第三話 僕と彼の凸凹な関係
第三話 僕と彼の凸凹な関係
それから僕と太陽はお互いに避けるようになった。昼食は早鐘さんと一緒に食べているようだし、休み時間や下校だって早鐘さんと一緒だ。僕も僕で智樹と一緒に行動することが多くなった。これじゃあ、入学して間もない頃に逆戻りだ。
そして智樹はと言うと、落ち込んでいた。これ以上なく。理由は明白だ。大好きな早鐘さんが太陽と付き合うことになったから。もう太陽と早鐘さんはクラス公認のカップルなのだ。だから、嫌でも二人のカップルぶりを目にすることになる。だから智樹は、
「あ~! なんでよりによって山岸なんだ。やっぱり顔か! 顔が良いのか! いや違う! 早鐘は顔で人を判断するような人間じゃない! じゃあ中身か! あんな崇拝者製造機のどこが良いっていうんだ~!」
などと鬱陶しく身悶えながら叫んでいた。僕だって出来ることなら、大声で言いたい。太陽のことは僕の方が分かっているし、愛情も上だと。でも並んでいると二人は美男美女で、ああお似合いだな、なんて自分が情けなくなるようなことを思ってしまう。そんなときはあの日のことを思い出す。太陽に腕を絡ませる早鐘さん。瞬間沸騰した独占欲。早鐘さんから太陽を取り戻すと誓った闘争心。……ほら、それだけで僕は立っていられる。
目下、検討中なのはどうやって太陽を取り戻すか。僕の頭はそのことで一杯だ。まずは、太陽から早鐘さんを引き剥がさなければならない。そういえば早鐘さんは太陽に盲目的に恋していたようだけど、何故そんなことになってしまったのだろう。僕は疑問に思った。太陽の話を聞いた限りでは彼女は心酔派などではなく普通の友達だったとしか考えられない。そんな彼女が変わった原因が必ずあるはずだ。それを調べてみよう。
そう決めると僕の行動は早かった。山花高校にいる早鐘さんの中学時代の同級生に話を聞いてみようと思い、休み時間はクラスを回った。
「早鐘りんさんについてなんだけど……山岸太陽とは中学時代も仲良かったの?」
「うん。良かったよ、普通の友達って感じだった。あ、でも中学二年の中頃くらいからかな、なんか心酔派みたいに山岸君について行ってた」
それだ。その時期に何かあったに違いない。
「その中学二年のときに、何があったか知ってる?」
「うーん、私、早鐘さんとはただのクラスメイトだったからよく分かんない」
「そう、ありがとう」
僕はお礼を告げ、次のクラスに移動する。
「早鐘のこと? うーん、中学二年のとき? えっと、そういえば、急に私の欠点はどこだとか鬼気迫る表情で詰め寄られたことがあるな。しかも俺以外にも聞いて回ってた」
欠点。早鐘さんには何かコンプレックスでもあるのか? 僕はまた移動する。
「中学二年のときに、何があったかは知らないなぁ。え、りんちゃんの欠点? 私からみるとちょっと意地っぱりな所かな」
意地っ張りな所……、そういえば、智樹は早鐘さんが不器用だとか言ってたな。それを本人は自覚しているのか? それがコンプレックス? 意地っ張りで不器用な所を太陽が受け入れて、それで恋したとか? それだけで盲目的に好きになるか? もっと普通に好きになるんじゃないだろうか。
ともあれ、これで山花高校にいる、早鐘さんの中学時代の同級生には話を聞き終えてしまった。これだけじゃ、何があったのか分からない。欠点について聞いて回っていたのは早鐘さんに『何か』が起こった後のことだろう。もっと情報が必要だ。他の高校に行って話を聞こう。 それから僕は来る日も来る日も色々な学校を回った。早鐘さんの話を聞くと、自然と太陽の話も聞くことが多かった。太陽が目立つのは勿論のことだが二人は本当に仲が良かったんだろう。それに僕はちょっぴり嫉妬しながらも、着々と情報を仕入れていった。そして今、十二人目に話を聞いている。
