第二話 彼の生産力
第二話 彼の生産力
山岸太陽。無益な僕と連もうとする珍しい人間。太陽は僕とは真逆で生産的な人間だ。関われば考え方に影響を与えて、今までとは違う人間に変えてしまう。クラスにいるだけで雰囲気が自然と明るくなる。色に例えるならば名前のように太陽みたいな色、というのがしっくりくるだろう。
そんなクラスの人気者が、僕のことをす、す、す、好き、だと告白してきたのが一週間前。あまりにも、唐突で軽いノリだったので、聞き間違いかと思ってもう一度自分の頭の中で太陽の台詞を反芻してみたのだが、やっぱりどう考えても告白だった。僕は悩んだ。いや、現在進行形で悩んでいる。そして、今僕の目の前でニコニコと機嫌良さそうに弁当を食べているのが、その元凶だ。僕は遠い目をする。普通、告白してきたのなら付き合って下さいとか、答えを求めてくるのが普通だろう。なのに、彼は全くその兆しを見せない。いやいや、その前に僕達、男 同 士 ! そんな障害の中の障害があるのにも関わらず、太陽はあれからも楽しそうに日々を過ごしている。僕がこんなに悩んでいるというのに、当の本人はあっけらかんとしている。じゃあ、別に告白の答えを望んでいないのかと思えば、彼はたまにものすごぉく熱い視線を僕に向けてきたりする。友達だと思っていたら、実は狙われていました。笑えない。物凄く笑えない。
「透、百面相してどうしたんだ?」
「え、あ、いや、ちょっとね」
どうしたもこうしたもお前のことだよ! そう怒鳴ってやりたいが、太陽の無邪気な微笑みに毒気を抜かれてしまって、この一週間叶ったことがない。
そんなことを思っている僕だが、太陽の告白については真剣に考えている。だって人に『好き』って言われるのもこの十五年間で初めての経験だから。そのせいか僕は太陽の告白に嫌悪感を覚えていない。だって平々凡々な僕がこんなイケメンで魅力的な人間に好かれるなんて誇らしいことじゃないか。でも、それって限りなく釣り合わないってことじゃあないか? いや釣り合うとか釣り合わないってどういうことだ。僕は太陽にかなり毒されてきているんじゃないか? うん。毒されてる。このまま時間が経てば経つほど僕は太陽の思惑通りに動いてしまうんじゃないだろうか。その内、男同士って感覚が麻痺してきてコロッと落とされて、太陽とのラブラブライフ……冗談じゃない! そんなのはおかしい。僕は女の子が好きだ! 初恋もまだだけど! こうなったら早期解決だ。今日の放課後返事をしよう。
「たいよ……」
「透」
僕が、言葉を発しようとしたら太陽の声が被さった。太陽を見つめると、あまりに真剣な顔をしているので僕は、まあいいかと思った。
「透、今日の放課後ちょっと話に付き合ってくれないか?」
僕はギクリとした。まさか、告白の件だろうか。僕が不安そうにしていると、それを感じ取ったのか、太陽は笑って「別に取って喰いやしないよ」と言った。その様子に僕は安心すると、「分かった」
と返事をした。告白以外の話ってなんだろうと疑問に思いながらも僕はご飯を咀嚼する。
その日の放課後。僕達はクラスメイトがいなくなるまで待った。待っている内に日が陰ってきて教室はオレンジ色に染まっている。誰もいなくなったのを確認すると僕は太陽の席のすぐ前にある席に座った。
「で、話って何?」
僕がそう言うと、太陽は落ち着きなさそうにそわそわとしていた。目は左右に忙しなく動かすし、身体は前後に揺れていた。そんな太陽がこほんと咳払いして佇まいをピシリと正す。
「実はりん……早鐘りんについてなんだけど……」
「早鐘さん!?」
僕は驚く。そんな俺の様子に太陽は訝しげな顔をする。早鐘さんと言えば智樹が好きだと言っていた相手だ。
「え? 何か問題あった?」
「いや……ううん、問題ないよ、で?」
「実はりんとは中学からの同級生なんだけどさ。あ、俺結構仲良くしてたんだけど……」
その後、太陽は困ったように微笑む。そして語ってくれた。
「俺は、りんを。早鐘りんをお前の言う所の生産力で変質させてしまったんだ」
話はこうだった。中学時代ちょっとしたきっかけで仲良くなった早鐘さんと毎日のように話していた。太陽はりんの望むままに行動していたと言う。
人の望むままというのは簡単なことではないが、太陽は他人の感情の機微に敏感な所があるから相手の望むままに行動するのはそう難しくないだろうと僕は思った。
