また陽が昇る、キキモラ村に
夜、廃屋を掃除して整えた一室にて、ダニーを中心に、村人たちがささやかな宴を開いていた。
囲炉裏に火が灯され、保存されていた干し肉や根菜を煮込んだスープの香りが漂う。廃墟となった村に、久々に人の笑い声が戻ってきた。
「クロスさんたち、ほんまにありがとうなぁ」
「この命、助けてもろたこと、一生忘れへんよって……」
年老いた村人も、若い母親も、それぞれに感謝を口にする。エリスとフローレンスは差し出された土産の野菜や布に困惑しながらも、丁寧に受け取った。
「それじゃ、こっちもお礼を返さなきゃね」
エリスが手際よく薬草を調合し、簡単な軟膏や栄養剤を作り始めると、村人たちからどよめきが上がる。
「うわぁ……ほんまもんの薬屋さんや!」
「フローレンスも、怪我してる人がいれば診てあげて」
「ええ。騎士学校でも応急処置の訓練は受けています」
ジャンは子どもたちと遊んでいた。木の棒を振り回しながら「冒険者ごっこ」をして盛り上がっている。
「うちがジャンや!」
「うちはクロスやるぅ!」
「わたち、エリスちゃん!」
「あたちはフローレンスちゃんや!」
「にぃちゃんはマリーちゃんやな!」
「えっ、俺がマリーなの?ジャン本人なのに!?」
クロスは遠くでそれを眺めながら、ふとダニーの隣に腰を下ろした。
「村……立ち直れそうですか?」
「ああ。まずは畑からやな。ボロボロやけど、まだ諦めるんは早すぎるわ。うちらな、君らの姿見て、もう一回頑張ろう思たんや」
その時、少し離れた場所で火に当たっていた小さな少女が手を振った。彼女は七歳くらいで、ススで汚れた服を着ていたが、目だけはまっすぐだった。
「うち、シルカ。…お兄ちゃんら、明日帰るんやろ?よかったなぁ、明日は晴れるで」
「えっ?」
「権能なんやって……。うち、未来の天気が分かるんよ」
静かに言ったその声に、クロスもエリスも顔を見合わせた。
「……権能か」
「うん。村長さんが言うてた。神さまからもろた力なんやって。でもな、天気わかったかて、役に立たんて、大人らは言うねん」
そう言ったシルカは、少しだけさみしげだった。
「でも、役に立たないなんてこと、ないわよ」
エリスが真っ直ぐにシルカを見て言う。
「天気が分かれば、畑の準備もできる。旅人だって助かるはず。……それに、権能ってだけで、すごいことなのよ。私の妹、ミリスも権能を持ってる。素材の成分と効能を見抜ける力……これはとっても珍しい力なの」
「すごい……」
「でも、シルカちゃんの力も、決して無駄じゃない。神様がくれた力、大事にしてね」
「……うん!」
少女の瞳に、希望の光が宿っていた。
「エリス、ちょっといいか?」
「?何よ」
クロスはエリスに声をかける。
「…その杖、もう使うなよ」
エリスは呪いの代償に、一時的に魔力を失っている。もしも奈落で使用したなら、奈落を出るまで戦うことができなくなる。
「…そうね。でも、切り札としてとっておくわ」
呪い装備の中には、想像を絶する力と引き換えに、命を奪う物もある。エリスは、一時的に魔力を失う程度なら、使い方次第で強力な武器になると判断していた。
【マリーの実家】
夜も更け、宴もたけなわとなる。エリスとフローレンスは、マリーの家に泊まることになった。シャワーを借りて汗と疲れを流す。お湯は、奈落で採れる紅蓮鉱石の力で温められている――この世界ならではの、ちょっとした贅沢だ。
マリーの部屋にはベッドがひとつ、そしてソファーがひとつ。
「エリスさん、フローレンスさん、ベッドとソファー、遠慮せんと使うてな〜」
「私は床で大丈夫です。このカーペット、思ったよりもふかふかですし」
