一ページ目の苦難
モニターで洗濯をしているお婆さんを確認し、いざ、作戦スタートだ。
桃マシンは史実のように〈どんぶらこ どんぶらこ〉と流れに乗って川を下っていく
しかし川の流れのままに進んでいくととてもじゃないがお婆さんに捕まえられる速度にはならないので程よく減速しながら微調整して進んでいく。
考えてみれば普通の人間の感覚であれば川の上流から巨大な桃が流れてきたらそれを捕まえて食べようと思うだろうか?
気味が悪いので近寄らない、というのが一般的な感覚だという気もするが……
まあ、そういう細かい所はいいだろう。たまたまこのおばあさんがそういう感性の持ち主だったということだ。深く考えるのは止そう。
さて、お婆さんとの距離が1mを切り減速しながら上手く川岸に寄せる。
いいぞ、我ながら上手くできた。過去たいして欲しくもないぬいぐるみを獲得するためにUFOキャッチャーに三千円も投資したのは無駄ではなかったということだ。
しかし、ここで予想外の事態が発生した。洗濯するお婆さんの目の前に上手い事近づいたというのにお婆さんは全くのノーリアクションなのだ。
気味が悪いので近寄らなかったのでも、あえて無視をしたという感じではない。本当に気が付かなかった感じだった。
桃マシンは流れに沿って離れていきモニター越しでもおばあさんの姿が小さくなっていくのが見える。
「何が、どうなっているのだよ……」
俺は唖然としながら呆けていたがハッと我にかえり、慌ててスマホを取り出すと急いでマリアに連絡をとることにした。
〈さっき別れたばかりなのにいきなり何よ。もしかして私の声が恋しくなったとか?〉
「そんなわけないだろうが。今、桃マシンでお婆さんの目の前を通り過ぎたのだが、全く気が付かないんだ。
このマシンには向こうからは見えない、光学迷彩というか不可視化の能力でも付属しているのか?」
〈そんな機能は付いていないわ、ちょっと待っていなさい、今調べるから……〉
マリアは通話をスピーカーに切り替えタブレットで調べているみたいだ。待っている間シャクシャクという咀嚼音が聞こえてくるのがどうにも気にかかる。
マリアの奴、どうやらスナック菓子を食べながら調べてやがる、どこまでも人をイラつかせる女神だ。
〈あったわ。どうやらお婆さんはかなり目が悪くなっていて、余程近くじゃないと気が付かないみたい〉
「おい、じゃあどうするのだよ?こっちは川を下っている以上そこまで近接できないぞ」
〈じゃあ、音でアピールしなさいよ〉
「音?どういう事だ?」
〈その桃マシンには外部スピーカーが搭載してあるから、それで向こうが気づくように音でアピールしなさい〉
「アピールといっても、何を言えばいいのだよ?」
〈そんなの、自分で考えなさいよ。全く使えないわね〉
マリアは心底面倒くさそうに言い放った。このアマ……元はと言えばお前が〈お婆さんは目が悪い〉という情報を見逃していたからこうなったのだろうが‼︎
しかし、今はそんな言い争いをしても意味がない、ここはさっさと先に進もう。
「それで、この桃マシンをもう一度上流から流さなければいけないのだが、どうやって移動すればいいのだ?」
〈自分で運びなさい〉
「は?今、何て言った?」
〈だ か ら 自分で運べと言っているの。その桃マシンは飛行での移動手段しかできないの
でも最高速度マッハ7・8よ、川の下流から上流への微妙な距離のピンポイント移動とか、現実的に無理よ〉
「じゃあ、この大きな桃の化け物みたいなマシンを俺が背中に背負って川の上流まで走れ、という事か?」
〈まあ、そうなるわね。大丈夫だと思うけれど一応念のためにお婆さんのいる対岸側を使って移動してね〉
「川の対岸に大きな桃を背負った男が駆け抜けて行ったら、いくら何でも気づくだろ⁉」
〈大丈夫よ、巨大な桃が目の前を通り過ぎても気が付かなかったのでしょう?ビクビクしているんじゃないわよ、男のくせに肝が小さいわね〉
もはやマリアに遠慮や気遣いと言った類は微塵も感じられない。言いたい放題といったところだ。
しかし我慢だ、ここは耐えろ……俺は拳を握り締め、ぐっと耐えた。
俺は気を取り直し桃マシンを背負って急いで上流へと駆け上がる。
重力制御により実質10kgしか無いとはいえこれを背負って上り勾配を駆け上がるのはかなりしんどい。
それに冷静に考えると巨大な桃を背負って対岸を走り抜ける男とかものすごい絵面なのだが、この際そんなことは言っていられない。
お婆さんが洗濯を終えて家に帰ってしまったらタイムアウトなのだ。
「ハアハアハア……じゃあ……いくぞ……」
全身汗だくになり息を切らせながら再びマシンに乗り込む。スピーカーのスイッチを押し、外部への音声チェックを済ます。
「あー、テス、テス、ただいま、マイクのテスト中」
よし、音響は大丈夫のようだ。だがどうやってお婆さんにアピールをするか?まあ、アレしかないか……
再び川を下り、お婆さんの元へと近づく。そこで俺はマイクを強く握り締めスピーカーを使って目いっぱいお婆さんにアピールをした。
「どんぶらこーー‼︎どんぶらこーー‼︎」
我にかえり自分のやっていることを冷静に考えるとまるっきり馬鹿みたいである。
今時幼稚園のお遊戯でさえ地声で〈どんぶらこ〉とか、言うのだろうか?
