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非生産的な僕と生産的な彼  作者: 内田るり
非生産的な僕と生産的な彼
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第一話 僕のことについて

生産力のお話です。

第一話 僕のことについて




 僕、川越透は非生産的な人間である。それは生まれた頃から中学生になるまでぶれない。非生産的とはどういうことか。それは僕の周りの人たち、僕自身、に有益な『何か』が何も生まれてこないということ。例えば、僕と付き合うことで新しい人生の価値観を得るとか、僕がいることで周りの雰囲気が明るくなるとか、暗くなるとか、そういうことが一切ない。僕は色に例えれば無色透明が一番しっくりくる。

 僕は自分が非生産的な人間であることに中学二年生になったくらいから悩みを持っていた。所謂、思春期というやつだろう。僕は他人事のようにそう思った。

 そして中学三年生になって約一ヶ月が経った時のことだった。修学旅行の班決めをクラスで行うことになった。

「じゃあ、好きな人同士で四、五人のグループを作って」

 教室に先生の声が響く。僕はビクリと肩を震わせる。何でなんだろう。何で好きな人同士じゃなければ駄目なんだろう。僕みたいな人間にとっては最悪のイベントだ。明言しよう。僕には友達がいない。いや、少し違うかもしれない。僕はクラス中の人間と関係は良好だ。いじめどころか悪口だって言われない。その代わり、面白いとか良い奴だとか褒められたりもしない。つまりクラス中の人間と他人以上友達未満なのだ。

「よし、決まったか?」

 その声に僕は慌てて周りを見渡す。そこには数人で円を組んでいる光景があった。いけない、僕もどこかのグループに入らなくては。そうは思っても、もう皆、群れを成していて入る隙がない。僕は気後れする。小さく溜息をついた後、僕は恥ずかしいがおずおずと手を上げる。

「僕、余りました」

 その言葉を聞いて、皆が僕の方に注目する。うう、恥ずかしい。

「川越か。誰か入れてやれー」

 先生がそう言うと、皆は俺の所空いてるぞーとか、川越君こっち来なよとか、歓迎ムードで僕を受け入れてくれる。それに僕はどこに行っていいのか分からなくなり、右往左往してしまう。そこに助け舟が出された。

「迷ってるならここにしろよ、透」

 力強い言葉で、僕の気持ちを明確にしてくれる。彼は相田智樹。中学で知り合った、他人以上友達未満の一人だ。その中でも比較的仲の良い方だろう。体格が中学生とは思えないほどがっしりとしていて、短く切った黒髪は清潔感を醸し出している。そんな彼に後押しされ、僕はそのグループに入ることにした。

 その後、無難に修学旅行を楽しみ、僕は中学最後の一大イベントを終えた。その後に待っていたのは、受験だ。僕は成績が並の中の並だったのと、家から徒歩で通えるという理由で山花(さんか)高校に決めた。判定はBだった。まあこれなら落ちることもないだろうと、受験日も落ち着いてテストに取り組めた。そして合格発表日も特に緊張することなく山花高校に向かい、自分の受験番号があるのを確かめ、合格通知書という名の入学式に関する注意事項やら春休みの宿題やらが入った封筒を受け取る。そこで智樹に会った。

「よう、透。お前も無事、合格したんだな」

「うん、智樹も合格おめでとう」

「まあ、これから三年間またよろしくな」

「こちらこそ」

 僕はそんな智樹の言葉に少し憂鬱になる。よろしくと言っても、友達になるわけじゃない。きっとここでも僕は非生産的な存在で周りから求められることもなく仲の良い友達が出来るわけでもなく淡々と日々を過ごしていくのだろう。きっと今ここにいる人達は、これからの高校生活に期待と不安をないまぜにしている。でも僕には期待も不安もなかった。あるのはただ空虚な心。諦め。放棄。

