Apocalypse
Chapter 1
パク君が死んだ……その情報が届いたのは金曜のことだった。
そもそもそれは事件なのか事故なのか……週末のことだから僕らはカヤの外に置かれてしまったみたいなもんで、途方に暮れた。
軍隊だから休日なんか無い、週末なんか関係ない、と思われがちだけど、実はそうでもない。基本的には当番制のシフト勤務に変わり、緊急事態への対応だけのスリープモードに移行して、いつでも起動できる状態に縮小される。そのうえで兵たちは思い思いに週末を楽しんでいる。危機対応のレベルに応じ……そうそう、以前の司令部襲撃事件のときのスレットコン・デルタみたいなやつだけれど、段階的に招集される範囲が広くなったり狭くなったりするのだ。それでも司令部に詰めて仕事しているとか、命令を待っているとかいうのとは、緊張状態にあるかないかで随分違う。それは兵たちだけではなく上層部も同じことだから、勤務時間内にある以上に、よほどの緊急事態でもない限り、部下から上司に連絡をとることはタブーなのである。
「業務連絡。翻訳通訳部・翻訳課・セクション1・第12班所属・調査専門官パク・ヨンシㇰ死亡。宿舎から陸軍病院に搬送後、ゼロナナフタマル死亡確認。詳細は目下調査中、報告を待て」
そう指示された以上、追って沙汰あるまで部長に連絡をとることはしない。立場上、部長とて報告を受ける側だから連絡したところで意味はない。
司令部の関係者はざわついた。カン少尉、キム君、そしてしばらくの後スナが僕のデスクに顔を見せた。みな一様に神妙な面持ちで、言葉を発することはなかった。詳細がわからない、ということが明確な以上、何を言ってみても無駄だし、何か言葉を発しても不安を増幅させるだけだ。お互い目を見あわせて頷きあうしかなかった。あえて週末に会う約束もしなかった。みなで集まってみたところでウサ晴らしができる気分でもなく、かといって顔をつきあわせてみても不安を募らせるだけ。他になすべきこともなく、僕はパク君の仕事の進捗状況を確認して、その週の業務を終えた。
週末はハーレーに乗って、あてもなく奈良方面を散策した。古代遺跡の公園ベンチに寝そべって空をながめたり、カフェでコーヒーをすすったり、疲れて帰りたくなるまでバイクを飛ばしたりした。
パク君の宿舎であるマンションも覗いてみたが平静そのものだった。黄色のテープで入口が封鎖されているだけで、見張り番の憲兵すらいなかった。
深夜ネットでユヅキを呼び出そうとしたが、あいにく彼女は応答しなかった。メッセージを送って返事を待ったが、いつまでたっても音沙汰なしだった。家族持ちだから、あるいは都合が悪くて、できなかったのかもしれない。よくあることだから慣れっこだけど、人恋しい。だんだん気分がふさいでくる。
出勤早々、部長から呼び出しがあったのは翌週明けのことだ。
「ヨハン、ヨンシギは残念だった。仕事のできる優秀な職員を失ったことは大いなる損失だ。貴様もさぞ動揺しただろう」
部長はあえて無表情を貫いた。僕に平静さを持たせようとしているかのようだった。
「当分の間、一人で業務を遂行しろ。後任の調査官を俺が何とかするまで頑張るんだ。いいな?」
「了解であります」
「目下のところ、ヨンシギの件について貴様に伝えるべきことはない。調査は継続中だ」
部長はそう言って、僕が質問する手間をあらかじめ省いてくれた。
「……ハッ」
「それに関連して、国防部検察団の軍検察官が直々に、貴様との面会を求めている。軍を通して俺に連絡があった。後日、事情聴取に応じるように」
「自分に……で、ありますか?」
事情聴取……? 少々、奇異な感じがした。事情を知りたいのはこっちの方だ。それに連続殺人犯の僕としては、何だか有り難くない話。ふと不安がよぎる。
「そうだ。連合国としては人事の手続きまで。あとの調査は国防部と軍の管轄に移る」
