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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第三章 奈落の大迷宮編

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名前を呼ぶ距離

 レコルダンを倒した一行は、さらに奥へと進んでいた。


 だが、そこからが本当の迷宮だった。


 入り組んだ通路、視界を狂わせる瘴気の濃度。目印も通じず、魔道測距儀の針はぐるぐると宙を舞う。上下左右の感覚さえも乱される空間で、方向感覚はすぐに奪われた。


「……戻ってる。さっきの分岐、二度通ったわ」


 エリスが、魔導方位盤を見つめながら小さく呟いた。


「でも、一本道だったで?どこで……?」


 マリーが訝しむ。足元の罠を感知しながらの移動は神経を使う。額の汗は止まらない。


「空間が歪んでる。たぶん…いや、罠込みの術式に見える」


「つまり……この迷宮そのものが、敵の魔術によって生きてるってことか」


 クロスが壁を叩いたが、音は鈍く、吸い込まれるように消えた。


 その時だった。フローレンスが一歩立ち止まり、手を振った。


 「待って、足跡……人間のものだわ。しかも複数」


 一同が身構える。


 通路の奥、静かに火が灯る気配。そしてそれは、罠だった。


「……ふははは、まんまと引っかかってくれたな」 


 現れたのは、黒い軽鎧に身を包んだ十人余りの盗賊団。全員が手には短剣や手斧を携え、何よりも目が血走っていた。恐怖と飢え、そして目の前の“財宝”への渇望。


「奈落の探索者ってのは、当たりだな。武器も装備も、売ればひと財産だ」


「仲間を喰わせるためだ、ちょっと死んでもらうぞ」


 その刹那――


「っは、ちょっと我慢なさすぎやろ!」


 マリーの叫びと同時に、彼女が聖印を掲げた。


 祈りの光が辺りを包み、瞬時に足元の地面が発光する。罠を感知し、爆裂を無効化したのだ。


「まさか、事前に仕掛けまで――!?」


 驚いたのは盗賊の方だった。だが、戦闘は始まっていた。クロスとフローレンスが前線を押さえ、正面から敵を迎え撃つ。


「せめて喰う分だけ持ってけって、俺たちの方が言いたいくらいだよ!」


「……逃げ道は残さない。下手な情けは、こっちが死ぬ」


 斬撃が飛ぶ。だが相手は数で押し込もうとし、錯乱気味に突進してきた。


「視界を切るわ、ミストヴェール!」


 エリスの魔法が霧を纏い、敵の動きを攪乱する。


「させへんよ、触るなぁっ!!」


 マリーが振るうメイスが、盗賊のひとりの腹に叩き込まれる。祈りの魔法による補助で、打撃力が跳ね上がっていた。


 ジャンも斧を手に、敵の横から割り込む。


「退けっ……!」


 殴り倒し、斬り伏せ、数で圧された敵は徐々に乱れはじめる。やがて最後の一人が、剣を投げ捨てて逃げ去った。


 ……静寂が戻る。


 残された盗賊の数人は気を失っている。一行は最小限の物資だけを回収し、罠の解除された抜け道を使って深部へと進んだ。


【その夜 迷宮の中】


 かすかに聖なる気配の残る空間。薄く発光する苔が地面を照らし、天井からはかすかに星屑のような光が降り注いでいた。


 そこだけ、瘴気が薄かった。


「この場所……誰かが、結界を張った痕跡がある。かなり昔のものだけど、聖属性ね」


 エリスが言い、マリーが聖印を掲げる。


「ほんまや……ここ、神聖術が残ってる。少しだけ、祈りが届きやすい」


 クロスが焚火を組み、フローレンスが警戒に立った。少しして、全員が座り、暖を取る。沈黙が流れる中、マリーがぽつりと呟いた。


「……最近、よう思うんよ」


 ジャンが顔を上げる。


「ギルドの依頼や、奈落で拾った素材の換金の方が……スーパーのパート勤めより稼げるって。もちろん危ないけど、それでも」


 誰も返事をしなかった。マリーは、メイスを見つめたまま言葉を続ける。


 「お金があれば、村の復興にもっと貢献できる……せやけど、仕事を辞めていいんやろかって、怖くて。今のあたしが、ただの逃げやないかって思ってまう」


 その時、ジャンが口を開いた。


「……俺も同じだったよ」


 焚火の炎が、彼の横顔を照らす。


「妹の容体が悪くなったとき、もうどうしようもなくて、仕事を辞めた。ずっと迷ってた。戻った方がいいって言われるたびに、また誰かに背中を押してほしかった」


 マリーが顔を上げた。

 ジャンはまっすぐに、彼女を見た。


 「……でも、ここに来て分かったんだ。奈落は確かに怖い。でも、俺は自分の足で決めてここまで来た。後悔してない。たぶん、マリーも同じだろ?」


 マリーは、一瞬だけ目を伏せた。だが、次に目を開いたときには、かすかに微笑んでいた。


「……うん、そやな。ありがとう、ジャン」


 焚火の音が、ふ、と揺れた。


 誰も気づかなかった…わけではない。


 マリー自身も、その呼び方に気づいていなかった。今までずっと「ジャンさん」と呼んでいたはずの口が、自然に、少しだけ距離を詰めていた。


 だが、ジャンは訂正しない。ただ、火を見つめながら微笑む。


 (……そういうもんなんだろうな)


 名前をどう呼ぶかなんて、命を預け合う仲間にとっては、時に言葉以上の意味を持つ。だからジャンも、何も言わなかった。そのまま、焚火の音だけが二人の間に残る。


 信頼が、言葉の隙間に静かに根付いた夜だった。

キャラクター紹介 No.23

【ヴァンガード=ギルクラウド】

フローレンスの父であり、王国最強と称された伝説の騎士。騎士団の頂点に立ちながらも、名誉や地位に執着せず、自らの信念に従い奈落探索を選んだ男。

鋭い剣技と冷静な戦術眼を併せ持ち、数多の強敵と真っ向から渡り合った。あのアルガードが目標とした人物でもある。

奈落深層では嫉妬のジェラシアと交戦し、その俊敏さに苦戦しながらも最後まで仲間を守り抜いたという。彼の剣は、娘フローレンスへと受け継がれている。

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