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ep.3

 執務室から中庭を眺める妙齢の黒髪の美女。

 豊穣の女神を思わせる巨大な胸の持ち主で、ここヴェルクでは絶大な人気を誇っていた。

 メイリルの視線の先には甥のクレイド・スカー。

 十歳になったクレイドは日々を武芸と魔法の研鑽に費やしている。

 スカー子爵家当主はクレイド・スカーでメイリル・スカーは彼の後見人。

 メイリルはクレイドの後見人という立場から当主の名代として領地運営に携わり、クレイドとメイリルの二人、二人三脚でヴェルクを中心とするスカー領を治めていた。

 メイリルは兄のカイン・スカーが生前に各方面で活躍したように優れた手腕を発揮。メイリルから政治を学ぶクライドは朧気な前世の記憶らしきものが有する智慧と知識によって得たアイデアをメイリルに提案してスカー領の発展に貢献。

 小さな観光の町だったヴェルクを区画整理して道路を張り巡らせると、その後には貯水池や浄水施設、各家庭に水が供給される水道管なるものが作られたり、地下下水道が整備されると、次第に人口が増えて都市と言うには些か小さいが領都と名乗るに相応しい賑わいを見せ始めていた。

 ヴェルクという都市はこの世界の究極攻略ガイドブック詳しく説明されていない。

 クレイド・スカーとその婚約者で契約奴隷のベルフラウ・フォン・メルキオールのエピソード中にテキストに書かれている程度。

 それがガイドブックにほんの少しだけ記載されるだけだった。

 つまり、この都市程度なら適当に扱っても何の影響もないだろうと、クレイドが霞がかった記憶の中から便利なものを掘り起こしてヴェルクに齎す。

 そのひとつが上下水道だった。

 クレイドとメイリルの手腕によってスカー領の文明レベルの向上が顕著化すると領都ヴェルクが賑わい人口が増え始め、有能な人材が集まってくる。

 メイリルは移住者たちからもクレイドの講師となり得る者を募集し優秀な教育をクレイドに施した。

 メイリルと執務室に控える老齢の魔道士もそんな移住者の一人。


「メイリル様。クレイド様はこの国の宝となりうる神童にございます。わずか十歳という年齢で多くの武芸に通じ全六属性の魔法を習得なされました。これはこの国始まって以来の快挙にございます。どうかクレイド様を王都の学校に進学させていただくようご一考願いますれば……」


 その魔道士がメイリルにそう進言。

 しかし、メイリルはそんなことを気に留めることなく。


「仰ることはわかりますが、クレイドはこのスカー家の当主にございます。私はその後見人でしかありません。クレイドにどれだけの才能があったとしても、このスカー領を出るわけには参りません。それにこれまで多くの講師の方にクレイドを見ていただきました。すでに王都での教育が不要なほどの教養を身に着けていると皆様が褒めてくださいます」

「ですが、これほどの才能をひとつの領地にとどまらせるというのは王国として大変な損失になるかと──」

「では、その判断をスカー家の現当主に判断いただきましょうか?」


 メイリルはそう言って執務室の窓から中庭で馬上から弓を的に射るクレイドの姿に目を向けた。

 スカー子爵家の現当主とはクレイド本人を指す。

 そうであれば当然、断られるだろう──と、講師は肩を落とす。


「承知いたしました。ここは引き下がりましょう。ですが何卒、ご一考をいただけますよう願っております」


 五歳になってからガイドブックに従い日々の鍛錬で人形を相手に擬似的な戦闘状態を作り出し、たゆまぬ努力でクレイドは様々な武芸、魔法の熟練度を向上させた。

 その結果、クレイドは神童と噂されるほどの技量を持つに至る。

 熟練度を上げるには戦闘での行動回数。木製の人形を使って擬似的な戦闘状態を作り出すことで熟練度を上げることができた。

 戦闘状態中に魔力を使ったり体力を削ることでレベルアップ時に大幅な上昇を得ることができるらしいが、魔物──敵との戦闘を行ってレベルを上げたわけではないので効果がどれほどあるのかすらわからない。

