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ある村にて 1

ショートソードを振り上げたガスが叫んでいる。


「死ぬのはお前だぁあ!!」


ガスの頭が突然、弾かれたように視界から消えた。

残り3人の頭が一呼吸の後に視界から消えた。

全員横倒しになっている。身じろぎもしない。

頭が、頭の形が丸くない。


どくん、と心臓が大きな音を立てた気がした。

こめかみの血管に、拍動が圧となって押し寄せた。


直ぐに小屋を出ようと入口の取っ手に手をかける。

重たい。というより石壁のように動かない。



ギッ ギッ

ギッギッ



ドアは軋みをたてるだけでびくともしない。


息ができない。苦しい。何も考えられない。

いや。どうしてこんな…それだけが頭をぐるぐると巡る。


どうして…


思い出そうともしていないのに、過去の景色が眼球の裏を滑るようにとめどなく流れていく。


------------------------------


「お前が生きていく為に必要なのは、よーく考える事だ。どうしたら死なねぇで済むか。まずはそれからだ。」


おっさんはいつも口煩くそう言った。

6歳で両親を無くして以来、村の善意で死なずにいるだけの薄汚い俺を見かねて、面倒を見ているんだと言っていた。

皆が貧しく、温もりのないこの村で。


おっさんはいつの間にか村に居ついた流れの狩人だと村の大人は言っていた。

森で狩ってきた鳥や兎、偶に猪や鹿なんかの大物を惜しげもなく村に提供する事で居場所を得たらしい。

おっさんの確かな狩りの腕のおかげで、俺はすこぶる栄養状態が良い幼少期を送れた。

16歳にして、身長だけならおっさんと変わらない。180cmほどはあるだろう。


10歳になる前頃から周りと比べても大柄だった俺だが、決してガキ大将のような真似はしなかった。

事あるごとにおっさんが言うからだ。


「いいか、俺達はこの村の人達に”いさせてもらってる”んだ。お前は恩を感じていると”見え”なきゃいかん。でなきゃ、お前はあっという間に除け者だぞ。」


おっさんが、小さいくせに相互協力という発想のないこの村で、上手く立ち回って生きている事は知っていた。だから従った。


正直、素直に従うのは面白くないと思った。特に面白くないのは村長の息子、ガスの存在だ。

村長は真面目そうな雰囲気の人だ。なのに、その息子はとても素行が悪かった。


『身体は大きいが立場は弱い、そんな俺を攻撃するが反撃されない。』


ガスは、その絵面を取り巻きに見せつけるのが大好きだった。

最後に会った時に言われた言葉なんて


「父上のお情けで村においてやってるんだ。継嗣である私にとって”使える”奴じゃないといけないだろう?」


だった。


何が”父上”だ、何が”私”だ。貴族ごっこか?と腹の内で呟きながら「はは。死なずに今日まで生きられたのは村長さんのおかげだよ。感謝してる。」と答え続ける日々だった。


ガスには3人の取り巻きがいつもぶら下がっていた。

彼らは全員が同い年だったが、俺はその2つ年下だ。

過剰な暴力など、そこまで酷いことをされるわけではないが、いつだって俺が奴らの「下」にいる事をしつこく確認される日々は憂鬱だった。


ある日の夕食前、おっさんからその事について話をされた。


「お前はもう16だ。俺の狩りを長いこと手伝ってきたし、いつでも独り立ちできる。というかその時期なんざ過ぎてる。いい年にもなって仕事に打ち込まず遊んでいるような、お前にちょっかいを出してくる連中とは違げぇ。それは分かるだろう?」

「そりゃあ、わかるよ。自信にもなってる。」


その事実は正直なところ、心の拠り所だ。

俺はいつでも一人で生きていける。

そんな逞しさを、俺は持っているんだという自負だ。


おっさんは一瞬、ニヤリとしたと思ったら、真顔になって続けた。

「そうか、自信があるか。じゃあお前、村を出たらどうだ?」

「村を?」


「そうだ。俺は流れ者の狩人だ。狩人って奴は、ちょっとした準備がありゃあ狩りをしつつ人の居る場所を伝って遠くへ行けるんだ。そうやってここへも来た。」

「他の場所へ、俺が?」


思っても見なかった。どうして思いつかなかったんだろうと、自分に問いかける。

答はあっさりと見つかった。ガス達の他に、大した不満はなかったからだ。

そう考えると、急にたったそれだけの事だったんだと、悩みが小さく感じた。

そんな事を考えて返事が遅れた俺に、おっさんは思いがけない事を言い出した。


「あのな。急な話なんだが、俺はこの村を出るつもりだ。」

「え?じゃあさっきのは俺も一緒にこいって話なのか?」


「俺が連れていきたいって話じゃねぇ。お前はこの村の生まれだろ。一人で生きていけるんだし、ここには家もあるんだし、好きにすりゃあいい。ただ、今ならついでに旅のあれこれを教えてやれるって思っただけだ。」