「承知しました」
「それだけだ。下がっていいぞ」
部長は努めて事務的に、僕に対応してくれた。
数日後、資料に目を通しているとき、背広姿の誰かが僕のデスクの横に立っているのに気付いた。
「ヤン少尉。ちょっといいかね?」
度の強いメガネをかけ、痩せぎすの体格。国防部検察団の軍検察官だった。
「久しぶりだねえ。随分とご活躍だそうじゃないか」
にやにやしながら握手を求めてきたその男には、見覚えがあった。他でもない、司法試験合格後、共に司法修習を受けた同期のアンだ。アンはソウル大学在学中に司法試験に合格し、僕とたまたま修習が同期になった。同期修習生の誰とも打ち解けることはなく、教官に取り入るのだけは如才がないような、生まれながらの官僚体質の男だ。優秀なことは認めるが、体育会系の僕とはソリが合わなかった。
「軍検察官だったとは驚きだ。検察庁にいたんじゃなかったのか?」
「ああ、対米協力の一環で、検察庁からの出向だ。管理職になる前の、支店のドサ回りってとこさ」
アンはさりげなく”値打ちこく“のを忘れなかった。
「実は君の部下のパク調査専門官の件について2~3うかがいたい。もちろん君に供述拒否の自由などないが、協力してくれ給え」
メガネの奥の鋭い目つきはそのままに、彼は笑顔でそう言った。
「よかろう。何が聞きたい?」
僕たちはフロアの片隅にある会議用のテーブルに移動した。そして彼に椅子を勧め、自らも椅子に座った。アンは年代物の革張りボストンバッグからタブレットを取り出し、それをセットアップしながら事務的に尋ねた。
「君も忙しいだろうから単刀直入に伺うよ? 調査官の死について何か心あたりはあるかね?」
「もちろん無い。話を聞かされて動揺しているぐらいだから」
「ふん……」
アンは脱力し、遠くを見た。おそらくどんな風に報告書を書くべきか、それを想定して質問の仕方を工夫しているのだろう。僕とて司法関係者の端くれだ。彼がどういう任務を帯びて、どういう構えで調査に来ているのか、それぐらいは質問の内容次第で想像がつく。おまけに上層部から後々難癖をつけられないような報告書を書くことぐらいしか、やつの頭にはないだろう。
「君もうすうす知ってるだろうが、彼は独自の性的嗜好の持ち主のようだ。そのことと今回の事件と、何か関連をうかがわせるような事情を君は知らないか?」
アンはオブラートに包まず、ストレートに質問をぶつけて核心に迫った。こちらがとぼけた返答をしないように質問の内容を限定してきたのだ。
「今回の聴取は事件の捜査じゃない。統計上の調査だと思ってくれればいい。君も先刻承知のとおり、軍とDEIの問題さ。国防部は軍隊の在り方として、性的マイノリティの登用と任務遂行の効率性、適正、安全に関心がある。要するにだな、ぶっちゃけ風紀の乱れだ。今回の事件はまさにそれと関連するわけさ」
そう問われて僕の脳裏に浮かんだのは、パク君のこの言葉だった。
一般人の、ごく普通の幸せが、日々僕を追い詰める。これは違う、僕のものじゃないんだ、って……
これまでずっと頑張ってきたけれど、積もり積もったものが重しになって、ある日とうとう気力が失せたのかも知れない……プッツリと。鋭敏な神経の彼にとって、それは耐えがたい苦痛だったであろうことは想像に難くない。自分を偽り周囲に適合し、自分のうちに感情を閉じ込め、疎外感にさいなまれる生活。
そう思ったとたん、僕の脳裏に「あの記憶」が走馬灯のようにかけめぐった。
ある日の夕方、カン少尉が声をかけてきた。飲みに行くから付き合えと言うのである。ツルハシに在る済州島料理の小さな店が前から気になっていたらしい。その日は特に予定もなかったから、僕はしぶしぶ彼に付き合ってやることにした。
