のように親しく、グレンからは「自分の魔法だけで戦える日が来る」と期待されていた。

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