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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第三章 奈落の大迷宮編

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第三層踏破

 サンライズの街は、真夜中だった。


 深い蒼に沈む通りを、ひとつ、またひとつと街灯が照らしていく。冒険者ギルドの扉を開けたクロスたちは、疲れ切った足取りで中へと転がり込んだ。


「……ただいま、だな」


 クロスの呟きに、誰もが思わず笑っていた。服はぼろぼろ、荷物は砂と血で汚れ、マリーのメイスもかすかにひしゃげている。それでも、誰一人欠けることなく戻ってきた。


 無事に、第三層を踏破して。


「みなさん、飲み行く……?」


 フローレンスが言い、手持ちの財布を覗く。続いてジャン、マリー、エリスも同様に確認し――そして、クロスに視線が集まった。


「……ないな」


「うちら、最近なんも依頼達成してへん」


「要するに、打ち上げの金がないってことか」


 ジャンが苦笑する中、クロスが手の中の古びた通行証を取り出す。


「そういえば、俺たち……サラティアで使えるリラなら、けっこう持ってたな」


「……第二層のオアシスの町?」


 エリスが目を丸くする。


「そう。奈落第二層の異界の砂漠にある、交易都市サラティア。アニサの店も、あの後どうなったか気になってたし……」


「復興が進んでるって、他の冒険者が言ってたな」


 フローレンスが頷き、マリーもにっこりと笑った。


「なら、そこでやろや。打ち上げ、盛大にな!」


「決まりだな」


 クロスがそう言い、拳を掲げる。


「一日休んで、明後日にはギルド前集合。サラティアへ向かうぞ」


《二日後》


 サンライズ冒険者ギルド。まだ陽の登らぬうちに集まったクロスたちは、第二層へと向かった。


 灼熱の魔力砂が舞う異界の砂漠。その一角に存在するサラティアの町には、すでに多くの冒険者や交易商が行き交っていた。


「……帰ってきたな」


 アーチ状の石門をくぐり、久しぶりに目にするオアシスの光景に、ジャンが呟いた。砂漠に浮かぶ蜃気楼のようなこの町は、第二層で活動する者たちの拠点であり、冒険者たちの交差点だった。


「……あれって、アニサさんの店やんな?」


 マリーが指差す先、以前は半壊していた建物に、新しい看板が掲げられていた。


《夜のアニサレストラン》


 入口には立て直された柱と明るい布ののれん。そして、そこに立っていたのは…


「おや、見覚えのある顔がそろってるじゃない」


 アニサだった。鮮やかな衣をまとい、以前よりもどこか凛とした雰囲気で笑みを浮かべる彼女に、クロスたちは自然と笑顔を返す。


「戻ってきたぞ」


「今度はゆっくり飲めるか?」


「もちろん、今日はたっぷりもてなしてあげる。……あなたたちには、たくさん助けてもらったからね」


 その言葉に全員が頷き、店の奥へと案内される。


 その夜、サラティアは宴に包まれた。


 冒険者たちが集い、クロスたちの第三層踏破を祝う声が響く。店中に漂う香辛料と炙り肉の香り。酒の壺が並び、アニサの笑顔と共に料理が次々と振る舞われる。


「第三層、よくもまあ生きて帰れたな!」


「今のうちに飲んどけ、次は第四層なんだろ!?」


 冒険者仲間の言葉に、クロスたちは笑って答えた。


 ジャンは飲み過ぎて机に突っ伏し、マリーは楽しげに音楽に合わせて手拍子を打ち、フローレンスとエリスは何やら酔いながらも迷宮図を開いて議論を始めていた。


 そんな仲間たちの姿を、クロスはしばし黙って見つめる。


「次は……第四層、か」


 呟いたその声は、誰にも聞かれなかった。けれどその言葉は確かに、仲間の心にも届いていた。


《深夜、宿屋の静かな一室》


 宴を終え、全員がぐったりと布団に沈んでいた。熱と酔気の中、クロスが天井を見つめながらぽつりと呟く。


「次も……絶対に、生きて戻るぞ」


 眠りにつく仲間たちの小さな寝息が、答えのように響いていた。


(こんなふうに笑い合える日が、ずっと続けばいい――)