 つまり、神童と噂されるほどの熟練度を誇っていたとしても、レベルが上げらなければ本質的な強さを身につけることはできない。

 故にクレイドは毎日のようにガイドブックを繰り返して読み、考察する。それから何をどう鍛えるのかの計画を立てる。

 近頃のクレイドは自身の成長速度が鈍化していると感じていた。

 それは熟練度がカンストしたからなのか、それとも単に成長の限界なのか。

 ガイドブックによるとレベルが上がれば大幅にステータスが向上し成長の実感を得られるよう。

 敵と──魔物と戦いたい。そのためにダンジョンに潜りたい。

 成長していくことで得られる自信はクレイドを未来の死から遠ざけるための希望。

 成長の鈍化はクレイドの心に不安を強めるものでしかなかった。


「おつかされまでございます。ご主人様」


 弓の訓練を終えて馬から降りると、優しげな笑みで口元を緩めながらクレイドに近寄るベルフラウ。

 手に持ったタオルは汗をかくクレイドを拭くため。

 最近やたらと世話焼きだよね──と、クレイドはダルそうにベルフラウの手に握られたタオルを見た。

 あ……私の方を見てくださった……。クレイドに顔を向けられたことが嬉しく感じたベルフラウは口元だけでなく目元まで緩む。

 そんなベルフラウにクレイドは顔を合わせないようにそっぽを向いて言う。


「僕は自分でできますから──」


 そう言ってタオルを取り上げようとすると、ベルフラウはくるりと躱してクレイドの顔にタオルを持つ手を伸ばす。

 手を掴んで引き離そうと思ったクレイドだったが、ベルフラウに触るのが憚られて、顔を背けた。

 顔が近い……。

 これまでクレイドと接近することがそれほどなかったベルフラウはクレイドの白磁のように透き通る素肌とそっぽを向いているというのにどこまでも深くに引き摺り込まれそうな真っ黒な瞳に心臓が跳ね上がる。

 艷やかな黒い髪が風に流れると日差しを反射してキラキラと煌めく。

 無愛想だけど美しくて優しいご主人さま。

 今日もお菓子を置いてくれたことも、私はここにいても良いんだと、ここは私の居場所だと、ベルフラウはそう思えて幸せな気持ちになれた。


「ご主人様。本日もお菓子を用意くださってありがとうございます。その感謝の意味を込めてでもありますから、私に拭かせてください」


 クレイドはベルフラウに話しかけないし、ベルフラウから話しかけても無愛想な言葉しか返ってこない。

 契約魔法で奴隷契約を結んだ条件の一つとして、ベルフラウは一年の三分の一をスカー領の領城──ヴェルクの砦でクレイドと過ごすことを義務付けられている。

 正しくはクレイドの傍らで過ごしていなければならないということではあるが。

 そんな優しくないはずのクレイドはいつも手ずから作った間食をベルフラウに用意していた。

 もともとは稽古の合間に栄養補給するためにクレイドが用意したもので、お菓子を見たら食べたくなるだろうとベルフラウたちの分も作っている。

 それをベルフラウはクレイドの優しさだと感じていた。

 汗を拭き取り終わるとクレイドはレモンを浸したお茶をひと飲みして再び稽古に戻る。

 次は槍の稽古。

 ベルフラウはクレイドが汗を流して稽古をする姿を眺めるのが好きだった。

 休憩などの合間に戻ってきてくれて、嫌な素振りをしながらも世話をすることを受け入れてくれる。

 傍から見ればぶっきらぼうで態度が冷たいように見えるけどベルフラウにはそうは見えなかった。

 テーブルに置かれたクッキーやレモンを浸した茶は「ベルフラウ様が口にしても良いようにクレイドはいつも多めに作ってるのよ」とメイリルが言うように、いつでも手にとって口にできるようにガーデンテーブルに置かれてる。

