女心と男の魅力
「大丈夫ですか、岩谷様。しっかりしてください‼︎」
目を覚ますと、目の前には幸恵さんがいた。
「あ、はい……大丈夫です」
俺が返事をすると、彼女はほっとした様子で目を閉じる。
「良かった、戻ってきてみれば岩谷さんが気を失っていたものですから、びっくりして……
喋れるようになったみたいですが、お体の調子はどうですか?」
「ええ、悪くないと思います、何故か後頭部がズキズキしますが」
「倒れた時に頭を打ったのでしょうか?でも良かったです、熱も下がったみたいですし今晩ぐっすりと眠れば明日の朝には全快していると思います」
優しいな、彼女をみていると女性とはかくあるべしと思える。
しかしその後、幸恵さんはなぜか少し恥ずかしそうに顔を赤らめ顔を背けながら問いかけてくる。
「それで、その……先ほどの件ですが……あのような事をなされたのは岩谷様の意向だというのは本当ですか?」
何の事だ?幸恵さんが何を言っているのかさっぱりわからない。
何とか思い出そうと考え込んでいると、すかさずハルカスが話に割って入ってきた。
「ほら、トウスケが私たちに頼んだ、例のアレの事よ」
例のアレ?何だろう、なぜか後ろにいるマメ芝とつばめも何度も頷いているし、俺がコイツらに何か頼んだようだな。
さっきからハルカスが妙にニコニコと作り笑いをしているのが気になるが……
「ああ、そうみたいです。何か幸恵さんに迷惑でもかけましたか?」
「いえ、迷惑をかけられたわけではないのですが……そうですか、ご自分で……
しかし、ああいった事は医学的にも倫理的にもあまりお勧めできませんから、その……やめた方がいいと思います」
「はあ、わかりました。すみませんでした」
何となく話の流れで謝ってはみたものの、何のことだかさっぱりわからない。
でも幸恵さんがなぜか凄く恥ずかしそうに心配してくれているし、まあいいか。
それとウチの三人が心底ホッとした顔をしているのがちょっと意外だった。
そんなに俺のことを心配してくれていたのか、あいつら案外いい奴だな、今度お礼に優しくしてやるか。
そんな事を思いながら長い一日は終わりを告げた。その後、なぜか三人が妙に優しかった。
「よしゃああああ、完全復活、体全快、元気はつらつだぜ‼︎」
翌日の朝、完全に治った俺はいつも以上にテンションが上がっていた。
鬼達との一回目の交渉で大成功を収めた俺は村長さんの熱烈な歓迎を受ける。
その結果、感謝の気持ちと鬼たちとの和平実現の前祝いとして宴会を開いてくれるというのだ。
結局昨夜はまともな食事が取れなかったので今日は昨夜食べ損ねたご馳走と、酒をいっぱい振る舞われることになる。
そしてあわよくば幸恵さんと婚約発表という流れになれば最高である。
「さあさあ、食べてくだされ、飲んでくだされ、めでたい、めでたい、はっはっは」
ご機嫌の村長は各地から取り寄せた料理と、地酒、そして昨日食べ損ねた鍋料理を振舞ってくれた。
目の前で綺麗な踊り子達が見事な舞いを披露し、笛や太鼓で空気を盛り上げる。
いいねえ、異世界最高、桃太郎の世界万歳だ。
そしてもう一つ嬉しい誤算があった。
「ねえモモ、病み上がりなのだからいっぱい食べて元気になってね」
「おう、それにしてもお前ら昨日から妙に優しいな、どうしたのだ?」
「べ、別に……何でもないよ。モモに元気になって欲しいだけだよ。器を貸して、鍋も装ってあげる」
積極的に鍋料理を装ってくれるマメ芝、それにしてもどうしたんだ?
普段はガサツなマメ芝が合コン時の気がきく女子みたいに細かい気遣いをしてくれる。
「はいネギたっぷりの鍋だよ、モモ。いっぱい食べて元気になってね」
ニコニコとしながら微笑むマメ芝は本当に可愛かった。
「ちょっと、私だって結構気が効くのよ。はい、お酒」
今度はハルカスが酒を注いでくれる。
「どうした、ハルカスまで?」
「べ、別に深い意味はないわよ。トウスケは病み上がりだから、少し優しくしてあげないといけないかな……と思っただけ。
大陸の方では医食同源という言葉もあるじゃない、だからトウスケもいっぱい栄養をとって元気にならないとね。
はい、美味しいネギをどうぞ」
今度はハルカスが鍋を装ってくれた。少し照れながら世話してくれるハルカスの姿に思わず男心がくすぐられる。
たまに病気になるのも悪くないな。
「岩谷さん、私のお酒も飲んでくださいな」
今度はつばめが酒を注いでくれた。元々つばめは和風美人だし、剣術をやっているせいか所作も美しい
何か高級料亭にでもきている気分だ。
「どうした、どうした、今度はつばめまで。お前らいつになく優しいじゃねーか」
「そ、そうですか?それは、え〜っと……あっ、そうです。いつもの感謝の気持ちです
岩谷さんには本当に申し訳……じゃなくて、いつもお世話になっていますから。
病み上がりの時ぐらい優しく接するのが人としての礼儀だと思いまして。
さあ大地の旨味がたっぷりと凝縮されているネギです、存分に召し上がれ」
俺は生まれて初めて母親以外の女性から優しくされた気がする。
こいつらもしかしたら俺と幸恵さんの結婚が近いという事実を知り慌てて俺の気を引こうとしているのか?