だが、またもや想定外のことが起きた。俺がどれだけ〈どんぶらこーー‼︎〉とシャウトしようと
お婆さんはまるっきりノーリアクションなのだ。マイクのボリュームを最大にしありったけの声で叫ぶが
その声は届かず再びモニター越しに小さくなるお婆さんを見つめる羽目になった。
「おい、マリア、どうなってやがる。全然効果なかったぞ‼︎」
〈いちいち、うるさいわね。ちょっと待っていなさい、今、調べるから……〉
再び調べ始めるマリア。先ほど同様、スナック菓子を食べているサクサクという咀嚼音が癇に障る。
しかもスマホ越しに後ろから会話する声が聞こえてくる
どうやらマリアは韓流ドラマを見ていたようだ。
こっちは声を枯らし汗だくになって頑張っているというのにこのクソ女神は……
〈わかったわ、お婆さんはかなり耳も遠くなっているみたい〉
「そういう事は先に言えや‼︎」
〈仕方がないじゃない、こんな細かい注意事項いちいち読まないわよ〉
「で、目も悪い、耳も遠いじゃ、どうすればいい?」
〈知らないわよ〉
「知らないって。お前な……」
〈何でもかんでも私に頼らないでよ‼︎〉
この馬鹿女神、逆ギレしやがった。大体お前が役に立った事など一度もないだろうが。
「わかったよ、じゃあ桃マシンに搭載されている使えそうな機能を全部教えてくれ」
〈そうね……外部スピーカーの他には七色に変化させられる照明灯とか、あと外部装甲が巨大モニターになるみたい……
そうだ、イケメン男を外部モニターに映してアピールとか、どう?〉
「どうしてそんな機能が付いているかはこの際置いておいて。やるだけやってみるよ」
〈急ぎなさいよ、お婆さんが洗濯を終わったらタイムリミットだからね〉
「わかっている、じゃあ行ってくる」
俺は再び桃マシンを背負って対岸を走り抜ける、もう羞恥心とかは無い
とにかくお婆さんに発見され連れて帰ってもらわなければストーリーが進まないのだ。
マリアから送ってもらったイケメン男の画像を外部モニターに映しド派手な音楽をかけながら川下りにリトライする。
照明灯による七色のレーザービームがギラギラと空を切り裂きこれでもかとばかりのアピールを繰り広げた。
だが、これではまるで歌舞伎町を走るホストクラブの宣伝トラックだ。
俺の知っている【桃太郎】の序盤とかなり違うが、今はそんな事を言っている場合ではない。
そもそも俺が子供の頃に見た【桃太郎】の絵本ではお婆さんが川で大きな桃を拾ってくるのは第一ページに記されていたはず。
それなのにお婆さんとのファーストコンタクトにここまで脅威の18000文字越え。
何だ、これ?〈人生は計画通りにはいかない〉という教訓なのかもしれないが、いくら何でもやりすぎじゃね?
俺の知っている〈異世界転生モノ〉では主人公にとってもっと都合の良い展開が次々と繰り広げられていたはずだが……
俺の心にある不安がよぎる。これ尺的に無事に鬼ヶ島まで行けるのか?
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