第一層踏破
クロスが冒険者ギルドに足を踏み入れると、いつもの仲間たちがすでに集合していた。
「おはよう。これで全員そろったな!」
「このメンツなら、第一層なんて朝飯前っしょ!」
ジャンとマリーが手を打ち合い、フローレンスは静かに微笑む。エリスはクロスに近づくなり、少しだけ眉をひそめた。
「ちゃんと朝ごはん、食べた?」
「おう…パン一個」
「もう……体力使うんだから、もっと食べなさい」
「はは……朝はどうしても食欲がなくてな。でも、ありがとうな。お前こそ……調子はどうだ? 魔力、戻ってるのか?」
クロスが真剣な表情で尋ねると、エリスは一瞬だけ目を伏せ、それから小さく笑った。
「ええ、大丈夫。呪いの杖の反動も、もう平気。魔法もちゃんと使えるわ」
「そうか……よかった」
「なによ、そんなに心配してたの?」
「当たり前だろ。あんな無茶、二度とするなよ」
「ふふっ、私が誰のために無茶したと思ってるのよ?」
ふと、二人の間に静かな気配が流れる。その空気を振り払うように、ジャンの陽気な声が響いた。
「おーい、早く行こうぜ!」
今日の依頼は、奈落第一層に出現するモンスター「奈落蟷螂」から、素材を二つ回収するというものだった。
…………
【奈落蟷螂の鎌を2つ納品】
報酬 1,000G
…………
装備を整えた五人は、奈落の入口へと向かって歩き出す。その背中を、ギルドのスタッフやほかの冒険者たちが見送っていた。
【奈落 第一層 遺跡エリア】
古代の文様が刻まれた石床、崩れた柱。第一層はまるで歴史の墓場のような雰囲気を漂わせていた。
そのとき、不意に四体の猫型魔物が跳びかかってくる。
「任せろ!回転斬りッ!」
ジャンの斧が勢いよく唸り、三体をまとめて吹き飛ばす。
「スリープバインド!」
マリーの魔法で残る一体を眠らせ、フローレンスとクロスが即座に止めを刺す。
「風よ、断ち切れ…ウィンド!」
エリスの風魔法が、隙間なく残敵をなぎ払った。
短いながらも、連携は見事だった。
「…息、合ってきましたね」
フローレンスが小さく頷く。
その後も魔物を倒しながら進み、ついに最奥へとたどり着く。そこには全長2メートルを超える、巨大なカマキリの魔物・奈落蟷螂が待ち構えていた。
「さあ、ターゲットのお出ましだ!」
ジャンの気合に応え、全員が前に出る。
エリスの風魔法が動きを封じ、フローレンスの剣がその鎌を砕く。そしてクロスとジャンの一撃で、とどめを刺す。
「……あかん、ドロップ出ぇへんかったわ」
「まぁ何体か倒せば出るって。次いこう!」
その後、三体目でようやく「蟷螂の鎌」を二本ドロップした。
「よし、任務完了!」
安堵する面々。しかし、最奥の奥にはさらに古びた扉があり、開けると地下へ続く階段が現れた。
「階段が……ありますね」
「行ってみよう」
警戒しつつ降りると、そこには静まり返った小部屋が広がっていた。その中央に、不思議な紋様が輝いている。
「これが……聖なる魔法陣」
エリスが呟くと、ジャンが顔をしかめた。
「なんだそれ、怪しい名前だな」
「脳筋くんにはちょっと難しいかもね」
「…だってよクロス」
「いや、今の流れはジャンの事だろ!俺そんな力無いし」
「…魔法陣に入って、帰りたい場所を思い浮かべて目を閉じる。すると入口に転移できるのよ。そして次からは、ここを思い浮かべれば、ここから冒険を再開できる」
「つまり、チェックポイントってわけか。便利だな!」
そのとき、マリーが奥の扉をじっと見つめる。
「……あの先、めっちゃ気ぃならへん?」
