異界の砂漠の主
【サラティア近郊 風穴渓谷】
荒野に点在する岩場と、風にえぐられた巨大な窪地。そこが、依頼にあった奈落バイソンたちの棲み処だった。
「この辺り……間違いねぇな。踏み跡も新しい」
クロスが、岩陰にしゃがみ込んで砂を手に取る。重い蹄の跡。横には草を食んだような跡が続いている。
「気配……感じる。いるわよ、すぐそこに」
エリスの細い指が指し示した先。そこにいた。
それは、山のように巨大な牛型の魔獣だった。
角は黒曜石のように光り、皮膚は岩のように分厚く、呼吸一つで地面が震える。全長は優に五メートルを超え、脚は筋肉の柱のよう。
《奈落バイソン》――第二層中級種。突進力と耐久力に優れる草食魔獣。
「でっっかいなぁ……! でも、なんかめっちゃうまそうな気ぃするわ……」
マリーが無意識に唾を飲み込む。
「肉はあとで! 今は倒すこと考えろ!」
ジャンが斧を構え、フローレンスも無言で前に出た。
「クロス、突進来る!左側から!」
「了解ッ! 迎え撃つぞ!」
クロスの号令でチームが展開。突進軌道に合わせてジャンとフローレンスが左右に回避し、クロスが正面から受け止める。
ガッ――ン!!
盾とバイソンの頭部がぶつかり、火花が散った。
「ぐぅっ……こいつ、パワーだけは一丁前だな!ジャン、脚を狙え!崩して動き止める!」
「任された!」
地を蹴ったジャンがバイソンの脇腹に斬撃を浴びせる。フローレンスが続き、脚元を斬って動きを封じた。
その間、エリスの詠唱が完了する。
「アイシクル!」
魔法の氷が、バイソンに突き刺さる。魔獣は咆哮し、暴れ回ったが、クロスの号令でフォーカスが集中し、数分後には崩れるように倒れ込んだ。
「……倒した、な」
「お見事です! この肉、最高の煮込みになりますよぉ……!」
マリーが嬉々として肉質を確認し始めた、その時だった。
ドォン……ッ!
地響きが響く。岩が、地面が、浮き上がった。
いや、それは浮いたのではない。何かが下から突き上げたのだ。
地面を突き破り、現れたそれは…
「っ……嘘だろ……!?」
ジャンの声が裏返る。
巨大な芋虫のような体躯。鋼鉄のような鱗に覆われ、何層にも連なる顎を持つ異形の捕食者。
全長二十メートル超。奈落第二層の主とも言われる存在――《タイラントワーム》
「待って……この距離、逃げられない……!」
エリスが魔導書を構える。
「クロス! どうする!?」
「……やるしかない!」
「ジャン、フローレンス、俺と前に出ろ! あいつの動きを止める!」
「了解ッ!死ぬなよ!」
「マリー、エリス、後衛支援頼む!マリー、ヒール最優先!」
「うん、回復はうちに任しといてなぁ!」
タイラントワームが咆哮を上げ、鋭利な顎を開いた。その一撃で岩が抉られ、ジャンの肩が裂かれる。
「ぐあっ……ちくしょう、バケモンが……!」
「神よ、この者に癒しを! ジャンさん、今んうちやでぇ!」
マリーの回復術が光り、ジャンが再び立ち上がる。
「クロス、連携だ!俺が道を開ける!!」
「おう!行くぞ!!」
ジャンの斧が腹部を叩き、クロスの剣が顎の間に突き刺さる。しかし鱗は固く、貫通できない。
エリスが叫ぶ。
「弱点は腹部の折れ目! そこを狙って!」
フローレンスの鉄鎚がタイラントワームの腹に打ち込まれる。直後、地面が再び揺れた。
「……まずい、地形崩れるぞ! 後衛から順に下がれ!」
クロスが叫び、仲間たちがバラバラにならないよう撤退ラインを組む。
マリーが最後のヒールを振り絞り、エリスが魔法で土壁を生成し、タイラントワームの猛追を遅らせる。
「逃げ切れる……!? まだ……!」
「足止めは俺がやる! クロス、無茶は――!」
「行け!!」
クロスが囮となり、ワームの突進を食らいながらも、盾でなんとか受け流す。
砂塵の向こうへ、仲間たちの影が消えるのを見届けると、クロスも渾身の力で駆け出した。
【冒険者ギルド サラティア支部・医務室】
ベッドで目覚めたクロスに、マリーが涙ぐんだ顔を向ける。
「クロスさん……! 戻ってきてくれて、ホンマによかったぁ……!」
「お前らが……無事なら、それでいい……」
クロスの手には、傷だらけの《奈落バイソンの肉》が、しっかりと抱かれていた。
エリスが呆れたように笑う。
「まったく……命より肉を持ち帰るなんて、あんたくらいよ」
「いいじゃん、英雄譚っぽくてさ。俺たち、ちょっとカッコよかったろ?」
ジャンが照れ隠しに笑う。フローレンスは無言のまま、クロスの枕元に置いたのは――焼きたてのパンだった。
風穴渓谷…そこには確かに死があった。
だが、その死を乗り越えた者たちの、生の証もまた、そこに残った。
そして、奈落の深淵に潜む強さの尺度を、彼らは肌で知るのだった。
ボスモンスター紹介 No.2
【タイラントワーム】
第二層に現れる巨大魔獣。地中を潜り、音もなく接近しては獲物を丸呑みにする。好物は「動いているもの全般」で、とくに奈落バイソン狩りの冒険者をよく狙う。
正式な記録は少なく、ギルドでは“変異個体”として扱われているが、地元では「砂が鳴いたら逃げろ」の伝承で知られている。
炎と雷に弱点あり。連携と戦術次第で討伐は可能。ちなみにアルガードは過去、持ち前の雷属性を生かし1人で討伐した。
ただし、こいつは倒しても終わらない。数週間でまた現れる。
第二層以降は、各層にこのような層主が存在しており、その強さは全て別格である。
…第一層に主の報告がない理由は、今はまだ誰も知らない。




