ある村にて 5
翌日、俺は肉屋に解体した鹿を持ち込んだ。
「おう、ちゃんと持ってきたな。」
「はい。」
村を出る事を伝えるべきなんだろうが、俺はもう村に戻る気はさらさらなかった。
正直に伝えて、あいつの面倒をどうするんだと罵倒されるのはバカバカしかった。
「そんで、あの気味悪い男はどうなったんだ?お前のところの余所者はなんて言ってんだ?」
「今は村の外で野営させてます。うちのは今頃、村長さんにお話にいってますよ。」
「追っ払えって言っただろうが。ふん。知らせない訳にはいかないか。まあいい。うまくやれよ。」
「やってみます。」
後はお前がやるんだよ、そう内心ほくそ笑みながら肉屋を後にしようとすると、ガスと取り巻きが視界に入った。
ガスがいきなり怒鳴りつけてきた。。
「おい!」
「何?」
「何じゃない、怪しいヤツを村に入れようとしてるだろう!!」
「いや、まだ決まった訳じゃなくて、村長さんに相談を。」
今頃おっさんが村長に説明しているはずだ。
まさか、おっさんと村長の話を聞いて飛び出してきたんだろうか。
「結論など決まっているだろう!!父上の手を煩わせるんじゃない!!」
「そんな勝手な事はできないよ。」
「くどい!俺が追い払ってやるから、お前の家に連れてこい!!」
「・・・・・」
ガスは腰に手をやると、ぐいと何かの柄を引っ張って見せた。
剣だ。ショートソードというヤツだろうか。
「わかったな!!夕飯にでも誘え!暗くなったら行くからな!」
「今、村長さんのところに話がいってる所だから、もう少し待って欲しいんだけど。
「知っているに決まっているだろう!いいから言うとおりにしろ!」
ひとしきり怒鳴り散らした後、ガス達は去っていった。
面倒が面倒を呼んでいる現状に嫌気がさしたが、ここまでくるとむしろ清々しかった。まとわりつく厄介が多ければ多い程、もうすぐ村を出て消えてしまうカタルシスが楽しみになってきた。
家に戻ると、おっさんは既に戻っていた。
「おう、すまんがちょっと出る。戻りはわからん。あの男の事は、うちに来たら”俺が帰るまで話は進められん”と言っとけ。こっちから無理に連絡せんでもいいからな。旅の準備はやれるだけでいいぞ、どうせ次の町程度だから、どうとでもなる。」
「待ってくれよ、相談が」
「悪いが急ぎだ。後でな。」
「だから、待ってくれって!」
おっさんは足早に出ていってしまった。
困った事になった。
ガスの事は無視してもいいだろうか。
あの男に関しては、おっさんは大丈夫だというが、近くにいて欲しくないのは俺も賛成だ。
だが、結論を急ぐと、また『よく考えろ』と説教されるに決まっている。
それに・・・村長の結論は知らないが、少なくともガスが勝手に動いているというのは事実だ。
何か、いい方法がある気がする。
そうだ。
あの男を夕飯に誘って食べている間に、ガスがあいつを追い出したく思っている事を話してしまおう。俺達は誠意をもって村長に交渉している、と前置きして。
これには、どこにも嘘がない。
そもそも、ガスがあいつの追放に成功しても失敗しても、俺達にはもう関係がないのだ。
気味の悪いあいつに、便宜を図るのは気に入らないし、そもそもできるなら係りたくもない。
それに、これならあいつが万が一にカルティストだったとしても、呪われるのはガスの筈だ。
・・・いい。おっさんはいい顔をしないかも知れないが、怒る程ではないと思う。
上手くいった時を想像していると、あいつに対する不安感も薄れてきた。
いける気がする。
あいつの野営場所は聞いてはいないが、狩人としての常識にそって探せば見つかるだろう。
念のため、早めに動くか。よし、もう少ししたら話をしに行こう。
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あいつの野営地はあっさりと見つかった。およそ想像通りの場所で野営をしていた。
もしかしたらカルティストかもしれない男が、テントの中で何か怪しい行動を採っていないか、呪われた道具などを隠していたりしないか。
そんな想像からくる緊張を隠し切れない足取りで、テントに近づく。
あいつは、黙々と猪の解体を準備していた。
相当に大きな猪だ。俺もおっさんも、あんなサイズを仕留めた事はない。
無造作に転がされた猪の牙は太く長い。
ふと周りを見渡す。辺りに引きずったような跡はない。
あんな大きな獲物を、どうやって運んだ?
またか。また理解できない事が起きている。
押し寄せる不安に鼓動がだんだん早くなる。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。
俺は意を決して男に話しかけた。
「おい。俺だ。」
「ぁあ、こんにちは。」
「昨日の話の続きがしたい。晩飯を食わせるから、日暮れ前にくるといい。」
「ぁい。ぁりがとうございます。」
ひとまずここまではよい。
俺はその大きさから意識がどうしても話せない猪に目をやった。
本当に立派な牙だ。
「・・・その猪の牙は、何かに使う予定があるのか?」
「ぃえ。ないです。」
「では、それも持ってこい。村長との交渉に上手く使ってやる。」
「ぁい。」
男の野営地から引き返す俺の足取りは軽かった。
あいつへの恐怖感はすっかりと消え、考え抜いた作戦を上手く遂行できている高揚感。
さらに、咄嗟の判断で立派な猪の牙という手札を増やした。
見たか!この手練手管!思わず笑みがこぼれた。
男は薄暗くなる頃にやってきた。