少尉に案内されたのはJRの鉄道高架下。普通の民家を改装した、狭くて汚い店だった。油汚れのこびりついた壁に擦り切れた座布団、各テーブルには焼き肉用のガスコンロ。二人はスチールパイプ製のチープなテーブルをはさみ、焼酎と生ビールを酌み交わした。焼き身や刺し身にナマス、内蔵のあえ物、ナマや干物の魚介を中心に漬物や豚肉……慶尚南道を本貫(氏族発祥地)とし、山の民だった我が一族にはなじみの無い食材だらけ。あいにく僕は済州島料理が苦手だ。見た目も地味だし海産物は生臭くてオヤジ臭い。いったいどこがうまいのか? 感動ポイントはどこか? マヨネーズにスパゲッティが大好き、というお子ちゃまな僕にはさっぱりわからないのだ。しかしカン少尉は違う。そういう通好みな郷土料理に目がないようで、口に含んでは何度もうなずき、顔をほころばせ、じっくり味わう。
「おい、次は豚のホルモン料理専門店に行こうぜ。評判のいい僑胞(在日高麗人)の店の情報をゲットしたからよ」
カン少尉が焼酎をすすりながら誘ってくる。
「あのなあ……俺みたいな食わず嫌いじゃなく、もっと違いのわかる奴と行けよ。ホルモンぐらいなら何とかお付き合いできるかもしれないが……」
独特の発酵臭のするエイの干物を箸でつまみ、それをしげしげ眺めながら僕はボヤいた。
するとカン少尉はニヤニヤ笑いながらこう諭す。
「まあそう言うなよ。何事も慣れだ、慣れ。何ならイマザトで狗肉(犬肉)でもやるか? 精がつくぞ」
彼は唐辛子入りの真っ赤な和え物に舌を焼かれ、シーシー息を吸いながらそう言った。
大韓民国時代、欧米との文化的摩擦の解消のため、本国では狗肉食禁止令が出された。しかし、そういう食習慣がない日本ではご法度ではない。素材は中国やベトナムからいくらでも調達できたから、本国を離れた日本において、韓国の伝統的な食文化がヤミで生き残ったのである。皮肉なことだ。
何となく会話も途切れたところで、僕は日頃の心配をぼやいてみたくなった。
「なあ、サンヒョク。貴様何か気にならないか? パク君のこと」
「何がだ?」
カン少尉は焼酎を湯飲みに注ぎながら聞き流した。
「この何週間か元気がない。尋ねても答えないしな」
「まあ人間、生きてりゃイロイロあらあ。そんな時もあるだろう」
そういう風に言われると、こっちとしては何も言いようがない。
「どうしてそんなに気になるんだ?」
逆にカン少尉が僕に質問してきた。
「うん……仕事は今までどおり献身的に、テキパキ的確にこなしてくれている。だのになぜか元気だけがないんだ」
「なるほど……まあ、確かに気にはなるな。俺は一緒に仕事はしていないからわからんよ。メシの時でも気になったことはないな」
そうか……僕はそれ以上言うべきこともなかった。
「いつぐらいから変なんだ?」
「そうだなあ……こないだの飲み会あたりからかな。ほら、みなでISAの話とかしてただろ?」
「そのあたりで、何かかわったことでもあったか?」
「……ないよ」
「おおかた恋ヤツレとか、そういうんだろう。お前、ケツぐらい貸してやれよ。案外お前に惚れてるんじゃないか?」
カン少尉はそう言ってケラケラ笑った。カン少尉は僕がゲイに免疫がないことを知ってからかっているのだ。
「おまえがスナとイチャイチャはなしこんでるから、ヤキモチでもやいたんじゃねえか? ガッハッハッハ」
僕にはマイノリティに対する偏見の種となるような原体験はない。むしろサラリーマンの父、専業主婦の母、という伝統的で保守的な家庭でヌクヌク育てられ、世間の多様性だとか猥雑さとかとはおよそ無縁であった。しかしそれが故、異質な世界への敬意、尊重という感覚が育たなかったのである。他者の領域のこととして自分の嗜好と区別して考える、という発想が育たなかった。動物としてのヒトは未知の事態に遭遇すると、本能的に危険回避行動を選択するものなのである。
それに男女の露骨な性行為でさえ目を背けたくなるようなレベルの僕に、男同士の行為などあり得ない世界だった。男子トイレの個室から連れ立って出てくる同僚将兵たちに遭遇する度(それは男女問わず軍規違反であることを承知のうえで)、理屈抜きで胸騒ぎと血の気が引く思いをしている自分がいた。