「じゃあな、透。また入学式で」

「ああ、うん。またね」

 そう言って智樹は去って行った。僕はそれを見送ると、校舎を仰ぎ見る。中学よりずっと大きくて立派な校舎だ。ここに通う。僕は軽く溜息を()いて、自分も家に帰ろうと歩き出す。校門に差し掛かった辺りで、女の子に囲まれている男子に目が行き足を止める。明るい茶髪に整った顔立ち、垂れ目がちな瞳を細めて談笑している。僕はこういう人間が高校生活を謳歌するのだろうなと少し嫉妬混じりに思う。そうして彼を見つめていたら、バチリと目と目が合ってしまった。彼はニコリと無邪気に微笑む。そんな笑顔に、僕はさっきまで嫉妬していたことが後ろめたくて目を逸らす。そして、逃げ出すように足早に校門から去る。

 ……格好良い人だったな。僕は帰り道、校門にいた男子のことを思い起こす。目を逸らしてしまったが、妙に印象に残る笑顔だった。僕もあんな風に笑えたら友達出来るかな。そこまで考えて、まあ無理だなと自分に結論を出す。僕はお世辞にも格好良いとは言い難い平々凡々な顔立ちをしている。そんな僕が笑ったって、大して印象に残るはずもない。ならばこの真っ黒な髪を染めてみようか。僕は指で前髪を摘む。いや、やめよう。どう考えても似合わない。問題なのは、見た目より性格だ。この毒にも薬にもならない性格をどうにかしなければならない。でもどうやって? 僕は考える。中学時代、無理に明るく振舞ったことがある。でも結局長続きしなくて、三日坊主だ。人間生まれ持った性質を無理に変えることは出来ない。じゃあ、趣味を持てば、共通の仲間が出来るだろうか。生憎僕は無趣味だ。サッカー、バスケ、本、ゲーム、絵、音楽、およそ若者が興味を持ちそうな趣味は色々と試してみた。でもそのどれもが魅力的に思えなくて、これまた三日坊主になった。だから、この方法も使えない。

 はぁ、と僕は本日二度目の溜息を吐く。考えても考えても良い案は浮かんでこない。きっと入学式までに何か思いつくなんてことはないだろう。

 そうこうしている内に、家が見えてきた。どこにでもある一軒家。僕は鞄から鍵を取り出すと、ドアを開けた。

「ただいまー」

 それに答えてくれる人はいない。僕の両親は共働きで帰ってくるのが遅い。だから──

「ワン!」

 それに答えてくれるのは犬だった。僕が靴を脱いで近づくと、尻尾を千切れんばかりに振りながら、短い足をばたつかせて嬉しそうに駆け寄ってくれる。それに僕も気分を浮上させて、茶色い毛並みの頭をよしよしと撫でる。

(サイ)~、元気にしてたか? あ、そうそう。高校無事に受かったよ。智樹も受かってた。それとさ、校門の所にすげーイケメンがいた。しかも女の子に囲まれてた。今時ああいうのってあるんだな」

 僕は早速、今日起こった出来事をダックスフンドの彩に報告する。犬に話しかけるなんて、という人もいるだろうが、僕は家に帰ると大抵、彩に話しかける。勿論全てを理解しているなんて思っていない。でも犬は人間の感情を敏感に感じ取る。だから意思の疎通が少しも出来ないわけじゃない。それに、理屈じゃなく彩に話しかけると癒されるのだ。

 それから僕は彩とキャッチボールをして少し遊んだ。


 春休みは宿題に追われてあっという間に過ぎ、入学式がやってきた。校長の長い話を聞き終え、自分のクラスへと誘導される。全部で六組ある中、僕は一年二組だった。そこには智樹もいて僕は少しホッとする。やっぱり知らない人だらけだと疲れるからだ。僕は三列目の一番前の席に着いた。そして担任から話を聞き、最後は自己紹介をすることになった。

「相田智樹です。趣味はゲームです。これから一年よろしくお願いします」

 一番最初にあ行の智樹が無難な挨拶をする。そして次々と自己紹介を終えて、僕の番がやってきた。どうしよう。僕には趣味なんてない。適当に答えておくか。そして僕は立ち上がる。「川越透です。趣味は……特にありません。よろしくお願いします」

 そうして席に着く。ああ、僕のバカッ! こんなときに嘘をつけなくてどうするんだ! 羞恥心で顔が真っ赤になる。きっと周りからつまんない野郎だと思われているに違いない! そうして僕が自己嫌悪で頭を一杯にしていると、周りから、うわぁ、という感嘆にも似た声が聞こえた。顔を上げて後ろを見るとそこには目鼻立ちのはっきりとした美少女が立っていた。髪は茶髪でショート。肌は雪の様に白い。手足は細くて長く、スタイルも良い。僕は思わず見惚れてしまう。