 クッキーをひとつ口にすると、ほんのりと甘い香りが口に広がる。その甘さはクレイドの優しさと愛情で出来ているのだとベルフラウは思っていた。


 スカー領はメルキオール公爵領の一部を割譲したもの。

 湖畔の保養地として細々と成り立っていたが、最近は街灯や街道、上下水道の整備が進み一躍最先端の観光都市になりつつある。

 古代魔道具(アーティファクト)を導入し市街地が夜でも昼間のように明るいるのもこのヴェルク独特のもの。

 それらはクレイドからの発案だと知ったがそれだけではない。

 メイリルとクレイドの統治下になってから税率が下げられると領民の生活は次第に豊かになった。

 農作物が換金されることなく市場に出回り物流が活発になると、あっという間に景気が良くなり税収が跳ね上がる。この恩恵でスカー家の収入も増えている。

 さらにクレイドは究極攻略ガイドブックの情報をもとに魔道具の材料を集めさせ、できあがった魔道具──街灯や給水設備などを生産し領内の各所に普及させた。

 夜が明るくなったことで治安が安定し観光都市としての価値が高まると多くの人々がヴェルクに訪れるようになる。

 そうしてスカー領は急激な発展を見せた。

 五歳とか六歳のころのように何も知らなければベルフラウはクレイドのことを嫌っていただろう。

 ベルフラウはメルキオール公爵家の第一子。実家では父親に疎まれながらも、王族の出である祖母の助けにより公爵家の令嬢に相応しい教育を受けていた。

 身につけた知識と教養は、メイリルとクレイドが築き上げた文化の一端を理解させる。

 ヴェルクの街を行き交う領民の姿はクレイドに対する評価が一変させるほどのもになった。


 スカー家は代々、伯爵家配下として王城に勤めてきた宮廷貴族。

 クレイドの父、カイン・スカー家も王城で働く優秀な文官として評価が高かった。

 古貴族のひとつであるスカー家は亡国に仕えていたがその後大貴族に招かれるとその才能をいかんなく発揮し国内外その名を広めている。大貴族とともにカルティア王国の属してからもその才能によって外交官に任命され、各国を巡り、ある時に国境近隣の貴族に働きかけてカルティア王国に引き込み王国領土の拡大に寄与。

 戦わずして国を拡げた功績が認められたが、大貴族の仕えとして子爵位を叙爵を許された。

 領地を持たない宮廷貴族だったのは変わらなかったが、その後、代替わりをしても王城勤めでありながら国益につながる成果を重ね、少ない俸給ながら王城で働く宮廷貴族として重用されて現在に至る。

 故に使用人を雇うには金銭的に難しく、用がある場合のみ使用人を雇用し、普段の身の回りのことは自身の手で賄ってきた。

 クレイドの両親が殺害され、その詫びとしてメルキオール領から領地を割譲されたあともメイリルとクレイドは先祖代々からの習慣が抜けきらず、身の回りのことは自身で済ませている。

 領城の清掃や騎士たちのための使用人は雇ってはいるが夜間になれば皆、家に帰して最低限の衛兵しか残さない。

 当然、食事も入浴も着替えも全て自分たちの手で行ってきた。


 そんなスカー家の歴史もベルフラウは公爵家で過ごしている間に調べ上げている。

 ベルフラウには三人の従者がいるが、ベルフラウを含めた全員が契約魔法によって結ばれたクレイドの奴隷である。

 だと言うのに、クレイドとメイリルは毎日、彼女たちのために食事を作り、入浴の準備まで行っていた。

 ベルフラウの従者はクレイドの奴隷だと言うのに、主が奴隷の世話をする。

 これでは逆ではないかとベルフラウは申し訳なさにいたたまれずにいた。

 それにクレイドは一度もベルフラウの従者たちと口を聞いていない。クレイドは両親を殺害されたことでメルキオール家から更なる仕打ちがないとは言い切れないから人質として契約奴隷にしたのだと考えている。

