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いざ鬼ヶ島へ

部屋に訪問してきたのが幸恵さんだと知り俺は脊髄反射のように素早くふすまを開けた。


「はい、貴方の岩谷桃助こと桃太郎ですが、どうしましたか?」

 

俺のあまりに素早い反応を見て、少し驚く仕草を見せる幸恵さん。


「あっと、いえ、特別な用事があったわけではないのですが。岩谷様が何かご不快に思っている事は無いか?と、伺いに来た次第です」


「おお、それは、それは、お気遣いの程いたみ入ります。御心配には及びません。おかげさまで快適に過ごせていただいていますよ」

 

先ほどまでコイツらの言動で不快な気分にさせられていたが、全て浄化された気分だ。


「そ、そうですか……皆さん、この部屋にお揃いでしたのですね?」


「ええ、私を中心に明日の作戦会議などを。決してやましいことはしていませんよ」


「は?」

 

しまった、余計な事を言ってしまった。俺の心にやましい気持ちがあるせいなのか?


「そ、それではお忙しそうなので、私は失礼します」

 

ぺこりと頭を下げそそくさと帰ろうとする幸恵さん。いかん、せっかく彼女から来てくれたというのに……ここはどうにかして彼女との距離を縮めなければ。


「待ってください、少しお話でもしていきませんか?」

 

帰ろうとする幸恵さんの手を掴み強引に引き止めた。


それは彼女との距離を縮めるという第一目標を達成する為の行動であるとともに


〈幸恵さんと手をつなぐ〉という第二目標を同時にクリアするという離れ業だった。

 

重ねて言うがこれはあくまでスキンシップというコミュニケーション手段であり


セクハラとか痴漢行為とかとは無縁であることをここに明記しておきたい。


「お話しですか?」


「はい、私たちはまだお互いの事を何も知りません。ですから互いの理解を深めるために、今夜はしっぽりと話でもしませんか?」


「は、はあ……」

 

幸恵さんは少し戸惑っているように見えた。そして会話中に背中からとても冷たい視線を感じる。


アイツらがどんな顔で俺を見ているのか、振り向かなくてもわかる。これもチームとしてお互いを理解してきた証なのだろう。


戸惑う幸恵さんを強引に部屋に連れ込み話をすることになったが、突然の事なので何を話していいのか思いつかない。


本来ならばこの場の空気を察した仲間たちが幸恵さんを和ませるような女子トークを展開してくれるのがベストなのだが


そんな気の利いた事ができるメンバーじゃない。わかってはいたがそれにしても使えない連中だ。


無言のまま俺に冷たい視線を送り続けるだけのボンクラどもだ。仕方がない、ここは自分で何とかしないと……


「あの、幸恵さんは、薬師をやっているのですよね?」


「あっ、はい。三年前から勉強して、ようやく薬師の端くれとしてやっています」


「それは偉いですね、薬師になりたいと思ったのは何か理由があるのですか?」

 

いい感じだ、このまま彼女の個人情報を色々と聞き出せれば作戦は成功と言えよう。


それにしても未だに何のフォローもないあの能無し共はどうだ?さっき協力しあうと約束したばかりだというのに、あとで説教だ。


「はい、私は薬師を目指したきっかけは三年前に森に薬草を取りに行った時の話です。


薬草取りに夢中になってしまった私は立ち入ってはいけない森の奥まで入ってしまいました。


そこで狼の群れに遭遇し〈もう駄目だ〉と観念したのですが、その時たまたま通りかかった吉備津彦乃尊という方に助けていただきまして……」


幸恵さんのエピソードトークの中に驚愕の事実が含まれていた。


「ちょ、ちょっと待って、今何と?もう一度聞かせてくれないか」


「えっ、はい。私は狼の群れに遭遇し、そこでたまたま通りかかった吉備津彦乃尊という方に助けていただいたのですが……」

 

やはり間違いない、吉備津彦乃尊といえば桃太郎のモデルになった人物だ


しかしこの世界の桃太郎は俺のはず、それなのに吉備津彦乃尊が存在するというのはどういうことだ?


この世界に桃太郎が二人?まさかタイムパラドックスとか起きないだろうな……

 

俺がそんなことを考え必死に頭を巡らせていると、後ろからポンコツ共が小声で話しているのが聞こえてきた。


「ねえ、何でモモはあの子に同じ話をもう一度させたの?」


「ほら、あの子が会話の中で〈たまたま〉と言ったじゃない、その言葉をもう一度言わせたかったのよ、間違いないわ」


「不潔です、心の底から軽蔑します」


「お前らいい加減にしろ‼さっきから黙って聞いていれば好き勝手言いやがって、少しは俺の気持ちをかんがえて発言しろや‼」

 