「──だったんだぁ」
「へー、そうなんだ。わざわざ話してくれてありがとう」
これで大体のピースは揃った。重ね合わせればどういう状況で早鐘さんが太陽に盲目的な愛を抱くようになったのか分かった。それに太陽のことも。後は、これをどう形成して、太陽を取り戻す武器にするかだろう。だが、僕には生産力がない。この情報で彼女を揺さぶったって、きっと最終的には何も変わらないだろう。だったらどうすればいい? 僕は悩む。そしてその日は家に帰っても落ち着かず、眠れずに一晩を明かしてしまった。
「おーっす、透……って、大丈夫かお前!? 何かすげーやつれた顔してるぞ!」
「……おはよう、智樹」
朝一番に智樹に叫ばれて、頭がキンキンする。頼むから静かにしてくれ。
「やっぱあれか、山岸に避けられて、相当キてんのか? もう二週間は経つもんなー」
「二週間……」
そうか、太陽が早鐘さんに告白されて二週間経つのか……。ん? 告白? そうか、それだ。「智樹……早鐘さんに告白して」
僕が座った目でそう告げると、智樹は、はぁ!? と叫ぶ。
「お前な! この状況で告白しろとか、どんな鬼だよ! どう考えても振られるコースまっしぐらだろ! ……大体、もう告白ならしたんだよ」
その智樹の言葉に僕は目を見開く。
「え、告白した?」
智樹は目線を逸らして頭をぼりぼり掻くと、不貞腐れたように言った。
「そうだよ、丁度今から数えて二週間前に」
二週間前? じゃあ、早鐘さんが太陽に告白したのは智樹に告白された影響ってことか。
「なんて言って告白したの?」
「古傷抉るなぁ。……普通に、好きです、付き合って下さいって……」
僕は智樹の早鐘さんに対する言葉を思い出す、そして早鐘さんの情報。照らし合わせる。
……これは使える。
「智樹、その告白の仕方じゃ駄目だ」
「それ、お前にだけは言われたくない……っていうか、そう言うからには良い告白の仕方があるんだろうな!」
「うん、あるよ」
「ほら、やっぱりない……ってあるのかよ、マジで?」
「マジで。……智樹、僕の言った通りに告白してくれ。チャンスは僕が作る」
そう言って、僕はニヤリと微笑んだ。
決戦は今日の放課後。それまでに僕は心を落ち着かせる。大丈夫だ。朝、考えた通りに発言すれば、太陽を取り戻せるはずだ。そう思ってはいても、授業はほとんど耳に入らなかったし、昼食も食欲が湧かなくて三分の一も食べられなかった。一方智樹の方は落ち着いていた。中々肝が座っているらしい。一度玉砕したせいかな、なんて失礼なことを僕は考えていた。そうして放課後がやってきた。僕は席を立って、一直線に彼らの元へと向かう。彼は、僕の姿を見ると怯えたような顔を一瞬してから、真顔に戻った。
「……太陽、それに早鐘さん。話がある。人がいなくなるまで教室に残ってくれ」
「それ、急ぎの内容?」
太陽が無表情で僕に聞いてくる。気に食わない。前は僕が話しかけただけで花を咲かせたみたいに嬉しそうにしていたくせに。
「急いでいるし、大事な内容」
僕は太陽を見つめる。決して目は逸らさない。逸らしたら、きっと逃げられてしまう。
「……うん、良いよ。分かった。りんもそれで良い?」
太陽が早鐘さんを見ると、早鐘さんは恍惚とした表情で頷いた。
「うん。太陽が良いなら……」
そして教室がオレンジ色に染まるまで、僕達は残っていた。二週間前と同じ状態。早鐘さんは太陽の腕に自分の腕を絡ませていて、僕は少し離れた所に立っている。
