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 本作品は拠点をサイト -Novel days- に移転しました。

 ここは凍結するか閉鎖するか、継続しても大幅に更新が遅れます。

 新天地では挿絵やイラストを入れたり、スマホで読みやすくレイアウトしたり、文章を削ったり付け足したりしております。


 どうぞ、今後とも本作品の御愛顧を願います。


 筆者 2025/10/23






 以下は最低文字数を満たすための再掲載です。


 米軍・連絡将校のショーン・マーフィー少尉は、いつも忙しく動きまわっている。さっきいたと思ったらもういない、いないと思ったら将校クラブでお茶を飲んでいる。そんな神出鬼没さだ。仕事ぶりは至極まじめと言っていい。資料やアドバイスを求めて、僕のいる翻訳通訳部にしょっちゅう出入りしているからすっかり顔なじみになった。 

 何をしているのか、まではわからない。我が司令部の一角を間借りした「連合国軍・大阪ブランチ」のオフィスに何人かの同僚と陣取って、そこを拠点に絶えずウロチョロ何かをかぎまわっている。たぶん政府の上層部から直接特命でも受けているんだろう。情報機関か軍上層部か知らないが、モバイルPCやスマホで逐一何かを報告したり、指示を受けたりしている。上官や同僚に遠慮することも特になく、気ままに活動を許されている風だから。 

 彼はいわゆる「変な外人」だ。

「アホちゃいまんねん、パーでんねん。ショーンと申します、よろしゅうに」

 それが彼の自己紹介の口上の枕だ。関西ローカルの日本人にしか理解できない笑いが至極お気に入り。

 栗色の巻き毛とソバカス。身長は高くないし足も短い。見た目は、どこからどう見ても典型的な白人ヤンキーだ。それこそハリウッド映画のエキストラに出てきそうな、ありふれたアメリカのニーチャンなのに、ひとたびしゃべり始めるとまるで漫才師。典型的な関西人にしか見えない。そういう意味では、彼はここでの仕事に適任、と言っていい。

 アイルランド移民の家系で、一族の本拠はニューヨーク、ブルックリン。牧師である父親の仕事の関係で、幼少期にキョート・シティの郊外にしばらく住んでいたことがあるという。道理で関西弁がネイティブなわけだ。母語/第一言語はひょっとすると関西弁なのではないだろうか、と勘ぐりたくなる(英語もしゃべれる関西人?疑惑)。彼の英語がなんとなく関西弁っぽく聞こえるのは偏見からか。

 家は裕福ではなかったからROTCで大学に進んだ。専攻は東西比較文化論。人気の大学の割には”偏差値が低い”不人気学部で、”なじみがありそうなテーマで単位も適当にとれそう”というので選んだ分野だ。 


 ただ、どうも話がややこしすぎて、どこからどこまでを真に受けるべきか、疑問なしとしない。父親が神職なら、ROTCなんか使わなくても教会から奨学金でも出そうなもんだし、アイリッシュと言えばカトリックだから、プロテスタントの牧師の家庭というのも変な話。

「そーいうのを固定観念、ちゅうねんなー」

 彼にとっては今の自分が当たり前だから、ステレオタイプの周囲の連中が勝手に自分を色眼鏡で見ることにひどくご立腹である。のちのち知るのだが、彼の人生はそういう偏見との戦いの連続だった。だから、彼の不満は至極もっともな反応。アイリッシュのなかには改宗する人もいるし、プロテスタントのドイツ系移民と結婚したり、世代を経るごとに複雑多様化している。……のだそうだ。

 そういうことで、彼と話すときはたいてい日本語。一部不明瞭な部分は英語でおぎなったりすることもある。だがショーンの日本語は完全なネイティブ、そういうシチュエーションはめったにない。こちらの問題で補足することのほうが多い。

「貴官は日本語が堪能で助かります。文法ミスに気を取られて英語は詰まることがありますから」

 これがショーンには少々意外だったようである。大学で出会ったアジア系留学生は英語が堪能な中国人と韓国人。記憶のなかの日本人留学生は非社交的で日本人同士で群れたがり、英会話が億劫なのばかりだったという。

「コリアンも日本人と同じ? 英語は彼らより少しマシやと思てたけど」

「コリアンもジャパニーズも似た系統の言語ですから」

「諸説ありますけど。ヨーロッパのラテン語みたいなもんかな?」

「それが、中国語の構文は英語に近いから面白いですね。モンゴリアン、コリアン、ジャパニーズが同じククリみたいです」


 クマノで確保した捕虜の尋問を高麗国軍が担当するというので、僕は連合国軍側の人間として立会いを命じられた。捕虜の経歴や発言内容を報告書にまとめる。ショーンが米側の立会人というので同席することになった。

「よう、ひさしぶり」

「最近顔をみなかったね」 

 二人は再会を喜び、将校クラブでお茶を共にした。

 御多分にもれず、彼もゲームやアニメというサブカル好きだった。しかし親しめば親しむほど、その闇の部分が見えてきたという。

「なんちゅうかな……つまり、日本のソーシャル・ネットワークに寄生する、差別・排外主義ね。本来サブカルと差別の間に直接の関連はないはずやけど、どうも支持層が重なるみたいで闇の部分が見え隠れする。今の任務にも関連するんですけど、ネット嫌韓右翼ての」

 ショーンはそう前置きした。

「ああ、どの分野にも蔓延してますね」

「僕の祖先はアイルランド系移民。ジャガイモ飢饉のときのね。アメリカでは随分ひどい目に合わされた。それでそういうのには自然と敏感になります。いじめ、迫害、誹謗中傷……まあコリアン・ジャパニーズへの差別と似たようなもんで、アイルランド人は怠慢だ、無知だ、酒飲みだと蔑まれてね」