「早鐘りんです。趣味は秘密です。これからよろしくお願いします」

 彼女は早口にそう言うと席に着いた。しかし、趣味は秘密って! ある意味僕より酷いんじゃないか? ああでも、あんな美少女だとミステリアスな人、で済まされるのかな。そう思い周りを見てみると、ほとんどの男子が相貌をデレデレと崩している。ああ、やっぱり。

 しばらく、自己紹介をぼうっと聞き流していると、今度は女子のきゃあ、という声が聞こえた。今度はイケメンでもいたか? と振り向くと、そこにいたのは合格発表時に校門の所で女子に囲まれていたあの男子だ。自分でも覚えていたのが驚きだった。余程、あの時の笑顔が印象に残っていたんだろう。同じクラスだったんだ、となんだか感慨深いものを僕は感じた。彼が口を開け、声を発する。

「山岸太陽です」

 ──変わった。

 教室中の空気が変わった。陰陽で例えるなら陽に。心地よい低音の声が空気を震わせただけで、彼がたった一言発しただけで、強引に教室内は陽へと染められてゆく。僕だけを除いて。

「趣味は音楽を聴くこと」

 皆、まるで宗教を信仰する信者たちのように、それが何よりも大事だと言わんばかりに聞き耳を立てる。僕は今までのように聞き流す。

「至らない点はあるかと思いますがこれからよろしくお願いします」

 そして彼はニコリと微笑む。その微笑みに教室中が圧倒される。女子だけでなく男子までもが見入っている。魅入られている。そんな中、僕だけは冷静にこの状況を分析していた。異常だ。言ってることは大した内容ではないのに人を惹きつけている。ならば、ならば──

 

 僕は確信する。彼は、山岸太陽は、──生粋の生産者だ。


「うわ、なんかすげーのな。男女問わず囲まれちゃって、もうファンクラブとか出来てるって話聞くぜ」

 入学式から数日、智樹は購買で買った焼きそばパンを咀嚼しながら、彼、山岸太陽を見て言う。僕はそれにふーん、と返しながら思う。人間、皆、生産力というものは少なからず持っている。大なり小なり人は誰かに影響を与えて、時に意気投合したり、時にぶつかりあったりして生きている。そしてだからこそ友達は出来る。逆に恨みを買ったり嫌われたりもする。

 では山岸君はどうか? 僕は彼のことを生粋の生産者だと考えている。現に彼は入学して間もないのに多くの人間に影響を与え、自分の虜にしている。しかし、逆にその状況に反感を覚えて山岸君を強く毛嫌いしている連中もいる。僕は考える。山岸君は自分で生産力を制御できないのではないだろうか、と。入学式の日の自己紹介がそうだ。彼は一言発しただけで周りの空気を変えてしまった。これが心に響く言葉とかだったなら話は別だ。だが、彼は名前を言っただけだ。それだけで空気を変えてしまうなら、彼自身に制御は出来ない。彼と正反対の存在である僕と同じように。この数日間、やっぱり僕は無難な人間関係しか築けなかった。それは僕が自分の非生産性を制御出来ていないからだ。

「なんか透、冷めた感じだな。山岸に興味湧かない? もしかして山岸敵対派? それなら俺と一緒だな。俺、あいつは何か気に食わねー。人間を超越した何かみたいで気持ち悪い」

「いや、僕は興味持ってるよ。それに嫌いだとも思わない」

「その割には冷静だよな。俺らが山岸のこと考えると良いにしろ悪いにしろ、血が沸騰する感じ、っていうの? なんか落ち着きを保ってられないのにな。まぁ、透は誰かを好きになったり、嫌いになったりはしないか」