「そっか。そっか・・・・。」


色々な事を考えなくてはいけなくて、うまく言葉が出ない。

だから、気になった事を素直に聞いた。

小さい頃は生きるのに必死で気づかず、今となってはこの時まで気にもしなった事を。


「なあ、おっさん。おっさんは何か、やる事があってここに来たのか?それが終わったから、出ていくのか?」

「ん?ああ。そうだな。まぁそんなところだ。なんというかな、ここは良い場所だとも思わなかったが、危険な場所でもなかったからな。長居しちまった。」


この村は、最寄りの町まで馬で10日程の距離だ。普通、これだけ離れた場所に集落なんて作らないらしい。まばらにしか木が生えない、岩だらけの山の麓にひっそりと存在している。

村を挟んだ山の反対側は、深い森だ。

幸い、森では脅威らしい脅威は狼くらい。

オークやゴブリンのような毛無し<ヘアレス>が出る事はほとんどないが、馬車が通れるような道なんてない。

だから商人がこない。商人がこないから、山賊も居ない。

山にはドワーフ達が住んでいる・・・らしいのだが、こんな村にはドワーフだって用はないんだろう。見たことなんてない。

彼らと交流があれば、村ももっと活気があるとまで言わずとも、風通しが良かっただろうか。


通貨は町で塩を始めとした必需品を買うために必要なだけで、それらは村で採れた作物を保存食に加工したものや、狩りで得た毛皮や羽を使った工芸品を売って捻出している。金属製のものはそれ以外に手に入れる方法なんて俺は知らない。

町での仕入れに携わるのは村長に連なる人間ばかりだ。一般の村人は日々の暮らしの事以外、何も知らないだろう。俺が教わってないだけかもしれないが。


一言で言って陸の孤島だ。おっさんは、一体何の用があったというんだろう。


疑問が顔に出ていたらしく、おっさんは答をくれたが、表情は厳しかった。


「あのな、世の中には知らなくていいことがある・・・とは言わねぇ。だがな、一度知ったらもう知らなかった頃には戻れない事もある。これは、そういう話だ。俺はお前の面倒をここまで見てきたが、父親の情を持ってるつもりはない。だから、知った後の面倒を見る事はできねぇんだ。」


俺も、別におっさんの事を親父と思ったことはない。

だが面と向かってはっきりと”父親ではない”と言われるのは少し虚しく感じた。

それでも、おっさんの話し方に突き放すような調子はなかった。

だから、教えて欲しいと頼んだ。色んな事が一度に降りかかってきてるんだ、ものはついでだと思った。


「自棄になってねぇか?まぁいい。俺はな、異端尋問官<インクィジター>だ。分かるか?」

「なんだそれ。知らない。」


「言葉を知らんだけだろう。邪教徒<カルティスト>や吸血鬼<ヴァンパイア>が獲物の狩人って事だ。」


もののついでで、とんでもない話が飛び出してきた。ヴァンパイアだって?こんな辺鄙な場所に?


「ここは人里離れてるだろう。離れすぎてて不便極まりない。特産品もない。何なら村の名前もない。いつ消えてもおかしくねぇ村なのに、調べてみたら少なくとも200年前からあるときた。それが怪しまれたってわけでな。」

「それって、村長は知ってるのか?」


「言うわけないだろう。そもそも、村自体がカルティストやヴァンパイア絡みのものかもしれないっていうのが発端だ。」

「こんな村でそんな事あるわけないだろ。」


「村のお荷物だったお前に、村の秘密について知る機会があったか?」

「それは・・・」


「ハ!結果的にはお前の言う通り、何もなかったんだがな。現状確認と今後の可能性の検討なんかで、なんだかんだで時間がかかったな。結局、この村は時折やってくる俺みたいな狩人なんかの種を貰って、外の血をなんとか得てきた事でギリギリ存在してる奇跡の・・・いや、呪いのか?まあ異常にしぶとい村ってだけだった。」

「そんな事言ってるの、誰かに聞かれたら殺されるぞ。」


「インクィジター舐めんじゃねぇ。基本な、人間相手に何が起こってもどうってこたあねぇんだ。」

「・・・・・」


このおっさんは、こんな獰猛な空気を出せる人間だったのか。

いつもの飄々としたおっさん相手に始まった会話だったのに。

これじゃあ、まるで昔話の主人公みたいだ。

俺はいつの間にか、エルフに拾われた勇者にでもなったような気分でいた。


特別な教育なんてされた覚えはないが、それでも、俺は世界の真実の一端に触れたような、周りとは違う一つ上の次元の存在になったような高揚に包まれていた。


そんな俺の心を見透かすようにおっさんは言った。


「お前を拾ったのは、後を継がせようとかじゃねぇ。こんな余所者嫌いの村をうろつく為に恩を売る必要があった。そこにたまたま、村でも面倒ごとが起きていた。それが孤児になったお前だったってだけだ。」

「!・・・そうかよ。」


「拗ねんなよ。インクィジターってのは、要は人助けの仕事だ。深い意味はねぇってだけだ。」

「拗ねてない。拗ねてないし、感謝もしてる。」


「殊勝だな。そんな謙虚な気持ちで過ごしてりゃ、ここにいても年食って死ぬまで暮らしていけるだろうよ。」


現実に引き戻すようなおっさんの言葉に、突然降ってわいた非日常感の高揚が急激に冷えるのを感じた。

ガス達くらいしか不満がないと思っていたはずの村の日常が、とてもつまらないもののように感じる。

そこに戻る事が、面白くなかった。


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