 だから、いつ契約を解除して敵対しても良いように決して親しくしすぎず、子爵家としての領分を弁えて、彼女たちとの接触を避けていた。

 そうした態度が、クレイドは冷たい男だという印象をベルフラウと彼女の従者たちに持たせてしまい、それがクレイドの人物像としてメルキオール家に広まっている。

 噂話に尾ひれがついて、王都にも冷淡で悪辣なスカー家のクレイドとして、徐々に認識されつつあった。

 しかし、年月を経て、それは違うのだとベルフラウは気付く。

 メルキオール家から派遣されてスカー家──ヴェルク城──に務める騎士や魔道士たちの眼差し。使用人たちがメイリルのみならずクレイドに敬愛を示す様子。

 メルキオール家に忠誠を誓ったはずの彼らがまるでクレイドとメイリルに親愛を向ける──そんな様子を目の当たりにするようになり、公爵家の教育を受けて身につけた教養によって自身の物差しで物事の判断をするようになったベルフラウはクレイドが冷淡で悪辣な子どもだと思えなくなっていた。

 やがて、中庭でクレイドの稽古を見学しはじめて「私はどうしてこのようなお方を悪辣な人間だと思っていたのでしょう」とクレイドを見直すことに。

 ベルフラウにも魔法の才能があるかもしれない──と、ベルフラウの父によってメルキオール家では魔法の講師を招いて魔法の習得に励んでいるが、クレイドのように魔法が扱える気がしない。

 今は一心不乱に人形を槍で突くクレイドに憧憬を乗せた視線をベルフラウ向けていた。

 その姿は勇ましくもあり、そして、その婚約者の姿は自分よりもずっと高みを行く。


(私もご主人様の隣に立てるように努めなければなりませんわね)


 メルキオール家の騎士でもここまで槍を扱える者は見たことがない。

 弓術、馬術、剣術、盾術、槍術。そのどれもが高い技量を持っていると感じさせる。

 まさに神童が如く。

 しかし、クレイドの才能はこれだけじゃないことをベルフラウは知っていた。

 槍の稽古のあとは魔法。

 この世界には六つの属性魔法が存在する。

 火、土、風、水──そして、光と闇。

 稽古で見せるのは基本四属性と呼ばれる光と闇以外の属性だがクレイドは光と闇を含めた全ての属性の魔法を使うことができた。

 レベルが低いから魔力に乏しく限られた時間で満遍なく熟練度を稼ぐには第一階梯魔法しか使えないのだが、それでも全属性に通じているのはカルティア王国ではクレイドだけ。

 クレイドの講師として働いく老齢の魔道士はそれを理解しているからこそクレイドを王都の学校に推薦したがった。

 王都の学校への推薦にはその領地を統治する貴族の推薦状が必要である。

 スカー領を統治する貴族の当主はクレイド。その後見人のメイリルの推薦でも良いがクレイドは首を立てに振らないだろう。

 魔道士はそれが残念で仕方がなかった。

 それを眺めるベルフラウもいつかクレイドと学園で机を並べて過ごしたいと──それは決して訪れない未来だろうと残念がる。


 クレイドはチュートリアルで使われる敵キャラだけあってレベルが低くてもそれなりの魔力を有していた。

 ゲーム中ではもう少しレベルが上っている状態でリュカと対峙することになるわけだが、魔物との戦闘を積めない以上、魔力を始めとした各種パラメータの向上は現時点では望めない。

