それぞれの成長、再出発の朝
サンライズシティに戻ったクロスたちは、各々が静かに、そして確かに変化を始めていた。
オルテガの圧倒的な力、そして最強の冒険者・アルガードとの遭遇。
それは彼らの心に確かな火を灯していた。
◇クロス:鉄よりも軽く強い、新たなる剣
「おう、また来たか、坊主。剣が欲しいんだろ?」
クロスが訪れたのは、街の外れの鍛冶屋。汗と火花の匂いが立ち込める。
無骨な体躯の鍛冶屋、親父は無口だが、目の奥に確かな熱を宿している。
「……あの日、剣が砕けた。けど、それでも振るいたいんだ。もっと……遠くへ行くために」
その言葉を聞き、グロースは黙って作業台の引き出しから、深い青みを帯びた刀身を取り出した。
「こいつはブルーチタン。鉄より軽くて、強い。火にも錆にも強い。昔、鉱山騎士団に卸したことがある代物だ。…今のお前のには、ちょうどいい」
剣を両手で受け取るクロス。その感触は冷たく、だが鼓動のように熱かった。
「……ありがとう」
◇ジャン&フローレンス:王国兵の訓練所
王国兵の訓練場。剣士や槍兵たちの叫びが響き、砂埃が舞い上がる。
「……ちょっと場違いか?」
斧を背に見物していたジャンに、見慣れた騎士が声をかけてきた。
「やっぱり来てた。ジャンさん、珍しいですね。ここは斧の使い手なんて少ないのに」
「フローレンス……お前こそ。ここで何してんだ?」
「何をするも、私も騎士ですから。いまから訓練です」
フローレンスは微笑んで、模擬戦用の斧を一本、手渡してきた。
「斧使いの特訓もありますよ。せっかくだから、一緒に出てみません?」
「……悪くないな。ちょうど、叩き直したかったんだ。俺自身を」
二人は訓練場へと歩き出す。
騎士と斧使い。タイプは違えど、互いを支える仲間同士の絆が、ここでまた深まっていく。
◇マリー:光を束ねる、小さな決意
魔術学院の訓練棟。硬質な魔力結界に囲まれた試験区画には、澄んだ光が満ちていた。
日暮れ時にも関わらず、中央では小柄な少女が、ひとり何度も呪文を唱えている。
「……よし、いっぺん、集中して……」
マリーは静かに深呼吸し、指先を前に突き出す。
その掌に宿るのは、小さな光。けれど、その輝きには芯があった。
「エルライト!」
純白の弾丸が空気を切り裂き、まっすぐに結界を撃ち抜く……が、その直後、放った光弾が不安定に揺れ、最後には軌道を逸れて壁へ逸れた。
「ぅわっ……またズレてもた……」
光の残滓を見つめながら、マリーは苦笑する。
「ただ光らせるだけやったら、誰でもできる。でも狙って撃つんは、ぜんぜん違う話やなぁ……」
こないだの戦い。オルテガ相手に、自分の魔法は通用しなかった。あの圧倒的な暴力の前で、護ることすらままならなかった自分が、悔しかった。
「うちは……ほんまに、みんなの役に立ちたいんよ……。せやから……やらなあかん!」
ぎゅっと胸元のペンダントを握ると、もう一度、魔力を集中させる。
「光は、ただ眩しいだけやない……あたたかくて、まっすぐで、誰かを守れるんや」
目を閉じて、心を澄ませる。
次に放ったエルライトは、今までで一番、綺麗な直線を描いた。迷いのない一閃だった。
それを見守っていた教官が、思わず口元を緩める。
まだ小さな灯火。けれど確かに、未来へと届く光だった。
◇エリス:風刃と姉妹の時間
静かな修練場。風の精霊の気配を感じながら、エリスは集中して風刃を舞わせていた。
「……空気の流れを読む。風を断つのではなく、風と共に斬る……」
そんな彼女に、小さな影がそっと近づいてきた。
「……お姉ちゃん?」
声をかけてきたのは、妹のミリスだった。
「どうしたの、ミリス?」
「ううん……その……最近、ずっと帰ってこないから、寂しかっただけ」
エリスは笑って、妹の頭を撫でた。
「ごめんね。でも、もうちょっとだけ待ってて。強くなって、帰ってくるから」
「うん……。じゃあ、また風の魔法を教えてくれる?」
「もちろん」
風は、優しく二人を包んだ。
…………
数日後の朝。クロスたちはサンライズシティの冒険者ギルドへと顔を出していた。
旅立ちの前に、必要な手続きと装備の最終確認を兼ねて。
「……よお、ジャン。そっち、装備の調子は?」
「上々だ。お前の新しい剣も、悪くなさそうだな」
ジャンの視線の先で、クロスは静かにブルーチタンの剣を抜いてみせた。青く光る刃が、朝の陽光を反射する。
「……振るう意味は、ちゃんとわかってきた」
「それは素晴らしいですね、クロスさん」
カウンターの奥から顔を出したフローレンスが、微笑を浮かべながら近づいてくる。
「私とジャンさんは毎日騎士の訓練所に通っていました。…クロスさんも鍛錬を詰んだのですね」
「毎日って…仕事はどうしたんだよ、ジャン」
「あぁ、辞めた」
そう答えたジャンの目に迷いは一切ない。クロスが「なんで」といいかけたその時…
「お、みんな〜!うちもちゃんと来てるで!」
と、背後から元気な声が響く。マリーが両手を上げて駆け寄ってきた。
「エルライト、ちょっとだけまっすぐ撃てるようになってん!」
「おお、それはすごいじゃないか」
「ふふ……実は、うまくいったんは一回だけやねん。でも、メイスの素振りもちゃんとしてきたんよ!」
肩をすくめて笑うマリーに、クロスたちは思わず笑い合う。
そこへ、風のように軽やかな足音。
「遅れてごめん」と現れたのは、エリスだった。
「みんな、顔が変わったね。……いい意味で」
「お前もな」
ジャンの一言に、エリスは少し照れたように微笑んだ。
その空気の中、誰もが感じていた。この数日で、それぞれの中に芽生えた変化と、静かな決意。
そしてギルドをあとにし、クロスたちは再び奈落へと向かう。
第二層、異界の砂漠へ。
それぞれの背には、確かに刻まれた成長と、希望が宿っていた。
サンライズシティについて
サンライズシティは、大陸南部に位置する特異な都市であり、“奈落”と呼ばれる巨大なダンジョンに最も近い場所に築かれております。
この街には、奈落に眠る秘宝や未知の技術を求め、多くの冒険者たちが日々集っております。しかしながら、奈落の影響により機械文明は一切機能せず、一般的な道具や通信手段もほとんど通用いたしません。その代わりとして、奈落内部で得られる魔導鉱石や希少なアイテムを活用した独自の生活様式が発展しております。
また、奈落から発せられる“瘴気”と呼ばれる精神汚染の影響により、外の大陸出身者にとっては非常に過酷な環境となっております。一般的には、サンライズシティが属するグランドリオン領内で生まれ育った者でなければ、長期間の滞在によって精神を蝕まれ、正気を保てなくなるとされております。
ゆえに、この街に拠点を構えて活動できるのは、クロスたちのようなグランドリオン領出身の冒険者たちに限られております。ただし、世界にはごくわずかに、ムラサメのような超一流の実力者も存在しており、彼らに限っては瘴気の影響を受けることなく、例外的に奈落への潜行が許されております。
“日が昇る”という名を持ちながら、その地下には果てなき“闇”が広がる――
サンライズシティは、まさに光と闇が交差する、境界の街でございます。




