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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第二章 異界の砂漠編

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七芒星(セブンスター)

 宵闇が《オアシスの街》を包みはじめ、涼やかな夜風が砂と香草の匂いを運んでいた。

 《アニサレストラン》の軒先では、営業を終えた料理人と冒険者たちが、穏やかな時を過ごしていた。


「……まさかほんまに、あんなに美味しいとは思わへんかったです…!」


 マリーが腹をさすりながら、至福のため息を吐く。ジャンは無言で剣の手入れを続け、エリスは警戒を解かず、街路を見回していた。


 厨房から現れたアニサが、クロスの前に椅子を引いて腰を下ろす。


「いやぁ、いい素材だったよ。奈落バイソンって、あんなにジューシーで繊細なんだね……!」


 ――その時だった。


 ズドォォォンッ!!!


 店の裏口が爆風とともに吹き飛んだ。

 砂と火花が舞い、厨房の皿が棚ごと崩れる。アニサがとっさにクロスを庇い、二人は床に伏せた。


「くっ、なに……!?」


「エリス、敵か!?」


「……来た……最低でも三、いや――!」


 エリスの言葉が止まる。煙の中から現れたのは、焼け焦げた革鎧を纏った屈強な男――ただ一人だった。


 火薬の匂い、そして……圧倒的な殺気。肩に刻まれた七芒星の刺繍。


「やれやれ……先に動いたのは、俺たちだと思ったんだがな」


 背に担いだ巨ハンマーを床に引きずりながら、ゆっくりと歩を進める。

 まるで、逃げる隙を与える気など微塵もない。


「お前は……何者だ……?」


「ブラッドムーン盗賊団・オルテガ。元騎士団第三席。いまは“騎士狩り”の名で通っている」


 その名を聞いて、エリスの目が鋭くなる。


「オルテガ……まさか、裏で奈落の秘宝を流していたという……!」


「知ってるのか?!」


「アルガードさんと同じ騎士…それも、歴史に名を残すはずだった男よ…」


「理想は裏切られた。だから現実を砕く。それだけの話だ」


 オルテガのハンマーが炎を纏い、唸りを上げた。


爆炎崩砕(イラプト・クラッシュ)!」


 その一撃が床を叩くと同時に、炎の奔流が爆ぜた!


「があっ――!」


 クロスが剣ごと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。剣は砕け、鎧の下から血が滲む。


「クロス!! クソッ……!」


 ジャンが斬りかかるが、火煙の中から伸びた柄が一閃し、彼の腹を穿った。


「が……あ……!」


 エリスが風魔法を放ち、砂煙で視界を奪う。


「っく……ウィンド!」


 が、赤く光る眼が煙の奥に浮かび上がった。


「無駄だ。戦場を知らぬ者が、小手先の魔法で生き延びられると思うな」


 地が爆ぜ、エリスの足場が崩れる。

 マリーが盾となってアニサの前に立ちふさがるが、その手の杖は震えていた。


「これが現実だ。王も、理想も、守護も……脆く儚い」


 オルテガが巨大なハンマーを振りかぶった、その時――


 ズガァァァンッ!!!


