1の3 ミリア
【ミッドベル村広場】
広場にたどり着く。空には太陽が出ており、辺りは明るい。昼間である。
……さて、誰に話しかけようか?
……複数人で固まっている人たちよりも、ひとりぼっちの人がいいな。
人が苦手である。知り合いはなるべく少なくしたかった。広場を眺めると様々な男女がいて談笑している。シュウジは広場の噴水の縁まで歩いた。そこに一人で腰掛けている少女に声をかけることにする。
金髪ロングの髪をした、体の線の細い少女である。瞳は大きく、それがかえって彼女の顔を若く演出していた。魔法書のような本を持っていることからして、魔法使いのクラスだろうか?
彼女の頭上のHPバーを見る。名前、ミリア。レベル8。
シュウジは愛想良く声をかけた。
「こんにちは。すいません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが?」
ミリアが無言でこちらを向き、眉をひそめる。
「あの、俺はこの世界に来たばっかりで、最初に何をしたら良いか分からないんだ。モンスターを狩ることもできなくて。できれば、初心者が強くなるコツを教えてくれないかな?」
「ナンパですか?」ミリアが眉をひそめる。
「いえ違います!」ぶんぶんと首を振るシュウジ。
「ナンパじゃないんですか?」
「教えてくれるだけでいいんです」
「他の人に聞いてくださいです。もう私に話しかけないで」
「あ、はい、すいませんでした」
シュウジはがっくりと肩を落とした。ミリアの前を去る。彼女とは離れた、広場の奥のベンチに腰を下ろした。
……せっかく勇気を振り絞って話しかけたのに。
……気がそがれたな。
……これからどうしようか?
考えた末、少し休憩することにした。ステータスボードを出して、いじってみる。ステータスの右上には現在の時間が表示されていた。午前10時13分。もう二時間も経てば昼食の時間来るようだ。そう言えば朝ご飯も食べていない。
いま、シュウジは腹が減っていなかった。しかし、だからと言って食べないのも違和感がある。食料を買うには金が必要なはずだ。稼ぐにはやはりモンスターを倒さなければいけないだろう。
ふと、広場の噴水の方から諍いの声が聞こえた。顔を向けると、ミリアが二人の男女に話しかけられている。遠いので会話の内容は分からないが、ミリアはひどく困った顔をしていた。
シュウジは考える。すぐに良いアイディアが思いついた。ユニークスキル『思考力』のおかげかもしれなかった。立ち上がり、ミリアの元へと向かう。男女たちとミリアの会話が耳に入ってきた。
「ミリア、『闇落ちフェス』に入ろうよ。絶対その方が良い!」と女。
「そうだぞミリア。そうしないとお前、リーダーのヨウイチにいつか殺されるぞ」と男。
「絶対入らないです!」怒りの表情で睨みつけるミリア。
「どうしてよ! この世界で『勇者』が死んだら、『住人』と違って、もう生き返らないのよ!?」と女。
「ミリア、『闇落ちフェス』に入れ。悪いことは言わない」と男。
「あんな殺人ギルドに入れないですよ!」首を振るミリア。
「ギルドに入れば自分の安全は確保されるのよ!?」と女。
「そうだぞ? ミリア」と男。
「ユッコを殺したあのヨウイチの手下に、どうしてならなきゃいけないですか!?」とミリア。
「ユッコのことは忘れて!」と女。
「ユッコは、もう死んだんだ!」と男。
「もう話しかけないでください! 貴方たち、どっか行ってくださいです!」拒絶して声を張るミリア。
シュウジはキザな笑みを浮かべてミリアと男女の間に割り込んだ。男女の前で両手を軽く開く。
「俺の連れに、何か用事かな?」とシュウジ。
「誰よ!? 貴方。いきなり入ってきて!」と女。
「ミリア、お前、友達が出来たのか?」と男。
ミリアはびっくりしたような表情でシュウジを見上げている。
「悪いが、ミリアは俺が守るんだ。ミリアは俺が守るんだよ! 分かったら、お前たち、もうミリアの前から消えてくれるか?」とシュウジ。
「ミリア、この男誰なの!?」と女。
「ミリアを守るって、お前レベル1じゃねーか!?」と男。
「……」ミリアが無言でシュウジの服の裾を掴んだ。
シュウジは虚勢を張った。
「俺は超チートのユニークスキルを持っている。お前らごとき、簡単にPKできるんだよ! それともどうする? この場で俺とバトってみるか?」
「くっ……。そう言うことなのね」と女。
「ちっ、分かったよ。あんた、ミリアを絶対守れよな! おい、リョウコ、行くぞ」と男。
「分かった……」リョウコはあきらめたのか肩を落とした。
男女が噴水から離れていく。シュウジはその場でため息をついた。ミリアが話しかけてくる。
「貴方、ありがとうです」鼻筋のすっきりとした可愛らしい顔だちである。
「いや、気にすんなよ。それよりあんた、ミリアって言ったか? さっきと同じ質問なんだが、初心者が最初にどこへ行けば良いのか、教えてくれないか?」
「貴方、超チートスキルを持っているですよね? そのスキルでモンスターを狩ればいいですよ」
「それは嘘なんだ」シュウジは乾いた笑いを浮かべた。
「嘘ですか?」びっくりしたようなミリアの顔と声。
「ああ。だから、最初にすべきことを教えて欲しい」
「ふーん、分かりましたです。助けてくれたお礼に教えますが、まず、この村のあっちにある案山子を叩けばいいのです」ミリアが広場の遠くを指さす。
「案山子って?」
シュウジは詳しく教えてもらった。案山子はサンドバッグのような物体であるらしい。見た目はわら人形のような形であるようだ。叩くことにより、レベルを5まで上げることができる。
村の端っこに初心者の訓練場があるようだ。そこに案山子がいくつも設置されているという話だった。シュウジはすぐに向かうことにした。
「分かった。ミリア、教えてくれてありがとう」
「あの、さっきは助けてくれてありがとうです」
ミリアが目尻を緩める。風が吹いて金髪がサラサラと揺れた。
「気にすんな。それより俺は行くから、じゃあな」歩き出すシュウジ。
「はい、もう会うことも無いでしょうけれど。さようなら。お気をつけて」ミリアが小さく手を振った。
これが、シュウジとミリアの出会いだった。
****運命の輪が回りだす****