【奈落 第四層 城塞エリア】


 夜が深くなるにつれ、廃墟と化した石の城塞群は、まるで巨大な墓標のように静まり返っていた。


 霧のように漂う瘴気の中、冒険者ランク第3位の男・大剣王 グレン=スカイウォードは、大剣を背負い、弟子三人とともに瓦礫の通路を進んでいた。


 土属性の魔法使いマーテル、双剣のバッシュ、槍使いのソラール。若き弟子たちの足取りも、師と共にあることで安定していた。


「……足跡が新しい。三日前、だな」


 グレンが低く呟く。鉄の籠手で触れた足跡は、獣ではない。人間の靴の跡だ。


「これが……ブラッドムーン盗賊団?」


「間違いない。拠点は、この近くだろう」


 マーテルが警戒しながら土の気配を探る。


「師匠、強い魔力反応があります……動いてません。地下深くに……」


「いい。今日は突入はしない。“敵の強さ”を測るだけにする」


 そう言い切った刹那だった。


 足元の瓦礫が爆ぜた。


 赤い魔法陣が、瓦礫の中に展開されていた。


「罠だ! 散開!!」


 叫びが間に合う前に、巨大な鉄槌が空を裂いた。


「ようこそォ……準備万端だったぜ!」


 筋骨隆々の男が瓦礫の中から跳び出してくる。鉄の全身鎧に、振るうは自動車ほどの鉄槌。


 七芒星「銅」の怪力戦士・ゴリアテ。


「……遅れてごめんね、でも、わたしの魔法は始まってる」


 彼の背後にひっそりと佇む赤髪の女魔術師。爪先で床を撫で、微笑みながら、空間に無数の呪文を留めていた。


 七芒星「白」の魔女・アンナ。


「ディレイ・チェイン……発動」


 その声と同時に、空間が粘土のように歪む。


 ソラールの動きが一瞬遅れ、バッシュの足が沈む。


「なっ、体が……重いっ……!」


「わたしの魔法は、()()()()()()魔法。ね? 相性、最高でしょ?」


 笑いながら、アンナがゴリアテを指差す。


「お願い、ぶち壊して」


「任せとけぇえええ!!」


 地響きを立ててゴリアテの鉄槌が振り下ろされた。


 ソラールはまともに直撃を受け、壁ごと押し潰され、バッシュも避けきれずに腹部を砕かれた。


「バッシュ!? ソラール!!」


 マーテルが絶叫する。震える手に、土魔法の魔方陣を浮かべたその時…


「ディレイ・キャンセル」


 アンナが囁き、マーテルの詠唱を空間ごと“延期”する。土が動かない。


「甘いわよ、魔法使いちゃん」


 その瞬間、グレンが動いた。


 剣圧が風を切る。崩天剣と呼ばれるグレンの大剣が、地を裂いてアンナへと迫った。


「これ以上、弟子には……指一本触れさせん!!」


 アンナの頬に、赤い裂傷が走った。


「っ、あら……やるじゃないの」


 初めての怒りを浮かべるアンナ。


 だが、グレンは止まらない。


「マーテル……逃げろ!! お前だけでも、生き延びるんだ!!」


「でも、師匠…!」


「行けぇっ!!」


 ゴリアテの鉄槌が、グレンの背を穿つ寸前、マーテルは土魔法で床を爆裂させ、一瞬の隙に飛び出した。


「逃がさねぇぞ、チビ!」


「行かせてたまるかよっ!!」


 アンナの魔法が追い、ゴリアテが駆ける。だがその道を、血塗れのグレンが最後の力で塞いだ。


「がぁッ……は……この道だけは、通さん……!」


 大剣を支えに、グレンはその場で崩れ落ちた。


【サンライズシティ 冒険者ギルド】


 深夜、マーテルは血と砂にまみれて、ギルドの扉を開けた。


「し……知らせを……!」


 土のような声で、彼女は言葉を絞り出した。


「グレン師匠と……バッシュ、ソラール……全滅。ブラッドムーンの七芒星、()()に……第四層で……!」


 その場にいた冒険者たちは、誰一人言葉を発せなかった。その一報が、奈落で続いていた静かな均衡を、決定的に崩した。


ーーー 第三章 奈落の大迷宮編 完 ーーー

キャラクター紹介 No.24

【グレン=スカイウォード】

冒険者ギルドに登録されている冒険者ランク第3位。

圧倒的な膂力(りょりょく)と剣技を誇る、大剣の使い手。巨大な両刃の剣を風のように操り、崩天剣の一撃は、地を裂き、魔獣を一刀両断する。その戦いぶりから、仲間や後進たちからは畏敬を込めて「大剣王」と呼ばれている。

第一層では、レアモンスターを前に全滅しかけていたクロスたちの前に現れ、鮮やかな一閃でピンチを打破。剣だけでなく、若き冒険者たちを見守る“兄貴分”としての顔も持つ。

弟子を三人(マーテル、バッシュ、ソラール)連れ、第四層の調査に挑むも、ブラッドムーン盗賊団の罠に嵌り、七芒星の幹部・ゴリアテとアンナと交戦。弟子を逃がすため、満身創痍のまま戦い、壮絶な最期を遂げた。

その死は、奈落で続いていた静かな均衡を破り、冒険者ギルドの全面抗争の火蓋を切ることとなる──。

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