 雷鳴が夜を裂き、天井が砕け散った。


「そこまでだ」


 銀の鎧に雷を纏い、長槍と巨盾を構えた騎士が天井から舞い降りた。


「……アルガード……さん!?」


 ジャンが呟くその名は、雷槍の騎士。王国最強と謳われた男。


雷撃刺突ライトニング・インペイル!」


 雷光が閃き、放たれた槍がハンマーの軌道を打ち砕く。火花が弾け、爆風が周囲を吹き飛ばす。


「久しいな、オルテガ。……いや、騎士狩りと呼ぶべきか」


「貴様が来たか、アルガード……都合がいい。ここで叩き潰せば、()()の肩書も奪える」


 互いに一歩、また一歩と間合いを詰める。


「第二層の調査中だったが……耳障りな爆音がしたのでな。ヒルダを向かわせたが、どうやら下っ端は片付いたようだ」


「……あの女も来てたか。ふん、やるな」


「だが貴様だけは、俺が相手をする。同じ騎士だったものとして、この手で責任を取らせてもらう」


「理想にすがるか、アルガード。……哀れだな」


「いいや。俺は信じている。人が誇りを持つ限り、理想は生きる」


 雷と炎。剣戟の音。空気が裂けるような緊張。


 クロスたちは、焼け焦げた床に伏せながら、その背中を見ていた。

 立ち塞がる銀の巨体。炸裂する火炎を、雷の盾で受け止める。


「……あれが……英雄ってやつかよ……」


 ジャンが呻くように呟いた。


「……うちら、ぜんっぜん、歯ぁ立たんかったのになぁ……」


 マリーの手は震えていた。だが、それは恐怖ではない。憧れ。あの背に追いつきたいという、冒険者としての渇望だった。


 数合の打ち合いの末、オルテガは舌打ちしながら距離を取った。


「面白くなってきたな……過去も未来も、その盾ごと砕いてやる」


 火薬玉を叩きつける。爆煙の中、オルテガの姿は闇へと消えた。


 煙が晴れると、焦げた床の中央に立つ一人の男がいた。雷光の余韻を纏う騎士が、振り返りながら言う。


「大丈夫か。……もう無理をするな」


 その声は、まるで雷の後に降る静かな雨のように――温かく、力強かった。


…………


 爆煙の消えた《アニサレストラン》には、焦げた空気と静寂が残っていた。クロスたちは応急手当を受けながら、テーブルを囲んでいた。そこにはアルガードの姿もあった。


「……助けていただき、ありがとうございました……」


 マリーが深く頭を下げた。だがアルガードは、それを制すように手を挙げた。


「礼はいい。それより……よく、生き延びた。奴の相手をして、生きているだけでも十分な成果だ」


 その言葉に、クロスやジャンは顔を曇らせる。自分たちは何もできず、ただ一方的に叩きのめされたのだ。


 だが、アルガードは冷静に続けた。


「お前たちには、知っておいてもらわねばならない。今後のためにな」


 彼の瞳は、まっすぐにクロスたちを見据えていた。


「さきほどのお前たちの敵…《ブラッドムーン盗賊団》。奴らは、奈落の第四層に拠点を築いている」


「第四層!?そんな危険な場所に……」


 エリスが目を見開く。


「そうだ。普通の盗賊ならば、あの環境ではまず生き残れない。だが奴らは違う。奈落の深層そのものを利用し、過酷な環境を武器にしている」


 アルガードの声は低く、重かった。


「奴らの目的は明確だ。冒険者狩り。奈落に挑む者たちを襲い、装備、持ち物、時には命までも奪う。そうして奪った装備は、地下の闇市場を通じて流通し、さらなる暴利と力を生む」


 クロスたちの顔が険しくなる。あまりにも非道なやり口だった。


「だが、もっと厄介なのは――奴らの中枢、七芒星(セブンスター)の存在だ」


「七芒星……?」


「ブラッドムーン盗賊団の中でも、選ばれし幹部七人。それぞれが、異なる色の刺繍をその身に刻まれている」


 アルガードは指を折りながら言った。


「金、銀、銅、白、黒、赤、青。この七つの刺繍こそが、セブンスターの証だ。今日現れた《オルテガ》、あの男の肩にあったのは銀。つまり……No.2だ」


 クロスたちは息を呑んだ。


「……あれで、ナンバー2……」


 ジャンが唇を噛む。


「上が、まだいるってことか……?」


「ああ。間違いなく金の刺繍を持つ者が頂点にいる。さらにその背後には、奴らの比で早い後ろ盾があるそうだ。…だが、どの星であろうと、セブンスターに勝てる冒険者は少ない。騎士団の中でも、対等に戦える者は限られている」


 アルガードの言葉は重く、それ以上に現実だった。


「下っ端どもには、刺繍はない。だから刺繍の有無を見れば、すぐに判断ができる」


「もし……刺繍がある者に出会ってしまったら?」


 マリーが小さく問う。その問いに、アルガードは即答した。


「逃げろ。迷うな。仲間がいても、勝算がなくてもいい。刺繍持ちと交戦するのは、命を捨てる覚悟がある時だけだ」


 誰も、返す言葉が出なかった。


「勘違いするな。逃げることは()()じゃない。生き残ることで、お前たちは選択肢を得る。次に繋げるために、時には退()()ことも必要なんだ」


 その言葉には、長年の戦いの重みと、騎士としての誇りが込められていた。


 やがて、クロスがゆっくりと口を開いた。


「……じゃあ、俺たちは……」


「お前たちは、まだ生きている。だから、成長できる。そして、いつかはお前たち自身が、誰かを守る盾になるかもしれない」


 アルガードの目は優しく、だが揺るがなかった。

キャラクター紹介 No.16

【騎士狩りのオルテガ】

元はオルデイン王国騎士団の精鋭。

若きアルガードと同時期に任を務めた経歴を持つ、かつての英雄候補の一人。だがある事件をきっかけに国家への信頼を失い、奈落で消息を絶つ。

その後、第四層に拠点を置く盗賊団ブラッドムーンの幹部となる。冷徹で暴力的な現実主義者へと堕ち、奈落に挑む冒険者たちを狩る側へと転じた。


かつての王の命令で“ある禁忌の秘宝”を地上に持ち帰ったことが引き金となり、騎士団は闇取引の片棒を担ぐこととなる。

その罪を口外できず、自ら堕ちる道を選んだ。表向きは裏社会の幹部だが、どこかに正しさを捨てきれぬ一片が残っている。

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