「そしてそう行動していたら、ある日りんの態度が変わったんだ」
最初はただ好きになられたのかもしれない、と思っていたらしい。でも、ある日早鐘さんの太陽を見る目の歪さに気がついたらしい。それはまるで太陽を崇拝しているような目だったという。心酔派のような目。そこで太陽は失敗したと気づいた。
「りんは溌剌とした女の子だったんだ。でも態度が変わってから、俺と話していると熱に浮かされたみたいに、うん、うんって答えるだけになってしまったんだ」
それから太陽は早鐘さんと距離を取り始めたが結局同じ高校になってしまったらしい。そして今でも話こそしないものの盲目的に太陽を見る視線を感じるらしい。
「俺さ、彼女をそこまで変えてしまったことが心苦しいんだ」
太陽は苦しそうに心臓の辺りのシャツをぐしゃりと握っている。僕は俯く、太陽がこんなに悩んでるなんて知らなかった。僕は自分のことで一杯一杯だったんだ。
「太陽……」
言葉が思いつかない。こういうとき、なんて言えばいいんだろう。僕は太陽の手をギュッと握り締める。それぐらいしか思いつかなかったからだ。
「……っ!」
太陽の頬が真っ赤に染まる。その顔を見て、ああそういえば僕太陽に告白されたんだったと思い出す。じゃあ今僕がやってることはあんまりよろしくないんじゃないかと思った。だから手を離そうとすると、太陽がもう片方の手で僕の手を握る。
「透……っ! 好きだ! 好き……」
二度目の告白。その声は切羽詰っていて、普段の余裕が感じられなかった。僕はそれに苦笑すると、空いてる方の手で太陽の頭を撫でる。
「……知ってるよ。知ってる」
断ろうと思っていたんだ。本当に断ろうと。でも、こんな状態の太陽を突き放すことが出来なくて、僕はただ大丈夫だよ、と頭を撫でる。
しばらく経って、太陽は落ち着いたのかいつものにこやかな表情に戻っていた。でも耳は赤く染まっていて、気恥かしさを隠せていなかった。
「いや、何か悪かったな。取り乱しちゃって、でも少し楽になった」
「ううん、話すことで楽になるならいつでも言ってよ」
頼られることは悪い気分でないので、僕がふにゃりと笑うと、太陽はまた頬を赤くした。
「あー、透。分かってるならそういう表情はやめて欲しい」
僕から目を横に逸らしながら、頭に手を置く太陽。なんだか、僕って愛されてるんだなぁと実感した。そして悪い気はしない。でもだからって付き合うとかは無理だな、と冷静に頭の中で考えた。僕は太陽と友達でいたい。それは初めての友達だったからでもあるし、この関係が崩れてしまうのが嫌だったからだ。そう、僕はこのとき太陽はずっと傍にいて当たり前だなんて考えていた。ずっとなんて不確定なものあるはずないのに。
「透、今日の放課後どっか遊びに行こうぜ」
「え、いいけど、どこに行くの?」
「んー、ゲーセン?」
「またか」
太陽と友達になってから、遊びに行く所はほとんどゲーセンだった。まぁ、男子高校生が遊びに行く場所なんて、限られた所しかないが。
「じゃあ、透は行きたい所あるのか?」
そう聞かれえて僕は悩む。本屋、服屋、喫茶店、ファーストフード店、色々考えてみたが、特に行きたいとは思わない。でも太陽に任せっぱなしなのもなぁ。まあ、太陽と遊ぶなら逆にどこでも楽しいとも思う。
「うーん、どこでも良い」
結局こういう結論に至るのだから、友達という魔力は恐ろしい。伊達に友達いない日々を過ごしていたわけじゃない。
「じゃあ、ゲーセンで良いじゃん」
「うん。分かったよ」
そう言うと、太陽は満足そうに笑う。そんなにゲーセンに行きたかったのだろうか。
まぁ、それは良いのだけれど。
ど う し て こういう状況になるのだろうか。
「音ゲー上手いんですね」
「あはは、それほどでも」
太陽は数人の女の子に逆ナンされていた。いや、今までもあったことだ。太陽は男の僕から見ても、惚れ惚れするほど格好良いし、性格だって明るくて気が利いて申し分ない。何より生産力の塊だ。対して僕は顔も性格も地味で、きっと彼女達にとって隣にいる僕はオマケ……いや視界にすら入っていないだろう。でも、これで何回目だ!? ちょっと多すぎだろう。太陽と遊ぶのは楽しいんだけど、こうやって邪魔が入る所は嫌だ。僕が太陽に釣り合ってないって実感するし、何より太陽が困っている。太陽が女の子達に向ける笑顔は完全に社交辞令のそれだ。
「良かったら、一緒に遊びませんか?」