 No Irish need apply


「・・・そんな露骨な就職差別もありーの、低賃金で危険、汚い仕事にしかつけなかったみたいです。〈White Ethnic〉ちゅう言葉があるくらいやから、白人のなかで非白人扱いされた時代もあったんやね」

「ああ、イタリア系とアイルランド系アメリカ人の歴史は何かの本で読んだことがあります。日本じゃ沖縄県民は日本国民だけど、琉球民族だから似たような差別をされていたみたいですね。見くびられて、仲間はずれにされて家貸さないとか、就職差別とか結婚差別とか。在日コリアン差別のことは、僕は話でしか知らないんです。父方が昔、日本で暮らしていただけで」

「……Damn!。差別されるガワが、同じアジア人を差別する。日本人差別もアメリカではすごかったっちゅうのに。クライとか、うす笑いがキモイとか、何考えてるかわからんとか、サカナ臭いとか言われて毛嫌いされてねえ。嫌日アメリカ人団体からアイツらを何とかしろ、と政府に陳情まであった。なにせ、アメリカでは非白人との性交渉が法律で禁止されていたような時代。日米戦争が始まってからは、さらにすごかった。野蛮だ、狂暴だ、というので最期は収容所送りですわ」

「アイリッシュもコリアンもオキナワンも全然別の集団で、違う地域のマイノリティなのに、誹謗中傷の内容とか受ける差別は同じなんですねえ。皮肉なことに、差別しているのがそもそも<同じ>人間だからですね、これが」

 二人ともここで吹き出し笑いした。 

「要するに適当でデタラメ。差別のうすっぺらさ、いい加減さが垣間見える話です。やつら、外国人がいない時代には同じ日本人同士で差別しあっていたんだから。カーストの差別ですね。これは相当深刻でした」

 ショーンはぬるくなったコーヒーを飲み干してカップを置き、話題を変えた。

「まったく……。例のゲリラですが、これが典型的なネット右翼でね。タチが悪くて。本当に胸糞の悪いクズ野郎です。ジャップときたら、我々西洋人にはコンプレックスの塊で尻尾を振るくせに、同じアジアの民衆には白人気取りで上から目線やから……人間として最も尊敬されないタイプの連中です」

「日本の右翼は自らを西洋人に勝るとも劣らない民族だ、と自負してます。どこまで本気かは別として。日本人、とひとことで言っても本当に様々です。愛すべき人も多い。良識的な日本人は連中を嫌悪しています。まあ貴国と我が国を含め、人間、外から自分が見えないものなんですよ。ところで貴国は連中のどこに関心がおありです?」

「嫌韓ネット右翼の連中は保守系の右翼青年団体との人的関連があって、そこは人材を政財界その他各界に広範に送り込んでます。敗戦前に軍事物資を隠匿してゲリラとなった連中は、その宗教部門の団体の構成員が中心。日本軍内部の有力派閥です。そういう意味で、影響力の大きさに我々は注目してます」

「なるほど。で、今までにどんなことがわかりました?」

 マーフィー少尉は少しあらたまって居住まいを正し、パソコンの画面に目をやった。

「団体の名称は〈こころの宿り木〉。まず、日本の文化と伝統の尊重、天皇崇拝が教団思想の基軸のようです。教義自体は昔からあるような手垢のついた右翼思想の羅列で実に退屈。しかし仏教や神道等の既存の宗教とは一線を画し、市民運動的な装いです。ネットの様々なサイトを使って自分達の主義主張を垂れ流し、大学サークルやカルチャー教室、自己啓発セミナー等を隠れ蓑に信者を勧誘しているようです」

「宗教団体ねえ……お話からはそれほど危険な団体ではないように思えますが」

「だからこそ我々も見過ごしていたのですが……何か特殊な洗脳教育でも施しているのではないかと疑っているのです。とにかく、皆が皆一斉に同じことを言う。まるで何かの呪文をコピペしたみたいに、まるで自分の考えなどないみたいにね」

「ほう。確かに市民運動とは異質な感じですね。狂信的だ」

「不気味でしょう? よくわからないんです。彼らの中ではあらかじめ結論が想定されていて、それにそったディテールを並べ立てる。すべてが自分達のエコーチェンバー内で完結しているのです。基本的発想は陳腐な陰謀論。一切批判を受けつけないのも特徴的です。自分たちの主張に都合の悪い事実は全部ウソ。あるいは陰謀か宣伝工作……所詮、目的を同じくする政治家とか宗教界、財界が結託し、リテラシー能力のないバカを集めて扇動しているだけですけど。ニッポンをとりもどす、みたいな」

 マーフィー少佐は両手の人差し指と中指を2度曲げ伸ばし、”戦争犯罪人の手に”、と付け加えた。

「なんだかネットウヨの掲示板みたいですね。それ自体は大昔からあるような、オタクの世界です。しかし、そんな団体のために命まで投げ出すというのですか?」

「どうでしょう……意味不明の自尊心とでも言うか、思い込みの使命感のようなものに突き動かされているのかなあ。愛国心と呼ぶにはレベルが低過ぎる」

「タリバンやISとは随分違う。根本的に違いますね」

「オタク的で他とは一線を画しています……他に生きる目的がないとか、狭い人間関係から抜け切れないとか、その程度なのかもしれませんが」

「それなら社会心理学とか社会学の問題ですね」

「いや、学術研究ではなく実在する組織の実態把握なんです。教義ももちろん大切ですが、どんな人間がどれほどいて、どんな活動でどんな世界を侵食しているのか、具体的事例を集めるのがミッションです。サンプルは多ければ多いほどいい」

「なるほど、よくわかりました」

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