人はいなくなった。僕は握る手が緊張で震えているのが分かった。不安になる。本当に上手くいくのか。僕は太陽の言葉を思い出す。『俺にとってだけは唯一の生産者だと言っても過言じゃない』。なら、僕は太陽に対して何か出来る。勇気が溢れ出てくる。手の震えが治まる。
「おい、そろそろ良いんじゃないか?」
「話ってなあに?」
「うん。早鐘さんの中学時代の話」
それを聞くと、太陽も早鐘さんもピクリと肩を揺らす。そして顔を僅かに引きつらせる。
「早鐘さん、中学二年の時に彼氏に二股されてたんだってね。そして別れ際にお前って何考えてるか分からないって言われたらしいね」
「何それ、調べたの?」
早鐘さんの声は震えていた。そして僕は続ける。その言葉に早鐘さんはいたく傷ついたこと。そして、自分の欠点を酷く気にするようになったこと。自分は誰にも理解されないんじゃないかと不安になり、怯えていた。実際友人関係も壊れかけていた。そこで、仲良くしている太陽だけは自分が何を考えているか全て分かると勘違いした。何故か。太陽は卓越した観察術を持っているから。人が何を望むのか自然と分かって、先取りしてしまうから。そういう太陽の持って生まれた生産力は傷ついた心に毒のように流れ込む。だから早鐘りんは盲目的に山岸太陽に恋をした。そして今の歪な早鐘りんが形成された。
「違う! 勘違いなんかじゃない! 太陽は私の全てを分かってくれてる! ねえ、太陽。今私が何をして欲しいか分かってるよね!?」
早鐘さんは太陽に縋る。でも太陽は目を見開いて口をパクパクとさせている。ここから何て言葉を言うか、太陽の生産力にかかっている。
「りん、お前……そんなこと考えてたのか? 俺にも分からないことはあるよ」
太陽はバツが悪そうに、眉を寄せている。そしてその言葉を聞いた早鐘さんはただ呆然としている。それを困惑とした表情で見る太陽も無防備な状態だ。なら、ここだ。僕はここしかないと思った。太陽を取り戻す魔法の言葉。太陽を変質させる唯一の言葉。恥ずかしいけど言うしかない。
「ねぇ、太陽」
「何だ? ……透」
言え! 言うんだ僕! ああ、頬が熱い。きっとリンゴの様に真っ赤になっているだろう。
「……好きだよ。愛してる」
「……っ!?」
太陽は目を見開く。そしてじわじわと、頬を赤く染めていく。そして、その目に宿った。僕と一緒にいたいという欲望。僕はその事実にゾクゾクする。僕一人だけに与えられる愛情。それが戻ってきた。
「透、お前そういう意味に取って良いんだろうな?」
僕は頬を赤くしながら瞳を細めて、無言で肯定する。そして太陽は早鐘さんを見据える。
「なあ、りん。りんは本当に俺のこと愛しているの?」
「そ、そんなの! 愛しているに決まっているじゃない!」
早鐘さんは心外だと言わんばかりに、顔を怒りで赤く染めて叫ぶ。
「これは俺の持論だけど、人を愛するってことは相手の良い部分も悪い部分も受け入れるってことだと思ってる。けどりんは盲目だ。俺にも欠点があるなんて考えてないだろ」
「そ、それは……だって! 実際、太陽に欠点なんて見当たらない!」
「ほらな、俺のことちゃんと見えていない。俺は正直言ってそんなお前への罪悪感で付き合うことにしたんだ。でも好きな奴が手に入ると思った途端、手のひらを返した。そんな酷い男だ」
その言葉に早鐘さんはわなわなと口を震わせている。僕は微笑む。
「太陽。太陽には早鐘さんに出来ないことがあるよね?」
「え、何なんなの……?」
早鐘さんは今度は怯えた表情で僕と太陽を交互に見る。
「ああ、ある。りん、俺はお前に触れられない」