 山岸君には山岸心酔派と山岸敵対派という彼の中学時代から続く派閥がある。それを聞いたとき、なんだそりゃ、と僕は笑ってしまったが、クラスの皆、いや一年生の皆は大真面目だ。いずれは学年も飛び越して行きかねない状況だ。とにかく彼にはそういう派閥があって智樹は敵対派らしい。智樹には冷めていると言われてしまったが、僕は山岸君に大いに興味がある。だって僕と正反対の人間なんて生まれてこのかた目にしたことがない。山岸君と話してみれば、自分のこの嫌な性質の改善方法が見つかるかもしれない。話しかけてみたい。……そう思っているのだが、心酔派が怖い。ちょっと二人で話をしよう、なんて持ちかけたらきっとすごい憎悪にさらされるに違いない。かと言って、生産力についてなんて人前で話したくないし。どうしたものか。

「なあ、透。それよりさ、早鐘りん。いるだろ」

「うん、可愛いよね」

「あ、そう思う? そう思っちゃう!? ……だよなー。俺、早鐘りんのこと好きかも」

「そうなんだ」

 早鐘りん。彼女は山岸君に隠れて、ふと忘れられがちだが、とてつもない美少女だ。そんな彼女を智樹が好きになるのも無理はないと思う。

「どんな所が好きなの?」

 僕がそう聞くと、智樹は待ってました! と言わんばかりに胸を張って意気揚々と答える。「いやぁ、ちょっと話してみたんだけどさ、見た目に反して性格に派手さはないっていうの? いや、元気はいいんだけどな。ちょっと秘密主義で、感情表現が不器用なんだけどさ。そこがギャップっていうか良いんだよなー。透は気になる子とかいないのかよ?」

「あはは、僕はそういうのはまだかな」

 僕は笑って誤魔化す。友達も出来ないのに、彼女とかハードルが高すぎる。っていうか僕に彼女が出来る日なんてくるのかなぁ……はぁ。


 放課後。僕は教科書を鞄に詰めて、早々に教室を立ち去る。部活はどうしようかと考えたが、長続きしそうにないし、家には彩もいる。だから僕は帰宅部にすることに決めた。

「あ、川越また明日なー」

「うん、また明日」

 廊下ですれ違ったクラスメイトに挨拶をして、僕は下駄箱に向かう。こんな距離感。そう、いつもこんな距離感だった。朝、教室に向かえばクラスメイトとおはようと挨拶をするし、休み時間は複数の人間と雑談する。帰りはさっきみたいにまた明日、とか挨拶する。でもいつまで経ったても距離は縮まらない。高校生になって変わるなんて期待なんかしてなかった。……してなかったけど、少し、辛い。下駄箱から靴を取って履く。僕は思った以上に打ちのめされているらしい。校門に向かって歩き出す。そうだ。今は嫌なことは忘れて、彩のことを考えよう。きっと今も家で健気に僕の帰りを待っている。そう考えると僕の気分は浮上する。学校から家まで徒歩十五分。その道のりを経て、僕は家にたどり着く。玄関を開けると、案の定、彩がハッハッと息をならして僕に駆け寄ってくる。そして僕が顔を近づけるとペロペロと舐めて甘えてくる。

「はははっ! くすぐったいよ、彩。あ、今日も河原に散歩に行く?」

 僕がリードを持ちながら尋ねると、彩は理解したのか嬉しそうにワン! と吠える。僕は首輪にリードを繋げると早く早く、と言いたげな彩に苦笑して玄関を飛び出す。

 河原に着くと、彩は益々嬉しそうに尻尾を振りながら歩く。僕はそんな彩の様子に心が和むのを感じた。河原には心地良い風が時々吹くのも良い所だ。

 僕が穏やかな気持ちで河原を散歩していると、前方から見知った顔が向かってくるのに気づいた。

 山岸太陽。

 彼はTシャツにジーンズというラフな格好で歩いている。僕はチャンスだと思った。今、彼の周りには取り巻きはいない。じぃっと彼を見つめていると、彼の方も僕の存在に気づいたのか、あの無邪気な笑顔を浮かべる。僕もへらりと笑う。

「山岸君、こんにちは。散歩してるの?」

「ああ、川越。お前は犬の散歩か?」

「うん」

「ダックスフンドだよな。名前何ていうの?」

「彩」

「サイ?」

 山岸君は不思議そうに問い返す。珍しい名前だから無理もない。そしてそんな彩は嬉しそうに尻尾を振って山岸君に愛想を振りまいている。山岸君はよしよしと頭を撫でている。どうやらすっかり懐いたらしい。