ただし、異性間と同性間の交渉にどれほどの違いがあるかと問われれば、率直に言って無い、と理性的な結論を下すことはできる。やっていることは異性間と同性間でたいした違いはないし、異性を好きになるのも同性を好きになるのも理屈抜きの世界だから。そしてその営みがどれほど甘美な世界であるかも察するに余りある。しかし感情的には、彼らがトイレでしていることを想像しただけで頭がクラクラし、ちょうど断崖絶壁から下を見下ろすような心地になるのだった。
「まじめに答えろよ。こっちがマジに話しているんだから」
僕はムッとして彼をたしなめた。するとカン少尉は調子に乗って、ますます僕をからかいだす。
「あれれ? ひょっとしてお前、今時ゲイとかに偏見持ってるの? そりゃシーラカンス並みに遅れてますねえ……いいからケツ貸してやれって、減るもんじゃなし。それで意外と解決するんじゃねえの?」
どこまでも真面目に答えようとしないカン少尉。
「じゃあ貴様は貸せるっていうのか?」
僕は反撃のつもりで食ってかかった。
「ああ、俺は全然平気だよ。今どき男だ女だ、こだわってる奴なんてのはおかしいよ。みな同じ人間、兄弟じゃないか。ただし相手によりけりだがな」
「だったら結局貸さないんだろ。じゃあ聞くが、貴様今まで男としたタメシなどあるのか?」
カン少尉はちょっと考えて笑った。
「……ないな、プププププ。イッペンぐれえ味わってみてもイイかもな」
バカバカしくなって僕はもう黙りこんでしまった。
「本人に聞いてみろよ。当人にしかわからないことを俺と話している時点で、お前は間違ってる」
言われて見れば確かに、カン少尉の言うとおりだった。
そのあと、ふと僕の脳裏に、あの時の光景がフラッシュ・バックした。
皆とさんざんバカ騒ぎしたパーティの帰り道、パク君はいきなり僕にハグをした。僕は一瞬ためらい体を硬直させたが、やがて彼に身を委ねた。理由はよくわからない。拒否すればパク君が傷つくと考えたのか、角をたてるのに気がひけたのか、酔っ払っていて身動きがとれなかったのか、その程度のことだ。その後、パク君にキスをされた。長い長いキスで、その生暖かい感触は今だに唇に残っている。普通なら卒倒しそうな話なのに、僕はなぜかそれを受け入れた。思っていたほどの違和感も、ショックも感じなかったのが不思議だった。キスの後、パク君は僕の手をとり、二人はうつむいたまましばらく向き合った……何も言わず、目と目を合わすこともなく。その後、彼は黙ってその場を立ち去った。
今にして思えば、あの時パク君は既に死を決意していたのかもしれない。なぜって、恋愛感情の押し付けなど、パク君の流儀からすれば邪道なはずだから。ひょっとすると冥土の土産に、娑婆の思い出に、ポリシーを曲げたのかもしれない。それぐらい彼にしては異例の行動だった。
僕が男性とキスすることなどおそらくこの先、もうないだろう。パク君だからこそありえた出来事だ。男性とか女性とかにこだわること無く、パク君個人との関係でのみ成立する行為だった。同性愛に対する僕の過剰反応は偏見に基づく理屈抜きの生理的反応であり、それが解消することは生涯ないだろう。今だにそのことを思い出す度、軽いめまいがするほどだから。しかしパク君に対する友情や仲間意識は幾分それをまぎらわせた。それどころか、男性が男性を愛するということがどういう感じなのか、その時は少し理解できるような気さえした。まったく、人間というのはよくわからないものだ。人を愛するということは本来、男だとか女だとか、民族だとか人種だとか、性愛だとか博愛だとか、母性だとか友情だとか、そういう全てのものを超越し、あらゆるものと通底する、もっと普遍的なものなのかもしれない。
