運命の会議が始まる
「何か、緊張するな」
慣れない紋付き袴の衣装を着て何度も鏡を見直す。
今回の会談におい、俺は人間側と鬼側の仲介人として司会進行という重要任務を任されたのである。
「モモは何を着ても冴えないね」
「【馬子にも衣装】という諺があるけれど、例外もあるのね」
「岩谷さんに合う諺は【豚に真珠】ではないでしょうか?」
「お前らいい加減にしろよ、俺の一世一代の晴れ舞台だぞ。もっと言う事があるだろうが」
俺の言葉にも全く反応を示さず、なぜか朝からご機嫌斜めな乙女たち。
イライラする感情を俺にぶつけて解消しているようだ。
三人はこの前の騒動もあってか、未だに内心では鬼との同盟に反対みたいだ。
「お前ら、何がそんなに気に入らないんだ?鬼たちの強硬派ですら和平を望んでいるのだぞ、正直この同盟に反対しているのはお前らだけだ」
「別に……」
「みんながそれでいいなら、いいんじゃない」
「後で私たちの忠告を聞いておけばよかったと、ならなければいいのですけれどね」
「お前ら、女の子の嫌な部分が出ているな……」
ヤレヤレと言った感じだが今日の主役はこいつらじゃないし、こんな戦闘狂の女どもの気持ちなどどうでもいい
はっきり言って無視だ、無視。俺はシナリオ通りに粛々と進行すればいいだけの話だ、何の問題も無い、ノープロブレムだ‼
俺は自分に言い聞かせるように己を鼓舞する、そして運命の会談は始まったのである。
人間と鬼による史上初の会談は村長さんの屋敷で行われた。
人間側の出席者は村長さんを代表とする五人。鬼側の出席者も残虐鬼や虐殺鬼を代表とする五体。
鬼たちは群れを成した大人数で村に来ていたが全員が会場には入れない為、残りの連中は外で待っている。
鬼側としても〈もしかしたら交渉が決裂して戦いになるかもしれない〉という危惧を抱いているようだ。
やはり人間と鬼とは長年敵対していた同士であり、お互いにそういった不安はぬぐい切れないのだろう。
会談会場に選ばれた村長の屋敷の部屋は三十畳ほどある大広間。
左右に長机が並べられ右側に人間、左側が鬼の席となっている。
俺はそれを左右見る形で真ん中に座り司会進行の議長を務める事になっていた。
そして俺の後ろには万が一の事態に備えて、武闘派の乙女たちが睨みを利かせている。
どちらかが協定を破り、暴力による争いになった場合の抑止力である。
だが人間側が一方的に協定を破り暴力に訴えても、多分彼女たちは鬼を攻撃するだろう。
そのような事態にならないことを祈るばかりである。
ホスト側である村の人たちが先に座って待っている、誰もが緊張気味の面持ちでどことなく表情も硬い。
村人の代表は五人だが正直村長さん以外は数合わせの意味合いが強い
この村は良くも悪くも村長さんのワンマン経営で成り立っており、言い換えれば村長さんによる独裁集落ともいえるからだ。
そんな中で鬼たちが会場に入って来る。紫の体をした鬼族のリーダー残虐鬼を先頭に
強硬派のリーダー虐殺鬼、中立派のリーダー壊滅鬼、人権派のリーダー抹殺鬼、モラル派のリーダー殺人鬼と続いた。
モラル派のリーダーの名前が殺人鬼というのは少し引っかかるが向こうが提出してきた出席者リストにそう書いてあったのだからこちらが文句を言う筋合いはない。
ていうか、鬼たちの派閥多くね?一枚岩どころか意外とバラバラだな、おい。
会場に姿を見せた鬼たちの圧倒的な容姿と迫力に思わず気おされる村人代表。
しかし村長さんだけは鬼たちを睨みつけるように視線を向け、ビビっている様子は全くない。
ちなみに俺の背後からも鬼たちに対して殺気立った視線を送っている者たちが三人ほどいたが、ここはあえてスルーした。
「では皆様お揃いの様ですので、これより第一回【人間と鬼による平和首脳会議】を始めたいと思います。
今回議長として司会進行役を務めさせていただきます、桃太郎こと岩谷桃助と申します、よろしくお願いします」
自己紹介を兼ねて会談の開催を継げると人間側と鬼側からパラパラとした拍手が起こる。
双方和平を結び共存共栄を目指すという方針は同じなのだが、やはりお互いに信頼しきれていないというか、どこか引っかかるところがあるのだろう