「っ! 嘘でしょ! 私にキス出来るよねぇ!? そうでしょ!? ねぇ!」
太陽のシャツを掴んで縋る早鐘さんに太陽は無言で目を逸らす。その太陽の拒絶に早鐘さんは絶望した表情をしていた。そしてその目に憎しみが宿る。
「りん」
太陽は早鐘さんの両肩を掴む。そして諭すように言う。
「俺は昔の溌剌としたりんが友達として好きだった。俺はさっきも言った通りお前の全てを理解出来るわけじゃない。それにりんを見てくれる人はきっと俺以外にも現れる。だから──」 太陽が言い終わらない内に、早鐘さんは泣きながら教室を飛び出す。
「うおっ!」
突然開いた戸に外にいた智樹が声を上げる。
「相田!? 何でここにいるんだ!」
「智樹、追って! 早く!」
「おう! 何が何だか分からないが、分かった!」
智樹は走り出す。僕と太陽も後を追う。早鐘さんは階段を上っているようだ。どうやら上に行く気らしい。そして追いかけて、追いかけて、たどり着いたのは屋上だった。
「早鐘!」
「……相田君? 何でここに?」
「この間の告白の続き、聞いてくれ!」
「聞かない! 一人にしてよ!」
早鐘さんは顔を涙でぐちゃぐちゃにして、髪を振り乱して、満身創痍といった状態だった。「勝手に言わせてもらう! 俺は早鐘が好きだ! 顔が好きだ! 性格が好きだ! 仕草が好きだ! そして何よりも、自分の感情を素直に表せない不器用な所が好きだ!」
智樹の最後の言葉に早鐘さんは目を見開いて顔を上げる。智樹を見つめる。
「でも、早鐘がそれを短所だと思っているなら……俺と一緒に治そう。俺にも短所は一杯ある。話し出すと人の話を聞かないでべらべら喋る所とかな。だから早鐘、俺と一緒に歩んでくれ」 早鐘さんはぽかんと口を開けている。そしてゆっくりと口を動かす。
「それ、本当? ……私の不器用な所が好きって本当?」
「ああ、本当だ。……っていうかそこがギャップで好きになったんだし……」
智樹は頭を掻いて、照れくさそうにしている。早鐘さんは、信じられないものを見るように智樹を見つめる。
「あなたは、私の全てが分かる……?」
「全て? そりゃあ、なるべく分かるように努力はするけど、全ては無理だろ。それに……全部分かったらつまらないだろ?」
そう言って、智樹はニカリと笑う。それを見て早鐘さんは泣きながら微笑んでいる。
「うん、うん……やっぱり、そうなのかな?」
「その、さ……俺、頑張るから! 早鐘の好みの男になれるように頑張るから!」
「…………」
「ちゃんと早鐘のこと見てるから」
「うん」
「だから、俺の彼女になって下さい!」
「…………」
早鐘さんは俯いて考え込んでいる。そして、数分後ゆっくりと顔を上げる。
「……じゃあ、友達からなら……」
「はい……って、え! 友達? 恋人じゃなくて友達!?」
智樹はそりゃないぜ……と言いながら意気消沈している。早鐘さんはそれを見てクスクス笑う。そんな様子に智樹は半眼で僕を見つめる。……しょうがないだろう。いくらなんでも盲目的に太陽を慕っていた子といきなり恋人は無理だ。まあ上手くいくなんて半分騙していたようなものだから甘んじてその不満は受け止めるけど。
そうして事態は収束した。
中庭。ニコニコと邪気のない笑顔で弁当を食べている。非常に機嫌が良さそうだ。あれから太陽と僕の関係は元に戻った。いや、元に戻ったというのは少し違うかもしれない。だって恋人同士になったんだから。……恋人同士って恥ずかしいな。でも、劇的に関係が変化したわけでもない。多少スキンシップが多くなった程度だ。早鐘さんとは関係に亀裂が入った。元々、高校に入ってからは話をしなくなったらしいが、それでもお互い、いないものの様に振舞っている。智樹はというと、毎日の様に早鐘さんにアピールしている。そのお陰か、意気消沈していた早鐘さんは徐々に笑顔を見せることが多くなってきている。まぁ、最悪の形は避けられたということだ。
