不穏な予兆
朝日が差し込む冒険者ギルドには、今日も奈落へ向かう冒険者たちが集まり、静かな熱気を帯びていた。
その一角。クロスたちは、第二層への再突入を前に最後の打ち合わせをしていた。
「今日は第二層の奥地まで探索か…いっそのこと、もう踏破狙うか?」
ジャンが腰に下げた斧の柄を叩きながら言う。
「何言ってるのよ。奈落を舐めすぎよ。慎重に進まなきゃ、命がいくつあっても足りないわよ」
エリスが冷たく言い放つ。クロスは、ギルドの掲示板で依頼内容と、冒険者達の最新の第二層の情報を確認している。
「第二層の地形、やっぱり不安定だな……。まるで生きてるかのように、姿が変わり続けている」
ふと隣を見ると、マリーが緊張し、固まっている。
「おい、どうしたマリー?腹でも痛いのか?」
「ううん……あそこの人ら……なんやろ、めっちゃ底知れん力、感じるんよ……」
マリーが小声で言った。彼女が指さした先には、鍛え上げられた大柄な男と、白銀の鎧に身を包んだ聖騎士が並んで立っていた。どちらも場の空気を圧倒する威圧感を放っている。
「あっ……あの方は、グレンさん……!」
ジャンが息をのむように言う。
「ホントだ!あの人は前に、俺たちのピンチを助けてくださった方だ!」
クロスも頷きながら言った。その会話を耳にしたのか、グレンが鋭い目でこちらを見やった。
「おお……見た顔があるな。ずいぶんと元気そうじゃねぇか」
グレンが大股で歩み寄ってくる。その隣には、凛然とした眼差しの騎士が続く。
「グレンさん……その節は、本当にありがとうございました!」
クロスがすぐさま頭を下げる。ジャンも「お久しぶりです!」と敬意を示した。
「礼はいい。こうして生きてるだけで、十分だ」
グレンはそう言いながらも、口の端をわずかに上げた。
「…フローレンス=ギルクラウドか」
聖騎士が静かに呟く。
「アルガード様!」
フローレンスがすぐさま背筋を伸ばして敬礼する。
「ご無沙汰しております。まさかここでお会いできるとは……」
「お前も奈落に入ったと聞いたときは驚いたが、なるほど、良き仲間に恵まれているようだな」
「はい。未熟ながら、父の名に恥じぬよう努めております」
マリーがそっとクロスに耳打ちする。
「ちょ、あの人も知り合いなん? どんだけ顔広いんや……」
「いや、俺は知らないけど…たぶんあの人が冒険者ランキング1位のアルガードさんだと思う…」
「へぇ〜……なんや、ほんまもんの騎士様って空気やなぁ……」
グレンが視線を全員に巡らせ、声を落とした。
「雑談もいいが、本題に入るぞ。……お前ら、前回から第二層に入ったんだよな?」
「はい。今回も探索に入る予定です」
クロスが真剣な顔で答えると、アルガードが口を開く。
「では、警告しておこう。我々が先日、第二層ので、盗賊団の活動を確認した」
「盗賊団……ですか?」
エリスが眉をひそめる。
「探索者を狙った、いわゆる冒険者狩りだ。無防備なパーティを襲い、装備・物資・命までも奪っていく」
グレンがうんざりしたように続けた。
「しかも、奴らただの野盗じゃねえ。俺たちとやり合いかけたとき、俺たちには最強の後ろ盾がついているなんてほざきやがった」
「後ろ盾…ですか?」
クロスが繰り返すと、アルガードが深く頷く。
「そうだ。それに、目的があって冒険者を狙っている気配がある」
「しかも、その手口……規律がある。戦術訓練を受けた動きも見られた。元騎士団員が混じっている可能性もあるな」
フローレンスが息を詰める。
「それが本当なら、危険すぎます……」
クロスはアルガードに言った。
「貴重な情報をありがとうございます。俺たちも気を引き締めて進みます」
アルガードはじっとクロスを見つめたあと、静かに頷いた。
「……その意気だ。だが肝に銘じておけ。油断した瞬間が命取りになる」
「はい……心得ます」
クロスが頭を下げると、仲間たちも真剣な表情でそれぞれ頷いた。アルガードは、去り際にクロス達に言った。
「第二層は異界の砂漠と呼ばれている。その名の通り、まるで異世界のように、独自の文化や生態系が出来上がっている。オアシスの近くには人の集落もあるから、立ち寄って見るといい」
そう言って、アルガードとグレンは奈落に向かって行った。
「よし、俺たちも奈落に向かうか!」
クロスの号令を皮切りに,5人も奈落へと歩みを進めた。
奈落に到着したクロスは、仲間たちの顔を一人ひとり見渡すと、ゆっくりと奈落の淵へと歩を進めた。
奈落の入り口。その黒い縁には、薄く輝く光の層が揺らめいている。
その前で立ち止まり、クロスはそっと目を閉じた。
思い描くのは、第一層の最奥に設置されていた聖なる魔法陣。
一度でも使用したことのある魔法陣は、奈落と繋がるこの境界で思い浮かべることで再訪が可能となる。それは、奈落に飲み込まれた無数の希望が生み出した人間のための道標だ。
この魔法陣の力は、例え人の敵であっても、魔物でさえなければ行使することができる。
つまり、盗賊団のような者たちですら使用可能なのだ。だが、六大将をはじめとする奈落の魔物たちは、一歩たりともこの魔法陣を利用できない。まるで希望そのものが、彼らを拒んでいるかのように。
「……行くぞ。第二層へ」
クロスの声に、仲間たちが頷く。
一歩、奈落の深淵に足を踏み出すと、視界が光に包まれた。
キャラクター紹介 No.14
【アルガード=ドラコニス】
王国より派遣された最強格の騎士。その名は奈落の深奥でも響く、鋼の巨槍。
サンライズ騎士団に籍を置きながら、王国直轄任務として奈落攻略に当たる実力派騎士。年齢は40歳前後。かつて「王国最強」と謳われた故・ヴァンガード=ギルクラウドに次ぐ実力者とされ、現役の騎士としては頭一つ抜けた存在。奈落内では騎士としてだけでなく、冒険者としても名を知られ、純戦闘力では“ムラサメ”に次ぐとされている。
長大な槍と大盾を軽々と振るう怪力を誇り、前線を押し切る突破力は部隊単位の戦況をひっくり返すほど。加えて騎士団内でも戦術眼・指揮能力に優れており、無謀とされる任務でも冷静に勝ち筋を見出す。
奈落では、第一〜第四層を中心に“冒険者狩り”を行う盗賊団の活動に目を光らせており、現地の冒険者たちとの接触や情報提供にも協力的。過去に所属していた騎士団関係者が敵側に加担している可能性にも気づきつつあり、その真意と行動を静かに見極めようとしている。
後輩であるフローレンスには内心大きな期待を寄せており、ギルクラウド亡き今、若き騎士たちが奈落を切り拓く未来を信じている。