だとしたら、モテる男は辛いな。
そんな幸せな空間の中で宴会はさらに盛り上がっていく。
「岩谷殿、もっと飲んでくだされ。ささ、ぐいっと」
村長さんが大分出来上がってきた、赤くなった酒臭い顔を近づけてきて
俺の肩を抱き寄せながら酒を勧めてくる。だが、正直こんな中年オヤジに密着されても嬉しくも何ともない
それどころか昨夜のファーストキッスを思い出し気分が悪くなってくる。
これが幸恵さんだったらこれ以上ない幸せだったが、ここは我慢の一手だ。
幸恵さんとこのままゴールインする為にはこのむさ苦しい中年オヤジの協力は不可欠だからだ。
このオッサンも幸恵さんと遺伝子を半分共有しているということで何とか怒りを抑えることにした。
「いや〜めでたいですな、岩谷殿‼︎鬼と和平を結び協力関係を築けばこの村は益々繁栄できるでしょう。
これも岩谷殿のおかげです、全てが上手くいった時には我が娘との婚儀も盛大に行いましょう」
「その際はよろしくお願いします、お義父さま。では、お酒をお継ぎいたしましょう、でへへへへへ」
上機嫌で酒を飲んでいるお義父さまの横で俺はすっかり有頂天になっていた。
しかし肝心の幸恵さんの表情が冴えない、うつむき気味に何か思い悩んでいるようで、食事も進んでいないようだ
どうしたのだろうか?そんな彼女にお義父が声をかける。
「こら、幸恵。岩谷殿の酌をせんか、気が利かぬな」
「えっ?あ、すみません」
慌てて立ち上がろうとする幸恵さんだったが俺はそれを右手で制した。
「いえ、お構いなく。男は男同士で飲むのが私の国の風習でして、お義父様と一緒に飲めるのが私の最高の幸せですから」
おわかりだろうがこれはもちろん大嘘である。
ここでさらに村長さんのご機嫌をとっておき幸恵さんとの結婚を磐石なものとするために俺は粉骨砕身の気持ちで頑張った。
「おお、嬉しい事を言ってくださるな、岩谷殿。まさか昨日の接吻でわしに気持ちが移ったのではないでしょうな?」
気持ちの悪い事を言うな‼︎忘れかけていたのに、せっかくの酒が不味く感じてしまう。
だがそれとは裏腹に村長さんの機嫌はさらに鰻登りになったようだ。
社会人になって上司や取引先との接待などはこんな感じなのかな?
「おい、酒が無くなったぞ、すぐに追加の酒を持って来い。あと土佐からアレが届いていただろう?それを持って来い……って
アレはわしの部屋に置いてあるのか。仕方がない、今からとってきますから岩谷殿はゆっくりと飲んでいてくだされ」
村長さんは何かをとりにゆっくりと立ち上がり、そのまま自分の部屋に戻って行った。
少しの間とはいえむさ苦しい中年オヤジから解放されホッと一息をつくが幸恵さんの曇った表情が気にかかる。
「幸恵さん、どうしたのだろうか?何か悩み事でもあるのかな?俺で解決できるのであれば何とかしてあげたいが……」
俺が純粋な気持ちを口にすると後ろからヒソヒソと話す三人の声が聞こえてくる。
「幸恵ちゃんの悩みは、モモと結婚しなければいけない事に決まっているじゃん」
「少し考えれば誰でもわかる事じゃない。それとも、そこはわざと考えないようにしているのかしら?そんなの単なる現実逃避にしかならないのにね」
「見苦しいというか、無駄な足掻きですね。しかし考えようによっては岩谷さんしか解決できない悩みでもあるわけですよ。
〈それほどまでに俺との結婚が嫌ならば、止めよう〉と言えばすべて解決ですから」
相変わらず三人は好き勝手な事を言っている、やはりこいつらは俺の男の魅力というモノを全くわかっていない様だ
それとも嫉妬か?何にしてもここは一言ビシッと言っておかなければいけない様だ。
「おい、君達。ヒソヒソと人の陰口を言う時は、せめて本人に聞こえないようにしなさい」
デリカシーのない女性たちにビシッと言ってやった。
「それにしても、俺は幸恵さんに嫌われるような事を何かしたかな?」
俺がその言葉を口にすると、後ろの三人はピタリと黙った。
何だ、あいつらには心当たりがあるのか?俺には気づかない何かがあるのならば、教えてもらいたいものだが……
そんな事を考えていると村長さんが戻ってきた、どうやら土佐から仕入れた珍味があったらしい。
幸恵さんの様子は気になるがここではどうすることもできない、後でそれとなく聞いてみるか。