 それでも、魔力を使い続ければレベルが上ったときに変化があるはずだ──と、ガイドブックを信じてギリギリまで魔法を使う。

 実はその気になれば第二階梯までなら何度か魔法を使うことができた。

 第二階梯魔法を使わないのは目の前にいる魔道士がただではすまないだろうと予測ができたからである。

 木の人形との疑似戦闘状態でいくつかの魔法を連続で発動。

 四つの属性が同時に発生するだけでも圧巻の光景。

 一時間ほど魔法を教わり、今日の稽古は全て終了。


「先生、ありがとうございました」


 クレイドが頭を下げると魔法学者はトボトボと屋敷に戻っていく。

 メイリルに完了報告をするために。

 稽古が終わったことを察したベルフラウは真新しいタオルを従者から受け取ってクレイドの傍らに駆け寄った。


「本日もお稽古お疲れさまでございました。汗をお拭きいたします」

「いや、自分で──」


 ベルフラウはクレイドの有無を聞かずにクレイドのたまの汗をタオルで拭う。


「今日は随分とお疲れのご様子ですね。このあとはご一緒させていただきますけれど」


 というのはクレイドは稽古のあとにメイリルとヴェルクの街を散策するのが日課だった。

 今日はそこにベルフラウも加わることを宣言する。


「メイリル様にも許可を戴いておりますので」


 何も言わないクレイドにベルフラウは続けた。


「それではお着替えのお手伝いをいたしましょう」

「や、それは流石にムリでしょ」

「やっとこちらを向いて話してくださいましたね。でも、私、ご主人様の所有物ですからお着替えのような雑事に使っていただけるほうが気持ちが楽なんですよ」

「いや、いい……」


 ベルフラウは押してみたが、クレイドは逃げるように去っていった。


「もう、仕方ありませんわね。リナリア、外出の準備をします」


 ベルフラウは少しだけ頬を膨らませたがすぐに取り直して、従者のリナリアに外出の準備を命じる。


 ヴェルク城を出て市内を散策。

 メイリルとクレイド、そして、ベルフラウ。それにメイリルとクレイドの護衛の女騎士が一名。

 護衛が一名では心許ないけれど、クレイドも帯剣して背中に小盾を携帯する。

 このヴェルク市は以前、メルキオール家の統治下にあった。

 当然市民の多くはベルフラウのことを知っている。

 ベルフラウはメルキオール家の第一子。メルキオール領内の全ての街がベルフラウの誕生に湧いた。

 だからなのか、ベルフラウはメイリルとクレイドを見る市民の目とベルフラウを見る市民の目の差を強く感じ取った。


「スカー家の領地になってから、市民が明るくなりましたね」


 メルキオール領時代のヴェルクは観光都市ではあったが宿泊税や観光税など言った税が多重に課せられていて市民の生活を圧迫していた。

 特にベルフラウの父──サウロ・フォン・メルキオールが跡を継いで以降は重税に嫌気が差してヴェルクを出る者が後をたたなかったほど。

 スカー家の統治になってから最初に撤廃されたのがそういった税金。メルキオール家の支配下から続く人頭税は引き下げられたが、商人の売上に微量の課税をするように──それも年月が経過するとそれほど大きな負担にならなくなっていた。

 商家に対する課税が増えて、当然、反発もあっただろうが、税負担が軽くなったことで経済活動が活発化して大商会もその恩恵に与っている。


「そうですね。全て市民の努力があってのものですから」


 メイリルが答えた。

 クレイドはメイリルと二人きりの時は良く喋るが、ベルフラウがいる場所では口を開こうとしない。

 両親の仇の子なのだから当然の態度だとメイリルは気遣った。

 もちろん、メイリルもベルフラウを快く思ってはいない。

 身分の差があるために、応対せざるを得なかった。


「こうしてヴェルクの街を歩いたのは久し振りです。ご主人さまと契約をする前に一度だけ来た記憶がありましたが、こんなに人は歩いておりませんでしたから……」

「これも市民が観光地として定着するように努力をした結果です。領民の皆様が道路を整備して快適な暮らしができるように協力してくださったからです」

「そうだったんですか。ヴェルクの市民はとても協力的だったんですね。それで皆様が市に愛着を持つようになったのでしょう」


 そう言えるまで五年もかかった──とはメイリルは言えず。

 それもそのはずでベルフラウはメルキオール家の長女。そんな彼女反感を買うようなことを言葉にすることはできない。

 いくら賠償で戴いた領地とは言え今のスカー子爵家はメルキオール公爵家に属する所謂配下。

 メルキオール家の不興を買うわけにはいかなかった。


「そうかもしれません。ですが、このようなヴェルクをベルフラウ様にお見せできることを私は光栄に思っております」


 メイリルからはそれが精一杯の言葉となった。

 ここまでヴェルクが良くなったのは全てクレイドの発案のおかげ。

 それは言葉にせず、メイリルの胸の内に留めていた。

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