「え、いや連れもいるし、それはちょっと……」
「そっちの子? その子も一緒なら良いじゃないですか」
「いや、それでも駄目なもんは駄目なんで」
「え~? 良いじゃないですかー?」
なんだかしつこいのに絡まれてしまったようだ。太陽の放つオーラが段々と不穏になっていくのが僕には分かった。ああ、それ以上太陽を刺激するのはやめてくれ。太陽は普段は温和だが、気に入らない相手には結構容赦ない所がある。このままじゃどんな毒舌がその口から飛び出すか分からない。僕が心配していると、太陽は急にニッコリと邪気のない笑顔を浮かべる。逆ナンしてきた女子達はその笑顔に見惚れている。僕も思わず、見つめてしまったぐらいだ。
「あのね、俺音ゲーが得意なの」
「はい……?」
女の子は頭に疑問符を浮かべる。そりゃそうだ。見ていたんだから分かる。太陽が何を言いたいのか、その思惑はなんなのか分からない。
「でね、俺には好きな子がいるんだけど、アピールしたいの。俺格好良いだろうって」
「はぁ……」
もしかして、もしかしなくても、それって僕のことだろうか。嫌な予感に頬を汗が伝う。
「だからさぁ、邪魔、しないでくれる?」
太陽はこれ以上ないほど冷めた目線で女の子達を見る。そんな太陽に女の子達は怯えの表情を見せる。そして僕の肩を無理矢理引き寄せて告げる。
「俺、今デート中なの」
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ。そう太陽は呟いた。
「待って! 待ってよ、透!」
僕は太陽を無視して、全速力で走る。僕の頬は熱を持って赤くなっている。怒りと羞恥心でだ。信じらんない。公共の場であんなことを言うなんて。僕は太陽の想いを受け止めてはいたが、受け入れてはいない。それを太陽はきちんと理解していると思っていた。だって普段はほとんど僕にそんな感情を見せない。僕は太陽の恋人じゃない。それが、デート? 冗談じゃない! 僕ならなんでも受け入れると思っていたなら大間違いだ。僕にも許せないことがある。「透! 俺が悪かったから!」
後ろから情けない声が聞こえる。その距離は段々近くなっていて、僕は軽く舌打ちする。太陽は体育の成績が良い。体力も瞬発力も持続力も太陽の方が上だ。このままじゃいずれ追いつかれてしまう。その前に家に逃げ込まなければ。
そんな願いも虚しく、俺の腕は太陽に痛いくらい強く握り締められてしまった。
「はぁ、はぁっ……やっと、捕まえ、た」
「放せ、よ!」
僕は必死に腕を引き剥がそうとするが、力じゃ敵わない。
「話を聞いてよ、透」
「嫌だ! 放せ!」
「ごめんな、俺調子に乗ってた。好きって言っても透は嫌がらないから、透なら受け入れてくれるんじゃないかって、だからデートなんてっ」
パンっと乾いた音が響く。僕が太陽の頬を平手打ちした音だ。太陽はただただ目を見開いている。
「お前、最初からそのつもりだったわけ?」
「最初から……そうだな、今思えばそうだったかもしれない」
太陽のその言葉に僕はふつふつと何かが胸の奥で煮え滾っているのが感じられた。
「ふざけんな! 僕が欲しかったのは『友達』なんだよ! それ以上の好意なんていらない!」「そっか……そうだよな」
太陽は酷く傷ついた表情を浮かべる。それにさえ僕は腹が立つ。傷ついているのは僕の方だ!「大体、好きって何? 太陽には僕が女の子にでも見えてるわけ?」
ああ、苛つく。
「違う! 俺はただお前が好きで……!」
苛つく。苛つく。苛つく。
「だからそれが気持ち悪いんだよっ!」
言ってから、はた、と気づく。違う。僕は太陽を気持ち悪いなんて思っていない。つい怒りに任せて言ってしまっただけだ。でももう、後には引けない。
「もう僕に近づくな!」
そのときの太陽の顔は親に置いてけぼりにされた子供の表情だった。掴まれていた腕はするりと抜ける。そして僕はまた走り出した。涙を流しながら。
「智樹、一緒にご飯食べてくれる?」
「は? 透? お前山岸はどうしたんだよ」
「知らない」
僕はできるだけ無表情で答えた。考えると当たり散らしてしまいそうだからだ。
「……ま、良いけどよ」
智樹は何も言わない。こういう所が好きだ。僕は智樹と友達になれたら良かったのに、と思う。でも、そんな僕の想いはすぐにぶち壊されることになる。