「気を使わなくていいのよ、マリーの家なんだから。フローレンスが床なら、私はソファーにするわ」
三人は夜更けまで、他愛もない話で盛り上がる。
「ねぇ、マリーって何歳?」
「うちは……次の三月で二十歳になるんよ」
「ふふっ、私と同い年ね。私は八月に二十歳になったばかり。マリーはもっと年下かと思ってた」
「ほんまですか!? うちもエリスは絶対お姉さんやと思うてましたわ!」
この世界でも、日本と同じく四月から新年度が始まる。
「同い年なんだから、《《さん》》付けはもうやめよう」
「わかった、エリス。なんやな、ぐっと親しみ湧いてきたわ〜」
「ところで、まだ十九ってことは、ギルドにはお父さんの許可を得て登録したの?」
「要ったで! でも、村を救いたいって、うちがゴリ押しして説得したんや!」
エリスが笑いながらフローレンスにも問いかける。
「じゃあ、フローレンスは?」
「私も……来年の二月十四日で二十歳になります。王国騎士として特例でギルドに登録されていますけど、本来、未成年は保護者の許可が必要です。マリーさんのように特別な事情がない限り、許す親は少ないですね。……おそらく、クロスさんたちも私たちと同じくらいの歳かと」
「なるほどね。同い年なら、フローレンスも敬語禁止ね」
「敬語……禁止……ですか。頑張ります」
「それもう敬語やん、フローレンス(笑)」
笑いが部屋を満たす中、エリスがふと真面目な表情になる。
「ねぇ、マリー。村を救うっていう目的は果たしたけど……これから、どうするの?」
マリーは少しだけ黙ったあと、真剣な目で答えた。
「村の復興には……めっちゃお金が要る思うんよ。せやから、うちは奈落に潜って稼ぐつもりなんよ」
「それなら、もっと強いパーティに入った方が安全だし、深層に行けるかもよ? ヒーラーって貴重だし、マリーなら歓迎されるはず」
「でもなぁ、うちみたいな半人前が入ったら、きっと足引っ張るやろ? そんなんで報酬分けてもらうなんて、うち、ようせんのよ。せやから、クロスたちと冒険続けるんや。みんな、うちにとってのヒーローやからな(^^)」
マリーは新たな目標を胸に刻んだ。これからも、クロスたちと共に――奈落を進む旅は続いていく。
【キキモラ村 教会】
そのころ、教会の長椅子に横になりながら、クロスとジャンは静かに語らっていた。
「なぁ、クロス。なんで働かないんだ?」
「……嫌なんだよ。何かに縛られるのがさ。人生を削られてるみたいで……それに、上司に怒鳴られるとか絶対ムリだし」
「俺は……人のために働きたいと思ってる。社会って、支え合ってできてるだろ? 誰も働かなきゃ、誰も生きていけない」
「真面目だなお前。で、嫌なことばっかりなのか?」
「そうでもないさ。悪いことばかりじゃない。クロス、お前も一度やってみろよ。案外、悪くないぞ?」
「……気が向いたらな」
《翌日》
翌朝、五人は荷造りを終え、村人たちの見送りを受けながら馬車に乗り込んだ。
「五人の英雄よ、またいつでも戻ってきてくれ!」
「シルカちゃん、明日の天気は!?」
「明日は……雨になりそうや!」
村人たちの笑顔と手を振る姿が、次第に遠ざかっていく。
その中に、しっかりと前を見据えるシルカの姿もあった。
クロスたちは再び、奈落という名の未知へと、歩みを進めていく。
キャラクター紹介 No.11
【シルカ】
キキモラ村に住む、七歳の小さな女の子。権能《未来の天気がわかる》を持つ、数少ない能力者の一人。
本人は「役に立たない」と大人たちに言われてきたが、エリスの言葉によって、自分の力に希望を見出す。
ふとした一言で人を勇気づける、優しくてまっすぐな瞳の少女。
彼女の「明日は晴れる」という言葉が、誰かの背中を押す日がきっと来る。




