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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第二章 異界の砂漠編

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オアシスの町

 眩い光が収まり、クロスたちは第二層の地を踏みしめた。


 風が、吹いていた。それは風と呼ぶにはあまりに荒々しく、容赦がなかった。砂を巻き上げ、音を奪い、視界を削ぎ落とす。そこにあるのは、ただ狂ったように渦巻く()()


「っぐ……こりゃひでえ天気だな……!」


 ジャンが目を細めながら、呟いた。


「予想より、だいぶ……キッツいなぁ……!」


 マリーの声は風にかき消され、ほとんど届かない。


 クロスは地面を睨みながら、一歩ずつ足を進めていく。砂に埋もれかけた足跡は、瞬く間に風に消され、どこから来たのかも分からなくなる。


「こんな環境じゃ、地図も意味をなさないわ……!」


 エリスが小さく吐き捨てる。フローレンスは無言で周囲を見渡し、すぐに手を掲げた。


「あっちの地形……風の流れが変わってる。何かある」


 その言葉に、クロスは大きく頷いた。


「進むぞ。あの風の切れ目まで!」


 荒れ狂う砂嵐の中を、五人は互いの手と視線で繋がりながら進んでいく。数分、いや、数十分が過ぎたようにも感じたその時――。


「……見えた!!」


 ジャンが叫ぶ。砂の向こう、蜃気楼のように揺れていたそれは、水面だった。


 オアシスだ。その周囲には、わずかだが人工的な建造物の影が見える。


「……人の、町だ……!」


 クロスの声が震える。


 砂に埋もれた異界に、確かに生きる人々の痕跡があった。


 奈落第二層。異界の砂漠。

 その最初の灯火が、ようやく見え始めた。


 辿り着いたその町は、信じられない光景だった。


 まるで、奈落じゃない。


 確かに辺りは砂に覆われていた。吹き抜ける風には熱がこもり、遠くには巨大な化石のような骸が横たわっている。だが…


「……人が……ホンマに暮らしとるんやなぁ……?」


 マリーがぽかんと口を開けたのも無理はなかった。


 そこには、ちゃんとした石造りの家々が並び、道には水が撒かれ、砂を抑える工夫すらされていた。中央には広大なオアシス湖があり、子供たちが水遊びをし、大人たちは木陰で談笑している。


「店……?」


 ジャンが呆れたように指さす先には、露店の屋台が軒を連ね、香ばしい香りを漂わせていた。焼いた肉の串、カラフルな果実、異国風の香辛料。


「奈落第二層とは思えない光景ね……まるで、別の世界だわ」


 エリスも目を細めて言った。フローレンスは警戒を崩さず、町の中心に掲げられたある紋章に目を留める。


「え?あれ……冒険者ギルドの、分所?」


 そう。オアシスの一角には、しっかりとした冒険者ギルドの出張所が存在していた。入口には「ギルド支部《サラティア出張所》」と刻まれた看板。中からは防具姿の冒険者が出てきて、軽くあくびをしながら宿屋に向かっていく。


「ギルド、宿屋、食堂まであるって……ここ、本当に奈落かよ」


 クロスが呟いたその時、近くの宿屋から威勢のいい声が響いた。


「いらっしゃい!旅人さんかい?部屋、空いてるよ!」


 陽焼けした若い女将が、手を振ってこちらを呼んでいる。その背後からは、焼きたてのパンの香りが漂ってきた。


「……生活がある。ここで、人が生きてる……」


 クロスは実感とともに、強く噛みしめた。


 異界の砂漠、死と隣り合わせの奈落第二層。

 だがそこには、確かに人々の営みがあった。


 サラティアの冒険者ギルド出張所は、オアシスの一角にひっそりと佇んでいた。石造りの壁、くすんだ布旗、そしてどこか殺風景な内装。

 だが、その掲示板にびっしりと張られた依頼票こそが、この地に生きる者たちの生々しい営みの証だった。


「よし、確認してみようか。……この支部にも、俺たちが受けられる依頼はあるはずだ」


 クロスがそう言って掲示板に目をやる。色とりどりの依頼票は、ギルド共通のランク帯で色分けされていた。


 冒険者ギルドの依頼は、SランクからGランクまでの八段階。

 そして、冒険者自身のランクは「奈落の最高到達層」によって決定される。

 たとえば、奈落に挑んだばかりで、第一層にしか入っていない者は「レベル1」、Gランク依頼まで受注可能。

 第二層に到達しているクロスたちは「レベル2」、Fランクまでの依頼が受けられる。


「ランク制限がある分、油断できねえってわけだな」


 ジャンが顎に手を当てながら言った。


「でも、ここは第二層の支部。高くてもC止まりね」


 エリスがそう付け加えた通り、このサラティア支部の依頼の大半はF〜Gランクだった。滅多に来ない高レベルの冒険者のために用意されているCランク依頼も、掲示板の片隅に数枚ある程度。


 クロスはFランクの依頼群に目を移し、その中で気になる一枚を手に取った。


 ――――――――――


【Fランク依頼】


 依頼名:奈落バイソンの肉 納品

 内容:奈落第二層に生息するバイソンの肉(3kg以上)の回収と持ち込み

 報酬:1200リル(+品質評価で最大3000リルまで)

 依頼主:アニサ=ウィルキンス(酒場《カラクの盃》経営)

 備考:焼き用・煮込み用で分けて渡してくれると嬉しいです♡


 ――――――――――


「……これ、良さそうだな。初手としては悪くない」


 クロスが声に出すと、マリーが覗き込んで頷いた。


「依頼主さん、女の人っぽい名前やなぁ。酒場の人って書いとるし……」


「《カラクの盃》……あったな。あの、広場の角にあった焼き肉っぽい匂いの店」


 フローレンスが記憶をたどるように言った。


「肉の焼き方まで指定してくるあたり、ちょいとこだわり強そうな人かもな……」


 ジャンが肩をすくめると、エリスが真顔で言い添えた。


「料理人なら当然でしょ。素材の扱い次第で、報酬が変動するって意味でもある」


「この『リル』ってお金……サンライズシティの(ゴールド)とは違うんやなぁ〜」


 マリーが素朴な疑問を口にした。


「異界の砂漠は、交易も独立してる部分が多いらしいな。オアシス圏じゃ、リルが主流みたいだ」


 クロスが答えると、マリーは「なるほどやなぁ〜」

と感心したように呟いた。


「それに……このアニサって人、ただの依頼主じゃない気がする」


 クロスがふと呟いたその言葉に、他の仲間たちが軽く首を傾げた。


 ――アニサ=ウィルキンス。

 奈落の珍味を追い求め、あの有名なアビスレストランの大将の娘が、第二層に腰を据えている。


 その名が、のちにクロスたちの旅路を大きく左右することを、彼らはまだ知らない。

オアシスの町・サラティアについて


奈落第二層の中心部に位置する、砂漠の中のオアシス都市、それが「サラティア」です。

過酷な砂嵐と絶え間ない危険が続くこの層において、奇跡的に水源を得たこの町は、冒険者や商人、職人、さらにはその家族や子どもたちまでもが生活を営む“人の町”として発展を遂げてまいりました。


町の一角には、冒険者ギルドの出張所《サラティア支部》が設けられており、第二層に挑む多くの冒険者たちの拠点ともなっております。


また、この地では地上の通貨「G」ではなく、独自の経済圏である「リル」が用いられており、物資や情報もサラティア独自のネットワークを通じて流通しております。


奈落に属しながら、奈落らしくない。

そんな暮らしの気配を感じられる、特異な町です。

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