青く大きな世界
海というものは、いつの時も自分の心を躍らせた。
あまりにも果てしなく、どこまでも遠く、巨大な、あまりにも巨大な存在。
奥へ、底へ、ただただ揺蕩い続ける水。
原初の世界より生命を育み、地球という星のサイクルを作り続ける場所。
その一部を、自分は見ているのだ。
……なんて、柄にもなく小難しい言葉を並べ立てて考える自分を思わず笑ってしまった。
昔から、海という場所が憧れであり、自分の好きな存在だった。
単にそれだけの話だ。
海という存在のない場所に生まれ育った自分にとってのそれは、初めて見た時からあまりにも巨大で、自分の中にあった小さな世界観を思い切りぶち壊されたものだった。
両親に連れられ、地元の小さなプールではなくどこまでも広く深い水の中へ浮き輪をつけたまま一歩を踏み出した経験は今でも忘れられない。
それは、恐怖に近い感情だったのかもしれない。
自分というちっぽけな存在が、そこに飲み込まれそうになる感覚。少年時代の、あまりにも小さな存在の自分を。
でもその場所は、優しく自分を包んでくれた。
夏休み。人々は優しく緩やかな海に揺られ、漂い、笑顔を見せていた。水の中にいる魚が自分の足元をスイスイと泳いでいき、断続的な波は尽きることなく人々をアトラクションのように楽しませた。
人が集い、楽しむ。しかもそこに区切りはなく、どこまでも広い遊園地のような現実感の無さが、また自分には未体験の楽しさだったのを覚えている。
家族と一緒に訪れた海岸。
その砂浜に、自分は今、一人で立っている。
海に入るでもなく、スニーカーで来た足には砂が入り込んでしまっている。
波に足を入れるのも面倒くさくて、ただただそれを見ているだけで自分には十分だった。
ただ、この場所にもう一度来たかった。それだけだった。
思い出の中の海岸はもう少し綺麗だったはずだが、今のその場所には打ち上げられたゴミが点在し、青色だった海はどことなく灰色に近い色である。
それは、現実に見えている光景なのか。それとも、自分の心境を反映してしまっているのか。
冬の海に人はいない。
人が訪れるような有名な観光地でもなく、宿も離れた場所にしかないこの海岸に来る人間は見当たらなかった。
だから、自分には良かったのだ。
新しい人生を歩む、自分には。
なにが待っているのだろう。
なにがこれから起きるのだろう。
少しのワクワクと、恐怖に似た感情が胸を締め付ける。
その感情が不安だと自分に気付かせないために、私は大きく深呼吸をした。
新しい生活。
新しい人々。
新しい世界。
そして目の前には、海がある。
少年の頃の自分が、私に言った。
「大きくて、広くて、すごいね!」
……ああ、本当に、すごいや。
私はその大きな存在と共に、これからを生きていくのだ。
私は、少年の頃の自分と二人、いつまでもその海を、眺めていた。
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この小説は、どう捉えていただいても、それが答えです。