「…ちょっとだけ覗いてみるか」
クロスが扉を押し開けると、灼熱の空気が一気に吹き込んだ。
「うわっ、あっつ!!」
「まぶしい……っ」
目の前には、赤く焼けた地平線と巨大な太陽──見渡す限りの砂漠が広がっていた。まるで別の世界のようだ。
「ここ、本当に奈落の中か……?」
「信じられない……異世界みたい」
フローレンスが呆然と呟く。
砂が焼ける音が聞こえそうな炎天下。遠くの岩陰には、何かが蠢いていた。
「第二層の魔物よ。扉を閉めましょう」
エリスの声に従い、すぐに扉を閉じる。
「……まずは装備を整えてからね」
「よし、それじゃ今日は祝勝会だ!」
クロスの声に、全員が笑顔を浮かべた。
【サンライズシティ 冒険者ギルド】
「素材確認。報酬、支給する。ご苦労さま」
ギルドで依頼を終えた5人は、無事に報酬を受け取り、束の間の達成感に包まれていた。
「この報酬、飲み食いしてから分けようぜ!」
「異論はないけど……妹も連れて行っていいかしら?」
エリスの申し出に、クロス含め全員が快諾した。
一行は一度解散する。
【クロスの家】
「叔母さん、今日ご飯食べてくる!」
「えー、早くいいなさいよ……ってもういないじゃないの、全く」
クロスは待ち合わせ場所のアビスレストランに向かう。奈落の魔物や植物などのドロップアイテムを駆使した、極上の料理が味わえるレストランだ。
やがて、全員が集まり始めた。
「は、初めまして。ミリスです……姉がお世話になってます」
「きゃっ、めっちゃ可愛いなぁ〜!」
「がはは!エリスとは大違いだな!」
「どういう意味かしら?脳筋君?」
そしてクロスは、まさかの部屋着で現れ、フローレンスとマリーの視線が刺さる。
(……クロスさん、なぜ部屋着?)
にぎやかな食事の最中、アビスレストランの店主がグラスを拭きながら、ぽつりと呟いた。
「お前ら、うちの娘と同じくらいの歳だな」
「え、娘さんいるんですか?」
クロスが驚いて振り返る。
「ああ。あいつも若くして冒険者になってな。未知の食材を探すんだって、奈落の奥へ飛び出していったまま、帰ってきてねぇ」
店主の言葉に、一同が静まり返る。
「……そんなに、危険な場所なんですね」
エリスが低く呟くと、親父はうなずいた。
「深ければ深いほど、危険も増す。でもな、あいつはあいつなりに……きっと、強く生きてると思うよ」
その言葉に、クロスはまっすぐ頷いた。
「俺たちも、無事に帰ってきます。約束します」
名も知らぬ冒険者の娘の存在は、この夜、彼らの胸に小さな火を灯した。
砂の向こうに続く奈落の奥。その先でまた誰かと出会うかもしれない──そんな予感が、クロスたちの心に静かに広がっていた。
ーーー 第一章 旅の始まり編 完 ーーー
キャラクター紹介 No.12
【アビスレストランの大将】
サンライズシティの一角にある、奈落専門料理店の店主。
奈落から帰還した冒険者たちに“温もりの一皿”を提供している。
頑固だが情に厚く、若い冒険者たちを気にかけている様子は、まるで厳格な父親のよう。
彼の料理は、奈落の魔物や植物から取れた素材を見事に活かし、絶品へと昇華させることで知られている。
実は娘がひとりおり、数年前に未知の食材を求めて奈落へと旅立ったきり、いまだに行方不明のまま。
その面影を、クロスたち若き冒険者に重ねているのかもしれない。
「深ければ深いほど、危険も増す。でもな、あいつはあいつなりに……きっと、強く生きてると思うよ」
そんな言葉を、静かに語るその背中に、深い覚悟と優しさが滲んでいる。