「うん。彩りって書いて、彩。ほら、僕って地味でしょ? だから犬にはせめて鮮やかな名前がいいかなーって思って」

「ふーん、いい名前だな。女の子?」

「そう。あ、山岸君、もし暇だったら少し話をしない?」

 僕がそう告げると、山岸君はいいよとニッコリ笑って言った。僕達はコンクリートで塗装された場所から草地に移動すると、そこに座った。 

 しかし、どう切り出そう。いきなり生産力なんて言ったって、分からないよな。

「あのさ、川越って彩の前じゃ良い顔で笑うよな」

 いきなり山岸君に話を振られ、しかもそれが思いもよらないものだったので軽く混乱する。「え? 僕そんなに笑ってた?」

「うん。……って言ってもヘラヘラ笑ってたわけじゃないよ? 口角上げて、自然に微笑んでる感じ。教室じゃお目にかかれない。よっぽど彩が大切なんだな」

 それは確かに自覚がある。子煩悩とよく言うが、僕は彩に対して、半分そんな子供を愛するような気持ちで接している。もう半分は友達に対するような気持ちだ。

「大切だよ。僕のたった一人の友達だから」

 犬に対して一人というのもおかしいが、僕にとって彩は人間みたいに身近なものだ。

「一人って……よく一緒にご飯食べてる奴、相田だっけ? いるじゃん」

「ああ、智樹は友達じゃないよ。僕が友達いないからなんとなく一緒にご飯食べてるだけ。他人以上友達未満。クラスメイトともそんな感じ」

 僕は自分でも情けないな、と思いながら山岸君に事情を話す。

「犬のことは話した? 犬の話すれば打ち解けられるんじゃないかな」

 山岸君は真剣な表情で僕の悩みを解決しようとしてくれている。そのことに胸がジンと熱くなる。山岸君って良い人だ。

「それが、話したんだけど、やっぱり打ち解けられなくて……」

「うーん、何が原因だろうな。俺から見て、川越って友達出来ないタイプに見えないんだけど。っていうか俺からすると話しやすい」

 その言葉に僕は初めて、気持ちが舞い上がるというのを体験した。自分では抑えられない感情。そんな気持ちに戸惑いながら、僕は言葉を発する。

「ありがとう。そんなこと言われたの初めてだよ。っていうか山岸君って意外と普通だね」

 その僕の言葉に山岸君は大きく目を見開く。あ、普通って失礼だったかな。

「ご、ごめん。あの悪気はなくて、その、なんか山岸君ってもっと変わった人なのかなって思ってて、いつもクラスで囲まれてるし、ってああ、変わってるなんて思ってたのも失礼かな、とにかくごめん」

 僕が慌ててまくし立てると山岸君は腹を抱えて笑っていた。む、僕は何か面白いことを言っただろうか?

「あっはっはっはっは! 俺が普通だって? それこそ、そんな風に言われたのは初めてだ」「う、ご、ごめん」

「いや、すげー嬉しい」

 そう言って、彼は極上の笑顔を見せた。意外な反応だ。てっきり怒るかと思ったのに。っていうか、その笑顔は些か眩しすぎるのでやめて頂きたい。

「なあ、川越」

「何?」

「俺と、友達にならない? っていうか、なって下さい」

 自分から友達になって下さいなんて言う人間はよほど純粋か、裏のある人間だ。今までの状況から見て彼は確実に前者だ。尤も、何か理由はありそうだが。だから僕は、僕の答えは──