ピリピリとした空気が部屋を支配する。ここはひとつ……
「みなさん、そんな怖い子をしないで仲良くいきましょうよ。
争いたくはないという気持ちはどちらも同じなのですから」
場の空気を和ませるため少しおどけた感じで言ってみた。すると残虐鬼がニコリと微笑み口を開いた。
「よろしくお願いします岩谷殿、全てお任せしますので、なにとぞ良しなに」
大きな体をくの字に曲げ深々と頭を下げた。見るからに恐ろし気な鬼のリーダーが随分と平身低頭で頭を下げたことがよほど驚いたのか
村側の人たちも驚きを隠せなかった。
「我々も鬼に対する認識を改めなければなりませんな。ここからは双方にとって建設的かつ発展的な話し合いができることを望む次第です」
「ありがとうございます、そう言っていただけるとこちらも助かります。
鬼と人間、これまで争ってきた歴史がありますが、ここは一旦それを忘れて、お互い手を取り合っていこうではありませんか」
村長と残虐鬼が互いに言葉を交わしあい大きくうなずく。いいぞ、いい感じだ。
「それでは話し合いを始めたいと思います、まずは……」
会談の内容は初めから決まっていて、誤解から生じた衝突に対する謝罪と確認。
これから共存共栄への基本的方針と取り決め。
そして解決されていない問題への話し合いである。
最初に鬼たちがこの村へ現れてその際に小競り合いがあった件は村長が、軽率だったと非を認め、鬼たちに正式に謝罪することで解決済みだ。
共存共栄に関する取り決めは基本的な方針だけ今日決めて、細かなところは後々話し合いで決めようという事で大まかな合意は取れている。
月に一度このような会議を開き、起きた問題をその場で話し合うと共に、急を要する場合は緊急首脳会議を開き
そこでは話し合うという取り決めが双方合意で決定した、ここまでは非常に順調だ。
スムーズに話が進む度、俺の後ろから〈ちっ〉という舌打ち音が聞こえてくるが、もちろん聞こえないふりをする。
これが大人の対応というやつだ。
「それでは最後に村に発生した被害について話していきましょう」
ここまでは予想以上に順調だったが今回の最大の問題はこの議題である。
「村側の主張では、鬼たちが姿を見せたからというもの、村にいくつもの被害が発生しております
その原因は鬼側にあるのではないか?とのことなのですが……」
「先日、岩谷殿からその件について聞かれた際にハッキリと申し上げていますが
最初にこの村を訪れて以来、我々はこの村に近づいておりません。
来ていないのに被害を出せるはずもありません、ですからその被害というのは我々とは違う外敵
もしくは村の内部の者の犯行によるモノだと思われますが」
残虐鬼の言葉に村長がスッと手を上げた。
「それは聞き捨てなりませんな。ここに住む村人がそんな事をする理由がありませんし
ここら一帯を荒らしまわっていた野盗も奉行所の活躍によりお縄に付きここ最近は全く姿を見せていません。
それに人間の仕業ならば犯行現場にそれ相応の証拠が残ります。
ですが今回の被害は明らかに人外の者の仕業に見えます。被害が出始めた時期とあなた方鬼が出現した時期が非常に近く
貴方がたの誰かがやったのではないか?と思うのは当然だと思いますが」
「状況証拠だけで我々の犯行だと決めつけるのはいかがなものかと思いますが?
それに我々は以前からあなた方と平和的な関係を築きたいと思っておりました。
それなのにそのような村に被害が出るような犯行を行うはずがないではないですか」
「そうですかな?先日も頭領であるあなたの意思を無視してこの村に入り込んできた者がいたようですが?」
先日の【岩谷桃助くん誘拐未遂事件】の事を遠回しに言っているようだ。
それを聞いた虐殺鬼は勢い良く立ち上がった。
「ふざけるな、俺らは平和的に話し合いたいからこそこの村に来たんだ。
それ以前に村に悪さとかしていない、言いがかりも甚だしいぞ‼」
声を荒げて反論する虐殺鬼だったが村長も負けてはいなかった。
「ですが聞いたところによると以前、虐殺鬼殿は〈人間とは戦うべきだ〉主張していたそうですな?