僕は思う。自分はつくづく非生産的な人間だと。太陽を取り戻すと誓ったが、結局早鐘さんに影響を与えることは出来なかった。太陽にしか影響を与えられず、太陽と智樹を味方につけ、二人の生産力を利用して、早鐘さんを太陽から引き剥がした。別にそのことを恥じているわけではない。でも僕のこの体質は一生変わらないんだろうなぁ、と少し嘆いた。
「おい、透。難しい顔して何考えてるんだよ。昼休みくらい楽しく過ごそうぜ」
ずっと考えごとをしていたら、太陽に諌められてしまった。
「うん、そうだね」
僕は太陽を見て微笑む。それを見た太陽は悪戯げにニヤリと笑っている。あ、これはロクなこと考えていない。
「あ、じゃあさ。はい、あーんとかやってみようぜ」
「ええ!?」
やっぱり。
「いいじゃん俺達、恋人なんだし。それに誰もいないんだしさぁ」
太陽は拗ねたように頬を膨らませる。贔屓目に見ても可愛くない。そういうのは女の子がやるから可愛い。でも僕にはやっぱり効果抜群のようで、絆されてしまう。
「うう、分かったよ、じゃあ口開けて」
僕はタコさんウインナーを箸で掴むと、太陽の口元に持っていった。
「はい、あーん」
「あーん。んぐんぐ」
太陽は満足そうにもぐもぐとウインナーを咀嚼している。そして食べ終わると、眩しい笑顔で、こちらを見つめてくる。僕には大型犬が尻尾をぶんぶんと振っているようにしか見えない。あまりにも嬉しそうなので僕は思わず苦笑いする。そんな僕の様子を見て彼は更に嬉しそうにする。そこは喜ぶ所なのだろうか。
「透ってやっぱり異常だよな」
「そりゃあ僕は非生産的ですから?」
そんな彼の言い草に僕はムッとする。すると、彼は取り繕うように違う違うと言った。
「褒めてるんだよ、いや、惚れ直した、かな」
「惚れ直した?」
僕は疑問に思う。今までのやり取りで惚れ直す部分はあっただろうか。いや、ない。一体この男はどういう思考回路をしているのかと怪訝そうに見つめていると、ニコリとまた笑った。僕は生憎それで機嫌が直るほど簡単でもないので、サッと目を逸らす。
「それだよ、それ」
「それ?」
「分からないかなぁ。まあ、分からないんだろうな。俺ってさ、生産的な人間なんだろ?」
「うん、それこそ異常なくらい」
それについてはきっぱりと答えられる。太陽は今まで僕が生きてきた中で一番生産力の強い人間だ。きっとこれから先これ以上生産的な人間には出会えないだろう。
「そんな生産的な俺が微笑めばさ、皆見惚れるわけ。でも透は違う。今さっきみたいに苦笑いしたり、そっぽ向いたりする。それが俺は嬉しいのさ。ああ、透は俺の影響を受けないんだなーって」
理由は分かった。それでさっきはより一層笑顔だったわけか。他の人が太陽に対してやらない態度を僕は取る。それが嬉しいと。……その気持ちは僕も分かる。反対に太陽は僕の影響を強く受ける。笑ったり、怒ったり、泣きそうになっていたり、色々な感情を僕に見せてくれる。他の人は僕の話を聞いても大抵は無感動だ。そりゃあ、相槌くらいは打ってくれるけど、それだけだ。だから太陽と話すのは楽しい。僕は有益な存在なんだと実感する。
「透、合格発表日に俺と目が合ったときのこと覚えてる?」
「え、う、うん」
まさか覚えてるのかこの地味な僕のことを!? いや本人が覚えてるって言うんだから覚えてるんだろうけど。軽く戦慄する。この男ストーカーの気があるんじゃないか?
