交差する決意
空は晴れ渡り、朝の光がサンライズシティを金色に染めていた。
いつもの仲間たち――クロス、ジャン、フローレンス、マリー、そしてエリスは、第三層の初探索に向けてギルド前に集結していた。
緊張と高揚の入り混じる空気の中、クロスがぽつりと呟いた。
「……俺の家に、ムラサメさんが来た」
その言葉に、一同が反応する。ジャンが眉をひそめ、首を傾げた。
「え、ムラサメって……俺んとこにも来たぞ。母さんと長いこと話してて……泣いてた」
「やっぱり……」
クロスはうなずき、目を伏せる。
「ムラサメさんは、俺の父さんの親友だったらしい。母さんも、同じパーティだったって」
静寂が流れる。
マリーがそっと口を開いた。
「……ムラサメさんって、うちの父ちゃんの妹の、アシュリー叔母さんの仲間やったんやね。うちは、直接の知り合いやなかったけど……」
フローレンスは無言でクロスを見つめた。そして、問う。
「ムラサメさん……父の仇を知っているのでしょうか?」
その声には、静かながらも鋭く刺さる強さがあった。
伝説の騎士――ヴァンガード=ギルクラウド。
彼女の父であり、第十層で命を落とした英雄。フローレンスの旅の目的は表向きは王国騎士としての任務。だが、本心は父の仇を討つこと。
「……ああ。父さんを殺したのは、六大将の一人《憎しみのヘティリド》……ムラサメさんがそう言ってた。たぶん、他の人たちも……あの十層で、何かを見たんだ」
言葉を失う一同。その中で、エリスが一歩だけ後ろに立ちながら口を開く。
「私は……グロリアさんの血を引いているとはいえ、マギア家とは遠縁。六大将にも、個人的な因縁はないわ。でも……」
彼女は手元の薬瓶を見つめた。
「奈落病に対抗できる薬を作るためには、奈落の奥にある素材が必要なの。理由は違っても……前に進まなきゃいけないのは、同じよね」
その瞳には、揺るぎない覚悟が宿っていた。
クロスは深く息を吐き、目を閉じた。そして、心に焼きついた聖なる魔法陣。第三層の転移陣の記憶を、はっきりと思い描く。
(……これが、俺たちの、新しい一歩だ)
他の仲間たちもまた、それぞれの記憶にある魔法陣を心に描く。次の瞬間、五人の姿がふっと宙に消え、奈落の第三層へと転移した。
【奈落 第三層 迷宮エリア】
着地と同時に、一同の視界に広がるのは、幾何学的な巨大迷宮。
苔むした石床、天井に浮かぶ自然光のような光球。そしてどこか、脈動する鼓動のようなものが壁から伝わってくる。
「……妙なとこやなぁ。音の反響が、まるで吸い込まれるみたいや」
マリーが周囲を警戒しながら呟いた。
フローレンスが剣に手をかけ、警戒する。
「空気も変だ。重い……瘴気が濃いのか?」
ジャンは斧を構えながら、苦笑混じりに言う。
「迷宮って聞いてたけど、これ……ダンジョンってより、化け物の体内みてぇだな」
クロスは仲間を振り返り、小さくうなずく。
「とにかく、まずは安全な中継地点を探そう。この層には、未だにが発見されてない場所が多すぎる」
迷宮はまさに生きているかのように、時間と共に構造が変化していた。
クロス達の行手を阻むように、第三層に住むモンスターが立ちはだかる。
「来たぞ、前方から反応!」
ジャンが声を上げると同時に、巨大な魔法陣が石床に浮かび上がる。
そこから現れたのは――鋼鉄の巨体、ゴーレム。
「なんやコレ、ゴーレムか!? でもちょっと……速ない!?」
「ハッ、関係ねぇ! ぶっ飛ばす!!」
ジャンが勢いよく跳びかかり、兜割りを叩き込む。しかし――
「なッ!?」
ゴーレムは素早く後退し、反動を利用してジャンを殴り飛ばす。
「ぐぁっ……ッ! 痛ってぇ……!」
「神よ、この者に癒しを!」
マリーの治癒魔法がジャンを包み込み、光の粒子がその傷を癒やす。
「切り込む!」
フローレンスの剣が一閃。敵の動きを止めた隙に、クロスとジャンが再び斬りかかる。
エリスは距離を保ちながら、援護魔法を的確に飛ばし続けた。