あまりの理不尽さに思わず声を荒げてしまったが、このボンクラどもにはまるで効果がなかった。


「モモの気持ち?誰でもいいから彼女が欲しい、でしょ?」


「女とイチャコラしたい、トウスケの頭の中はそれだけじゃない」


「不純な思惑と、不快な想像と、不毛な妄想が岩谷さんの全てですよね、あと不潔です」


「ふざんけんな‼お前ら、さっき〈俺と幸恵さんがいい感じになるように協力する〉って約束したじゃねーか‼それを……あっ」

 

我に返り後ろを振り向くと幸恵さんが固まっていた。明らかに引いている、ドン引きと言っても差し支えないだろう、これはマズい。


「ち、違うんです。これには色々な理由がありまして……」

 

慌てて取り繕うがもはや後の祭りであった。そんな傷心の俺にデリカシーの欠片もない馬鹿どもがさらに追い打ちをかけた。


「やっちゃったね、モモ」


「身から出た錆というか、まあ仕方がないわね」


「驚くほどの、自業自得です」

 

怒りで言葉が出ない、こいつら見た目以外は0点だ、人の皮をかぶった悪魔だ。鬼が島に行く前に俺は真の鬼を見た。


「で、では、私は失礼します、何か用事があればお呼びください、何でしたら私以外の者を呼んでくれてもいいですから」

 

そう言って逃げるように帰って行った幸恵さん。俺はその場に膝から崩れ落ちる。目からあふれる涙が床にポタポタとこぼれ落ちた。


「元気出しなよ、モモ」


「泣くこと無いじゃない」


「女々しいですね」

 

俺は生まれて初めて殺意というモノを覚えた、その対象は退治すべき鬼にではなく本来仲間であるはずのこの馬鹿どもに。


「お前ら……どうしてくれる、俺が幸恵さんと上手くいかなかったら全部お前らのせいだからな。


もし俺が死んだら、毎晩お前らの夢枕に立ってやるからな」


 思い切り恨みを込めて言ってやった、少しは反省するがいい。


「モモは死んでもマメ芝と遊んでくれるの?」


「トウスケの怨霊とか、すぐに滅殺してやるわ」


「乙女の寝床に出没するなど破廉恥極まりない。姿を見せた時点で即座に斬り捨てます」

 

もう何を言っても無駄の様だ。その後、鬼畜女子どもを部屋から追い出し嫌な事を振り払うように早めに寝床に入る。


俺は涙で枕を濡らし悲しみの中で眠りについた。星のきれいな夜だった。


 

翌日、いよいよ鬼ヶ島へと乗り込む日の朝。村長がニコニコしながらあいさつに来た。


「おはようございます。朝食を用意しておりますので皆さまたくさん食べてください。


昨夜はよく眠れましたか。おや?岩谷殿、随分と目が赤いですぞ、どうかされましたか?」


「いえ、別に……」


「そうですか、他の皆様も朝食を召し上がってから出発してください


腹が減っては、戦はできぬともうしますからな、はっはっはっは」

 

朝から妙にテンションが高い村長さん。正直昨日の件で食欲はなかったのだが


せっかくなのでご相伴にあずかることにした。


朝食とはいえさすがは成金、机の上には並びきれないほどの料理、そしてどれをとっても美味そうだ。


一流ホテルのような高級食材と一流の料理人のハーモニーは見ているだけで豪華な気分になれる。


そんな優雅な雰囲気とはかけ離れた痴れ者共は、朝からがっつくようにバクバク食べる


人の気も知らないでいい気なものだ。傷心により食欲もない俺は二杯しかお代わりできなかった。


朝食を食べ終えた俺たちはいよいよ出発することとなる。


「鬼ヶ島まではこの男が案内をします、おい、佐吉」

 

村長に呼ばれて出てきたのは屈強そうな男であった。


浅黒く焼けた肌に引き締まった筋肉、背は俺よりも10cmは高く、全体的にシュッとした感じの好青年という印象だ。


「鬼ヶ島までは舟で向かうしかありません、そこまでこの佐吉が舟を漕いで皆様をお連れしますのでよろしくお願いします。ほれ、お前からも挨拶せんか」


「へえ、佐吉と申します、よろしくお願いします」

 

言葉少なくボソリと言葉を発する佐吉。武骨で無口、どことなくにじみ出てくる男らしさが鼻につく。


すると案の定、愚か共のコソコソと話す声が聞こえてくる。


「ねえ、あの佐吉って男、中々のイケメンじゃない?」


「少なくとも、モモよりは強そうだよね」


「清潔感と誠実さがにじみ出ています。私もああいう男性と話せるようになりたいです」

 

いかん、これは実に良くない流れだ。主役は俺のはずなのに……

 

すると俺を心配してくれたのか遅れて幸恵さんも来てくれた。


「ここら辺りの海は波も激しく、鬼ヶ島までは大変危険です、気を付けてくださいね」

 