「うん。なって、友達に」

 僕は半ば泣きそうになりながら、山岸君に乞う。

「そんな顔するなよ。俺としては、頭下げてでもなりたいんだから」

 山岸君は困ったように笑う。頭下げてでもなんて、僕にそんな価値はないのに。それでも彼はそれほどまでに僕を気に入ってくれたんだ。ならここは笑顔になる所だ。

「ありがとう。じゃあ今日から友達、だね」

 僕は精一杯、笑顔で答える。それを見た山岸君は僅かに躊躇した後、僕の頭を撫でる。

「ああ、友達だ」

 その日、人生初めての人間の友達が出来た。


 次の日の朝。僕はうきうきとしながら学校に登校していた。いつもよりかなり早いかもしれない。昨日のことで気分が浮上して朝早く目が覚めてしまったからだ。我ながら子供っぽい。思わず苦笑いしてしまう。でもいいんだ。なんてったって『初めて』なんだからね。この十五年間、友達いない歴年齢だったんだからね! 僕は一年二組の教室の前に立つと、引き戸をガラリと開ける。そして教室内を見て驚いた。窓際に山岸君が立っていた。いつもいる取り巻きはいなくて、一人だ。他のクラスメイトもいない。僕はなんだか緊張しながら口を開く。

「山岸君、おはよう」

 すると、山岸君は一瞬ビクッと肩を震わせ、こちらに振り向く。僕の顔を見るとなんだかほっとしたような表情をし、目を細める。

「川越か、おはよう。今日は早いんだな」

「う、うん。なんだか目が冴えちゃって。山岸君こそ早いね。もしかしていつもこの時間に来てるの?」

 すると山岸君は目を泳がせたあと、苦虫を噛み潰したような表情をし、最後には笑顔に戻った。なんだろう? 聞いちゃいけないことだったのかな。

「言いたくないならいいんだけど……」

「いや、そんなことはないよ。俺、いつも人に囲まれてるだろ? だからなんだか疲れちゃって、朝のこの時間帯なら誰もいないから。俺も一人でいる時間は欲しいんだ」

 僕は山岸君もやっぱり人間なんだな、と再確認し、昨日以上に親近感を抱いた。ああ、でもそれなら、僕はこんな朝早く来るべきじゃなかったんじゃないか?

「ごめん、僕お邪魔だったかな」

「そんなことないよ、川越は別。一緒にいても疲れない」

 そう言って、ニコリと笑う。その言葉に僕はお世辞でも嬉しくて、頬が緩むのを止められなかった。

「! っ……!」

 瞬間、山岸君の顔が赤くなる。その後、バッと手で口元を押さえて床を睨んでいる。

「山岸君? どうかしたの?」

 僕が不思議に思って近づくと、両手を顔の前で振って、

「何でもない! ……ってか、何なんだろうな……?」

 と、山岸君自身も不思議そうに首を捻っている。どうやら山岸君にも分からないらしい。なら気にしてもしょうがないか。

 ガラリ、と戸を引く音がした。僕達は二人揃って音源を見つめる。そこに立っていたのは智樹だった。

「あれ、透? 今日は早いな。俺もだけど……って山岸も一緒かよ」

 智樹は僕を見た後、山岸君を視界に入れると不躾に睨み付ける。僕はそんな智樹の反応にムッとすると、抗議しようと口を開く。

「智樹! 話したこともない相手にいきなりそれは失礼じゃないかな!」

「なんだよ透、お前もついに山岸心酔派にでもなったか?」

 智樹は僕を見て嘲笑する。その馬鹿にした態度に僕は頬に熱が集まるのを感じる。とても腹が立ったのだ。僕は山岸君を崇拝してるわけじゃない。そんな連中と一緒にして欲しくない。僕と彼はあくまで友達だ。再び怒りに任せて口を開こうとする。……と、そこにのんびりした声が響いた。