今回の出席者名簿にも〈強硬派〉と書き記してありましたが?」
「うっ、そ、それは……」
言葉に詰まる虐殺鬼、まさか出席者リストに【強硬派】と書いたことで追いつめられるとは……
まあ、どうしてそんな事をワザワザ書いたのだ?という疑問はさておき
せっかくいい雰囲気で進んでいたのに急に険悪なムードが漂い始める、ここは俺の腕の見せ所だ。
「少しお待ちください、村に出た被害の犯人は誰なのか?という問題なのですが
鬼たちの犯行だと決めつけるのは時期尚早だと思います」
「ふむ、では岩谷殿は誰が犯人で、今後どうするべきだと思うのかな?
我々とて鬼たちと共存共栄が実現できればそれが最上だと思っている。
だがこの問題が解決しない限り村に住む者たちはいつまでたっても鬼たちの事を信用できないまま疑心暗鬼で生活することになるだろう。
そんな状態で本当の共存共栄ができるとは思えんのじゃ」
なるほど、村長のいう事にも一理あるな。俺がそんな事を考えていた時、後ろから不穏な声が聞こえてくる。
〈鬼がやったに決まっているじゃん〉
〈こざかしい、仲良くするふりをして騙し討ちでもするつもりじゃないの?〉
〈やはり鬼は信用できません、ここは後腐れの無いように一匹残らず斬ってしまえば〉
聞こえない、聞こえない。俺の耳には何も聞こえてこなかった。
「わかりました、ならばその村に起きた被害というものを検証していきましょう。
その被害の内容と時期を教えてください」
「うむ、時期は今から二週間前ぐらいかな。被害の一つ目は畑が荒らされて収穫物が食べられていた。
二つ目はこの近くの森で大量の木が切り倒されていた。
そして三つめが村の近くを通りかかった者達が何人も襲われたというものだ」
「なるほど、それで鬼の皆さんがこの村に来たのはいつぐらいですか?」
「そうですね、今から一か月くらい前だと思います」
なるほど、鬼が現れたのが一か月前で被害が出始めたのが二週間前ぐらいか、意外と最近の話なのだな。
「では一つずつ細かく検証していきましょう。まず、最初の畑が荒らされていたという件ですが、どういった内容でしょうか?」
「うむ、この村は農業も盛んで色々な野菜が取れる、特にネギは評判が良くて都でも高く売れるほどだ
だが二週間前くらいに畑に被害が出るようになった、族は夜な夜な現れて畑の農作物を食い荒らして去っていくのだ」
「それは動物とかではないのですか?」
「うむ、我々も最初はそう考えた。だが動物用に仕掛けた罠に全く引っかからないのだ
あれだけの罠にかからないとなると相手は一定の知能を持っているとみて間違いない」
「それで鬼の仕業ではないかと考えた訳ですか……村の誰かの犯行という可能性は?」
俺の質問に村長はゆっくりと首を振る。
「それも無いだろう、なぜならこの村は農作物が豊富に取れるので完全な時給自足を行えている。
腹が減って野菜が欲しいのであれば、そう申告すれば村からいくらでも支給されるからな
わざわざ夜中に盗みを行って村を追放される危険を冒すとは考えにくい。
それに外部の者からの犯行だと確信したのはこの村に外敵から守るための塀を作ったら
農作物の被害がピタリと収まったのだ。これはどう見ても外部の者の犯行だろう?
内部に住む村の者であれば外壁など関係ないからな」
「そうですか。それならば犯人は村の人ではなさそうですね……って、あれ?」
今、俺の頭に何かが引っかかった。いや、そんな、まさか……
村人と鬼たちは険悪なムードとなりお互いを睨みあっている。
そんな中で俺はそれとなく後ろのマメ芝に小声で聞いてきた。
「おい、マメ芝。お前、以前この村に来たことがあったと言っていたな?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、その間、食べ物とかどうしていたんだ?」
「え~っと、地面に生えていた野菜とか食べていた、でも壁ができたから村に入れなくなって仕方がなくこの村から離れたんだよ」
何という事だ、犯人はこいつじゃねーか⁉外壁ができて農作物を食べられなくなったマメ芝は仕方がなく村を離れた。
そして腹が減って行き倒れていたところに俺と出会ったという事か⁉
マズい、これはマズいぞ……ここは強引にでも話題を変えるか。
俺は自己欲しいの為に必死で頭を回転させて考えた。