優しいな、昨日あんなことがあったのに俺の事を気遣って。


やっぱり彼女にするのは幸恵さんしかいない。見た目だけのうつけ共に心動かされた俺はやはり若かったのだ。


よし、ここはひとつ……


「幸恵さん、俺は……」

 

俺が幸恵さんに語りかけようとした、その時である。


「安心してくださいお嬢様、岩谷様たちは私が命に代えても必ず鬼ヶ島まで無事送り届けてみせますから」


佐吉の発言に幸恵さんは小さくうなずいた、村長さんも満足そうだ。


なんだかわからないがすべて持っていかれた気分である。


うちのあんぽんたん共も佐吉のそれっぽい言動にだまされ好感度は益々上がったようだ。いかん、これはいかんぞ。よし、こうなったら……


「待ってください、心配には及びません。鬼ヶ島には我々だけで行きます」

 

俺の男らしい発言に誰もが驚きを隠せなかった。元々桃太郎のお話では先導役が付いているというイレギュラーな事実はない


つまりこれは史実に基づいての冷静かつ客観的判断である。


いけ好かないイケメン野郎にこれ以上いいカッコをさせてたまるか‼という狭量な対抗心からでは決してない。


「えっ、岩谷殿、大丈夫ですかな?この辺りの海は中々波も荒くて大変ですぞ」


「大丈夫です、任せてください‼」

 

俺は村長さんに大見得を切って鬼ヶ島へと向かうことになった。

 

舟のある浜辺までは佐吉が案内してくれた。


浜辺に到着すると簡単な舟の操作方法と鬼ヶ島までの潮の流れを説明されたが


このイケメン野郎に教わるのが俺の男のプライドを刺激したため、あまり注意深くは聞いていなかった。


「本当に気を付けてくださいね、岩谷様」


「ああ、心配には及ばないよ。だからさっさと帰れ」


一通り説明を受けた俺はさっさと佐吉を追い返す。


「さて、ここからは俺たちだけだが、舟を漕ぐのは交代でいいな?」

 

近年の桃太郎の話では舟を漕ぐのさえ交代で行うらしい。


〈犬、猿、キジはあくまで仲間であって家来ではないから〉


いうのが現在のスタンダードらしい。いかにも今時だが、ここは近年のコンプライアンスに従いその例に倣うとしよう。


「じゃあ、鬼ヶ島まで舟を漕ぐのは交代制でいいな?」

 

俺が紳士的な提案をしたというのにあからさまな不満顔を見せる三人の仲間たち。


「モモが一人で漕ぐのでしょう?」


「当然じゃない」


「異論はありません」

 

なんだ、それは?まるでそれが当然とばかりの反応。こいつら一体どういうつもりだ。


「どうして俺が一人で舟を漕がなければならない、苦労を分かち合うのが仲間だろ‼」

 

あまりに理不尽さに俺の怒りは爆発する。だが三人は実にあっさりと反論してきた。


「だって、今から鬼の住処に行くのだよ。いきなり戦いになるかもしれないのにこんなところで無駄な体力を使っていられないよ」


「その通りよ、鬼どもといきなり戦闘になった場合、トウスケは戦力として一番役に立たないのだから雑用をするのは当然じゃない」


「戦略的に何も間違ってはいませんね。そもそも我々の体力を温存するために


村長さんがわざわざ佐吉さんを付けてくれたにもかかわらずそれを断ったのは岩谷さんじゃないですか」


「大体、何でモモは佐吉さんのお供を断ったの?」

 

うぐっ、それを言われると非常につらい。


〈イケメン男がチヤホヤされている事が気に食わなかった〉とは口が裂けても言えない。


「どうせ、トウスケの事だから、佐吉さんがチヤホヤされているのが気に食わなかったのでしょう?自業自得よ」


「うぐっ、そ、そ、そんなわけあるかぁ~~」

 

いきなり図星を突かれ気が動転して思わず変な声が出てしまった。


「岩谷さん、声が裏返っていますよ。どこまでも器の小さい男ですね、軽蔑します」

 

マズいぞ、身から出た錆とはいえこのままでは俺のチーム内での立場が……


「だけれど、俺だって鬼たちと交渉するという重要な役があるのだ。


そんな俺に体力仕事を押し付けるのはあまりにひどくないか?」


「交渉に体力は必要ないじゃない。佐吉さんのお供を断った責任もあるし。ここは諦めてトウスケが舟を漕ぎなさい」


「で、でも……」


「見苦しいですよ、岩谷さん。往生際が悪いというか、あきらめが悪いというか、見た目も悪いというか、全てにおいてみっともないです」

 

ぐうの音も出ない程完全に論破されてしまった。こんな能筋どもに……


しかし、今回ばかりは勝ち目はない、ここは戦略的撤退だ。俺は諦めて一人で舟を漕ぐことにした


頑張って毎日投稿する予定です。少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。

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