「あのときも、俺が微笑んだのに透は目を逸らした。だから強く印象に残ったんだ」
なんだ、そういうことか。僕は少しほっとする。
「思えば、あのときから俺は透に惹かれていたのかもしれない」
「惹かれるの早いな!」
僕は思わず突っ込んでしまった。
「だってあんな反応初めてだったからな」
そう言って、太陽はニコニコと無邪気に笑う。僕もそんな太陽の様子に嬉しくなって微笑み返す。
「ねえ、太陽。今日の放課後は彩と一緒に散歩しない?」
「ああ、良いぞ。楽しみだな」
そして数分後チャイムが鳴った。
僕の家から五分程歩いた所に河原はある。彩は嬉しそうに尻尾を振りながら、太陽にまとわりついている。よっぽど太陽が気に入ったんだろう。
「この辺だよね。僕と太陽が会ったの」
「ああ、そうだな……また座って話をするか?」
「うん」
僕達は、草地へと移動して座る。風が頬を撫でて心地良い。ふと、太陽を見ると柔らかそうな茶髪が風に揺れていた。遠くを見つめるその横顔が格好良い。くそ、イケメンって得だ。
「なあ透、透はこれからも非生産的でいてくれるか?」
「勿論だよ。太陽こそ生産的でいてくれるの?」
「ああ、でも友達を作るのは止めようかなと思ってる」
僕はその言葉に憤りを覚える。きっと僕に友達が出来ないから、自分も作らずに一人でいようとしてるんだ。
「太陽。太陽の考えてることくらい僕分かるよ! 友達は作らなくちゃ駄目だ!」
「でも」
「でもも、なんだも、ない! 友達って大事なものなんだよ! 十五年間、友達のいなかった僕が言うんだから間違いない!」
「あはは、それ自信満々に言うことじゃない。でも分かった。友達、作るよ」
その言葉に僕は安心する。太陽は嘘は吐かない。言った以上、約束は守るだろう。
「なあ透、好きだよ」
突然の告白に僕は顔を真っ赤にする。こここ、こんな場所で何を言っているんだコイツは!「透も言って。あのときごたごたしてただろ? だから俺、聞きたい」
太陽は縋るような目で僕を見る。そんな顔されたら言うしかないじゃないか。
「太陽……好きだよ」
語尾が小さくなってしまったのは、ご愛嬌だ。僕は恥ずかしくて顔を伏せる。すると、太陽は僕の手を握った。そして、僕の顎に手をかけ、上を向かせる。
「た、太陽……」
「大丈夫だ、誰も見てない」
そして太陽の顔が段々と近づいてくる。僕はギュッと目を瞑る。その直後、少しだけ湿った暖かくて柔らかい感触がした。今、僕はキス……している。そして離された。たった数秒だったけれど、僕には何時間にも感じられた。そして胸に浮かんだふわふわした感情を持て余す。「透……今俺、すげー幸せ」
太陽が笑う。そっか、このふわふわした物はそんな感情だ。
「ぼ、僕も……幸せ」
頬を赤らめながら僕は言う。すると太陽が目を細める。あ、こんなときは僕を微笑ましく思っている証拠だ。
「透、可愛い」
そしてギュッと抱き締められる。僕はあわあわと手足をばたつかせるけど、全く動かない。「決めた。高校卒業したら同棲しよう! ペット可な所で彩も一緒に! それで俺達が夫婦で彩が子供な!」
「え、ちょっと、僕はまだ良いなんて言ってないんだけど!」
「決定事項~!」
機嫌良さそうに僕を抱き締め続ける太陽。ああきっと、同棲してしまうんだろうなー。太陽はこうと決めたら結構頑固だから。でもそんな所も好きだ。言ったら調子に乗るから言わないけど。
僕たちは正反対な人間だ。非生産的な僕と生産的な太陽。好かれも嫌われもしない僕と陶酔されるか憎まれる太陽。他人に利益を与えない僕と利益を与える太陽。でも僕たちは惹かれあった。S極とN極の磁石が惹かれあうみたいに。それは、真の意味で心を許せる人間がお互いにいなかったからだろう。太陽は僕に影響されないことを求め、僕は太陽に影響されることを求めた。だから心を許しあえた。そして今こうやって、お互い幸せを感じている。ずっとなんてないと思い知らされたけど、ずっとこんな関係が続けば良い。だから、太陽。心配しなくても僕は太陽以外の人間にとって〝無益〟な存在でいるからね。




