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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第一章 旅の始まり編

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第一層踏破

 クロスが冒険者ギルドに足を踏み入れると、いつもの仲間たちがすでに集合していた。


「おはよう。これで全員そろったな!」


「このメンツなら、第一層なんて朝飯前っしょ!」


 ジャンとマリーが手を打ち合い、フローレンスは静かに微笑む。エリスはクロスに近づくなり、少しだけ眉をひそめた。


「ちゃんと朝ごはん、食べた?」


「おう…パン一個」


「もう……体力使うんだから、もっと食べなさい」


「はは……朝はどうしても食欲がなくてな。でも、ありがとうな。お前こそ……調子はどうだ? 魔力、戻ってるのか?」


 クロスが真剣な表情で尋ねると、エリスは一瞬だけ目を伏せ、それから小さく笑った。


「ええ、大丈夫。呪いの杖の反動も、もう平気。魔法もちゃんと使えるわ」


「そうか……よかった」


「なによ、そんなに心配してたの?」


「当たり前だろ。あんな無茶、二度とするなよ」


「ふふっ、私が誰のために無茶したと思ってるのよ?」


 ふと、二人の間に静かな気配が流れる。その空気を振り払うように、ジャンの陽気な声が響いた。


「おーい、早く行こうぜ!」


 今日の依頼は、奈落第一層に出現するモンスター「奈落蟷螂」から、素材を二つ回収するというものだった。


…………

【奈落蟷螂の鎌を2つ納品】

報酬 1,000G

…………


 装備を整えた五人は、奈落の入口へと向かって歩き出す。その背中を、ギルドのスタッフやほかの冒険者たちが見送っていた。


【奈落 第一層 遺跡エリア】


 古代の文様が刻まれた石床、崩れた柱。第一層はまるで歴史の墓場のような雰囲気を漂わせていた。


 そのとき、不意に四体の猫型魔物が跳びかかってくる。


「任せろ!回転斬りッ!」


 ジャンの斧が勢いよく唸り、三体をまとめて吹き飛ばす。


「スリープバインド!」


 マリーの魔法で残る一体を眠らせ、フローレンスとクロスが即座に止めを刺す。


「風よ、断ち切れ…ウィンド!」


 エリスの風魔法が、隙間なく残敵をなぎ払った。


 短いながらも、連携は見事だった。


「…息、合ってきましたね」


 フローレンスが小さく頷く。


 その後も魔物を倒しながら進み、ついに最奥へとたどり着く。そこには全長2メートルを超える、巨大なカマキリの魔物・奈落蟷螂が待ち構えていた。


「さあ、ターゲットのお出ましだ!」


 ジャンの気合に応え、全員が前に出る。


 エリスの風魔法が動きを封じ、フローレンスの剣がその鎌を砕く。そしてクロスとジャンの一撃で、とどめを刺す。


「……あかん、ドロップ出ぇへんかったわ」


「まぁ何体か倒せば出るって。次いこう!」


 その後、三体目でようやく「蟷螂の鎌」を二本ドロップした。


「よし、任務完了!」


 安堵する面々。しかし、最奥の奥にはさらに古びた扉があり、開けると地下へ続く階段が現れた。


「階段が……ありますね」


「行ってみよう」


 警戒しつつ降りると、そこには静まり返った小部屋が広がっていた。その中央に、不思議な紋様が輝いている。


「これが……聖なる魔法陣」


 エリスが呟くと、ジャンが顔をしかめた。


「なんだそれ、怪しい名前だな」


「脳筋くんにはちょっと難しいかもね」


「…だってよクロス」


「いや、今の流れはジャンの事だろ!俺そんな力無いし」


「…魔法陣に入って、帰りたい場所を思い浮かべて目を閉じる。すると入口に転移できるのよ。そして次からは、ここを思い浮かべれば、ここから冒険を再開できる」


「つまり、チェックポイントってわけか。便利だな!」


