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ある村にて 3


「おっさん!」

「おう、どうした。旅立つ前からホームシックか?」



「うるさいな、そんな事より面倒な事になっちゃった。」

「面倒?ん?裏に誰かいるのか?」


「そうなんだ、ちょっと来てくれよ。」



俺はおっさんの手を引き裏庭に出た。事態の説明の為におっさんに振り返る。



「あいつなんだけど・・・・」



おっさんはごく小さく顔を強張らせた。気が、した。



「あの人がどうしたんだ?」

「村において欲しいらしいんだ。肉屋に行ったら店先で揉めてて、押し付けられた。」


「ふうん。で、あの鹿は彼が肉屋に持ってきてた鹿か。」

「そうだよ。それで・・・」


「待て。まずは鹿をバラして、続きは後だ。手伝ってこい。」

「・・・いやだ。」


「そうか。じゃあお前が一人でやれ。中で彼と話してくる。」



そう言うと、おっさんはあいつを小屋に招き、俺は一人残された。

あいつの相手をしなくていい安心感は長続きせず、すぐに別の不安が首をもたげた。


あの説教臭いおっさんが、随分とあっさりと俺の我儘を許した。

そんな事今まであっただろうか。なんだか気味が悪い。


何もかもがいつもと違う日常に対して、警戒心が強まるばかりだった。

もう何も考えず鹿の解体を終わらそう。

不安から目を逸らすように作業に没頭した。


小屋に戻ると、あいつの姿はなかった。



「おう、お疲れ。」

「あいつは?」



俺は小屋を見渡しながら聞いた。




「帰ってもらった。俺が話をまとめるまで野営を続けてもらう事にしたぞ。安心したか?」



あからさまに安堵した俺を見たおっさんは俺をからかった。



「先が思いやられるなあ?」

「そんなんじゃない!あいつ、何かおかしくないか!?」


「人付き合いに向いてなさそうではあったがな、この村の人間に言われたくはねぇだろうな。」

「だからそういうんじゃない!皮を見たのかよ!」

「皮?」

「そうだよ!もういいからまず見てくれよ!」



もどかしさに耐えられず、俺はまたおっさんの手首を掴んで裏庭へ行き、作業台の皮を手渡した。


おっさんは何も言わずに皮を手に取り見つめた後、少し臭いを嗅いで皮から顔を離した。




「これを彼が?いい腕だな。」」

「もう帰ったんだから、彼とか言ってんなよ。気持ち悪い。」


「ハ!そうだな。で、これがなんだってんだ?」

「一瞬でやったんだ。」


「一瞬?」

「そうだよ!俺のこと、舐められたらまずいと思って、あいつに働かせようとしてたんだ!それで鹿を吊るした後、中で桶を準備して、戻ったらそれが・・・」



おっさんは少し考えた後、ちらりと解体された鹿を見て言った。



「ひとまず後片付けだ。それから細かい話をするぞ。」

「わかった。」



一人じゃない安心感から幾分落ち着きを取り戻せていたらしく、俺はてきぱきと裏庭の片付けを終え、おっさんのところへ戻った。


おっさんは湯で戻した干し肉を薄切りパンで挟んだものを齧っていた。

いつも何かを食べている人だった。

豊富な食糧は狩人の特権の一つだ。


おっさんは顎で俺に椅子と話を促した。

肉屋の事、村長の金策の事、不気味なあの男の事などをつらつらと話した。



食事を終えるまで聞きに徹していたおっさんが、干し肉を戻した湯をコップに注ぎ、口に入ったものを流しこんでから言った。



「そんじゃ、まずは鹿から始めるか。お前はどうすべきと思ったんだ?」

「何が一番いいかは分からないけど、肉屋にツノだけ渡してもまずい事になると思った。」


「そうだな。じゃあ思いついた事だけでいい。言ってみろ。」

「もう俺たちは村を出るから、皮も干し肉も最後まで処理する時間がない。それに・・・あんな皮の剥ぎ方された肉が気持ち悪い。面倒を押し付けてきた肉屋はムカつくけど、正直、全部肉屋に渡したい。」



「何だお前、めちゃくちゃビビッてんな?」

「うるさいな。」


「う~ん。それなりに考えたようだしな。よし、鹿についてはこうするぞ。ツノと皮はお前が肉屋に渡す。肉は鹿の腰から下の分を、俺がこの件を村長に伝えがてら『肉屋からです』つって渡す。」

「上半分は?」


「あいつに返す。」

「全部肉屋でいいじゃないか。」


「お前な、いつも考えろって言ってんだろ。余計な恨みを買うような真似は避けろ。いいか、俺たちには肉も皮も今は重要じゃない。肉屋はツノを手に入れて村長の評価が上がる。村長は金策が捗る。肉屋は俺達が肉を持って行った事にちょいとばかしイラッとくるだろうが、こっそり肉屋の知らないところで肉屋の株を上げる。こうしておけば、お前がヘタレて村に戻った時、少しは気にかけてもらえるかもしれんからな。」

「さっきからバカにしすぎだ!でも、それにしたってあいつに気を使わなくてもいいだろ。俺がもし戻ったとしたって、その時には村にいないんじゃないか。むしろ、あんなやつが村に住む許可下りると思えないけど。」


「それでも、だ。わざわざ不必要な恨みを買うな。お前、これからこの村の連中相手に大変だろうあいつが、無責任に交渉放り投げて獲物まで持ち逃げした俺達をどう思う?考えてみたか?」



あいつの気味悪さを思い出し、つい口に出した。



「呪ってやる、とか?」



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