「おい、どうかしたのか?」
アンの言葉に、僕は我に返った。
「ああ、すまん。何の話だったっけ?」
「おいおい、頼むぜ……ったく。まじめに相手しろよ。性的嗜好との関連!」
「さあ、それは本人にしかわからないような話じゃないか?」
僕のことばにアンは、つまらぬことを聞いてしまった、とでも言うように顔をしかめた。アンは質問の仕方を変えた。
「そうかい……。じゃあ聞くが、その……何と言うか……君と彼には個人的に親密な関係はなかったの?」
アンはそう言うと、思わずニヤけて笑った。
それを見た僕は、気分がたちまち悪くなった。大切な仲間が汚されたような気がしたからだ。ただ同業者として、アンに他意があるわけでないことも理解していた。個人的にゲスのかんぐりがあったとしても、彼にとっては職務上の必要があって質問したにすぎない。
彼から性的マイノリティーとしての苦悩を聞かされた僕ではあった。しかしそれを動機と一方的に決め付けられるのは、今は亡きパク君にとってあまりに理不尽な話だろう。彼の死は全く個人的な死で、その境遇や動機について公式に記録されるほどの公益性はない。全くないと言うわけではないが、彼の名誉やプライバシーの侵害に比べれば、とるに足らないような公益性だ。失恋だろうが借金だろうが病苦だろうが、軍にとってはどうしようもないような話だし。
そもそも性的マイノリティーであるが故に権力に詮索されるのだとしたら、それ自体不当な差別にあたる。そのうえで、あえて事件と性的嗜好との関連に軍の関心があるとしたら、調査は軍隊内の性的マイノリティーの将来に何らかのネガティブな影響を与えかねない。それはパク君にとっても不本意なことに違いない。
反面、僕は軍人であり、軍の要請には全面的に協力すべき立場にある。僕は立場はかなり微妙な立場だった。
「もちろんあるが、それは中身による。どういう方面での話が聞きたいんだい?」
アンは答えた。
「ああ、トラブルがあったかが知りたいんだ。プライバシーの観点から君に開示することはできないが、彼のSNSの投稿や日記には、君に対する想いがせつせつと綴られていた。そして君と女友達との良好な関係、それに嫉妬する自分への嫌悪……まあそんなとこかな」
ゲスの極み。おしきせの、つまらぬ任務につきあわされているアンも、気の毒と言えば気の毒だ。
「それは僕たちの恋愛関係という方面で?」
僕が開き直ってあけすけに問いただすと、今度はアンが絶句した。
「いや、その……どういう方面かについて特に限定はしない」
アンはようやくそれだけ言った
個人的に親密な関係にしろトラブルにしろ、あると言えばあるし、ないと言えばない。僕はきっぱりと言った。
「ないよ。君が期待しているようなことは、一切ない」
すると、アンは素っ気無くこう言った。
「ああ、そうかい」
僕とパク君の間のいきさつなんて、奴にとっちゃどうだっていいことだろう。
これで僕は軍人としての義務に背いた。軍にとって事案の細かな真相はそれほど重要ではないとしても、後味が悪いことに違いはない。だがそれによって、汚されようとしていた大切な仲間の名誉を僕は守ることができた。これでいいんだ、と僕は思った。
パク君と僕とは仕事上の偶然の出会いで、そこには何の必然性もなかった。それほど運命的なつながりも使命的な連帯もないから、彼の死は他人事と言えばそれまでだ。だけど、とにかく僕たちは親しくなった。特別な環境で、同じ時間と空間をシェアしたから思い出と記憶が残った。ほかでもなく、それは僕がこの世に生きた証であり、そういう意味では彼の記憶は僕という存在の一部分であることに間違いないのだ。この、身が引きちぎられるような痛みは、自分の一部を失ったに等しいことの証左なのだろう。
これは何かの予兆なのか?
僕は先々、自分の行く手に暗雲が立ち込めているような気がして、何だか気分がふさいだ。