「でさー、早鐘って本当に不器用なんだよな。素直に数学教えて欲しいって言えばいいのに見栄張って、私は一人で出来るって言うんだけど、見てると式が間違っててさー。それを指摘すると恥ずかしそうに頬を染めて、上目遣いに教えてって言うんだ。それが可愛くて可愛くて、俺もうぞっこん! 後、幽霊苦手なんだってさー、これはお化け屋敷で抱きついてもらうチャンスでしかないだろ! 怖がる早鐘、それを守る男の中の男、智樹! あ、そうそう、犬と猫どっちが好きかって聞いたら、猫派で──」
智樹の口からは早鐘さんのことばかりだった。今の僕に恋愛話は地雷だ。そして何より智樹の語りがウザイ。智樹と昼食を食べている他の面々に目配せすると、達観した表情で首を振るばかりだった。諦めろと。そういうことですか。僕は溜息を吐くと、適当に相槌を打ちながらご飯を咀嚼する。そこに爆弾が投下された。
「……おい、川越。何か山岸がすげぇ目でお前のこと見てるぞ」
一緒に昼食を食べているクラスメイトが言う。僕は振り向かずに気配をたどる。……本当だ。熱い視線を感じる。すげぇ目ってどんな目だろう。怖い。僕は身体が凍りつくのを感じた。動けない。自分から太陽を拒絶したのに、気持ち悪いなんて言ったのに、僕は太陽の顔を見るのが怖い。そこに負の感情が紛れ込んでいたら、なんて考えると逃げ出したくなる。
「おい、透? 透、話聞いてんのか?」
そんな僕の気持ちを払拭してくれたのが智樹だ。僕は身体に熱が戻るのを感じた。手足も動かせる。それから僕は視線をなるべく意識しないようにして智樹の話に集中した。
「川越、これ職員室まで運んでいってくれないか?」
「え? 僕ですか? 良いですけど」
放課後、僕は担任に頼まれて書類を職員室まで持っていった。そこで、別の先生に捕まって愚痴を聞かされてしまった。やれ、最近の若者は態度がなってないだの、授業を真剣に受けないだの、と僕に聞かされても困るような内容ばかりだった。大分遅くなってしまった。こんなことなら安請け合いなんてするんじゃなかった。
僕が教室の戸を引くと、そこには今僕が最も会いたくない人が立っていた。
「……太陽」
そう僕が呟くと、太陽は泣きそうな顔で笑った。
「透、話がある。聞いてくれ」
「嫌だ。僕に近づくなって言っただろ」
嘘だ。嫌じゃない。本当は気持ち悪いって言ったことを謝りたいくらいだ。でも僕は意地を張って顔を俯かせる。
「……透、頼む。聞いてくれ、これが終わったらただの『友達』に戻るから」
「……え?」
その言葉に僕は顔を上げる。すると太陽はほっとしたように瞳を細める。
「透、俺は──」
ガラリ。太陽の言葉をかき消すように戸を引く音が響いた。そこにいたのは……早鐘さんだった。彼女は太陽に走り寄る。そして言った。
「太陽! 好き。私と付き合って」
「え?」
僕はぽかんとする。太陽もいきなりの告白に口を半開きにしている。でも、数秒後には微笑んでいた。嫌だ。僕はその微笑みを嫌だと感じた。太陽が僕を見る。嫌だ。そんな顔しないでくれ。
「透……俺が気持ち悪いんだよな」
「それはちがっ」
言葉が出てこない。
「俺に近づいて欲しくないんだよな」
「それも! 違って!」
必死に言葉を絞りだそうともがく。でも届かない。
「……分かった。りん。付き合おう」
その言葉を聞いて早鐘さんは嬉しそうに太陽の腕に自分の腕を絡める。僕の頭の中を一つの言葉が駆け巡る。見たくない。見たくない。見たくない。見たくない。見たくない。見たくない。見たくない。見たくない。見たくない。見たくない。見たくない。見たくない!
僕は教室から逃げ出す。逃げて、逃げて、逃げて、人通りの少ない校舎裏まで逃げた。そこで体育座りになって俯く。何がいけなかったんだろう。太陽が僕に告白したこと? 僕がそれを受け止めたこと? なのに受け入れられなかったこと? デートなんて言った太陽に怒ったこと? そもそも太陽と友達になったこと? 分からない。
でもこれだけは分かる。あの一瞬で太陽の隣を陣取った早鐘さん。違う。太陽の隣は僕のものだ!
「……あはははは」
何だ! こんなに簡単なことだったんじゃないか。僕は太陽の好意に胡座をかいていた。太陽がいつも僕の隣にいて当たり前だと思っていた。その微笑みは愛情は全部僕に、僕一人に注がれるものだと思っていた。勘違いしていた。こんな独占欲は友情じゃない。今、気づいた。
川越透は山岸太陽を一人の人間として愛している。
僕は、太陽を取り戻す。早鐘りんから取り戻す。これは決定事項だ。




