ある村にて 4
おっさんが表情を無くした顔で無言になった。
少しして、しかめっ面で返した。
「呪いだと?」
「あ、いや、気味悪いヤツだったから。恨みより怖そうだなとか、そんな。」
「ふ~ん。そうか。」
おっさんは思案顔になり少し考えこんだ後、言った。
「お前、自分には天命があると思うか?」
「急になんだよ。」
「運命の分かれ道にぶち当たった時に急もクソもねぇんだよ。あると思うか?」
天命、運命という言葉の印象について考える。
そうだな。死んだ両親が寝物語で聞かせてくれた話の主人公。
その破天荒な人生が頭に浮かぶ。
「そういう特別なヤツじゃなくてもいい。もっと単純に、お前の人生でするべき事はあると思うか?って聞いたんだ。」
また心を見透かすように、先回りしてものを言う。
おっさんの、昨日から続く気持ち悪いくらいの鋭さがあの不気味な男と俄かに重なり、急に不安になった。
しかし、おっさんに容赦はない。
「だからなぁ、インクィジター舐めんなって言ってんだろ。カルティスト炙り出してんだぞ、こっちはよ。」
「わかった、わかったよ。」
俺はこれ以上バカにされたくなくてとっさに口にした。
「あ~、俺にはないんじゃないかな。ある人にはあるだろうけど。」
「お?そうか。幼くして両親を無くし、偶然やってきた余所者に育てられ、成人してみりゃ育ての親はインクィジターだぞ?運命的と思わなかったか?」
おっさんが大げさな身振り手振りで、俺の現状を突きつけた。
それは・・・そうかもしれない。
不安、いや、嫌な予感が段々強まる。
おっさんが何か、嫌な事を言いそうな気がする。
「お前は逃げられんだろう。」
「逃げられない?何から?」
「天命に決まってるだろう。気を強く持てよ?」
「俺の天命って何なんだよ。信じてないっていってんだろ。」
「お前の両親を狩ったのは、俺だ。」
「は?」
「カルティストだったんだよ、お前の親は。」
脳みそを直接わしづかみされたような衝撃で、身体が硬直した。
「お前が儀式の生贄にされるところだったのを、俺が救った。
俺が追ってた連中を始末する過程でな。虱潰しにしてる時に、ほれ、仕入れに出てる町があるだろ、あそこで網に引っかかった奴がいた。それがお前の両親だった。」
黙りこくった俺を無視しておっさんは訥々と語った。
「細けぇ事は省くが、住処がこの村だと突き止めた後、儀式に集まった所を一網打尽にした訳だ。だがその時お前はもう6歳だったからな。俺が連れ帰ってインクィジターとして育て上げるには大きすぎてな。儀式の為に眠らされた時のまんま、この家に戻して、後日俺が狩人の振りをしてこの村に正面から入った。」
絶句した。
おっさんが吸血鬼や邪教徒を捕まえる人間だって聞いた時、そんな恐ろしい世界にいるのはおっさんだけで、自分が渦中にいるなんて思いもしなかったのに。
「そんでまぁ、そこからは昨日話した通りなんだが・・・」
「ちょっとまって」
俺は、これ以上一方的に話をされるのが我慢できずに、おっさんに思いついた事を吐き出した。
「と、とうちゃんとかあちゃんが、カルティストだって証拠は、あったのか?」
信じられない、信じたくなくて、愚かな質問をした俺に、おっさんは冷たく言い放った。
「阿呆。儀式の最中に踏み込んだって言っただろう。現行犯だよ。お前もその場にいたんだぞ、眠らされてたけどな。」
「お!俺がそこにいたカルティストの子供だなんてわかんないだろう!?攫われてたかもしれないじゃないか!!とうちゃんとかあちゃんは、どこか別の場所で」
「お前、話聞いてたか?村まで突き止めた後だ。ここの連中の家族構成なんて調べ上げた後だよ。」
「うぁ・・・うぅ・・・」
「なぁ、あの男、黒づくめだっただろう。」
「それが?」
「お前の両親はな、黒き邪神・エヌラを崇めるカルティストでな。」
「え・・・」
俺は、自分の人生から自分自身が切り離されたような孤独感に震えた。
常に狙われているかのように、背中が冷たい視線に晒されているかのように感じる。
ああ、狩りさえこなせば生きていける日常、あれは幸せな日々だったんだ。
「俺にはあの男の正体は、正直分からん。穢れを感じもしなかった。毛皮の件も、俺達の知らない技術があるだけなのか、もしかしたらそういう魔法が使えるのかもしれんしな。」
「そうなのか?」
「それでもな・・・俺が言うのもなんだが、出来過ぎだ。無視するか悩んだが、お前の口から呪いなんて言葉が出た時、最後のピースが嵌った音が聞こえたわ。考えすぎじゃねぇって思い直した。」
俺は、またよく考える事が出来なかったらしい。
知らない内とは言え、自らの手で、平穏を捨てたのだった。
「お前にはカルトに係る天命があるんだろう。流石にほっぽりだす訳にゃあいかんな。だが、村を出る事は決定だ。村自体に問題はなかったからな。」
「でも、あいつ絶対おかしいよ。」
「そうだな。だが理由が”怪しい”じゃあ処理はできねぇ。直接話してみても、俺が直接監視を続ける程とも思えんしな。」
「だけど、あいつが出てきたから、俺の天命の事言い出したんじゃないか。」
「俺が昨日、連絡の為に会ってたヤツが引き続き様子を見る。インクィジターじゃねぇが、神皇様の敬虔なる僕だ。俺がお前に見た天命っていうのは、要はカルトの影だ。あいつ自身は脅威じゃないだろう。俺達とはこの後、永遠にオサラバだしな。」
おっさんは言葉を切ると、またからかうように言った。
「それにな、本来、お前がビビんなきゃいけぇねぇのはあいつじゃなくて、お前の今後だ。」
確かにそうだと思った。おっさんの手伝いをしていれば、少なくとも食うに困らなった日常から、独り立ちの旅へ。それですら不安だったのに。
「分かったか?」
おっさんは突然、俺の顔の前に右手をかざした。
掌を見つめていると、恐ろしい程の熱気が噴き出した。
「熱ッ!!」
「目が覚めたか?神皇様のご慈愛の一端だ。」
「俺はな、インクィジターの天命を受け入れ、神皇様の御心に触れ、その御腕に抱かれた。この力はな、信心だ。思いだ。思いが人の世を救う。神皇様の慈愛を遍く大地に降らせたまう。」
おっさんの顔を見ると、ほんのり上気している。
その瞳にこもる熱に、少し落ち着かない気持ちになって、答える声が小さくなってしまった。
「天命とか、信心とか、もう何がなんだかわかんねぇよ。」
「ここにゃ教会もねぇからな。初めて来た時にゃあ、ビビったぜ。」
「俺も、インクィジターになる天命なのかな?」
「インクィジターはそんな甘ぇもんじゃねぇ。前例はあるが・・・まぁ、お前の信心次第ってとこだな!村を出たら、色々と教えてやる。」
衝撃的な事実の連続に朦朧としながら、俺は自分が特別な星の元に生まれたと感じ、胸が高まっていた。
今は早く、あの不気味な男と肉屋への対応を終わらせる事で頭がいっぱいになっていた。