やがて、連携攻撃が決まり、ゴーレムは崩れ落ちた。
「……はぁ、はぁ。強かったな。まさかレアモンスターか?」
「いえ、残念ながら。構造的には……通常種。むしろ、あれで普通ってのが厄介ね」
エリスの冷静な言葉に、誰もが険しい表情を浮かべた。
数時間の探索の末、封鎖された空間。古代の聖堂跡のような広間に辿り着く。だが、そこで異変が起きる。
「……足元が、揺れて……」
マリーの声に皆が反応する前に、地面が裂けた。紫の瘴気が溢れ出し、空気が変わる。
クロスが叫ぶ。
「下がれッ! 何かが来る!」
迷宮の奥から、地響きを立てて現れる巨大な影。
圧倒的な気配を放つモンスターが、彼らの前に姿を現した。
紫の瘴気が吹き上がる中、広間の奥に現れた影は、思わぬ姿をしていた。
「……え?」
マリーが声を漏らす。
そこに立っていたのは、全長三メートル近い、赤ぶち模様の巨大な猫だった。
その毛並みは艶やかで、額には禍々しい紋章のような瘴気の斑が浮かぶ。瞳は金色に輝き、尾は刃のようにしなりながら宙を舞っている。可愛らしさを備えながらも、全身からは異質な威圧感が滲み出ていた。
「猫やんけ……いや、デカすぎるやろ!? なにあれ……!」
「奈落穿ちのレコルダン……!」
エリスが声を潜めながら名を口にする。
「報告例は少ないけど……第三層の異種レアモンスター。分類は上位種、幻性獣。見た目に反して極めて危険。前脚だけで岩盤を砕き、尾は魔力を帯びて鋭利な斬撃を生む……!」
「なんだそりゃ……ふざけてるのか、強キャラ猫ってやつかよ……!」
ジャンが舌打ちし、大斧を手に前に出た。
「おいクロス。こいつ、俺の一撃でかち割る。支援頼む!」
「待て、ジャン! 突っ込むな、まだ動きが――」
だが、その言葉は一瞬遅かった。
ジャンが駆け出した瞬間、レコルダンは耳をピクリと動かし、ふわりと宙を跳ねた。
次の瞬間には、ジャンの目前に着地していた。
「ぐっ……!」
猫の尾が一閃。風を裂く音の直後、ジャンの巨体が壁まで吹き飛ばされ、石壁に叩きつけられる。
「ジャン!!」
フローレンスが即座に駆け寄り、マリーも詠唱に入る。
「神よ、この者に癒しを!」
光がジャンを包むが、治癒が間に合うほど、攻撃は手加減されていなかった。
「骨、折れてへんか……? こいつ……速すぎる……!」
マリーの顔色が変わる。
レコルダンは無音で歩を進める。
まるで狩りを愉しむように、ひとつひとつ、音もなく足を運んでくる。
クロスは拳を握り、声を張った。
「…退くぞ! このままじゃ全滅する! 魔法陣まで走れ!」
フローレンスが唇を噛むが、エリスが静かに頷いた。
「最短ルートは私が案内する。早く!」
レコルダンはその場から動かない。だが、その黄金の双眸は確実に彼らを捕捉し続けている。
クロスはジャンの腕を肩にかけ、仲間たちとともに来た道を駆け出した。
第三層は迷宮。構造が変化する可能性がある中、エリスの記憶と空間認識が頼りだった。
「この角、右……そこから下り坂、もうすぐよ!」
「くっそ、足がもたねぇ……俺のせいで……!」
「気にしたらあかん、ジャンさん! せやから、もっと踏ん張って!!」
そして息を切らしながら、聖なる魔法陣に辿り着く。苔に覆われながらも、未だ力を宿す転移の光が石床に残されていた。
魔法陣が白銀の光を放ち、仲間たちの足元に広がっていく。次の瞬間、彼らは転移の光に包まれ、奈落第三層を離れた。
瞬きの後、そこは静かな帰還地点――入口の安全圏だった。
キャラクター紹介 No.18
【グロリア=ユグフォルティス】
かつて奈落第十層へと挑んだ、伝説のパーティの一員。旧姓は、グロリア=マギア。
魔術名家マギア家の遠縁にあたり、若くして家を出奔し、冒険者として生きる道を選んだ。
仲間の中でも常に冷静で、誰よりも仲間の命を優先し、時に厳しく、時に優しく支えた精神的支柱存在だったが、十層の戦いで消息を絶ち、帰らぬ人となった。