 そのとき、マリーが奥の扉をじっと見つめる。


「……あの先、めっちゃ気ぃならへん?」


「…ちょっとだけ覗いてみるか」


 クロスが扉を押し開けると、灼熱の空気が一気に吹き込んだ。


「うわっ、あっつ!!」


「まぶしい……っ」


 目の前には、赤く焼けた地平線と巨大な太陽──見渡す限りの砂漠が広がっていた。まるで別の世界のようだ。


「ここ、本当に奈落の中か……?」


「信じられない……異世界みたい」


 フローレンスが呆然と呟く。


 砂が焼ける音が聞こえそうな炎天下。遠くの岩陰には、何かが蠢いていた。


「第二層の魔物よ。扉を閉めましょう」


 エリスの声に従い、すぐに扉を閉じる。


「……まずは装備を整えてからね」


「よし、それじゃ今日は祝勝会だ!」


 クロスの声に、全員が笑顔を浮かべた。


【サンライズシティ 冒険者ギルド】


「素材確認。報酬、支給する。ご苦労さま」


 ギルドで依頼を終えた5人は、無事に報酬を受け取り、束の間の達成感に包まれていた。


「この報酬、飲み食いしてから分けようぜ!」


「異論はないけど……妹も連れて行っていいかしら?」


 エリスの申し出に、クロス含め全員が快諾した。


 一行は一度解散する。


【クロスの家】


「叔母さん、今日ご飯食べてくる!」


「えー、早くいいなさいよ……ってもういないじゃないの、全く」


 クロスは待ち合わせ場所のアビスレストランに向かう。奈落の魔物や植物などのドロップアイテムを駆使した、極上の料理が味わえるレストランだ。

 やがて、全員が集まり始めた。


「は、初めまして。ミリスです……姉がお世話になってます」


「きゃっ、めっちゃ可愛いなぁ〜!」


「がはは!エリスとは大違いだな!」


「どういう意味かしら?脳筋君?」


 そしてクロスは、まさかの部屋着で現れ、フローレンスとマリーの視線が刺さる。


(……クロスさん、なぜ部屋着?)


 にぎやかな食事の最中、アビスレストランの店主がグラスを拭きながら、ぽつりと呟いた。


「お前ら、うちの娘と同じくらいの歳だな」


「え、娘さんいるんですか?」


 クロスが驚いて振り返る。


「ああ。あいつも若くして冒険者になってな。未知の食材を探すんだって、奈落の奥へ飛び出していったまま、帰ってきてねぇ」


 店主の言葉に、一同が静まり返る。


「……そんなに、危険な場所なんですね」


 エリスが低く呟くと、親父はうなずいた。


「深ければ深いほど、危険も増す。でもな、あいつはあいつなりに……きっと、強く生きてると思うよ」


 その言葉に、クロスはまっすぐ頷いた。


「俺たちも、無事に帰ってきます。約束します」


 名も知らぬ冒険者の娘の存在は、この夜、彼らの胸に小さな火を灯した。


 砂の向こうに続く奈落の奥。その先でまた誰かと出会うかもしれない──そんな予感が、クロスたちの心に静かに広がっていた。


ーーー 第一章 旅の始まり編 完 ーーー

キャラクター紹介 No.12

【アビスレストランの大将】

サンライズシティの一角にある、奈落専門料理店アビスレストランの店主。

奈落から帰還した冒険者たちに“温もりの一皿”を提供している。

頑固だが情に厚く、若い冒険者たちを気にかけている様子は、まるで厳格な父親のよう。

彼の料理は、奈落の魔物や植物から取れた素材を見事に活かし、絶品へと昇華させることで知られている。

実は娘がひとりおり、数年前に未知の食材を求めて奈落へと旅立ったきり、いまだに行方不明のまま。

その面影を、クロスたち若き冒険者に重ねているのかもしれない。


「深ければ深いほど、危険も増す。でもな、あいつはあいつなりに……きっと、強く生きてると思うよ」


そんな言葉を、静かに語るその背中に、深い覚悟と優しさが滲んでいる。

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