「川越と相田って名前で呼び合ってるんだなー。でも友達じゃない。なら友達の俺には川越を名前で呼ぶ権利があるわけだ」

 話の渦中にいる山岸君がなんだかこの場にふさわしくないことを言っていた。なんだかのほほんとしていて僕も智樹も毒気をすっかり抜かれてしまった。 

「えっ、と何言ってるの? 山岸君」

「それ! それ良くない! 俺のこと太陽って呼んでよ。俺も川越のこと透って呼ぶから」

 山岸君はいかにも良いことを言ったと言わんばかりに瞳はキラキラと輝いていた。山岸君の突然の申し出に若干困惑しながらも僕は返す。

「じゃ、じゃあ。太陽……君」

「太陽!」

 まるで駄々をこねる子供のように彼が言うので、僕は微笑ましさ半分、恥ずかしさ半分、で言う。

「た、太陽」

「うん! 透!」

 今、僕の目には大型犬が尻尾を振り千切らんばかりにパタパタと振っている姿が見える。幻覚じゃない。幻覚じゃない……はずだ。

「あーと? 今、友達って言ったか?」

 智樹が訝しげに僕達を見ながら言う。その目には先ほどまでの剣呑としたものは感じられない。

「うん、そうだけど?」

 太陽はそれがどうかした? と言いたげに智樹に冷めた目を向ける。僕はそれにあわあわとしながら二人の動向を見守る。

「あー、まぁ、その良かったな透」

「え?」

 智樹の予想外の言葉に僕は目を見開く。

「まぁ、俺なりに心配してたんだよ。相手が山岸だってのは腑に落ちないが、まあ良いんじゃねえの……山岸も思ってたのと何か違うし。あ、でも一緒に昼飯食べるのは嫌だからな」

 智樹は頭をぽりぽりと掻きながら、言いづらそうに溜息を吐く。そして近づいてきて僕の肩をポンと叩いてから、自分の席に着いた。

「……っ、智樹!」

 僕が呼ぶと、智樹は面倒くさそうにこちらを振り返る。

「ありがとう」

 そう言うと、智樹は前を向いて片手だけひらひらと振った。


 そうして太陽と友達になって一ヶ月。休み時間も昼食の時間も下校時も一緒にいることが多くなった。最初は心酔派に何かされるんじゃないかと、不安に思っていたがそこは太陽が上手く図らってくれたらしい。そうやってほぼ二人きりで行動するようになったとき、僕は重大なことを思い出した。そういえば、生産力について話をしていない。太陽と友達になるきっかけとなったあの河原では、僕から話を切り出せず、太陽から話しかけられたんだった。それでも二人きりの時間は増えたんだから、いつでも話せるか、と高を括っていたら一ヶ月だ。そろそろ相談してもいいんじゃないかと思い、放課後に太陽を引き止める。

 そして今まで誰にも話していなかった僕の悩みを太陽に吐露する。

「うーん。透、それはあれだ。お前が普通すぎるほどに普通な人間ってことだ」

「そうなのかな」

「でも、俺の持論で言えば、世の中には普通の人間なんて存在しない。みんな変わってる。そんな中に普通の人間がぽつんと一人いればそれは異常だ」

 太陽は真剣な表情で言う。

「つまり僕は普通故に異常ってこと?」

「まぁ、俺が言いたいのはそういうことだな」

「結局、普通の人間はいないってことになるじゃないか」

「うん。まぁ、そうなるな……で、透はどうしたいんだ? 俺みたいに必要以上に他人に影響を与える人間になりたいのか?」

 僕は考え込む。一体僕はどうなりたいのか。非生産的なのを何とかしたいのか。それはそうなのだが、太陽みたいになりたいわけじゃあない。彼は彼で、自分の性質を嫌っている部分がある。僕も彼のようになってしまったら大変だと思う。現に彼はクラスの人気者であると同時に同じくらい嫌われてもいる。じゃあどうしたいのか。『人並みに人にも自分にも生産できる人間になりたい』。僕の答えはきっとそれだ。彼にそう言う。

「それは、俺と友達でいるのをやめるってことか?」

「へ?」

 どうしてそういう結論になるのだろう。僕が不思議に思って見つめていると太陽は言いづらそうな顔をして答える。

「だって透、俺の影響受けないだろ。だから一緒にいて気楽なんだよ」

 確かにそうだ。入学式の日の自己紹介のとき、クラスの皆は太陽に魅入られていたが、僕は周りを異常だと認識していた。

「あはは、何だそういうこと」

「そうだ。だから透は俺にとってだけは唯一の生産者だと言っても過言じゃない」 

 僕はその言葉に何よりも救われた。ここにいていいんだと思えた。しかし、太陽はそう言ったあと、ニコリと無邪気な笑顔を見せ、

「そして、そんなお前だからこそ俺は好きになったんだ。あ、ライクじゃなくてラブな」

 と、宣った。

「……はい?」

 今何と仰りましたか? 告白……された? 僕と太陽は友達……だよね? 誰かそう言ってぇえええええええ!!














爽やかなお話になっていると嬉しいです。

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